彼はベッドで寝ていて
ヨダレ垂れそうな位気持ちよさそな顔してて
あんまりにも無防備な姿だから、狩猟本能が目覚めちゃうじゃない。
とりあえず
彼のだらけた指を鍵盤に見立てて弾く。
何の曲がいいかしら。
なるべく激しく、優しい曲を。
彼の口元が微かに動く。
寝たフリしてるの私には分かる。
「♯」
って言いながら彼の鎖骨のホクロを押した。
「僕のホクロは黒鍵じゃないぞ」
ってくすぐったそうに彼は身をよじった。
ほらね、やっぱり起きてた。
私は恍惚の表情を浮かべながら彼の指鍵盤を弾き続けるの。
「何の曲?」
彼が寝起きの甘い声で囁く。
「ベルガマスク組曲のパスピエ」
私も甘い声で囁き返す。
「そんな曲知らな〜い」
「何ーっ、そんな事言うとキー上げちゃうぞ」
指、肘、二の腕、肩、背中、飛び跳ねるように軽々と彼の鍵盤を叩く。グリッサンドで。
「きゃはははは。やめ、やめてぇ〜っ」
「天邪鬼だからやめな〜い」
「んじゃ……んじゃ、やめないで〜っ」
「ご要望にお応えしてやめな〜い」
彼が突然私の腕を掴んだ。
「きゃっ」
思わず声が出る。
彼の顔が近付く。
poco a poco lentando(ポーコ・ア・ポーコ レンタンド)
「痛っ」
つまんだぁ。鼻、つまんだぁ。彼が、思いっきり私の鼻つまんだぁ〜。
「何するのよぉっ」
「へ、へーんだ。おっ返しーっ」
彼が笑う。思いっきりgiocoso(ジョコーソ)な笑顔で。
ねぇ。同じ所で繰り返しばかりしてる私達の曲、いつになったら終止線が来るの?