天国インスタントコーヒーA
「何でいつも洋食なの。」
キッチンに立つあたしの背中に、オカケンの声がぶつかった。
オカケンは「あたしの腕が上達するように」って言って、あたしが料理を作ってる所をいつも監視している。でもそれは表向きで、本当は何か欠点を見つけて、小姑みたいにいびろうとしてるに違いない。ったくもぉう、気が散ってしょうがないんだよねぇ。上手くいくモンもいかなくなっちゃうよ。今日の御飯何作ろうかまだ考えてないのにぃっ。焦るじゃん。
「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
オカケンがぷりぷり言った。
「はいはい、何ですか。」
振り向かないで答えた。
またどーせ、いちゃもんつけようとしてるんだよ、こいつ。
「どーしていつも洋食なのって聞いてんの。」
あたしが振り向くと、腰に手を当てズドーンと立ってるオカケンが目の前に。
おお、怖っ。
「だって、まひろが洋食好きだから。」
オカケンがぽけぇとした顔であたしを見る。
「それ、マヒロが言ったの?」
ううん、と首を横に振る。
聞かなくても分かるもぉん。だって、あのまひろが和食なんて食べる訳無いじゃん。
「そういえば、オカケンが作るのは和食ばっかだね。」
しかも、きんぴらごぼうとか、焼き魚とか、田舎臭いもんばっか。いくら自分が好きだからって・・・。まひろの好みも少しは考えれば? 好きだったら相手に合わせるはずよ、普通はね。
「だって、マヒロが好きだから、和食。」
はぁ? 何言ってんのこの人。
「まひろが好きな訳無いじゃん。」
「好きだよ。『和食はいいね』っていつもマヒロ言ってるよ。」
「懐石料理とか、そういう和食でしょ?」
おでこをシワシワにさせて反抗した。
「違うよ。マヒロは家庭料理が好きなの。」
「ええ〜っ、嘘っだぁ。」
オカケンも負けずにおでこシワシワ。
「嘘じゃないよ。あんたこそマヒロに聞きもしないで、何で『マヒロが好きだから』なぁんて言うのよ。」
「だってそう思ったんだもん。まひろには和食は似合わないもん。」
「それはあんたの勝手な思い込みでしょ。」
むむっ。
「じゃあ・・・魚は好きでしょ。それは合ってるでしょ。」
どーだー、まいったかぁ。
「魚も好きだけど、肉も好きだよ。僕とステーキ食べにいくと、僕以上に食べるもん。」
いやぁん、嘘ぅ。肉をガツガツ食べてるまひろなんて見たくなぁい。
「まぁた嘘言って。だったら何であんなに痩せてるのよ。」
「体質でしょ。マヒロはね、あんたと違って頭使うからカロリーも消費するのよ。」
こ、こいつぅ、また痛い所突付きやがってぇ。
「ふ、ふぅん、そうなんだ。」
「そう。マヒロが好きなものは、お味噌汁に、冷やっこ、ひじきに、炊き込み御飯、とんかつに、それからええっと・・・。」
オカケン楽しそう。
何よ、ちょっと位まひろの好み知ってるからって、大きな顔しちゃってさ。問題は味よ、味っ。オカケンの料理なんてさ、なんてさ・・・・・・美味しいんだよ。ちっくしょぉ。
おっ。欠点見つけたりぃ。
「なぁによ、あんたの料理なんてさ、材料費高くついてるんじゃない? 高ければいいってもんじゃないのよ? これだから男の料理はねー、困るわねー。」
これ、なんかのTVでおばさんが言ってた事、そのまんま丸写し。オカケンの場合、オカマの料理だけど。
「僕、そんなに材料買ってないよ。買いに行く時間だって無いし。ミチルが買い置きしてるもんで十分。あ、そうだ。あんたさぁ、買っておいてずっと使ってないのがあんだよ。同じ食材買って来る事もしょっちゅうだしさぁ。使わなきゃ駄目じゃん。僕がいつも悪くならない内に料理してるんだから。」
ぐぅわぁああん。そうか、そうだったのか。
「あ〜ら、やっぱりぃ? 使おうと思った時に無いはずだわ。おっかしいと思ったのよねぇ。」
嘘ついてみる。オカケンに鼻で笑われる。
「むぅ〜、何だかムカツクなぁ。そんなにケチ付けなくてもいいじゃん。もおっ、作る気無くなったよ。」
ぶぅ。
「あ〜ら、そう。じゃ、僕が作ったげるよ。」
そんな事言っちゃっていいのかなぁ。早く作らないと食べる時間無くなるぞぉ。遅刻しちゃうぞぉ。
と、思ってたら、オカケンはもう動き出してた。もう作る料理が決まったのか、テキパキと冷蔵庫から材料を出し、道具類を揃えている。
「ほら、あんたはこれ磨って。」と、大根とおろし金を渡された。
「何よ、オカケンが作るって言ったじゃん。」
あたしの言葉に振り向いたオカケンがニヤリ。
「あ〜ら、いいの? 今日の当番ミチルでしょ。マヒロに料理の感想言われた時に肩身の狭い思いするよ。せめて大根位磨っておけば?」
イヤミな奴・・・。
反撃出来ず、おとなしく大根を磨る。
「いい? よく見ときな。今日はあんたにも出来るような簡単ですぐ作れる料理を教えてあげるから。」
見ときなって、大根磨ってちゃ見れないじゃん。
「まず、今日のメニューは・・・。」
オカケンが包丁で材料を差しながら説明する。
「タコのわさびマヨネーズ和え、豚の角煮、お味噌汁、あと・・・野菜が足りないから温野菜サラダね。」
ふぅん。
オカケンが圧力鍋で豚肉の固まりを焼きながら、同時にネギをみじん切りする。
ほぉ、圧力鍋ってこうやって使うんだ。フライパンとおんなじじゃん、これじゃ。蓋はどうすんだ?
オカケンが砂糖を鍋に入れる。
豚の角煮って事は・・・・・・。
「醤油も入れるんでしょ? 入れてあげるよ。」
気を利かせてやったのに、オカケン、醤油を持ったあたしの手をパチンっ!
「な、何すんのよ!」
「醤油はまだ入れな〜い。」
「何で? 豚の角煮でしょ? 醤油入れるでしょ?」
あたしに先越されて悔しいんだ。
「あんた、料理の『さしすせそ』って知らないの?」
「何それ?」
「料理はね、砂糖、塩、お酢、醤油、味噌の順番で入れるのが美味しいのよ。」
「迷信でしょ?」
オカケン大ため息。
「醤油と砂糖を同時に入れると、どうしても砂糖の味が負けちゃうんだよ。だから砂糖で最初に煮ておくの。そうすると、砂糖の味もよく染みるし、量も少なくて済むって訳。味噌が最後なのは風味を損ねないようにとか、ちゃんと意味があるんだよ。迷信じゃないよ。昔の人はいい事を言ったもんだね。」
「ふ、ふう〜ん。」
あたしは醤油の瓶をそっと置いた。その途端、オカケンが鍋に醤油を入れる。
「何醤油入れてんのよっ! まだ入れないって言ってたじゃんっ。」
「大分焼いて味も染みたから、もういいんだよ。」
「あたしにイジワルするためにやってるんでしょう。」
「美味しくする為にやってんのっ。ミチル被害妄想強すぎ。」と言いながらオカケンが圧力鍋の蓋を閉めた。
「ミチルの為にやってるんだよ? マヒロに美味しいもん食べさせてあげたいんでしょう?」
「それはそうだけど・・・。」
あたし、本当に料理上手くなるのかなー。自信なくなってきた・・・。
「さ、ちゃんと見てなよ。次のはもっと簡単だから。」
落ち込むヒマが無い位、オカケンの手から次々と料理が出てくる。
「タコをぶつ切りにして、わさびを入れたマヨネーズで和える。・・・簡単でしょ?」
へい、へい。
「あとさぁ、お味噌汁をだしの素で作るのはいいけど、ちゃんと火止めてからお味噌入れてよねぇ。あと、お味噌入れてからは沸騰させないでよ。さっきも言ったけど、お味噌は風味が大事なんだからぁ。わざわざ通販で買った奴なのよ。1kgで2千円もするんだからぁ。」
げっ、高っ。やっぱり男(オカマだけど)の料理って高くつくじゃん。
「ミチルぅ、玉ねぎと人参は冷蔵庫の外でいいんだよ。」
玉ねぎと人参を振り回しながらオカケンが言った。
「ふぅん、そうなんだ。」
「ふぅんって、あーたね、常識よ、常識。」
「えー、ジョーシキなのぉ。だって、何を冷蔵庫に入れたらいいのか分かんないんだもん。」
「もうっ! いい? 基本的に根菜は外っ。---根菜って分かる? 根っこの野菜。土の中で育った野菜だよ。」
馬鹿にしてぇ。その位・・・・・・・・・勉強になりやした。
「使った残りは冷蔵庫。あとは、寒い所で育った物は冷蔵庫、暖かい所で育った物は外、って憶えておけば大体大丈夫。」
「えー、じゃあ、バナナは?」
「外。」
「嘘ぅ。」
「ホント。冷蔵庫の中に入れると黒ずんじゃうから。本当は一本ずつビニール袋に入れて冷蔵庫の中に入れるのがいいんだけど・・・・・・あんた面倒くさがりだから、やでしょ。」
ぐっ。当たってるから何も言えない。ここは素直に聞いておこう。
「知らなかった。じゃ、お店で冷蔵庫にバナナ入れるの止める。」
「げっ! あんた、バイト先でもバナナを冷蔵庫に入れてたのっ。」
「だって、マスターが入れてるんだもん。」
「あっきれた。なんちゅうトコだ。今度コーヒーでも飲みに行こうと思ってたけど、やぁめた。」
「ええっ、そんな言い方しないでよ。変な店じゃないよ。本格的コーヒー店だよ。自家焙煎だよ? バナナは・・・ちょっと間違えちゃったの。冷蔵庫に入れとくのだってさ、ちょっとの間だよ、すぐ出ちゃうもん。」
また嘘を付いてしまった。マスターは少しでも長持ちするようにって、バナナを冷蔵庫に入れてる。バナナを使うパフェとかを頼むようなお客さん、あんまり来ないから(マスターがパフェとか注文すると、嫌な顔するせいもあるけど)。だからバナナはいつも冷蔵庫の中。明日店に行ったらマスターに言わなきゃ。話するの嫌だけど。
口が動いてるくせに、オカケンの手は全然休まない。野菜を物凄いスピードで切り、お湯を沸かした鍋の中に放り込んでいく。
「それ、何作ってるの。」
鍋を指差して聞いた。
「温野菜のサラダだよ。野菜もちゃぁんと取らなきゃね。この茹で汁、栄養出ちゃってもったいないから、明日、スープにでも使おうかな。ドレッシングは豚の角煮の汁を利用して和風にしよっと。」
うっ、凄い、主婦みたい。ううん、それも通り越して、おばあちゃんの知恵袋だ。
「あんた、今まで何やってたの。全然磨れてないじゃない。」
オカケンがあたしの手元を見て呆れ顔。あたしが磨った汗と涙の結晶の(ちと大袈裟)一握りの大根おろしがお気に召さないらしい。
「これでも必死にやったんだよ。ひどいよ、そんな言い方。あたしだって自分なりに頑張ってるんだよ。それを急にいろいろ出来るようになれって言われても無理だよ。
オカケンの料理の腕を見せつけられたせいか、悔し涙の涙腺が弱くなってるみたい。泣きそ。
「そんな・・・いろいろ出来るようになれ、なんて言ってないじゃない。・・・ミチルが作った奴も美味しいのあるよ。ほら、この間のあれ、美味しかったよ、ナポリタン。」
オカケン、慌ててフォロー。だけど。
「あれ、店で作り慣れた奴。時間無くって仕方なく作った。」
「あ。・・・じゃ、あれは? ピラフ。ガーリックが利いてて、美味しかったよ、凄く。」
「あれも店でいつも作ってる奴。」
オカケンが無理矢理作った笑顔で言う。
「なぁんだ、いつも作ってる奴は上手いんじゃない。だったら、いつもサンクチュアリで出してる料理作れば?」
「そんなに店の料理が食べたいなら店に来て食べて下さい。マスターも喜びます。」
棒読みで言った。
オカケン、ちゃんとフォローしろよぉ。ほんとに泣くぞぉ。
オカケンが焦ってごまかす。
「あ、御飯出来たよ。食べよ、食べよ。」
オカケンみたいな奴でも女の涙には弱いのか? こりゃ、使えるかも。ま、使えるって分かっても、オカケンの前でなんか死んでも泣かないけど。
「この大根おろしは? 何に使うの。」
磨らせてただけ、つったら本気で怒るよ。
「ああ、それはね、豚の角煮に使うんだよ。」
いつの間にかすっかり完成してる角煮の鍋を指差しながら、オカケンが言った。
「・・・あたしさぁ、角煮って、油っぽくってギトギトしてるから、あんまり好きじゃないんだよねぇ。」
オカケン、にやり。
「だから、この大根おろしを使うんじゃなーい。こうやって、角煮に乗っけて。んで、この上にみじん切りのネギも乗っける、と。」
うわぁ、美味そ。でも口には出さないにしとこ。悔しいから。
オカケンに言われたので、和食党のまひろのためにテーブルワインをほうじ茶に替えた。緑茶やコーヒーはカフェインが多いから貧血になりやすく、食事時は避けた方が良いのだそうな。低いお湯で煎れれば緑茶はカフェインが少なくなるらしいんだけど、「ミチルはどーせ冷ますのめんどくさいでしょ。ほうじ茶にしときな。」だってぇ。オカケンってあたしの事、そーとーなナマケ者と思ってな〜い? そんな事ないんだから・・・ないんだから・・・・・・当たってます。
博物館から帰ってきたまひろが御飯を食べながら言った。
「美味しいですね。今日作ったのは・・・・・・満ですよね。美味しいですよ。私の好物ばかりです。今までで一番美味しいです。」
初めて褒められた。でも、あたしが作ったんじゃなぁいっ。ぐすん。オカケンが出掛けた後で良かった。オカケンがいたら絶対天狗になっちゃう。く、くっそぉう。負けないぞぅ。