カフェ・オ・レもミックスジュースも大嫌いA

 何が起きても朝ってやって来るんだなぁ。昨日はこの世の終わりだと思ったけど、あたしの中の事でしかないんだ。他の人はきっと、いつもと変わらない朝を迎えてる。
 眼をこすりこすり、ベッドから抜け出す。そして一回大きくノビをして、振り向いてベッドを見た。
 ああ、夢じゃなかった。現実だったか。寝て起きたら、いつも通りの朝が待ってればいーなー、なんて有り得ない事を考えてたんだけど、・・・有り得なかった。
 ついこの間まで、まひろと二人っきりで寝ていたベッドに、まひろ、ブー猫、そしてオカケンが寝ている。ごく自然に。まるで何年もこうして寝てるみたいな穏やかな寝顔。
 昨日の話が本当だったら(まだ信じられない)、まひろとオカケンがこうやって朝を迎える事が今までに何度もあったんだろうなぁ。ああ。ああ。ああ。
 とりあえず洗面所へ。
 ああ、やっぱり。昨日よく寝られなかったせいで目が真っ赤。
 鏡を睨み付ける。
 あいつが悪いんだ。あいつが来なければ平和な生活だったのに。こうやって熟睡出来なかったのも、目が赤く充血しちゃったのも、あのベッドに大勢で寝る事になったのも、みぃーんな、みぃーんなオカケンのせいだ。ぶぶーのぶーだ。
 寝不足&寝起きのせいで、怒り方も迫力が無い。
 まひろ、本当は男の人が好きなのかなぁ。違うよね、だって、ちゃんとあたしとキスしたしっ。・・・・・・キ・ス、しか、して、ない。
 はぁ〜。とりあえず顔を洗って、朝御飯でも作ろう。
 顔を洗った後、重い足を引きずりながら、キッチンへ向かう。冷蔵庫の中を覗く。冷たい空気が顔を撫ぜる。体が動かない。頭が働かない。作る気がしない。
 とりあえず目玉焼き作って、キャベツでも切るか。とりあえずエプロン着けよう。あたし、起きてから「とりあえず」ばっかり言ってる。なんか余計に落ち込む。
 景気付けに歌でも歌うか。
 「知ぃらなぁい まぁああちを歩いてみぃたぁい〜。」
 こーゆー時は歌までも、めちゃ暗。
 「何、朝っぱらから辛気臭い歌、歌ってんのよ。」
 辛気臭い原因、登場。
 「何作ってんの? 目玉焼き? 僕、もうちょっと寝るからいらないよ。あ、でも、せっかくのミチルの手料理だから頂こうかなぁ。あ、それから僕、外国生活が長いから目玉焼きは両面焼きにしてね。でも、中は半熟だよ。コーヒーも欲しいとこだけど、カフェインは鉄分壊す原因になるからなぁ。・・・食後ゆっくりしてから飲むよ。保温しておいて。飲み物は・・・ミックスジュースにして。材料は何でもいいから。美味しいの作ってね。よろしく。チャオ。」
 一人で勝手に喋ってトイレへ。
 お前のためになんか作ってねぇ。というか、あんたの分なんてぜぇんぜん考えて無かったよ。あたしはね、まひろと自分の分しか作らないのっ。
 「外国生活が長い」だって。本当かよ。どこの国で両面焼きの目玉焼きが食べられんだよ。教えてよ。両面焼きなんて初めて聞いたよ。・・・ナンダヨォ、どうやって作んだよぉ。
 ミックスジュース? 材料何でもいいって言ってるくせに、おいしいの作れなんて・・・。注文がうるちゃぁーい。やめた、やめた。オカケンの言う事なんて無視して作らない事にしちゃおっと
 「満、おはよう。」
 辛気臭い朝の救いの神、登場。
 「おはよう、まひろ。」
 いつもより思いを込めて言ってみる。
 「すみませんねぇ、今日から一人分多く朝食を作らなくてはいけなくなって。」
 「ううん、いいの。」
 目がハートになってしまった手前、あたしは割らないはずだったオカケンの分の卵もフライパンの上に落とした。
 キャベツを千切りにしてるうちに、ようやく頭が働き出してくる。
 やっぱり説得して、なるべく早く出ていってもらおぅっ。・・・今更、って言われるかなぁ。一度三人で寝ちゃったって事は、あたしも同居を認めてるって事になるのかなぁ。それに、「出てけぇ〜」なんて言ったら、あたしの方が追い出されちゃうかも。だって、付き合いの長さも深さも、オカケンの方が上だもん。うぇ〜ん。・・・ここはオカケンを超えるまで、大人しくしてるしかないかなぁ。今思うと、最初に顔合わせた時、あたしの事ジロジロ見てたのはライバルとしてだったんだなぁ。全然気が付かなかった。あたしってもしかして凄いおバカ?
 「まずっ。」と言って、あたしが一所懸命(嘘)作った目玉焼きをオカケンが吐き出した。
 「しょっぱいよ。マヒロ、いつもこんな物食べさせられてるの? よく平気だねぇ。半熟って言ったのに思いっきり固いしぃ。キャベツだって千切りじゃなくて十切りだよ、これじゃ。」
 うううううううう〜っ。
 「ミックスジュースも・・・何これ? 何入れたの?」
 「トマトとバナナだよっ。」
 オカケンの顔が歪んだ。あ、まひろの顔も。
 「あんたねぇ、トマトとバナナが合うと思ったのお? それとも嫌がらせ?」
 ひどっ。そりゃ、オカケンのだけ意地悪して変な味にしてやろうかって考えたよ。それは認めるよ。でも、美味しく作って、「参りました〜」って言わせた方がいいと思って、頑張ってそれ作ったのにぃ。ひどいよぉ〜。
 「作り直すよ。それ、捨てればいいんでしょ、捨てれば。」
 「何言ってんのぉっ、もったいない。どうにか修正するよ。うーん、そうねぇ・・・ハチミツとクリームチーズ入れてみよっかな。あと、氷入れて。そしたら、何とかなるかも。」
 何かオカケン、急に生き生きしだした。あたしに散々文句言って、へこませておいて、自分はまひろに良いとこ見せようとしてる。ズルイ。泣きたくなってきたよ。
 落ち込んでるあたしに気付いたまひろが慰めてくれる。
 「そんな事無いですよ、満。大丈夫、食べられますよ。」
 食べられますって、あーた。「美味しい」じゃなくって、「大丈夫」だもんなぁ。あたし、切れさせていただきます。もちろんオカケンに。
 「何言ってるのっ、イソーローのくせにっ。作ってもらっておいて、そんな言い方は無いでしょっ。そりゃ、ちょっと塩掛け過ぎちゃったかもしれないよ。だけど、誰でも失敗する事あるでしょっ? 人間はねぇ、失敗を重ねて大きくなっていくんだよっ。」
 立ち上がってテーブルをバーンと叩く。
 「何様だと思ってやがんだいっ。」
 腕をまくって言った。気分は遠山の金さん。
 「・・・悪かったよ。何もそんなに怒んなくたっていいじゃない。僕はただ、ミチルの為になるかなと思って言ってあげたんだよ。マヒロはどーせ、こーゆー事は言えないと思って。」
 「何ぃ。何だよ『言ってあげた』って、えらそーにぃっ。」
 まひろが慌てて止めに入る。
 「まぁ、まぁ、二人とも朝っぱらからそんなにエキサイトしなくても。健次郎も悪気は無かったみたいですし。満も、ね。」
 まひろがあたしの頭を撫ぜる。
 むー。この「いいこいいこ」に弱いんだよなぁ。何かいつもごまかされてるような気がする。・・・ま、いっか。
 大人しく席に着く。
 「ねぇ、今度から僕が御飯作るよ。いいよね?」
 オカケンがまひろに甘ったるい声で言う。
 な、何をーっ。
 あたし、キッと睨む。何か言いかけてたまひろが、それに気付き、ゆっくりと口を閉じた。
 今だぁっ。
 「何よ、あんた料理作れるの。人の料理に散々文句付けといて、相当自信があるんでしょうねぇ。」
 ドラマに出て来るような姑のように意地悪く言った。
 「作れるよ。ねぇ、マヒロ。」
 おっ、まひろに振ったな。
 「ええ。満、健次郎の料理はとても美味しいですよ。満も食べてみたら・・・。」
 あたしの怖い顔を見て、あたしから目をそらすまひろ。
 「・・・じゃ、交代で作ってもらいましょうか。」 まひろの提案にオカケン不満気。
 「ええ〜、ミチルの料理また食べるのぉ。その時は外食にしようかなぁ。」
 まだ言うかっ。
 「何言ってんのよっ。いーじゃん、それに決めようよ。あたしもっと練習して上手くなるっ。それなら文句は無いでしょう。」
 もう引っ込みがつきません。
 「あはは。二人に料理を作ってもらえるなんて、私は幸せ者ですねぇ。」
 引きつった笑いのまひろの目の前で、あたし達の火花は激しく散った。

 あたしは世界一不幸な女。こんな不幸な女見た事ない。誰も分かってくれないわ、こんな気持ち。
 「満ちゃん、どうした? 何かあったか。」
 「どうしたも、こうしたもありませんよ。せっかく幸せのど真ん中だと思ってたのに、昨日一日で、私は地獄の底まで落ちちゃったんですから。」
 「何? 何があったんだ?」
 マスターがニヤニヤ顔であたしを覗き込む。
 「実は・・・・・・。」
 おお〜っっと。やばい、やばい。あたしったらボぉーっとして、マスターに全部喋ろうとしちゃってるじゃんっ。
 「な、何でもないですよ。」
 「え〜っ。さっき、地獄の底まで落ちちゃったとか言ってたじゃぁん。何だよ、聞かせろよ。」
 マスターが口を尖らせてる。
 そんな顔したって、全然可愛くない。あんたなんかに言う訳ないじゃん。っていうか、言える訳ないじゃん、そんな事
 「いや、本当に、何でもないんです。気にしないでください。」
 悲しくて窓の外を見た。外を歩く人達、皆が幸せそうに見える。
 「悩み事? 相談に乗るよ。一応人生の先輩だからね。」
 マスターのニヤついた声にイライラパワーがマッスルに。
 「結構です!」
 バイトの身だっていうのに強気な態度取っちゃった。
 マスター、すごすごと退散。
 はぁ。悲し。これからあたし、どうなっちゃうんだろ。


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