テーブルの上に最後の一品を置く。
安いのだけど花も生けたし、雑貨屋さんで見つけた可愛いキャンドルも置いた。コロンとしたフォルムが可愛いあんず色のキャンドル。カトラリーは薄桃色に渋めのバラのレリーフがアンティークっぽい奴、テーブルクロスもそれに合わせてローズピンクのロマンティックな物をセレクトしてみました。これで全部完了、インテリア雑誌に載ってるようなステキなディナー。これで2人のラブ度もグーンとアップねっ。さあ、あとはまひろを待つだけ。
今日のメニューはかぼちゃのスープ、トマトとモッツァレラチーズのサラダ、マグロのカルパッチョ、パン、デザートの苺のクレープ。どーだー、誰も誉めてくれないから自分で誉めちゃう。えらいっ、あたしっ。
恋をすると女は変わるっていうけど本当だなぁ。あたしの辞書に「自炊」って言葉は無いと思ってたのにぃ。作れる料理は、バイト先で習ったもんだけだったのが嘘みたい。
あたしの将来を心配してたお母さんに見せてやりたいよ。よく言われたよなぁ「普段からやっておかないと、いざという時出来ないわよっ」って。お母さん大丈夫、娘はちゃんとやってるよ。花嫁衣裳を見せる日も近いよ。なぁんつって、あたし飛ばし過ぎ?
そりゃさ、お母さんがこの料理見たら文句言うかもしれないよ。サラダもカルパッチョも材料切って市販のドレッシングやソースを掛けただけだし、スープもレトルトのパック。クレープだってうちの喫茶店で作り慣れた奴だよ。ああ簡単だったよ、手抜きだよ。でもさ、やらないよりはマシじゃん。作ろうと努力する事が大事なのよ、絶対。
それにね、あたしだってね、まひろの好みもちゃぁんと考えて用意してる。まひろはきっと洋食好き。だって、あんなにオシャレで知的なんだもん。和食なんて田舎臭い物食べないよ。
それにパン好きでしょ、きっと。だって朝もパンだし、昼もサンクチュアリで食べる時は必ずクラブハウスサンドウィッチ。だから夕食もパンにしてみました。バケット、ライ麦パン、バターロール、クルミパン--、好きなの選んでもらうんだ。
あと、まひろはお肉好きじゃないと思う。それに脂っこい物も食べないと見た。だってやせてるものぉ。でも意外にがっちりしてるし、頭も良いって事は魚好きに違いない。魚には頭がよくなるヤツが入ってるってTVで前やってた。何て言ったっけ? 確か・・・そうだ、DNAだ。
あたしってまひろの事になると何でも分かっちゃうのよねぇ。本当に愛の力って偉大だわ。
ウットリしてると、ガチャッと玄関の扉を開ける音がした。
「ただいま。」
まひろの声。
「はぁぁああああい。」
愛しのダーリンがお帰りだわ。
あたしは猛ダッシュで玄関へ向かった。
「満、もう一人同居人が増えてもいいですか。」
靴も脱がないうちに、まひろが突然言った。
何? 同居人って。 それって男? 女? 女なんて言ったら、すぐに荷物まとめて出て行ってやるぅっ。・・・いや、絶対出て行かない。追い出してやるっ。男だったら・・・ま、いっか。・・・いいんや、駄目駄目、まひろと2人っきりがいいっ。いくら部屋が広いからって、いくらベッドが特大サイズだからって、イヤイヤイヤイヤイヤぁ。まひろとの2人っきりの生活に邪魔者が入って来るなんて絶対イヤぁーっ。・・・ん? 同居人がもう一人って? ・・・あたしの事も同居人だと思ってるのぉっ! ひどいっ! まひろのバカバカバカっ。
頭の中がぐるぐるぐるぐるして、パニック状態。気付くと、まひろが申し訳なそうにあたしの顔を覗き込んでる。
「実はもう連れてきてるんです。」
な、なにぃっ。
まひろは後ろに回していた手を前に出した。まひろの両手の上に何か黒い物体が---。
「にゃあ〜ん。」
「ね、ね・こ?・・・・・・」
それは黒い小さな猫だった。
ホッ。何だ、同居人って猫だったのか。んじゃ、同居猫じゃん。
「そこの公園にいたんですけど、捨て猫みたいなんです。この辺は野良猫が多いので、こんな小さな猫じゃ生きていくのも大変だと思って。」
安心したせいか、あたしは気が大きくなっていた。
「ここはまひろの家でしょ。あたしなんかに遠慮しないでいいのよ。あたしの方が置いてもらってる身なんだからぁ。猫の一匹や二匹、なぁーんて事無いわよ。猫でも犬でも虎でもライオンでもどぉーんと来いっていうのよ。」
なぁんて、あたし動物苦手なんだけど。
「良かったですね。満もおまえの事可愛がってくれるそうですよ。」
まひろはそう言うと、猫を抱き上げ自分の顔にこすりつけた。
なんちゅう羨ましい事をされているんだぁっ。それに、可愛がるなんて一言も言ってないよぉ。
まひろは靴を脱ぐと、あたしの手作り御飯を見もしないで、冷蔵庫から牛乳を出してミルクパンで温めだした。
あたしはソファの上に乗っている黒ちび猫を思いっきり睨んだ。
ちぇっ、何様だって言うんだ。あんたのせいで、まひろがあたしの作った御飯まだ食べてくれないじゃん。
猫はあたしの怒りに気付かず、ペロペロとのん気に前足を舐めている。
ずるい。可愛さであたしの怒りを消そうとしてる。
あたしは諦めて「まひろって優しいよねぇ。」と言った。
まひろが振り返りながら言う。
「何がですか。」
「猫なんて拾って来ちゃって。」
「ああ。よく拾うんですよ、小さい頃から。今までに飼った動物は皆、拾って来た奴かもしれません。」と言いながら、まひろが苦笑いした。
ああ、苦笑したそのシワまでもがス・テ・キ。
「増えすぎて家で飼えなくなって、友達の家を回って飼ってくれる所を探したりして・・・。そのうち動物の方も分かるみたいで、居場所が無い奴が自分の方からやって来たりするんですよ。」
まひろの笑顔につられて微笑んでいたあたしはハッとした。それってあたしの事?
猫の話題ばかりで、あたしの手料理の感想が聞けなかった。
ちょっとぶうたれながら、お風呂上がりのあたしは、今日買ったばかりのナイトウェアを着る。
襟ぐりと袖ぐりのシャーリングと、胸元のギャザーがロマンチックぅ。フェミニンなキャンディピンクのナイトウェア。二の腕出ちゃって、セクシーでしょうん。一人暮らしの時に着てた男女兼用の縦縞青パジャマじゃ可愛くないから、今日バイト帰りに買っちゃった。これならいざっていう時でも大丈夫。・・・いざっていう時ねぇ、来るかなぁ? 今日だったりしてぇ。きゃ、どうしましょ。
ベビーローションを普段は付けない足にまで丁寧に塗った。
なんかあたし、スゴイ期待してる? でも昨日チューしたし、今日はそれ以上の事があるかも。やっぱりこの位の準備はしておかないと。ネグリジェに香水って訳じゃないから、爽やかなお色気でいいよねぇ?
あたしは鏡に映った自分の姿を見た。
はぁ〜。ため息。
何だか子供っぽぉい。色っぽくなると思って買ったのにぃ。もうちょっと胸があったらセクシーなのかなぁ。
胸を反らして、少しでも大きく見えるようにしてみる。
はぁ。
それともこの髪型が色気ないのかなぁ。
洗い立てのおかっぱ頭を引っ張ってみる。
ふぅ。
また髪の毛伸ばそうかなぁ。そんで大人っぽいパーマをかけるの、大きいロッドで。ホットカーラーで巻くのもいいなぁ、ぐりぐりって。
そんな自分の姿を想像する。
はぁ〜。似合わなそう。やっぱ、この童顔がいけないのかなぁ。
ほっぺを両手で包んで口を尖がらせてみる。
ああ、デパートで欲しい物をねだってる子供みたい。しょぼぉん。
まぁ仕方ないか。そんな事で落ち込んでても、顔もスタイルも取っ換えられないし。さ、気を取り直して、と。あたしって立ち直り早いなぁ
まひろは夕食後のこの時間、決まって書斎にいる。まひろが書斎にいる時はあまりお邪魔しないようにしてるんだけど、今日はお茶でも持っていこうかなぁ。・・・なぁんつって、いつもそれを口実に出入りしてるんでした。
「まひろ、コーヒー煎れたけど。」
書斎のドアをノックする。
「あ、ありがとうございます。どうぞ。」
少しでも邪魔にならないように、「おじゃましまぁーす。」と小声で言って部屋に入る。あたしって、なんて気配りの出来る女。
大きい木製の机の上に乗っかってるコンピューターに向かって、まひろがキーボードを叩いている。
あ、メガネ掛けてる。スマートなフォルムのかっこいい奴。まひろによく似合ってる。かっちょええ〜。普段は見ないメガネ姿、貴重、貴重。
「ここ置くね。」
ドキドキを抑えながら、あたしは本やノートや紙切れが散らかってる机の隙間に銅製のカップを置いた。
ああっ、猫の奴ぅっ、まひろの膝の上で気持ち良さそうに寝てるぅっ。そんな事あたしもまだやった事が無いっていうのにぃ。く、くやじぃ。
が、前向きなあたしはすぐに考えを変えた。
へへぇんだ、いいもんねぇ〜。猫はそうやって可愛い振りして甘えられるかもしれないけど、人間同士の知的な会話なんて出来ないだろう。
あたしは邪魔をしないというポリシーを捨て、まひろに話し掛けた。
「今日は何してるの?」
コンピューターを覗き込んでみる。
げっ、なんかいっぱい数字やらアルファベットが並んでるよぉ〜。
「ああ、これですか?」
まひろがメガネを外して軽く伸びをしながら言った。
いやぁん、メガネ取っちゃった。貴重なメガネ姿がぁ〜。でも、メガネ外したお顔も、もちろんス・テ・キ。
「恐竜は何故絶滅したのかを、コンピューターでシミュレーションしてみようと思ってるんですよ。」
出た、また恐竜だ。さすが恐竜博物館の学芸員。
「すごぉーい。そんな事出来るの?」
シミュレーションという言葉がうろ分かりのくせに必要以上に驚いてみた。
「出来るかどうか分からないんですが、試しに、ね。」
「ええーっ。それが出来たら、まひろ、有名になっちゃうんじゃない? 賞とか取っちゃったりしてぇー。」
まひろは首を小さく横に振りながら答える。
「自分で作ったプログラムですし、信憑性に欠けるっていうか・・・。ほとんど趣味でやってるんですよ。」
趣味? 仕事じゃないの? 学芸員ってそーゆー事してるんじゃないのぉ?
「ねぇ、ねぇ、まひろ、学芸員って何するの?」
「学芸員ですか? 資料を収集し保管して、その資料について研究をして、その結果を皆さんに知ってもらう--のが仕事ですね。」
分かったような、分からないような。
「・・・仕事じゃないの? これ。」
あたしは指でパソコンの画面を指差した。
「いえいえ、とてもこんなもの展示出来ません。あくまでも趣味です。」
珍しく、まひろがきっぱりと言った。
「ふぅん。でも趣味でそこまでコンピューターいじれるのって凄いよ。尊敬しちゃう。あたしなんて、画面見ただけで頭痛くなったよ。」
肩がっくし。
「出来ますよ。弄るのなんて、簡単です。満にも絶対出来ますよ。試しにゲームから始めてみますか?」
えぇっ。ゲームでもちょっと自信無いっス。始めればまひろに教えてもらったりして、二人の時間が増えるのかなぁ。でも、やっぱりボタンが一杯付いてるのは苦手。あたし、動物も苦手だけど、機械も得意じゃないのよねぇ。
「絶滅ってどうやって起こったか分かってないの?」
さり気なく話を変えてみる。
「ええ。いろいろ言われてはいるんですが・・・大きくなり過ぎて環境に適応出来なくなったとか、隕石が衝突して地球の温度が下がったからだとか・・・。」
むむ、話が難しくなってきたぞ。
まひろがコーヒーを口に運ぶ。
今日のお味はいかがですか、ブレンド変えてみたんですけど。感想が聞きたい〜。でも話を続けましょう。知的会話、知的会話。
「まひろはさぁ、どうして絶滅したと思ってるの。」
まひろが頭を掻きながら答える。
「それが、まだ、分からないんですよ。一つ、考えてる事はあるんですが・・・・。」
まひろが微笑む。
てへっ。つられてあたしまで笑顔になっちゃった。
「ま、それはいいです。秘密です。自分の考えは置いておいて、コンピューター上に恐竜がいた白亜紀の時代を展開させて、いろんな説を実際にぶつけてみようと思ってるんです。・・・・あ、そうだ。」
照れくさそうに話してたまひろが急に顔を上げる。
え? 何、何?
「満の意見も聞かせてください。満は何故絶滅したと思いますか。」
ええ〜っ、あたしにそんな難しい事聞かれても・・・。う〜ん。・・・そうだっ。
「ねぇ、恐竜って本当に絶滅したの?」
「え?」
「まだ生きてるかもよ。土の中で冬眠してんだよ、きっと。んで、起きてこよーとは思ってるんだけど、ほら、ビルとか建っちゃってるから、地面の中で身動き出来なくなっちゃってるんじゃない?」
あ、まひろ黙っちゃった。
「あたし、変な事言った?」
まひろがあたしの頭をくしゃくしゃっと撫ぜる。顔を上げると、くしゃくしゃの髪の間から優しく微笑むまひろの顔が見えた。
「満は凄いですねぇ。尊敬します。」
「あ、馬鹿にしてるなー。」
「いえ、いえ、そんな事は・・・・。プログラム作成に是非役立たさせてもらいます。」
あ、笑いながら言ってるぅ。ぶーっ。
でもいいや、まひろの研究の役には立てなかったけど、息抜きにはなったみたいだから。
笑い終えたまひろが、あたしの色っぽい姿にやっと気付いて言った。
「満、その格好・・・・・・」
下から上へ・・・・・・いやぁん、そんなに見つめないで。恥ずかしい。でも、もっと見てぇ。そして何か言ってぇ。
「・・・暑いんですか。冷房つけましょうか。」
ガァアアン。暑いわけないじゃない。鳥肌立ってんの! 我慢して着てるの! ちゃんと色っぽいね、とか、素敵だよ、とか、セクシー、とか、・・・せめて可愛いって言ってよぉ。
「ほら、今日あったかかったじゃない? それにあたし暑がりでぇ・・・。」
末端冷え性のあたしは強がりを言ってみせた。
その夜、あたしは冷たくなった手足をさすりながら、ぶるぶると震えながら寝た。あのナマイキ猫は、まひろの腕の中で幸せそうに寝ていた。ちっきしょぉ。