年の数だけ 星のサンクチュアリ@

 「ミチル、これ。」
 オカケンが大きな長方形の箱をつっけんどんに渡してきた。
 「何、これ。」
 白い紙に包まれているその箱を抱えながら聞くと、オカケンはますます乱暴に、「開けてみ。」と言った。
 なんじゃ。どっから持ってきたんだ、こんなデカイ箱。オカケンの衣装部屋か? とりあえず素直に開けてみるか。
 紙をくしゃくしゃと引きはがす。中から出て来た白い箱。蓋をそっと開ける。薄紙に包まれているのは--。
 わあぁぁっっ。
 「どうしたのぉっ、これぇ。」
 白い箱に収まっていたのはラズベリーレッドのドレスだった。ゆっくりと気を付けて取り出す。
 「ミチル、明日誕生日でしょ? マヒロは忙しいから、代わりに僕から・・・。」
 「うわぁ、すごぉい。きれぇい。」
 あたしは急いで寝室に行き、スタンドミラーの前でドレスを合わせた。
 シンプルだけど、可愛い〜ぃ。やーん、どっかに着て行きたぁい。
 はしゃいでるあたしにオカケンが声を掛けて来た。
 「あんた、ちゃんとした服持ってないでしょ? 今度ムーラン・ルージュでパーティあるからそれ着ておいで。」
 「うんっ。嬉しいっ。まひろ、ちゃんと誕生日覚えててくれたんだぁ。・・・本当は手渡しが良かったけど。」
 そんな贅沢な事言ってちゃバチが当たっちゃうな。
 「なーんて、嘘。オカケンもありがとね、渡してくれて。やーあん。嬉しいっ。嬉し過ぎっ。明日、まひろに会ってお礼を言わなきゃ。」

 まひろはいつだって優しい。何か喋らなきゃ、って必死になってるあたしに気付いて、まひろの方からいろんな事を話してくれる。
 「大分、仕事の方も落ち着いてきたんです。家に帰れる日も多くなると思いますよ。」
 「本当ぉっ。嬉し。まひろがいないと調子狂うんだよ。オカケンと顔合わせたらすぐ喧嘩になっちゃうし。」
 「はは。相変わらずですねぇ。たまには仲良くやって下さい。」
 「はーい。・・・あ、そだ。お礼を言おうと思って来たんだった。」
 「お礼?」
 まーたまた、とぼけちゃってぇ。
 「うん。ドレスの・・・。」
 「ドレス?」
 あり?
 「知らない? あ、じゃあ・・・選んでくれたのはオカケンなのかな。でも、まひろが頼んだんでしょ? オカケンに。」
 あ、まひろ悩んでる。
 「え? まひろじゃないの? あたしに誕生日プレゼントくれたの。」
 「満、誕生日だったんですか。あー、すみません。忙しくて何も用意出来なくって。」
 あちゃ。もしかしてまたあたしの勘違い? そう言えば、まひろに頼まれたなんてオカケン一言も言ってなかったっけ。
 「オカケンに悪い事しちゃった。」
 つぶやくと、まひろが優しい顔で、ん? という風にあたしを見つめた。
 「あ、そだ。あたし、まひろにも悪い事してたんだ。ずっと謝ろうと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて・・・。」
 まひろが不思議そうな顔をしてる。
 「いつかの事・・・マスターが死んじゃった時の事。ヒドイ事言ってごめんなさい。」
 まひろが笑顔になる。辛くなる程、優しい笑顔。
 「気にしてませんよ。」
 「でもっ。・・・ごめんなさい。あたし、あの時ちょっと変になってて、自分でも訳分かんなくって・・・。」
 まひろがいーこいーこしてくれる。久し振り。とろけちゃう。
 「人ってさ、何で死んじゃうんだろね。自分で死ななくても、いつかはみんな死んじゃうよね。」
 あ。まひろにはツライ質問だったかな。・・・ごめん。
 でも、笑顔のままのまひろ。
 「自ら命を絶とうとする人間なんていないと思います。」
 「じゃ、何で・・・。」
 「何故でしょう?」
 まひろがゆっくりと息を吐いた。
 「ウィルスとか、病気とか・・・。・・・・・・あとは、風が吹いたから、とか。」
 風?
 「それ、恐竜がいなくなった理由でしょ?」
 まひろが軽く笑う。なんだか寂しそう。
 「きっと同じなんですよ、恐竜も人間も。」
 そうかなぁ。そうなのかなぁ。
 「まひろはそうやって病気のせいなんかにして、人のせいにしたくないだけじゃないの?」
 またまひろにキツく言っちゃった。あたし、いっつもまひろを傷つけるような事ばっか言ってる。なんでだろ。・・・まひろが優しすぎるせいかな。何か泣きたくなる。まひろの寂しそうな笑顔が余計そうさせる。
 「そうかもしれませんね。私は弱い人間ですから。」
 まひろの顔を見てられない。
 「・・・ごめんね。」
 絞り出して言った。まひろの声が慌ててる。
 「どうしたんですか? 何を謝ってるんですか?」
 「ずっと言わなきゃいけないと思ってたんだ。あたし、いつもまひろに甘えてばっかりで・・・。まひろの事が好きなのに・・・いじわるな事ばかり言って。」
 まひろは今どんな顔をしてるんだろう。顔が上げられないよ。
 「満にはいつも驚かされてばかりですね。さっきまで笑ってたと思ったら、怒り出して、泣いて、謝って・・・。・・・・・・意地悪な事言われた覚えはないですよ。」
 まひろはきっと、すごく優しくて、ちょっと困った顔をして微笑んでる。あたしはこの優しい人を一体どれ位傷つけてしまってるんだろう。・・・笑顔、作らなきゃ。
 あたしは作れない笑顔の代わりに、まひろの手をぎゅっと握った。

 「ごめん。本当ぉ〜っにごめん。」
 手を合わせてオカケンにおわび。
 「いいよ、もうそんな事。しっかし、マヒロも馬鹿だねぇ、言わなきゃ分かんないのに。『はい、そうですよ』とでも言っときゃ良かったのに。」
 「まひろはそんな嘘言いません。」
 正直だもん、あたしと違って。
 「あーあ。あたしも、ちょっと考えてみれば分かる事だったのにねぇ。まひろがそんな気の利いた事する訳ないもんなぁ。」
 「そだね。」
 オカケンがコーヒーを飲みながら言った。あたしがおわびに煎れたコーヒー。
 「オカケンもすぐ『違う』って言ってくれれば良かったのにぃ。」
 も一個のお詫びの品、タルト・オ・ポンムを口に入れながらオカケンが言う。
 「だって、訂正出来ない位嬉しそうだったんだもん。悪かったね、気ぃ持たせちゃって。」
 「ううん。あたしが悪いんだよ。また思い込みで突っ走っちゃって。」
 オカケンの顔を見る。
 「・・・って思ってるんでしょ?」
 オカケンは何も言わない代わりに眉毛をくいっと上げた。
 「だってさ、オカケンがあたしにプレゼントくれるなんて思わなかったんだもん。」
 「可哀相だと思ってね。お慈悲よ、お慈悲。」
 「ああ、そうですか。」
 そんなこったろうと思ってたけどね。
 「ただいまー。」
 オカケンと顔を見合わせる。
 ま、まひろだぁ。
 「おかえりなさーいっ。」
 急いで玄関へ迎えに行く。ウキウキ気分でニコニコしながら頭をフリフリお出迎え。
 「ただいま。」
 昼間会ったばっかりだけど、家で見るまひろはまた格別っ。
 「早かったじゃん、今日は。」
 あたしの後ろからオカケンが言った。
 「ええ。もう一段落付いたので、これからは早く帰れると思います。」
 そうなんだぁ。良かったぁ。こんなに早くその日が来るとは思ってなかったよ。スペシャル嬉しい。
 「それに満の誕生日だって聞いて。・・・はい、ケーキ。」
 まひろが後ろに隠していたケーキの箱を差し出した。
 ああっ。その箱はあたしの好きなマロニエのケーキねっ。赤地に金色の文字が書いてあるもんっ。・・・あっ。
 あたしとオカケンは顔を見合わせた。
 「マヒロ、この子、ケーキ買って来ちゃったんだよ、自分で。自分の誕生日なのに。」
 がくぅうん。まひろが買って来てくれるって知ってたら買わなかったよぉおん。誰もケーキ買ってくれないと思ったんだもんっ。・・・しょぼぉおん。
 「ま、いーか。ミチル、食いしん坊だから二個位食べれるでしょ?」
 うん、うん。食べます、食べます。喜んで。
 「申し訳ありません。じゃ、少しティーレにあげましょうか。」
 まひろがティーレを探す。オカケンため息。まひろの背中に向かって一言。
 「いないよ。」
 えっ。
 「ティーレ、もういないよ。」
 まひろが驚いて振り向く。
 そういえば最近見かけてなかったなぁ。どしたんだ?
 「あいつならどっか行ったよ。よそに女でも出来たんじゃないかな。」
 あいつ・・・オスだったのか。
 「でも、夜は戸締まりをしてて外には出してなかったはずじゃ・・・。」
 まひろがあたしを見る。
 「出してない。出してない。」
 急いで答えるあたし。
 「悪い。昼間僕が放してた。『一緒に遊べ』ってうるさいから。そんなに遊びたきゃ外で遊べって。」
 「そうですか。」
 あ、まひろ落ち込んでる。かわいそ。こらぁっ、オカケンっ。何て事をするんだ。
 「仕方ありませんね。ティーレも仲間のところがいいんでしょう。」
 まひろ本当に優しいんだからぁ。責めなきゃ駄目じゃない。
 でも、あたしも何も言わなかった。オカケンも悪くない。
 「ケーキ、食べましょうか。」
 まひろの声が淋しげ。あたしは黙ってうなずいた。
 三人のテーブル。静か。いつもより。たった一匹がいなくなっただけなのに。
 「みんな、いなくなっちゃうのかな。」
 はっ、しまった。余計淋しくなるような事を言ってしまったぁ。うげっ、オカケン睨んでる。えーん、ごめんなさぁい。そんなつもりはなかったんですぅ。ぐずっ。
 どうしていいか分からなくなって、まひろの買ってきてくれたチョコレートのケーキを口に放り込んだ。
 ん、んまーいっ!
 つやつや輝いてた表面のコーティングは、あたしの口の中でパリっと割れて、つるっと溶ける。その後は生クリームがたっぷり入ったフワフワのチョコレートがやってくる。最後にはホロ苦いビスキュイ・ショコラ---しかもナッツ入り。ふわふわのシフォンケーキもいいけど、あたしはちっちゃくてもいいから、ぎゅうーぅって詰まった濃い〜ぃケーキが好き。いくつもの味が層になってて、パリパリ、サクサク、フワフワ、ジュルルッ、が同時に襲ってきて・・・うーん、もうたまんなぁーい。
 細めた目の間から、あたしを見つめるまひろとオカケンが見えた。
 へ? 何? こんな時によく食べていられるなって?
 「満は本当に美味しそうに食べますね。」
 へ? 何それ?
 「ほんと。それってミチルの特技だよ。」
 オカケンまでーっ! 全然誉められてる気がしないっ! ただの食いしん坊じゃん!
 「満の食べてる姿見ると元気が出ますよ。」
 まひろのすんごい柔らかい笑顔。
 へへ、照れるなぁ〜。
 オカケンがラブラブな空気に入ってくる。
 「おかげで陰気な空気がどっか行っちゃったよ。・・・ミチル、お葬式では物食べない方がいいよ。」
 ぶーっ!!


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