おっかしーなー、一人でご飯食べるのなんて慣れっこだったはずなんだけどなぁ。まひろもオカケンもいないからコンビニ弁当でラク出来てラッキー、って思ったはずなんだけどなぁ。お気に入りの久々オムライス弁当なんだけどなぁ。もっと美味しかったと思ったんだけどなぁ。
ティーレが空っぽになった皿をペロペロなめてる。--オカケンが置いてった紫色の高級ネコ缶。美味しかったのかな? ず〜っとなめてる。・・・お腹が一杯じゃないのかな。
「おーい、ティーレぇ、一緒にオムライス弁当食べっかぁー? ウィンナーやるぞぉ。」
そんなにじっと見つめんなよぉ。たまには仲良くしよぜぇ。・・・あっ、逃げやがった。
ティーレがいなくなって、あたし一人だけの部屋。凄く広く感じる。一.五倍位。この部屋、こんなに広かったっけ。こんなに白くって、・・・何にもなかったっけ。TVとか、ソファーとか、テーブルとか、カーテンとか、壁に描いてある絵みたい。本当にここにあるのかな。
なんだか・・・寒いな。何で寒いんだろ。今日雨降ってないのにな。何か、心の中がモヤモヤする。何か、渦、巻いてるみたい・・・。
・・・あはは、馬鹿みたい。何、シリアスモードに入ってるんだろ。ごまかさなきゃ。誰かに会ってごまかさなきゃ、今すぐ---。
「こーんにちはっ。」
元気よくカウンターの中に声を掛ける。その声があたしだと分かると、アキラ君は急に営業スマイルをやめて思いっきり嫌な顔をした。
「また来たんスか。」
コップを拭きながら、ため息まで吐いている。
「来ちゃいけなぁい?」
「そんな事無いっスけど。」
「お客様は大事にしないと駄目よぉ。」
自分の事は棚上げ。
「この間の事、全然憶えてないのよねぇ。すんごい酔っ払っちゃったからさぁ。」
椅子に腰掛けながら笑顔で言った。
「そうでしょうね。」と小声でアキラ君が言う。
こ、こいつ・・・。・・・ま、いいや、気を取り直してと。
「なんか、ショーみたいのやってたでしょう? 今日はちゃんと見ようと思ってさ。」
アキラ君、疑いの視線。
「だぁいじょうぶよぉ、今日は酔わないから。この間はね、ちょっとね、飲みたくなるような事があったの。」
「そうみたいっスね。」
「え? 何、何で知ってんの。」
あたしが身を乗り出すと、アキラ君は軽く息を吐いてから言った。
「OKAKENさんに話してたっスから。」
「えっ? 嘘っ。何、何話してた?」
「さぁ、そこまでは・・・。マヒロさんの話みたいだったスけど。」
ぐらんぐらんぐらーん。めまいみたいに、ぐらんぐらんぐらーん。
あたし、どこまで話したんだろう。・・・全然思い出せない・・・。まさか、全部? まっさかねぇ、話す訳ないよ、いくら酔っ払ってたからってぇ。
「何飲みます?」
「あ、えっとぉ・・・。」
「・・・この間のと同じでいいっスか。」
「え? あ、うん。」
この前何頼んだか、ちゃんと覚えてるんだ。すごいなー。
「ああっ! もしかして、あたしがこれから『いつもの』って頼んだら、カシスソーダ出してくれる?」
アキラ君、嫌そうな顔しながら「また来る気っスか?」
な、何ぃっ。
「来ちゃ悪い〜?」
ほっぺを膨らませながら言った。
「いーじゃん来たって。」
ぶぶぶのぶーっ。
「だって常連になりたいんだもん。」
あたしも常連になりたーい。たまには、お客になってみたーい。
「常連になるつもりなんだ。」と沈むアキラ君。
「なぁんでそんなに嫌そうにしてんのよっ。怒るよっ? 客を大事にしろーっ。いつもの奴って言ったらカシスソーダ出せーっ。」
あたしは熱くなってるのに、アキラ君は「おまちどうさまでした。」と事務的にグラスを目の前に置いた。
冷たいなーっ。そんなにあたしが嫌かいっ。こーなったら、とことん話し掛けてやるっ。
「ねーねー、アキラ君て、いくつ?」
アキラ君が上目遣いであたしを見てから、仕方なさそうに答えた。
「21です。」
「56年生まれ? じゃ、あたしよりイッコ下だねぇ。」
「・・・・・・。」
返事もしてくれなくなった。むむっ。でもめげないっ。
「その短髪いーよねー。短髪は短髪でもさ、金髪の短髪は何かやだよねぇ。いかにも遊び人って感じしなぁい? ま、遊び人なんだけどね。あとナルシストって感じもするよねぇ。ま、ナルシストなんだけど。」
あたしが金髪の短髪の悪口を言うと、アキラ君がやっと口を開けた。
「ミチルさんがOKAKENさんの事をどう思ってるか知らないっスけど、オレはOKAKENさんに憧れて、この髪型をしてるっス。」
「ええっ、そーなのー?」
あんな奴のどこに憧れるっていうんだ。あんなオカマ野郎・・・・・・はっ。
「も、もしかして、アキラ君て・・・。」
アキラ君が強い目であたしを見る。
「OKAKENさんの事が好きっス。男の人を好きになったのは初めてだけど、ゲイと言われても否定はしないっス。」
「は、はぁん。そ、そうなんだ。」
何と言っていいのか分からず、とりあえず相づち。そして訪れる沈黙。
あ〜ん、きまずいよぉ。何か言った方がいいのかなぁ。でも、何て言えばいいのぉ〜? ・・・・・・ん? 何か騒がしいぞ。
振り向いて見てみると、スポットライトで照らされたステージの上でショーが始まっていた。赤と白のしましま模様の大きい帽子を被って、同じ柄のふわふわのドレスを着て、足を高く上げ一列に並んで踊る女の人達---。
「わぁー。」
思わず出る声。
「・・・あ、あれ?」
よく見ると、フリフリのスカートの裾をまくり上げながら踊っているのは男の人だった。
「うわ、きちゃない。」
素直な感想。
どーせやるんだったら、もっと綺麗なオカマを集めて踊ればいいのにぃ。体はデカイわ、脚は筋肉質だわ、毛深いわじゃ、しょーがないでしょうにぃ。あはは、でも面白ぉい。
あ、あの人、なんか小太りでカワイイ。ぬいぐるみみたぁい。あの人の化粧ひどぉい。パンダだよ、あれじゃ。きゃはははは。・・・おっ、こけた。足よく上がるなぁ。おーおー、回っちょる、回っちょる。はっひゃっひゃっひゃぁ。さぁいこぉーっ。
あーあ、終わっちゃったぁ。面白かったぁ。・・・げげっ、あたし、いつの間にか立ち上がって見てたよ。しかも思いっきり拍手してるしぃ。
アキラ君の方を見る。ショーを見慣れているのか、いつもと同じようにクールにコップを拭いている。はしゃぎすぎてる自分が恥ずかしくなった。あたしは何事も無かったようにそっと椅子に腰掛けた。
「あ、そーだ。あたし、アキラ君の事応援するよ。オカケンと上手くいくように。」
恥ずかしさを話でごまかした。アキラ君があたしを見る。
「そうすればマヒロさんがミチルさんの物になるっスもんね。」
あちゃー、バレたか。
「あたし達の事、知ってんだ。」
「ええ、OKAKENさんがいつも話してますから。」
いつもって、何話してんだ、あいつ。
「ちょっとぉ、何やってんのよ、こんなとこで。」
むむっ、聞きなれた嫌な声。振り向くと、いつものように偉そ立ちのオカケン。あんたこそ何で来るんだよぉ。
「あたし、これから毎週土曜日はここに来ようと思ってんの。あ、もちろん、まひろが帰って来るまでだけど。」
オカケンとアキラ君が二人揃って嫌そうな顔をした。
何よ、ちゃんと金出して来てんのよ? 文句あんの?
「OKAKENさん、今日はどうしますか。」
アキラ君がオカケンにひそひそ話。
オカケンがあたしの方をちょっと見て、「今日も止めとく。」と、アキラ君に小声で言った。
二人揃ってこそこそしちゃって感じ悪ぅい。
「何をやめとくの?」と、オカケンの顔を覗いてみた。
「な、何でもないよ。」
あ、なぁんか、怪しいぃ。ジロー〜っ。
「どうして毎週来んのよっ。」と、逆に睨み返された。
そんなに恐い顔しなくったって・・・。
「あたしなりに考えてみたんだけどぉ・・・、ここに来ると、とりあえず忘れるっていうか・・・、お酒飲んで、ショー見て、アキラ君とオカケンと話してたりすると忘れるんだよねぇ、いろんな事。」
「いろんな事ってマヒロの事でしょ。」
冷たくオカケンが言った。
「ああ、そうですよ。」
開き直ってみる。
「一人でいるとさ、いろいろ考えちゃってさ、寂しいなぁとか、まひろ今何してるのかなぁとか。」
あんな事しなきゃ良かったなぁとか。
「朝までここにいれば、後はバイトまで寝てればいいでしょ? 寝てればいろいろ考えなくても済むし。」
オカケン、諦め顔でため息。
おっ、やっと諦めたか。あ、煙草に火ィ付けた。なんかヤな予感。まぁた怒られそう。
「あんたねぇ、いい加減、自立しなさいっ。」
あ、やっぱり怒り出した。
「・・・それはいつかのペット体質って事ですか。」
恐る恐る聞いてみる。
「そ、飼い主がいないと何も出来ないペット。マヒロはあんたの飼い主じゃないんだからね。」
ぶーっ。
「そんな事分かってますよぉだ。」
飼い主だったら恋愛出来ないじゃん。
オカケンが大きくため息を吐く。煙草の白い煙が揺れる。
「でも、もしかしたらマヒロは飼い主のつもりでいるのかもねぇ。」
そ、そんなぁ。だって、キスだってしてくれたし、いつも優しく「いいこいいこ」してくれるよぉ? ・・・・・・あ、ペットだからしてくれるのかなぁ。でも、ペットでもいいや。まひろの側にいれるんだったら、それでもいい。
オカケンが伸びをしながら言った。
「マヒロもねぇ、人との付き合い方が分かって無いとこあるからなぁ。」
「飼い主とペットでいい組み合わせじゃん。」
つぶやいてみた。オカケンの顔が見る見るうちに変わる。
うわぁ、エンマ様みたいだ。見た事ないけど、きっとこんなんだ。
「あんた、それでいいの? いつまでも自立しないで、ずーっとだれかに引っ付いてコバンザメみたいに生きるつもりなのっ? 」
オカケンが煙草の灰をイライラと灰皿に落とした。
「ま、僕には関係の無い事だけどさっ。」
そーだよ、オカケンには全く関係の無い事っ。余計なお世話っ。何様だと思ってんの? 親でも友達でもないんだよ? ただの同居人じゃん。しかも、好きで同居してる訳じゃない。何でいつもいつも、こんなブルーになるよな事ばかり言うのっ。あー、もおっ。何でいつもいつもオカケンはここに来るの? 仕事行けよっ。
「オカケン、仕事はっ? 早く行きなよ。」
もうあんたの顔なんて見たくないっ。
アキラ君がオカケンの代わりに答える。
「OKAKENさんは仕事で来てるんスよ。」
仕事?
オカケンが「何で言うのっ。」とアキラ君を軽く睨む。
「何で言っちゃいけないのっ。何で内緒にすんのよっ。」
自分ばっか秘密でずるいよ。言い返されるのが嫌なんでしょっ?
「おはよう。」と、トゲトゲした空気にハスキーな声が割って入って来た。
声のする方に振り向くと女の人が立っている。
「おはようございます。」
アキラ君が急に姿勢良くなって言った。
「おはよ。」
オカケンは煙草を吹かしながら言った。
誰この人、すごい派手。全身真っ赤っか。肩が大きく開いたドッド柄のブラウス、深いスリットが入った長いタイトスカート、ピンヒール--皆赤い。口紅も赤。ゴールドのアクセサリーをこれでもかっていう位、じゃらじゃら一杯着けてる。いくつ位だろう。三十代? いやいや、化粧がかなり濃いから、実は四十代かも。・・・・・・一体この人何者?
と思っていると、向こうから先に聞いて来た。
「誰この子? 見ない顔ねぇ。」
まじまじと見られる。
「んー、僕の連れ。」
オカケンがテキトーな言い方をした。派手な女の人があたしを上から下までジロジロ見る。
「へぇ〜、珍しいじゃない。あんたが女の子連れて来るなんて。・・・でも、あんたの女じゃないわね。タイプじゃないでしょ? こーゆー子。」
し、失礼な奴ぅっ。オカケンの女な訳ないでしょっ。オカケン、オカマなんだからっ。オカケンがオカマだって事知らないのっ? 「こーゆー子」ってどーゆー子よぉ。なんか、すごいバカにされた感じ。ちっきしょー、何か言い返してやるぅっ。
ところが、言い返す前にその派手な謎の女は、「話があんのよ。ミーティングするから、ちょっと事務所来て。」と、オカケンを連れて奥の部屋に行ってしまった。
「誰よ、あの人。」
むすっとしながらアキラ君に聞く。
「ああ。・・・・・・ここのオーナーですよ。」
ふうん、そうなんだ。だからか? あの偉そうな態度。ヤな感じぃ。
「何でオカケンはタメ口で話してるの?」
アキラ君はちゃんと敬語使ってるのにぃ。
「・・・オーナーと従業員って関係だけじゃないっスから。」
アキラ君がオカケンの入っていったドアを見つめながら言った。
オーナーと従業員の関係だけじゃないってどーゆー事? あっ、分かっちゃった、分かっちゃった。そーゆー事ね。だからアキラ君が切なそうな顔をしてるんだ。そういえばマスターが言ってたっけ。ムーラン・ルージュって売春宿みたいな事もしてたって。
「オカケンがここで何して働いてるのか分かっちゃった。」
ふふふ、アキラ君、今ギクッとしたね。
「体売ってんでしょ?」
小さな声で言ってみた。アキラ君が慌てて言う。
「違うっスよ、OKAKENさんがそんな事する訳ないっス。もしそうだったら、オレが一番最初に買うっス。」
・・・・・・。
な、なぁんだ、違うのか。じゃ、オーナーと出来ちゃってるってだけか。・・・ん? あれ? オカケン、オカマだよねぇ、女の人と付き合えるの? ・・・あ、そっか。またまた満ちゃん分かっちゃいました。あの派手な人、女の人に見えるけど、ニューハーフなんだ。そうだ、そうにちまいない。
あ、アキラ君の顔が真っ赤。そりゃ、好きな人を「買う」なんて言っちゃったらなぁ。
「オカケンにちゃんと告白してみれば?」
お姉さんがアドバイスをしてあげよう。そして恋のキューピッドになって、オカケンとアキラ君をくっつけて、あたしはまひろと・・・・・・。
うつむいたままアキラ君が答える。
「無理っス。OKAKENさんの好きな人はマヒロさんだけみたいっスから。オレには勝ち目は無いっス。」
ふーっ。
二人でしんみり。アキラ君の気持ち、よく分かる。痛いです。かさぶた気分です。
しんみりしてると、化粧の濃いぃ黒づくめの女が近づいて来た。
「ねぇ、アキラ、今日OKAKENのステージは?」
アキラ君があたしの方をチラリと見て答える。
「今日は無いよ。」
な、何? オカケンの・・・ステージって?
「ええ〜っ。あたしらそれ楽しみに来てんだよ? 最近、土曜はいつも休みじゃん。OKAKENは? 何処行ったの。」
あたし、ら?
後ろを振り向くと、似たような格好をした女の子達が固まってひそひそと話している。なんか怖い。
「打ち合わせ。」
アキラ君がぶっきらぼうに言った。
「何だよ、ついてないなぁ。」と言いながら、その女は髪を掻き揚げた。
はっ、目が合っちった。怖っ。
「ねぇ、この女、誰? 見ない顔だけど。ちゃんと誰かの紹介で来てんの?」
ぎ、ぎくぅ。何? この人達誰? 怖いよぉ。
「ああ、OKAKENさんの・・・・・・妹さん。」
それを聞いて、女の態度がコロリと変わる。
「あ、そうなんですかぁ。OKAKENさんに妹さんがいたなんて知らなかったから、ごめんなさぁい。私達、OKAKENさんのファンなんですぅ。お兄さんによろしくお伝え下さぁい。」と、オクターブ高くなった声で言って、さっきの女の群れへ帰って行った。
な、何だ〜? ・・・あ、黒づくめの女の群れがなんかひそひそ話してる。うぉ、皆一斉にこっち見たぁっ。怖ぁい。とりあえず愛想笑いしとこ。
向き直って、アキラ君に小声で抗議。
「あの人達何者? 何であたしをオカケンの妹なんて言ったの?」
アキラ君も小声で答える。
「OKAKENさんの取り巻きっスよ。一緒に住んでるなんて言ったら殺されますよ。」
きょ、怖い〜。あんなカラスの大群みたいなのが襲って来たら、か弱い満ちゃんはすぐに殺られちゃうよぉ。ボコボコにされちゃうよぉ。・・・でも、可哀相、あの子達。オカケンがゲイだって事知らないのね。あと、性格が悪いって事も。