お抹茶好きな女A

 え〜ん、どこにまひろがいるのか分からないよぉん。まひろ、どこぉ〜。ギャッ、このでっかい恐竜怖いよぉ。こっち見てるよぉ。歯がギザギザだよぉ。近づかなくていいように、なるべく壁際を歩こ。
 あ〜ん、このまま行ったら外に出ちゃうよぉ。中に入ったら係の人にまひろの居場所を聞こうと思ってたのに、それっぽい人がいないんだもん。お客さんがぽつりぽつりいるだけ。ふえーん、まひろに会えないまま帰る事になるのかなぁ。本当に外に出ちゃったらどうしよう。もう一回入場券買って入るしかないのかなぁ。
 あ、あそこに掃除のおじいさんがいるっ。聞いてみよっと。
 おそるおそる声を掛ける。
 「あ、あのぉ。」
 おじいさん、キッと振り向く。
 「何っ。」
 こ、怖ぁ〜っ。
 「あ、あのぉ、ここで働いてる人に会うには、どこに行ったらいいんでしょう。」
 おじいさん、元々シワシワなのに、おでこにシワを寄せてもっとシュワシュワの顔になる。
 「はあ? あんた、何言ってるんじゃ。ここで働いてる人って誰の事じゃよっ。わしだってここで働いてるんじゃぞ。」
 それは、そうかもしれないけど・・・。あーん、怖いよぉ。頑張れぇ、満ぅ。
 「あの・・・が、学、い、げ・・・・・・。」
 あれぇ? 何て言ったっけ? まひろの職業。焦って分かんなくなっちゃったよぉ。
 「が、ガクゲイインの人とか・・・。」
 やっと思い出した。ほっ。
 おじいさん、あたしの顔を睨み付ける。
 「なんじゃ、そのガクゲなんとかって。わしにそんな事分かる訳ないじゃろっ。ただ清掃員として雇われてるだけなんじゃから。」と、ブツブツ文句を言いながら、おじいさんはバケツを持ってどっかに行ってしまった。
 えーん。おじいさんが「誰の事だ」って聞くから言ったのにぃ。・・・おじいさんも毎回入場料払ってるのかな、んな訳ないよなぁ。バックステージパスとか持ってるのかなぁ。それとも秘密の出入り口があるとか。あーん、分からないよぉ。本当にどーしよっ。どうやったらまひろに会えるのぉ〜。
 壁に寄り掛かる。
 少し休んで頭冷やそ。焦ってどーしていいのか分からなくなって心細くなる時って、なんかモゾモゾして、おしっこ行きたいような気分になる。子供の時によくなった。迷子になった時とか。まさか20歳過ぎて、また経験するとは思わなかったよ。
 それにしても、さっきから腰の辺りにゴツゴツしたものが当たって痛いんだけど、なんだろ。・・・・・・なぁんだ、ノブか。ドアのノブでした。壁だと思ってたけど、ドアだったんだ。壁とおんなじ色だったから分かんなかったよ。はぁ。このドアが「どこでもドア」みたいにまひろの所に通じてればいいのに。
 !
 も、もしかしてこれが関係者出入り口だったりしてっ。・・・開けてみよう、か、な。
 辺りを見回して誰もいない事を確かめて、ノブをゆっくり回す。
 やった。鍵掛かってない。
 ドアをゆっくり開ける。
 外に出ちゃった、なんて事になったら泣くぞ。・・・ああっ、ちゃんと廊下に繋がってるっ。やったっ。
 「失礼しまぁす。」
 小声で言いながら素早く中に入り、扉をそっと閉めた。廊下をゆっくり歩く。何故か前かがみ。抜き足、差し足、忍び足。左側の大きな窓から太陽の日差しが一杯入り込んでる。右側には幾つかの扉。
 この扉のどれかは、まひろがいる部屋に繋がっているのかなぁ。きっと繋がってるよねぇ。でもどの扉がまひろに通じる「どこでもドア」か分からないよぉっ。一個一個開けてみよっかなぁ。でも、さっきの掃除のおじいさんみたいに怖〜い人が出て来たらやだしなぁ。でも、こうしてつっ立って悩んでてもなぁ、誰かに見つかって、「おっ、怪しい奴」って追い掛け回されても困るしなぁ。
 ふほーっ。
 これは「どうしよう」と「まいったなぁ」が混じったため息。
 よしっ。
 これは「やるぞ」と「もうどうにでもなれ」が混じった声。
 一番近くの扉をそーっと開けて、隙間から中を覗き見る。
 くっ、なんか、ごちゃごちゃしてよく分からん。ここは倉庫? 段ボールとか本とかが一杯積んである。今にも崩れ落ちそう。こーんなところで仕事してる人なんているわけないな、他の部屋探そ。・・・あ、ちょっと待て。 よく見ると机が並んでるぞ、学校の職員室においてあるよーな奴が。段ボールで見えなかった。でも机の上に物が一杯乗っかってるから、やっぱりこんなとこで仕事なんか・・・誰かいる! もしかしてまひろ? ・・・ま〜さかね、こんな所でまひろが仕事してる訳ない。まひろ、キレイ好きだもん。リビングも寝室もきちんとしてるし、物もあんまり置いてないし・・・。・・・のわっ。そーだ、書斎はごちゃごちゃしてたっけ。ドカドカいろんな物が積んであったんだ。一度、片づけよっかって言ったら、「満には散らかってるように思えるかもしれませんが、私には何が何処にあるか分かってるんですよ。一つの仕事が終わらないと、どうしても片付けられなくて。すみません、ここは目をつぶって、しばらくそのままにしておいて下さい。」って言われた事もあったなぁ。その時もまひろったら、「すみません」なんて言っちゃって、礼儀正しいんだからぁ、むふふっ。・・・おっと、そんな事を思い出してる場合じゃない。ぬーん。そう考えると、この部屋はまひろの書斎に似てるなぁ。あそこにいる人はまひろなのかなぁ。
 背伸びっ。
 ・・・なーんだ、女の人だ。
 白衣を着た女の人の横顔がチラリと見えた。ウェーブがかかったロングヘアーを色気の無いゴムでキッチリと結んでる。
 せっかくのロングヘアーなのにぃ、もったいなぁい。こーゆーとこで働いてる女の人は、きっとオシャレに関心無いんだ。化粧もしてないみたいだしぃ。それに何? あの分厚いメガネ。いかにもガリベンタイプって感じ。
 あの人にまひろの事聞いてみようかなぁ。でも感じ悪そうだしなぁ。なんたってガリベンだもんなぁ。先生には好かれるけど、仲間受けは良くなくて、学級委員にもなり損ねたって感じ。
 わっ、振り向いた。きょわっ。わわ、どしよ、目が合っちゃった。おわー、不思議そうな顔してるぅ。どうしよう。思い切って聞いちゃおっかなぁ、まひろの事。やっ、立ち上がった。のあっ、こっちに歩いて来るぅ。あ、は、のなっ、ほげっ。
 「何か?」
 あー、話し掛けられちゃったよぉ。意外と背デカイなぁ、見上げちゃうよ。怖いなぁ。メガネもとんがってるしさぁ。
 「・・・あ、ごめんなさい。」
 何故かそのガリベンが謝ってきた。
 「このメガネ掛けてると、話し掛けにくいってよく言われるんです。」
 うんうん、話しづらいよ。よく分かってんじゃん、自分の事。
 ガリベンがメガネを外す。
 ああ、おああー。
 「何かご用ですか。」
 綺麗だ。凄〜い綺麗だ。
 そのガリベン、失礼--その女の人はメガネを外すと別人だった。整った眉、キメ細かい肌。これで本当にスッピンなのぉ? シミひとつなーい。 カンドーっ。
 「あのぉ、何かご用ですか。」
 はっ、見とれてしまった。
 「あ、えっと、まひ・・・いや、橘さん、て、どこにいるか、お分かりになられまするですか。」
 使い慣れない敬語を総動員。
 「・・・橘、・・・あ、ここの学芸員さんのことかしら。私来たばっかりだから、あまり詳しくなくて・・・。あなたは・・・博物館の関係者の方?」
 おわぁっ、ど、どうしよう、また怒られるぅ。
 「ご、ごめんなさい、こことは全然関係ないんです! ただ、差し入れをと思って・・・。」
 女の人の目がキラリンっと光った。・・・ような気がした。
 何だ? 今の目の光は・・・・・・あっ、そうか、「差し入れ」って言っちゃったからだ。どうしよう、差し入れって言っても、まひろとあたしの分のお弁当の事なんだよねぇ。何か他にお茶菓子持ってくれば良かった。そうだよねぇ、普通は持ってくるよねぇ。ああ、あたしのドジっ。「そんなジョーシキのない奴と知り合いなのか」って、まひろが悪く言われちゃうよぉ。・・・一応断っておこ。
 「あ、差し入れと言ってもお弁当なんですが・・・。」
 はれっ? 女の人、キョトンとしてる。じゃ、「差し入れ」に目を光らせたんじゃないの? ・・・気のせいだったのかな。
 「・・・すぐお呼びしてきますね。ちょっとお待ち下さい。あ、これに腰掛けて。」
 女の人はあたしの目の前に椅子を置くと、スタコラサッサと廊下を走っていった。
 丁寧な人。なぁんだ、良かったぁ。さっきのおじいさんがスゴク怖かったから、あんな人ばかり働いてるのかと思っちゃった。
 でもホント、キレイな人だったなぁ、いい人そうだしぃ。あんな人がお姉さんだったらいいだろうなぁ。憧れてたんだよねぇ、綺麗なお姉さん。くっそ生意気な妹といつも比べられて「お姉さんでしょ」って言われるのが凄く嫌だった。あたしが妹だったら良かったのに。そんで優しくて綺麗で物分かりのいいお姉さんがいたらどんなに・・・・・・。
 「満っ。どうしたんですか。」
 懐かしい声、急いで振り返る。
 「まひろっ。」
 ああ、本当にまひろだ。目の前にまひろが立ってる。
 「やっと逢えた。」
 思わず口に出る。まひろが優しく微笑む。
 ああ、その微笑みっ。良かった、全然変わってない。口がへの字になる。涙が出そ。
 「どうしたんですか、急に。」
 まひろの前に、チェックのバンダナ包みを出して答える。
 「お弁当作って来たのっ、一緒に食べようと思って。」
 まひろの後ろからさっきの綺麗な人が現れる。あたしに向かってニッコリと微笑み。
 「どうもご面倒お掛けしました。」
 まひろがその綺麗な人に向かって言った。
 あたしもお辞儀。・・・・・・「ご面倒」ってあたしの事? ひ、ひどい。それに・・・まひろっ、こ、こんな綺麗な人と一緒に仕事をしてたのっ。恐竜と本相手の仕事だと思って安心してたのにぃ。
 急いでまひろを部屋から出す。
 「お、女の人もいるんだね。」
 ジェラシーのメラメラを必死に押さえて大人の会話。
 「ああ、あの方はここで働いてる訳じゃないんです。文大で人間のゲノム解析をされてるんですよ。この間発掘された恐竜の化石を調べる為に、いろいろな専門家の方々が集まって来てるんです。彼女--京乃さんもその中の一人です。」
 か、彼女ぉ〜っ?
 「そ、そうなんだ。」
 妬かない、妬かない。自分に自信を持て。あたしが彼女だっ。
 「それにしてもどうやって入って来たんですか。受付からは連絡が入らなかったですよ。」
 ぎくぅ。
 でも、あたしは正直にどうやって入って来れたか、まひろに話した。
 「そうなんですかっ。わざわざ入場券も買ったんですかっ。受付で言ってくれれば迎えにいったのに。」
 うーん、その手があったか。
 「へへ、驚かせたくてね。」
 肩をすくめて、また嘘をつく。あんなにびびって、チビリそうになってたのはどこのどいつだっ。
 「ちょっといいですか。」
 あ、さっきの女の人だ。えっとぉ、何て言ったっけ? 確か・・・・・・
 「文大の京乃と申します。」
 あ、そうそう。そうでした。
 「あの・・・橘さんっておっしゃいましたっけ? 良かったらそちらの方を紹介していただきたいんですけど・・・。」
 え? 紹介? どういう事? ・・・分かったっ。まひろとの関係を知りたいって事ね! 駄目よ! まひろはあたしの物なのよ! あなたには渡せないわ。・・・あたしより全然奇麗だけど・・・。
 あたしはまひろの袖をギュウッとつかんだ。
 まひろっ、ちゃんと説明してよ? あたしと、まひろの関係を。
 「小原満さんです。」
 そうそう、そうやってちゃんと名前をね、って違ぁ〜う!
 「・・・小原さんて言うのね。」
 はっ、まただ。またさっきの目キラリンだ。何? 何?
 「私、あなたにお願いがあるの。」
 その人---京乃さんがあたしの手を握る。
 へ? 何? 何?
 「あなたが必要なのっ。」
 ひぃえーっ。何? これは告白? あたしは女の人からコクられちゃったのぉ? って事は何? 京乃さんはあたしの事が好きで、あたしはまひろの事が好きで、まひろはオカケンとニクタイカンケイで・・・・・・ひょえーっ、四角関係じゃないかぁっ。

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