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パー子っちに捧ぐ

ホームドラマ
 1月22日(土曜日)
 昨日は散々な日だった。日記書くの忘れた。いつもはちゃんと夜寝る前に書くのに。
 仕方ないから、今日は早起きして書いてるんだ。いや、違うな。昨日は眠れなかったんだ。あいつのせいで。
 なんだ? あいつは。図々しいにも程がある。
 父さんの知り合いだか何だか知らないけど、勝手に家に上がり込んで。
 夜御飯まで食べやがって。いつも私一人で気楽に食べてるのに。ちょっと奮発して豪勢にしちゃったじゃないか。
 お風呂まで入りやがって。しかも一番風呂に。私一人だったらシャワーで済ませられるのに。
 勝手に寝やがって、お客様用の布団で。あの布団は未来のダンナ様の初お泊まりに備えて用意しておいたのに。また新しいのに買い替えなきゃいけないじゃないか。
 大体何なんだあいつは。デカい図体しやがって。デカいじゃないな。『馬鹿デカい』だな。最初、見上げても見上げても、顔に到着しないからマジビビったぜ。
「……俺、そんなに馬鹿デカくないっすよ。パー子さんが小っちゃいんじゃないっすか」
 パー子が慌てて振り向くと、そこには眉間に皺を寄せた『あいつ』が立っていた。
「何ぃ〜、うるちゃい。っつーか、人の日記勝手に見るなっ」
 パー子は急いで日記に覆い被さった。
「……あ、そうか。馬鹿デカいもんだから上から覗けちゃうんだ。ああ、嫌だ、嫌だ。今度から気をつけよう」
 パー子が青ざめた顔をしながら首を振る。その様子を『あいつ』は冷ややかに見てこう言った。
「……見られたくないんですか」
「あったり前でしょー! デリカシーないなー!」
 パー子は顔を真っ赤にして怒った。
「……だったら声に出して読まない方がいいですよ」
 フランケンの言葉を聞いて、パー子の顔の熱が急激に冷えた。
「あら、そう?」
 さっきの怒りはどこへやら、ケロッとした顔でそう答える。
「あらそうって……」
 パー子の豹変ぶりに『あいつ』は言葉を失いかける。が、必死に持ち直して言った。
「そ、それに、勝手に上がり込んだっていうけど、パー子さんがお茶でも飲みなって言ったんじゃないっすか。御飯だって、僕は良いって言ったのに……。……それに豪勢って言うけど、アジの干物一匹だった……」
「いつもは一匹買うだけで済むの。昨日は、あんたがいたから奮発して2匹も買っちゃったんじゃないの」
「お風呂だって、パー子さんが先入りぃ、入りぃって言うから……」
 パー子は我関せずといった顔をして聞いている。
「布団だって、布団だって、お客様用のだって言う割りには……」
 『あいつ』は言い出しにくそうに呟いた。
「なんか……匂ったし……しかもそこはかとなく……」
「ああ、その匂いね。父ちゃんの加齢臭。懐かしかったでしょ?」
「か、か、加齢臭っ? やっぱ、新しい布団じゃなかったんすね!!」
 『あいつ』の驚きに動じる事も無く、パー子は遠い目をしながら言った。
「父ちゃん逝っちゃってから、もう2年だからなー。他に色んな匂いも付いちゃってるかも。カビの臭いとか」
 『あいつ』の顔が青ざめた。
「洗いましょうよー。ここクリーニング店なんだからぁ。簡単な事ですよねー?」
「あほう。紺屋の白袴って言葉を知らないのか」
 パー子の言葉を聞いて、何故か突然、『あいつ』の目が輝きだした。
「さっすがー、おやっさんの一人娘っ! おやっさんが亡くなった後も立派に店を切り盛りさせてるんすねー。わかりました。おやっさんの布団は僕に任せて下さい。僕が新品同様にしますから!」
 今度はパー子の目が輝く。
「本当? そう言ってくれると助かるよ。……他にも店の事、色々手伝ってくれるとありがたいんだけどな」
「本当ですかー?」
 『あいつ』がモジモジし始める。
「……実は俺、ここで働きたくって、やって来たんす……」
 その告白を聞いてパー子の顔が最上級に明るくなった。
「本当か?! フランケン!」
「ええ!……ってパー子さん? 今、俺の事を何て呼びました?」
「え? フランケンだけど、それが何か?」
「何かじゃないっすよ。何で俺がフランケンなんすか?」
「見た目」
 パー子が即答した。
「見た目って!……見た目って?……見た目って……」
 フランケンは見た目という言葉だけで見事に喜怒哀楽を表現した。
「まあまあ、しょげんなって。フランケンだって、私の事、パー子って呼んでんじゃん」
「それはパー子さんがそう呼べって言ったからでしょう!」
 フランケンがパー子を睨む。
 パー子がじっとフランケンを見つめる。
 静寂な時が流れる。
 居間にはパー子とフランケン二人っきり。
 パー子がゆっくり口を開く。
「そんな事もありました」
「何遠い目してんすかっ! 昨晩の事じゃないっすか」
「昨晩のこと?」
 フランケンの言葉を聞いて、パー子はおもむろにペンを取り出し、日記を再び開いた。
「父さん、私は昨日の夜、フランケンにあんな事やこんな事……」
 フランケンがパー子の手からペンを急いで取り上げる。
「変な事日記に書かないで下さいよっ」
「演出よ、え・ん・しゅ・つ」
 パー子がおどけて言った。しかしフランケンの仏頂面はそのままだ。
「演出なんて日記に必要ないっすよ」
「面白味の無い奴ー」
 パー子は眉間に皺を寄せた。フランケンは眉一つ動かさない。
 パー子は軽く溜息を吐いた。
「あーあ、つまんなーい。ほら朝エサ食うぞ、朝エサ」
 パー子は乱暴に日記を閉じると立ち上がった。居間を出て、店へと続く入り口でツッカケを履く。コンクリート敷きの土間を進むと、ツッカケが心地よいリズムを刻んだ。パー子の行く先には淡いクリーム色のカーテンが広がっている。薄手の生地からは朝の日差しがこぼれている。パー子は勢いよくカーテンを掴んだ。わざとらしい程の音を立ててカーテンを開ける。眩しい光が飛び込んで来て、思わず目を細める。ガラス戸の外には見慣れた風景。パー子が小さい頃からずっと見て来た商店街が広がる。
 朝の恒例行事。こうやって、ツッカケを鳴らして、カーテンを乱暴に開けて目を細めるのは朝の儀式だ。パー子の父親がずっと続けてきた。父親がいなくなった2年前からはパー子が引き継いでいる。「これをやらなきゃ、朝は始まらねーのよ」最近になって父親の言葉を実感出来るようになってきた。
 父親の事は今でも良く思い出す。夏でも冬でもいつもランニング姿だった。いつも汗をかきながらアイロンを掛けていた。まるで魔法がかかったように次々と畳まれていくYシャツを見るのが好きだった。「危ないからあっち行ってろ」何百回も言われた。でも知らんふりしてずーっと見てた。
 パー子はハンガーに掛けられた洗濯物をそっと撫ぜた。忘れ去られた洋服。持ち主がやって来るのをじっとじっと待っている。パー子が小さい時はここにはもっともっと沢山の洋服が掛けられていた。いつもここでかくれんぼをして遊んだ。よく怒られた。
 目を閉じなくてもあの頃の風景を簡単に思い出せる。カウンターが見えない程ずらっと並んだ洋服。大勢の持ち主が取りに来ても全然減らない洋服。次から次へと、山のようにやって来る洗濯物。忙しそうな父の姿。楽しそうな父の笑顔。父に怒られるのを承知で、端から端まで走りながら吊り下げられている洋服を触った。洋服はびくともしない。びっしりと掛けられているから揺れるスペースもない。
 パー子はあの時の感触を思い出しながら、吊り下げられている洋服を揺らした。季節外れの薄手のワンピース、型遅れのスーツ、持ち主が分からないコート。忘れ去られた洋服達は淋しそうに揺れた。ゆらゆらと揺れた。
「そっか、揺れちゃうんだな」
 パー子は思わず呟いた。そして、ハッとして辺りを見回す。大丈夫、ここにいるのは自分一人だ。
 またこの店が元の活気を取り戻すかもしれない。あいつ、フランケン、父さんの弟子だって言ってた。あたしが教えてもらえなかった色々な技術、あいつなら知ってる。ずっと父親の近くにいた自分より、たった数日側にいたあいつの方が知ってると思うと、軽い嫉妬を感じるけれど。
 パー子が居間に上がると、コタツで温まってるフランケンが目に入った。
「何やってんの?」
「何やってるって、パー子さんが朝エサ……朝ごはんだって言うから待ってたんですよー」
「何言ってんねんきねんぶつ。客でもないのに。ったく図々しい。朝エサの支度位、自分でちゃんとやれよ」
「え〜、だって、昨日来たばかりで、何がどこにあるのかも……」
 パー子はわざとらしく溜息を吐いてから言った。
「しょうがねーなー、今日は私が準備してやるよ」
 フランケンの目がキラキラ輝いた。
「本当ですか〜?」
 フランケンは喜びのあまり気付かなかった。パー子の目の奥が怪しく輝くのを。
「ここに来て、パー子さんが初めて良い人に見えました」
「初めてかよ! 作んねーぞ、そんな事言うと」
「あ、いや、その、す、すいません。冗談っす。昨日のアジの開き、美味かったっす」
 フランケンが慌てて言った。
「お世辞なんて通用しないっつーの。美味いもへったくれもないよ。魚買って来て焼くだけなんだから」
 と、言いながらも、パー子はまんざらでもないらしい。顔がニヤけている。
 パー子の機嫌が良くなったので、フランケンは昨日から気になっていた事を切り出した。
  「あのー、パー子さん? 一人で住んでるんですよね? 他のご家族は?」
 パー子は何も答えなかった。表情が曇る。そして黙って仏壇に目を移した。フランケンはすぐにパー子の視線の意味を理解した。
「あ、あ、すいませんっ、俺、何にも知らないで。……俺、全然知らなかったっす。奥さんも亡くなられたって事。パー子さんエライっすね。そんな事おくびにも出さずに気丈に振舞って……」
 パー子はキョトンとしている。
「いるよ」
「は?」
「母さん、いるよ」
 今度はフランケンがキョトンとした。でもすぐに我に返って脳をフル回転させる。パー子の仏壇を見つめる悲しげな瞳の意味を解く為に。
「あ……えっと、お母さんはいるけれど、なんらかの事情で遠くに暮らしていて……とか? あ、もしかして、生まれてから一度も会った事無い……とか……? いるけど、不治の病でずっと病院にいるとか?」
 フランケンは思いつく限りの悲しい事情を言った。そして口に出してからハッとした。
「わ、わ、わ、あ、パー子さん、すいません。俺、パー子さんの気持ち、全然考えもしないで……」
 パー子は呆れながら言った。
「母さんならピンピンしてるよ。隣町にすんでるの」
「ピンピン? と、隣町ぃ〜? よりによって隣町って! すぐ会えるじゃないすか!」
「会えるよ。チャリで10分」
 さらっとパー子が言う。フランケンの目がまんまるになる。
「いるんならいるって言って下さいよー。俺、聞いちゃいけない事なのかと思っちゃいましたよー」
「聞いちゃいけないと思ってた割りには、一杯聞いてたけど?」
 言葉に詰まるフランケン。だが、すぐに反撃開始。
「何で仏壇見るんすかー。紛らわしいじゃないすかー」
「ああ。薄幸の美少女を演じてみましたよ」
「演じてみましたよって……もーなんでいつも嘘つくんですかー」
「私を嘘つき呼ばわりするなー。つねるぞー」
「も……もふ、づねっでるぢゃないですが〜」
 どうやら「もうつねってるじゃないですか〜」と言いたいらしい。パー子が手を離すと、フランケンは赤くなった頬を撫でた。
「い、痛い……」
 涙ぐんでるフランケンを気にも止めずに、パー子はスタスタと台所へ消えて行った。
 朝食が運ばれたのはフランケンの頬の腫れが引くよりも早かった。
「は、早いっすね」
「ったりめーよー、こっちとらぁ江戸っ子よー。朝からまどろっこしい事してられねーのよ」
「……パー子さん、ハマっ子ですよね?」
 静寂な時が流れた。
「……そういう時もありました」
「そういう時もって!!」
 そう言った後、フランケンは言葉を失った。鼻孔を打撃するような強烈な匂いが漂って来たからだ。その匂いの出所は、目の前の皿の上にある未確認物体からのようだった。
「パー子さん? こ、これ、何すか?」
 フランケンは恐る恐る聞いた。すると、よくぞ聞いてくれた、というようにパー子の目が輝いた。
「んみゃそうだろー? たまらんだろー?」
 パー子はその未確認物体を頬張り、至福の表情を浮かべた。
「……ん〜、やっぱ、んまいっ!」
 冷たい視線がパー子に突き刺さった。視線の元を辿るとフランケンがじ〜っと見つめている。
「何だよー。フランケンの分もちゃんと用意してあるっしょ? 早くめ・し・あ・が・れ」
 テンション低めのフランケンがようやく口を開く。
「これ、何すか? ……何パンに乗せてるんすか」
 どうやら未確認物体の土台はパンで出来ているらしい。
「おー! パー子特製トーストのレシピが知りたいって訳ね!」
 パー子はキョロキョロと辺りを見回した。そして二人だけしかいないのに、何故か声を潜めた。
「今日だけ特別に教えっから。門外不出なんだよ? 誰にも言っちゃ駄目だかんね。えっとねー、マーガリンでしょー、その上に納豆でしょー、チーズでしょー、海苔っ!」
 フランケンが白い目で見続けてる。静寂な時が流れた。
「美味いんだぞー。ほれ、フランケンも食ってみぃ。ほれ。ほれ」
 パー子はフランケンの顔を押さえつけて、パンを食べさせようとした。フランケンは口をギュッと結んで堪えている。
「何で食べないんだ。おまえはぁ」
「ん〜ん〜ん〜」
 どうやら「こんなもんは人間の食べるモノじゃない」と言いたいらしい。
「ガンコな奴だなぁ。ほれ。食え。食え」
「ん〜んんん〜」
「おやおや、仲良いねー」
 パー子が急いで声のする方に振り向く。
「なーんだ。お客さんかと思ったら、魚八さんかー」
 店のガラス戸を開けて突っ立っていたのは、近所で魚屋を営業している魚八だった。
「なんだはないだろー。なんだはー。よっ、お二人さん。朝から見せつけてくれちゃってるねー」
 魚八がずかずか上がりながら言った。
「そんなんじゃないよ。フランケンが私特製トーストを食べないから……」
 パー子はフランケンを睨みながら特製トーストを皿に置いた。
「他の人の前でフランケンなんて呼ばないで下さいよ」
 フランケンが慌てて、パー子に小声で抗議した。
「あー、そりゃ、食べておいた方がいいなー。そのトーストはここん家の味だからね。早くこの家の味に慣れた方がいいよ」
 魚八が意味深な笑みを浮かべながら言った。パー子の睨みの矛先がニヤニヤ顔の魚八に移る。
「何? 何ニヤけてんの? 何が言いたいのっ?」
「だって、このフランケンみたいな男の子、パー子ちゃんのダンナさんになる人だろ? いやー、これからは毎日、アジを二尾ずつ届ける事になるんだなーと思ってね。いやー、パー子ちゃんもすっかり大人になっちゃってー」
 魚八は白髪混じりのごましお頭をてんてん叩きながら嬉しそうに言った。
「ち、違うよ。何言ってるんだよっ」
 パー子の顔が赤くなる。
「……魚屋さんにまでフランケンって言われた……。毎日、アジ……美味しいけど、美味しいけど……」
 フランケンは別口でショックを受けているらしい。
「ほら、フランケン、ちゃんと違うって言いなよ」
 パー子は固まっているフランケンをユラユラと揺らした。
「……フランケンって言われた……フランケンって言われた。立ってないのに言われた。座ってるのに言われた。パー子さん以外の人にまで言われた……顔なのか? 背じゃなくて顔なのか? アジ……毎日アジ……これから毎日……この未確認物体……」
 パー子の声はフランケンの耳に全く届いてないらしい。
「ええ? 彼氏じゃないのかい? だって一人暮らしのパー子ちゃんのとこに急に現れたから、俺はてっきり彼氏かと……」
 魚八の目が真ん丸になる。
「違うよ、ただの居候」
 パー子のほっぺがおもちみたいに膨らんだ。
「なんだ。パー子ちゃんの彼氏だったら安心だと思ったのになぁ。ほら、ダンナさんいなくなってから、ここの店も客が離れちゃってんだろ? 」
 魚八が遠くを見ながら呟いた。魚八の脳裏にも繁盛していたこの店の情景が浮かんでいるのだろう。
「……あ。ごめん、パー子ちゃん」
 過去の幻影から現実に戻った魚八が慌てて言った。
「いいよ、魚八さん。本当の事だし」
 パー子は首をすくめながら答えた。明るく答えた。
「……フランケンって言われた……」
「……でもね、店、立て直して見せるよ」
 パー子の目が熱く燃える。
「……フランケンって言われた……」
「おっ。それでこそパー子ちゃんだ。よっ、日本一ぃ」
 魚八がパー子に拍手を送った。
「なんてたって、父さんが旅先で教えた愛弟子が、家にやって来たんだからねっ!」
 魚八がぽんと膝を打った。
「おー、もしかしてこのフランケン君がそう? こりゃぁ安心だ。いやぁ、良かったなー、パー子ちゃん」
 パー子と魚八は手を取り合い、喜び合った。
「ま、またフランケンって言われた……フランケンって……って……?」
 フランケンが顔をしかめながら首をかしげた。
「パー子さん?」
「なんだよ愛弟子っ!」
 パー子は威勢良く返事をした。
「俺、おやっさんに教えてもらったなんて言いましたっけ?」
「え? 旅先で会って、父さんのクリーニングに感銘を受けて、それでわざわざ家まで修行に来たんだろ?」
 フランケンはまだ顔をしかめている。
「そうなんすけどぉ、……その話は全部合ってるんすけど……確かにおやっさんの見事なクリーニング技術に感銘を受けたんですけど……ボーダーになる夢捨てて修行しに来たんすけどぉ」
 フランケンは頭の中で整理しながら正解を探しているらしい。
「なんだよ、合ってんじゃん。もー、びっくりさせないでよ。あたしゃぁ、あんたが何にも知らないのに家に転がり込んで来たと思っちゃったよ」
 パー子が笑い飛ばしてもフランケンの顔は緩まない。静寂な時が流れる。パー子が恐る恐る沈黙を破った。
「も、もしかし、て?」
「……何にも知らないです」
 フランケンがうつむきながら答えた。
「嘘、でしょ?」
 パー子の声は少し掠れていた。フランケンは何も答えない。正座をした膝の上でぎゅっと握られている自分の拳をただ見つめている。
「だ、だまし……」
 パー子が小さな声で呟いた。フランケンが顔を上げる。
「え? 今何て?」
 パー子は小刻みに震えている。フランケンと魚八がパー子を不安気に見つめた。
「騙したなって言ったんだよぉーっっ」
 パー子がフランケンに掴み掛かる。
「ちょ、ちょっとパー子ちゃん、待って」
 魚八が慌てて止めるが、パー子の怒りは収まらない。フランケンがパー子の攻撃を防御しながら言う。
「そ、そうですよ。ウッ。騙しただなんて人聞きの悪い。痛っ。お、俺だって、おやっさんが生きてると思って尋ねて来たんすから。うぎゃっ」
 防御しきれていないようだ。
「何にも知らないくせに厄介になろうとしてたのかぁ! おりゃぁー」
 魚八の制御を物ともしないパー子は、平手打ち、パンチ、チョップを確実にフランケンのボディーにヒットさせた。パー子の攻撃がどんどんリズミカルになっていく。
 その時、魚八が冷静に言った。
「パー子ちゃん、楽しんでるだろ」
 パー子の手が止まった。静寂な時が流れる。パー子がゆっくり口を開く。
「そういう時もありました」
「そ、そういう時って!!」
 今度はフランケンがパー子に詰め寄る。すると、すかさず魚八がフランケンを羽交い締めにした。パー子はのんびりお茶をすすり始める。
「……って、魚八さん、随分力強いんですね。全然身動き出来ないんですけど? こんなに力持ちだったら、さっき、パー子さんの攻撃をもっと止められましたよね? 僕さっき殴られっぱなしだったんですけど?」
「そりゃぁね、フランケン君とは昨日会ったばっかだけど、パー子ちゃんとは20年来の付き合いだからね」
 魚八がフランケンに向かってウィンクした。フランケンは吐き気を堪えながら思った。この人も敵に回しちゃいけない……。
「何も知らんくせに居候してるんだから、フランケン、ただ働きね!」
 フランケンの顔色が変わる。
「ま、マジっすかー?! そんなの無理っ……んぐぐぐ」
 魚八が素早くフランケンの口を塞いだ。
「何? 文句あるって言うの?」
 パー子が凄みを利かすと、魚八がフランケンの頭を左右に動かした。
「文句は無いようね」
 パー子がニヤリと微笑む。魚八がフランケンの頭を今度は上下に揺らした。恐るべき商店街連携プレー。
 その時フランケンは確かに聞いた。魚八が「これからはアジ、毎晩二匹お買い上げだな」と呟くのを。
「はあ。僕はこれから先……一体……こんな生活いつまで続くんだろう」
 羽交い締めにされたままのフランケンが嘆いた。
 パー子がお茶をすすりながら遠くを見つめた。
「それは多分、私の運次第だね」
「は? 運?! どういう事っすか?」
「キリバン取れるかどうかって事だよー。取れたとしてもいつ公開するか分かんないしー」
「パ、パー子さん? 何をぶつぶつ言ってるんすか? キリバンって何なんすか?」
 パー子はフランケンの言葉に耳も貸さずに独り言を続けた。
「そして、もしかしたら、その頃には相手役が変わってるかもしれんなー」
「は? 相手役〜?! さっきから何言ってんすか、パー子さん。パー子さん? パー子さ〜ん!」

……つづ、く?