その夜のことを「作戦だった」と誰かに指摘されても私は否定できない。相手は誰でも良かったんだと思う。ただ最終的に奴になったという事は、奴にはそういう隙というか、受け入れてくれそうな緩みがあったからではないかと思う。
  その夜、まず私がした事は誰よりも早く酔うという事だった。普段酒をほとんど飲まない私が最初に酔っ払うという事は非常に珍しい事で、誰かに怪しまれるかとも思ったが、取り越し苦労だったみたいだ。皆新入部員が入ってきた事で私がハイになってると思ったのだろう。(そう思わせるような言動も少ししておいたし)誰も私の行動を不審に思わなかった。不審に思わなかったのは奴も同じで、私がいつになくもたれかかったり、奴の膝の上で寝てしまっても、私を避ける事は無かった。そうして歓迎コンパという名の飲み会はツツガナく終わった。
  奴の隣りをキープし続けた私は、誰にも疑われる事なく、2人でタクシーに乗り込んだ。周りの皆は、珍しく酔っ払った私の隣に、たまたま奴がいたと思っていたらしかった。当たり前だ。私自身もそう思っていたのだから。
  タクシーの中で目を覚ました(本当は寝たフリをしていた)私はとろんとした目を奴に向けた。
「あ、送ってきてくれたの? やーさしー。反対方向なのに。」
  自分でも驚く位の甘ったるい声だった。こんな私もいるんだと思った。奴の手に触れた。少しドキドキした。でも自然に出来た。
  私の家の前にタクシーが止まった。奴は当たり前のようにシートに座り込んでる。私は触れていた奴の手を握ったままタクシーを降りた。引っ張り出された奴の目は驚いてる。私は運転手にお金を払って、扉をちょっと乱暴に閉めた。少し笑えた。予定がきちんと実行された充実感からだろうか。
  笑顔をそのままに奴の手を再び握った。肩を奴の背中に押し当て、そのままぐいぐい押しながら部屋へ続く外階段を登った。奴は何か言いたそうにしていたが、言葉が見つからないようだった。
  今日しかないんだ。弟は彼女のところに泊まるって言ってたし。誰もいないのは今日だけ。親は元々留守だけど。
  玄関の扉を開けて、奴の背後にある電気のスイッチに手を伸ばしながらわざとよろけてみた。近くに来て初めて感じる奴の匂い。そのまま背中に手を回し、奴の顎におでこをつけた。
「まだ、酔っ払ってんの?」
  ここでやっと出た奴の言葉。少し震えてるみたい。ずっと友達が良かった? 大丈夫、ずっと友達でいてあげる。
  奴の下唇をそっと咥えた。お酒を飲んだせいか濡れてるみたい。ひんやりしてる。今日食べたチョリソーより柔らかくって美味しいね。
「あんたの唇って美味しい」
  奴は何にも言えないでいる。
「も一回食べてもいい?」
  返事を待たずにまた食べた。口の中の内臓と繋がってる部分は、唇以上にひんやりして濡れてる。食べてみて初めて分かる奴の舌の形。意外に細くて薄いんだ。壊れないように気を付けて扱わないとね。
  また笑いがこみあげてきた。何でこいつなんだろ? こいつがずっと好きな女の子は私の親友だ。そしてその親友も多分こいつの事が好き。あたし、どっちかに嫉妬してんのかな。それとも性格が悪いだけかな。
  唇を離した。笑いを隠さなかった。笑いで震えながら奴の顎をおでこで撫ぜた。几帳面な奴に朝奇麗に剃られてきたはずのヒゲが、小さなとげとげとなって私のおでこをくすぐる。どんどん震えてくる。もう可笑しくて震えてきたのか、我慢出来ずに震えてきてるのか分からない。
  我慢出来ないのは奴も同じみたいだった。奴の顎にひっついた私のおでこをはがして、一所懸命唇を近づけてきた。
「私のキス、美味しかった?」
  悪戯に聞くと、ムッとしてちょっと遠ざかる唇。改めて私の方から引き寄せる。
  今日は私が主導権を握るの。今日はって言っても、もうこんな事は二度とないけどね。
  2人の口内温度がイコールになったのを合図に私と奴は床に倒れ込んだ。
  それからの事は良く覚えてない。キスしか覚えてない。キスが一番エッチだったから。
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