それはとても暗く、とても寒い夜の事。

暗幕のような黒い空には、たくさんのビーズのよう

な星達がばらまかれていて、その中にぽっかりと黄

桃色の大きなお月さまが浮かんでいました。

お月さまが見ていたのはお菓子みたいな小さなお家。

チョコレートみたいなレンガ壁

メレンゲのようなふわふわの雪が積もった屋根

綿菓子みたいほわほわの煙が出てる煙突

大きな窓からは暖かな明かりがもれています。

窓際には色とりどりのジェリービーンズのようなライト

で飾られた大きなクリスマスツリー。

お月さまは中の様子が知りたくて、たくさんの光の

粒達を見に行かせました。

月光がくすぐったくて前足で顔をこすったのは猫。

シルバーグレイの綺麗な猫です。

シルバーグレイは窓際にあるツリーの側で寝ている

もう一匹の猫を見ました。

こっちの猫は真っ黒でつやつやの毛並み。

背中の上でたくさんの月光が躍っています。

月が明るすぎる夜------------

今日の夜は何かが違う

とシルバーグレイはひげをぴくりと動かしました。

でも月の魔法にあやつられて、

またすぐに眠りの世界へ----------------------



月に薄衣のヴェールが一枚、また一枚と掛けられて、

とうとう月が隠れてしまいました。

途端に月光の魔力が弱くなります。

と、その時、ガチャガチャっという何かの音。

二匹の猫はパッと顔を上げ、音のする方に耳を

そばたてます。

ぴりりと張り詰める空気------------

でもすぐに空気は和らぎました。

その音が何なのか、どこから聞こえてくるのか、

二匹の猫にはすぐに分かったからです。

ブラックが玄関の扉を見つめ、ニャオ〜ン、と鳴くと

扉がゆっくり開いて、ご主人が現れました。

コーヒーブラウン色の外套、もわもわの手袋、

深く被られたニット帽、顔のほとんどを覆っている

マフラーからはひんやりとした冷気が漂ってきます。

まるで冷蔵庫から出したばかりのアイスケーキ。

外は随分寒いようです。
ごはんをねだりにご主人に駆け寄ろうとしたブラックを

シルバーグレイが止めました。

ご主人の体から嗅ぎ馴れない匂いがしたからです。

その匂いの元は・・・・・・。

二匹は何かを包み込んでいるご主人の手をいぶかし

げに見ました。

「はははは。相変わらずシルバーグレイは勘がいいなぁ」

ご主人が大きな声で笑いました。

「おまえ達が知りたいのはこれかい?」

ゆっくりと手を開きます。

「わぁ! 可愛い!」ブラックが叫びました。

ご主人の手の中にあった・・・いえ、いたのは

小さな猫でした。

ぶるぶると寒そうに震えています。

「サンタさんが僕たちにくれたちょっと早いクリスマス

プレゼントだっ」

ブラックが笑顔でシルバーグレイに言いました。

「どーこが? 貧乏ったらしくぶるぶる震えてるし、

毛並みはバサバサだし、汚らしいブチ模様だし・・・」

シルバーグレイは皆の注目がチビ猫に集まっているのが

面白くないようです。

「うふふ。そんな事言っちゃって。

早速毛づくろいしてあげてるじゃないか。」

シルバーグレイはハッとしました。

「ボクの側にあるものは何でも美しくないと気が済まな

いだけ! ・・・・・毛づくろいしてやっても大して変わらな

いだろうけどサ。」

鼻息荒くシルバーグレイが言い返しました。

その息が耳元にかかったのがくすぐったくって、

チビぶち猫は首をちょっとすくめました。

ご主人に拾われてきたこの日からブチ猫はこの

小さな家の仲間になりました。

あんなに怖かった夜ももう平気です。

優しいブラックの隣りで寝られるからです。

ブラックお気に入りのモスグリーンのブランケットに

一緒にくるまって眠るのはとても幸せでした。

ブチ猫はブラックの穏やかな寝顔をいつまでも見て

いたいと思って、毎日がんばって目を開けて起きて

いました。

けれどもブラックの気持ち良さそうな寝息につられて、

いつもあっという間に眠りの世界に引き込まれてしま

うのです。

不思議です。


昼間はご主人は仕事、ブラックもお散歩に行ってしまう

ので、仕方なくシルバーグレイと一緒にお昼寝しました。

何故「仕方なく」かって?

だってシルバーグレイったらちょっとイジワルなんです。

ブチ猫にムーンという素敵な名前をつけてくれたのは

シルバーグレイなのに、もったいないと言っていつも

「チビ」とか「ぐーぐー(寝てばかりいるから)」

って呼ぶんですよ。

シルバーグレイのお気に入りは、ほこほこの猫の

あみぐるみ。

いつも一緒に寝ています。

そのあみぐるみは赤、青、白、黄、緑・・・いろとり

どりの毛糸で編まれています。

「あたしと同じブチ模様だ」

ムーンはいっぺんにそのあみぐるみが好きになりました。

ムーンはこのあみぐるみを抱っこしたいと思いました。

でもシルバーグレイは「汚すから駄目」と言って触ら

せてもくれません。

 「ケチ! いーだ! いいもんねー。そんなあみぐるみ

いらないもんねー」

ムーンは強がりを言いましたが、本当は触りたくて仕方が

ありません。

ムーンは作戦を立てました。

題して

「シルバーグレイが夜の散歩に行く時にいじっちゃおう大作戦!」

・・・でも駄目でした。

シルバーグレイは出かける時にムーンが触れないように

高ーいタンスの上にあみぐるみを置いていってしまう

からです。

ムーンはあみぐるみをじっと見つめました。

あみぐるみもあたしに抱っこされたいはずなのに・・・。

いくら見つめてもあみぐるみが舞い降りてくるはずが

ありません。

ムーンは肩を落として、はふっと白い溜め息をつきました。

あきらめてトボトボと夜ごはんのホットミルクを飲み

に行くと、目の前を何かがチラチラと横切りました。

あみぐるみです!

ブラックがタンスの上から取って持ってきてくれたのです。

「シルバーグレイには内緒だよ」

ブラックがいたずらっぽく片目をつぶりました。

それを聞いたムーンは「うん!」と首が痛くなる程大きく

うなずきました。

ムーンがむぎゅーと抱くとあみぐるみは くふっと嬉しそう

な声を上げました。
ムーンは嬉しくって嬉しくってダンスを躍ります。

ニャンタッター ニャンタッター 月のワルツ

月光があみぐるみのキャッツアイにてらてら反射します。

ムーンは楽しくって楽しくってぐるぐる回ります。

ニャルルルルゥー ニャルルルルゥー 夜のリズム

あんまり勢いよく回ったので、あみぐるみがびゅ〜んと

宙を飛びました。

「あれ?」

あみぐるみはどこへ行ったのでしょう。キョロキョロ

見回しましたが見つかりません。

暖炉の火が急に激しく燃えだしました。

ゴオーっと地響きみたいな音を立てます。

もしかして・・・・・・この中?

ムーンの体が凍り付きます。

助けを呼ぼうと思っても声が出ません。

体も動きません。

ただ、のどがトクントクン鳴るだけです。

心臓が駆け足になり、皮膚がぶるぶると騒ぎ立てます。

ど、どうしよう。
突然、一陣の黒い風がムーンの前を横切りました。

ブラックです。

ブラックが炎の中に飛び込んだのです。

火の粉が飛び、ムーンのひげにぶつかりました。

(熱っ。こんなに小さな火なのに・・・)

ムーンの心臓がギュッと縮みました。


それは一瞬の出来事でした。

でもムーンにはとてもとても長く感じました。

ブラックが無事あみぐるみをつかまえて暖炉から出て

きてもムーンは何も言えませんでした。

あみぐるみはすっかり焦げて、綺麗だった色とりどりの

模様が汚いブチ模様になってしまいました。

それを見たムーンは悲しくなって、ますます何も言え

なくなってしまいました。



沈黙の朝が明けました。

夜の散歩からシルバーグレイが帰ってきました。

焦げたあみぐるみを見たシルバーグレイは一瞬で夜の出

来事を理解して、ムーンに凄い形相で迫ってきました。

ブラックがすっと二匹の間に入り込みます。

「ごめん。僕がやっちゃったんだ。タンスの上に飛び

乗った拍子に落としちゃって・・・」

シルバーグレイの顔が急に柔らかくなりました。

「なーんだ、ブラックだったの。いいんだよ。誰にも

間違いはあるんだから」

ムーンはホッとしました。

(良かった。ブラックが怒られなくって)

そんなムーンにシルバーグレイが近寄ってきて、耳元

で囁きました。

「今回はブラックの顔に免じて許してあげるけど、自分

がやった事はちゃんと自分で謝りな」

シルバーグレイはちゃんと知っていたのです。

「ご、ごめんなさいでした」

ムーンはやっとのことで小さく謝りました。

「よしっ」と言った後のシルバーグレイは今まで一番

優しい笑顔でした。

ムーンはつられて微笑みそうになりましたが、絨毯の

上で転がっているあみぐるみを見るとやっぱり悲しい

気持ちになるのでした。
その日から

ムーンの様子が少しずつ変わり始めました。

夜はブラックのブランケットから離れて眠るように

なりました。

お昼寝をやめて、窓の外から風に揺れる木々を見つ

めるようになりました。

 「自分の居場所を探してるのかなぁ」

ご主人の言葉にブラックとシルバーグレイは顔を見

合わせました。


いよいよクリスマスイブがやってきました。

いつも夜遊びに出かけるシルバーグレイが珍しくどこ

にも行かないでソファの上で毛づくろいをしています。

ムーンが初めてこの家で迎えるクリスマス。

ブラックとシルバーグレイはムーンにクリスマスプ

レゼントをあげようと考えていました。

ブラックはお気に入りのモスグリーンのブランケット

をあげるつもりでした。

そしてシルバーグレイは・・・なんとあのあみぐるみを

あげる事にしたのです。

仕事から帰ってきたご主人の手の上には大きな白い

箱が乗っかっていました。

自分と3匹の猫のために買ってきたクリスマスケー

キです。

見ると、ふわふわのスポンジに粉砂糖がたっぷりと

ふりかけてありました。

三匹にそっくりな型抜きされたチョコレートもちょ

こんと飾られています。

ムーンは思わずぺろりと舌なめずりしました。

「おーっと。これは食後のお楽しみだ」

ご主人は慌てて箱の蓋を閉めました。

久しぶりにとっても楽しい夜になりました。

ご主人特製のお魚の形のパイは絶品だし、ブランデー

を舐めてしまったブラックが酔っ払って千鳥足になっ

た様子はとても可笑しかったし、ツリーの明かりが

点滅して窓ガラスに映る様子は素晴らしく綺麗でした。

「さあ、お待ちかねの時間だ」

ご主人が寝室からきちんと包装された箱を3つ持っ

てきました。

ブラックとシルバーグレイもそれぞれムーンにあげ

るつもりのお気に入りを取ってきました。

「ムーン」

ご主人と二匹はプレゼントを渡そうとムーンを呼び

ました。

ところがムーンは来ません。

二匹は慌てて探します。

ソファの上、テーブルの下、ベッドの中・・・・・・

どこを探してもムーンは見つかりませんでした。

ブラックが外を見ました。

いつの間にか雪が降り出していました。

羽のような淡雪が風に吹かれてフワフワと舞い降り

ています。

「出ていっちゃったのかもね」

シルバーグレイが冷たく言いました。

「こんな雪の中に? ・・・・・・探してくるよ」

ブラックが慌てて家を飛び出そうとしました。

「何言ってんだよ。君は夜の街は苦手だろ?

ボクが行くよ」

シルバーグレイがカーテンの下をくぐります。

「やっぱり僕も行くよ」ブラックが後を追います。

シルバーグレイが窓を開けると、ひゅるるるるーと

冷たい風が雪と一緒に入り込んできました。

二匹の足がすくみます。

そこへご主人の声がしました。

「ムーン! こんなところにいたのか! あはは、

こんなところで寝ちゃって・・・」

ブラックとシルバーグレイが急いでテーブルの上に

ひらりと乗ると・・・・・・そこには食べかけのスポンジ

ケーキの上ですやすやと寝ているムーンがいました。

「ったくぅ。何考えてんの! この子は!」

ぷりぷり怒り顔のシルバーグレイをブラックがなだ

めます。

「まあまあ。しばらくこのまま寝かせてあげようよ。

きっとここが一番居心地の良い場所だったんだよ」

すやすやと安心しきって寝ているムーンの姿を見て

ブラックはとてもホッとしました。

シルバーグレイもムーンが見つかったので安心して

怒る事が出来ます。

「心配させてー! このあみぐるみ、やっぱりあーげ

ないっ」
                    おしまい
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