ピルの認可をめぐる2つの問題

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 日本でピルが認可されるまでには、1992年の申請以来長い年月を要しました。1999年6月2日中央薬事審議会はようやくピルの認可を可とする答申を行いました。ところが、日本でのピル認可に際してはいくつかの首を傾げたくなる事柄が含まれていました。ひとつは第3世代ピルに関する付帯条件です。もう一つは禁忌(ピルを服用させない絶対条件)に子宮筋腫が含まれていたことです。ピルの解禁を引き延ばしてきたのも、世界の非常識でしたが、またもや世界の非常識を堂々とやってのけたのです。

審議の経過

1998年12月2日には、中薬審の常任部会は「ピルの有効性及び安全性」についてのとりまとめを行いました。今回のピル認可は各社製品を一括審議する方式でしたから、「ピルの有効性及び安全性」も製品別の評価を行っていません。ピルの認可承認は直接的にはこれをもとにして、審議されました。1998年12月から1999年6月までの間には、「添付文書」並びに「医師向け情報提供資料」も作成されました。「添付文書」は当然のことながら、「ピルの有効性及び安全性」を反映するものとなりました。「添付文書」が各製品とも同様の記載内容になっているのはこのような事情によります。ところが、「添付文書」「ピルの有効性及び安全性」に準拠したはずなのに、両者の間にズレが生じています。「ピルの有効性及び安全性」についての調査結果を「逸脱」する内容が、「添付文書」に盛り込まれることになった経緯は明らかではありません。
子宮筋腫を禁忌とする取り扱いについて

 「ピルの有効性及び安全性」の記述内容

 「ピルの有効性及び安全性」は、審議の基礎資料として作成されました。日本のF3臨床データは極めて限定的なものしかないため、主として海外の疫学調査の結果を文献評価する方法が取られています。「安全性についてのとりまとめ」は、1.腫瘍に関する事項 2.心血管系に関する事項 3.次世代への影響に関する事項 4.妊娠機能に関する事項 5.その他の安全性に係わる事項 6.その他 参考資料からなっています。ピルの安全性について、あらゆる角度から検討するという姿勢が現れていると思います。子宮筋腫に関する記述は1.腫瘍に関する事項の中に含まれています。この項目は5つの小項目に分かれており、その中の1つが「その他のエストロゲン依存性腫瘍(子宮体癌、子宮筋腫)」です。この小項目については、「子宮筋腫は性成熟期に好発し、思春期及び更年期にはまれであり、閉経期をすぎると退縮することから、エストロゲンが関与しているとの報告がある。」との1文が示されているのに過ぎません。他の項目・小項目の記述が数値を上げた詳細な記述になっているのに対し、この記述は際だって簡略に記述になっています。ピルの服用により子宮体癌や子宮筋腫に悪影響がもたらされるとする信頼できるデータがないことを、この報告書の作成者は当然知っていたと思われます。しかし、あらゆる角度から検討するという報告書作成者の立場から、付言的に書き加えたのではないかと考えられます。「ピルOC」ではなく、「エストロゲン」という表現が用いられている点にも注意したいと思います。
 「低用量経口避妊薬(OC)の医師向け処方についての情報提供資料」の記述内容
 「ピルの有効性及び安全性」をうけて作成されたのが、「低用量経口避妊薬(OC)の医師向け処方についての情報提供資料」です。この中の「第1章 低用量経口避妊薬(OC)とは」「2.OCの有効性及び安全性」「(2)副作用」の項目を見てみましょう。子宮筋腫のことは一言一句触れられてないのです。エストロゲン依存性の副作用としては、「悪心・嘔吐、頭痛、下痢、水分貯留、脂肪貯留、帯下増加、経血量増加、肝斑、血圧上昇」とかなり丁寧すぎるほどの列挙がなされています。にもかかわらず、子宮筋腫は含まれていません。この部分の作成者は、私と同じように「ピルの有効性及び安全性」の子宮筋腫の記述を付言的に書き加えられたものと受けとめたのではないでしょうか。

 「低用量経口避妊薬(OC)の医師向け処方についての情報提供資料」には、「低用量経口避妊薬(OC) 問診チェックシート例」が添付されています。各質問項目は、禁忌事項や慎重投与事項がチェックできるようになっています。この質問項目の中に、明らかに子宮筋腫をチェックしていると考えられるものは含まれていません。「性器出血がありますか。」が該当するともいえますが、これで子宮筋腫がチェックできるとは思えません。この問診シートは海外の事例を参照したのではないかと思いますが、(「医師のチェック事項」が後で書き加えられたと考えれば)作成者は子宮筋腫を重大な禁忌と考えていなかったのではないかとも推測できます。

 ところが、同じ、「低用量経口避妊薬(OC)の医師向け処方についての情報提供資料」のなかでも、「第2章 経口避妊薬(OC)の処方の手順」になると、「添付文書」の丸写し状態で子宮筋腫が禁忌と明確に記載されています。
ボタンの掛け違いは「添付文書」の作成段階で生じたと考えられます。この「添付文書」は製薬メーカーが作成する建前になっていますが、実際は厚生省が指導して作らせています。各社の「添付文書」が一字一句違わないようなものになっているのは、そのためです。もちろん、中薬審でも検討されます。しかし、製薬メーカーが禁忌にするといっているものを、「それほど厳しくしなくてもいいのではないか」とは、なかなか言えないはずです。厚生省に言わせれば、「添付文書」はメーカーが作ったものということになるし、メーカーに言わせれば厚生省に指導されたものと言うことになるし、中薬審に言わせれば危険性をチェックするのが役目ということになります。いつも繰り返される構図です。
 

ピルは子宮筋腫に本当によくないの?
 お上が危険だといっているものを、危険でない、安全だというのはなかなか言えません。あれも危険、これも危険といっているのが、一番楽なんですね。ピル自体、危険だから認可しませんとしておけば、厚生省は責任を問われることは絶対にありません。しかし、行政はその決定事項について、説明する責任(アカウンタビリティ)を持っていると思います。つまり、ピルが子宮筋腫にとってよくないと判断したデータを示すべきだと考えます。多分できないと思いますが、・・・。ついでに、もうひとつ説明してほしいなと思っていることがあります。中用量ピルなどエストロゲンを含む薬剤について、子宮筋腫は禁忌にはなっていません。禁忌に指定しているのは、「エストロゲン依存性腫瘍(例えば乳癌,性器癌)及びその疑いのある患者」となっていて、慎重投与に指定している中に「子宮筋腫のある婦人[子宮筋腫の発育を促進するおそれがある。]」が含まれています。子宮筋腫の患者には、より危険性の高い薬剤を使用するように指示しているようなもので、とても常識では考えられないことです。ちなみに、低用量ピルの禁忌指定には子宮筋腫に限らず、このような矛盾が他にもあります。いったい何を考えているんだろうなぁと不思議でなりません。
 で、お上もエストロゲンを子宮筋腫の禁忌に指定するほどではないと実は考えているんだな、ピルを余り使わせたくないので無理やり禁忌にしたのかな、と考えてもいいような気がしてきます。そうすると、少し気が楽になってきます。でも、だからといって、子宮筋腫の方がピルを飲んでも大丈夫ということにはなりません。エストロゲンが子宮筋腫の発育を促すおそれは、たしかに理論的には考えられます。しかし、現実のデータはむしろピルに子宮筋腫の予防効果があるとするものがあったりして、何とも言えないですね。ただ、ピルで子宮筋腫が悪化する明確なデータはないということ、そのため諸外国では子宮筋腫を禁忌にしないのが普通だし、慎重投与の対象にもしていない国があるということ、これは知っておいてもよいように思います。

子宮筋腫がピルの禁忌とされたことについては子宮筋腫や内膜症をもつ女性の自助グループたんぽぽにも詳しい情報があります。

第3世代ピルの取り扱いについて
 第3世代ピルについても、全く同じようなことが言えます。
「ピルの有効性及び安全性」は、基本的に個々の薬剤別の評価を行っていません。第3世代ピルと血栓症の関係についても、特別な記述はしていません。ただ、評価の対象になった文献が1995−6年の文献で、まさに第3世代ピル問題の渦中に書かれたものです。もし、個々の薬剤について個別の評価をするのであれば、当然それ以後の文献も評価の対象とされたと思います。ピル一般と血栓症の関係を評価するのには、その必要はないと判断されたのだと思います(それにしても、最新の文献が使用されていないことには不満が残ります)。

 「ピルの有効性及び安全性」が、第3世代ピルの問題について踏み込んだ判断をしていないのですから、「低用量経口避妊薬(OC)の医師向け処方についての情報提供資料」にも、当然第3世代ピルに関する記述はなされていません。にもかかわらず、「第三世代のピル『マーベロン』(日本オルガノン(株)申請)については、第二世代のピルに比較し血栓症のリスクが2倍とのWHOの疫学調査報告を否定し得ないことや諸外国における対応状況を踏まえ、処方にあたってはその他のピルが適切でないと考えられる場合に投与を考慮する(第一選択薬とはしない)旨を添付文書に盛り込むこと。」が、「ピルの有効性及び安全性」を踏まえずに唐突に決定されました。つまり、決定について科学的な検討が十分になされた形跡がない決定なのです。それでも、合理的な理由があるならば、理解できます。しかし、「ピルの有効性及び安全性」の文字面を軽く読み流して子宮筋腫を禁忌に分類してしまったのと同様に、1995−6年の文献によってピル一般と血栓症の関係を述べている「ピルの有効性及び安全性」の記述あるいはその元となった記述の文字面を読んでしまったのではないかと考えています。第3世代ピルと血栓症の問題については、こちらをご参照下さい。

エイズ薬害問題とピルの解禁(2000.01.28)
 薬害の概念について
 薬害の定義については、片平氏の「医薬品の有害性に関する情報を、加害者側が(故意にせよ過失にせよ)軽視・無視した結果、社会的に引き起こされる人災的な健康被害」が一般に適当であると考えられます(片平洌彦著『ノーモア薬害』p.10,桐書房,1995年) 。しかし、このようにして引き起こされる薬害を、私は「ポジティブな薬害」と考えています。「ポジティブな薬害」はもちろん重要ですが、同時に「ネガティブな薬害」について、考慮しておく必要があると、私は考えます。
 「軽視・無視」は、評価の誤りです。評価の誤りには、「軽視・無視」だけでなく、「過大視」や「誤認」なども当然含んで考えられるべき事だと思います。「医薬品の有害性に関する情報を、加害者側が(故意にせよ過失にせよ)『過大視』や『誤認』した結果、社会的に引き起こされる人災的な健康被害」というものはあり得るのでしょうか。わたしは、あり得ると思います。例えば、ある薬剤の有害性について、「過大視」や「誤認」が行われ、そのためその薬剤が使用されなかったとします。この場合、使用されなかったのですから、だれも被害者はいないように見えます。しかし、その薬剤が使用されていれば、助かっていたというケースが考えられます。使用されなかったために引き起こされる健康被害は、薬害でないとはいえないと思います。このような薬害を「ネガティブな薬害」と呼ぶことにします。

 薬害エイズ事件に見る「ポジティブな薬害」と「ネガティブな薬害」
 薬害エイズは非加熱製剤の有害性に関する情報が軽視・無視されたために引き起こされました。その意味で、「ポジティブな薬害」です。しかし、事件の経緯を見ると「ネガティブな薬害」の要素もつきまとっています。
 第1に、安部氏はクリオに対して、否定的な評価を繰り返します。クリオが選択肢から排除されたために、非加熱製剤が使われ続けたという側面があります。
 第2に、加熱製剤認可が遅れたことです。1983年2月にアメリカでは、加熱製剤が製造承認を受けています。この承認は、臨床試験を省略した緊急避難的措置でありました。この加熱製剤を開発したトラベノ?ル社は、同年厚生省に加熱製剤の輸入陳情を2度にわたって行っています。ここで厚生省は、治験の必要性を理由に輸入を拒否しました。加熱申請のガイドラインを出したのが同年11月、メーカーが治験を開始したのが1984年の2月から6月、加熱製剤の製造・輸入が認可されたのは1985年7月です。アメリカに2年半遅れたことになります。加熱製剤についていえば、その有害性に関する情報が軽視・無視されたということはありません。むしろ有害性の過大視や誤認のために2年半の歳月が費やされたのです。加熱製剤の認可に手間取ったために、やむなく非加熱製剤が使用され、そのため薬害エイズが拡大したと見るならば、それはまさに「ネガティブな薬害」といえます。

 薬害エイズ事件に見る「ネガティブな薬害」の構造
 非加熱製剤の危険性が明らかになる中で、厚生省は「超法規的処置」を検討しています。これが非加熱製剤の使用禁止と加熱製剤の輸入であった可能性はかなり大きいと思います。非加熱製剤の使用禁止と加熱製剤の超法規的輸入が早期に実現していたら、薬害エイズの被害はずっと小さなものになっていたでしょう。それがなぜできなかったのでしょうか。
 事件が明るみになってから、厚生省(郡司氏)・安部氏・製薬メーカーは、それぞれ責任のなすりあいをしました。非加熱製剤の危険性に関する認識をそれぞれがある程度持っていたことが、明らかになっています。にもかかわらず、必要な危機管理がなされませんでした。事なかれ主義の対応がなされる、もたれあいの関係があったといえるでしょう。事態を先送りするのに、「加熱製剤は有効性・安全性が立証されていない」は絶好の口実になりました。残念ながら、「ネガティブな薬害」は今後も繰り返される気がしてなりません。「ポジティブな薬害」が問題にされればされるほど、「ネガティブな薬害」が増加する危険性があります。

 「ネガティブな薬害」という視点から見たピルの認可
 厚生省がピルの認可に消極的であり続けたことは、周知の事実です。やっとのことで、しぶしぶ認可するにはしました。認可に際して、厚生省は「ポジティブな薬害」に異常なまでの執着を見せました。その結果、子宮筋腫が禁忌とされ、第三世代ピルが発売中止に追い込まれました。このことは、一見りっぱなことのように見えます。しかし、そのために子宮筋腫の患者が低用量ピルではなく、中用量ピルを投与されることがあるとすれば、重篤な危険はないにしても、健康被害がないとはいえません。少し大袈裟な言い方をすれば、これはまさに「ネガティブな薬害」なのです。
 そして、この「ネガティブな薬害」が、そのことによって誰も責任を取らないですむような形で引き起こされるであろう点が恐ろしいことです。
 

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