"楽友協会大ホールでマタイを歌う"

ゲヴァントハウス合唱団[欧州演奏旅行記

2001.9.14〜9.21

1993 | 1995 | 1997 | 2001

9/13(木) 翌朝が早いため夕方はるかでKIX入り。ホテル日航関西空港泊。明石大橋の見える部屋。空港ビルで夕食。ガイドブックが古いので丸善で新版に買い替える。
 何はともあれ一昨日NYで起きたあの悲惨な事件の影響が一番心配な今回のツアー。出発できるだけでよしとしなければなるまいて。


9/14(金) 6時起床。お握りをたべ、7時チェックアウト。既に6人来ている。今回は歌うメンバー以外の同行者が増え、コンサート終了後の予定が区々になった。そのため我々8人は出発から一まとめで他のメンバーの顔は見えない。ちなみにメンバーはうち2人、K一族3人、M家2人およびY君。交通社(以下特定名称省略)の説明で荷物預け。9時35分発が10分早まって出発。おなじみLHのB747-400機。11時半昼食はそば付き。19時夕食。FRTは40分早く14時(現地)到着。手続き判らず時間食う。結局「ユーロ以外」のゲートで一旦入国手続き(パスポート呈示)をし、B3搭乗口へ回る。時間が早過ぎるため表示もなくうろうろしたが、インフォメーションで片言で確認してB3でOKとなり、ホッとする。LHのA321機でVIE向け出発。B3ゲートには何の表示もなく不安だったがチケットが改札を通ったから…を頼りに出発。VIE着陸時「Wien」の文字が窓越しに見え、ホッとした。ウィーンは雨。8名が大型貸切バスに乗車。ウィーンヒルトンホテル到着後チェックインを交通社により終え入室。持参のお握りを食べて21時早寝。話しによると、今夜あったシカゴ響は直前まであの事故で荷物が半分しか届かず大変だったとか。本番には何とか間に合ったらしいが、それじゃあパニクりもするだろう。


9/15(土) 7時朝食(食べ過ぎか?)。ウィーン市内観光組を見送り、シュテファン(塔も)、グラーベン通り、コールマルクト通り、ホフブルク、モーツァルト銅像と回り、地下鉄で帰る。セーター着たままではシャレにならんほど寒い。国鉄ミッテ駅でパンを買い部屋で食べる。13時ホテル出発、全員で市立公園を抜け(結局3日間同じコースだった)、ムジークフェラインへ。Uオケ(Tオケは中野さんのピアノ)伴奏でソロ練習ののち主としてUオケ担当の部分練習。あとケルントナー通りを歩いて帰宿。10人で伊勢丹そばのローゼンベルガーでバイキングの夕食。得体の知れないLamm料理をとってしまい、大半残した。雨の中歩いて帰る。6人の明日明後日のツアーが逆になり、しかもウィーンの森半日コースが午前でなく午後になっているとのことで、Y君はじめ皆交通社にねじ込み、予定通りに戻ったのは遅くなってからだった。


9/16(日) 曇りだんだん晴れ。朝食後9時集合し観光組6人はメルク=ヴァッハウ渓谷観光へ、演奏組はムジークフェラインへ夫々出発。(写真はメルクの修道院)

 10〜13時大ホールで休憩をはさみGP。三原、釜洞さん、そしてキンダコア、Tオケと全部揃う。何と日下部氏も来ているではないか!思ったより小さいというのが第一印象。造りにてらいがない。ただ飾りが金ぴかでGoldener Saalというのが分かる。大砲のような乳、大きなお腹の婦人が二階を支えている。上は窓なので外の光がわかる。これで最高の音響というものは内部を計算しまくることでは必ずしもないことがわかる。ただ歌って響きがかなりこもり、そうでなくても曖昧な発音が余計不明瞭になる。キンダコア人数少ない。キレイだが合唱に埋没しないか心配。硬質のよく透る声。終了後市電でショッテントアまで行き、フォティーフ教会。あとシュテファン方面へいくつかの教会を見学して回る。シュテファン前のカフェ・オイローパでサンドウィッチとメランジェの遅い昼食。市立公園で音楽家銅像に敬意を表し帰宿。シャワーして一休み。ミッテ駅の売店でビールその他を仕入れ、Y君の部屋で7人で夕食を兼ね歓談。22時終了。(写真は9.11を悼んで弔旗が掲げられたウィーン楽友協会)

9/17(月) 7時半朝食。9時観光組はウィーンの森半日観光へ出発。あちこちパート練習しているが京都男声のみ集まらず(連絡が遅れた)、シンフォニーに出なかった新しい3人にピアノ等注意事項をコピーして渡すことにした。13時集合、歩いて会場へ。雨降ったり止んだり。14〜17時前ステリハ。皆ピリピリ。でも終了時に飯先生の祈祷で気持ちを引き締めた。天満屋「特製」お握り×2個+おつけもの+お茶(¥1,500)の夕食。大ホールでは小澤征爾+ウィーンフィルが17時過ぎまでリハーサルをやっていたそうな。


 19時開演。予想に反し満員!!それも外人が9割以上でびっくりするやら嬉しいやら。林先生の今回のアメリカの悲劇に追悼のスピーチとそれに続く「血潮したたる主のみかしら」合唱裡の黙祷。そして開演。出来はいろいろあったもののまずまず。マイクはワンポイント+14本で録音していた。ただフラッシュがよく光っていたのにはゲンナリ。殆ど日本人のようだった。大拍手=Standing Ovation=のうちに終演。打上。まず先生のスピーチに乾杯。次いで日下部さんスピーチ。藤原・コッキアさん昨日市内の教会で結婚式とのことでそれにも乾杯。25時半バスで帰宿。疲れた。でも嬉しかった一日。


9/18(火) 6時モーニングコールと言っておきながら何もなく、交通社のたるみぶりがますます明瞭になる。7時荷物出し。8時雨の中を大型バスで出発。運河沿いの道路は洪水かと見紛うばかりのドシャ降り。現地ガイドはMさんという体格のよい、いい年配の女性で、木管をやっていた高槻出身の人らしかった。決り文句でなく、自分の言葉で喋ってくれ大好評。これで交通社の不評を大分挽回した感じ。メルク修道院は観光組が二日目に来ており、無料の脇口からちょっと拝観しただけ。

 次いでザルツカマーグートに入り、トラウン湖畔のトラウンキルヒェンにとめて貰って写真を撮る。この展望久し振り!このあたりから晴れてくる。

 12時半ザンクト・ヴォルフガング着。相変らずきれいな街並み。白馬亭でマスのムニエルの昼食。巡礼教会見学、しばし買物ののち出発。

 対岸に回ったところでアーベルゼーから写真休憩。日本のお絵描きツアー一行が写生していた。遠くザンクト・ヴォルフガングの町。背後に雪を頂くのはシャフベルグ(1,783m)。

 ザンクト・ギルゲンでロープウェイに乗り十二使徒山(ツヴェルファーホルン)へ。最高の眺望でみな大喜び。雪が積もっているではないか!!ここまで来たのだからと一路1,522mのピークに皆揃って登る。来てよかったと思う一瞬だった。

 夕方17時過ぎザルツブルグのホテル・クラウンプラザピッター到着。チェックイン。設備はヒルトンより良い。18時に出てゲトライデガッセの中華屋・遊園に入り、ラーメンとビールの夕食。帰途ウィンドウショッピングしながら帰るが、ウィンドブレーカーをセーターの上に着ているのに寒い。12月くらいの感じだ。帰宿後Y君の部屋に集合ししばしお茶で歓談したが、如何せん眠い。半眠りのまま部屋に戻ってコトン。


9/19(水) 7時半朝食。狭く客多し。またウェイターが少なく行き届かない。内容はまあまあ。9時Aガイドの案内のもとにザルツブルグ半日観光に出発。ミラベル宮殿・庭園(ドレミ階段など)、モーツァルトの家やカラヤンの生家、ドップラーの生家を横目にマカルト橋(人専用=揺れる!)を渡り、旧市街へ。まずモーツァルトの生家を見学。今は博物館になっているが古いままで感動であった。保存されている古いハンマークラフィアでシフが弾いたモーツァルトのピアノソナタのCD1枚を求める。もう少しゆっくり出来たらとの感懐を抱く。大聖堂(ドム)内陣、レジデンツ広場。ここでグロッケンシュピールの11時時報を聴く。ザンクト・ペーター教会墓地から祝祭劇場に出る。いろいろサウンドオブミュージック撮影の際のある話ない話を聞き、買物の店の紹介があってガイドさんとお別れ。Y君、M母さんと4人でまた昨夜の中華屋に行き炒飯の昼食。

 まずホーエンザルツブルグ城へケーブルで登る。旧・新市街はじめうんと遠くまで絶景に感嘆久しうする。
 降りてモーツァルト広場のモーツァルト像へ。外人のおばさんに頼んで記念写真のシャッターを切ってもらう。

 あちこち見て回りお土産を買って、16時ザルツブルグ・ザッハーホテルへマエストロT君推奨の「ザルツブルガー・ノッケル」を食べに行く。「ワン・ザルツブルガーノッケル、アンド、フォー・ヴィーナー・メランジュ、ビッテ」と(何語だ?)注文し「我々はこれを食べられるだろうか?大き過ぎはしないだろうか?」と聞いたら(つもり)、件のウェイター曰く「OK、OK」と。これがあとで至極無責任な返事だったことが判明する。15〜20分かかってやっとノッケルが三山に焼き上がって運ばれてきた。大きいとは思ったが…。二山を4人に取り分けてくれ、食べ始めたが、なかなかどうして。それが食べ切れない。甘いというかしつこいというか。フワフワしているのに結構もたれるのだ。Y君は何とかこなしたが(お見事!)、女性二人と私は残してしまった。あまつさえもう一山残っているというのに…。後ろ髪を引かれながら(?)ホテルを後にする。
 18時モーツァルト博物館前に集合、持ち帰りで部屋で「宴会」することに一決。近くのスーパーでビールその他を仕入れ、荷物はすべてS君に持たせて(!)帰宿。またまたY君の部屋で19時過ぎから「大宴会」。23時終了。最後の夜が暮れて行く。


9/20(木) 6時起床。朝食。宮本夫妻ら15名今日午後バスでプラハへ向かうとて出くわす。荷物出し。ところが予定のバスが8時になっても来ない。ガイドが急遽バスをキャンセルし、タクシー2台を代わりに呼ぶ。またこれで交通社の評判が、折角のMさんの好印象に拘らず、落ちてしまった。
 空港で免税手続き。これが結構時間を食う。うちは関係無かった。あまり大きな買物をしてなかったのだ。荷物預け。同空港に中野先生のグループ十数人がチューリッヒ経由スイス航空だとかで出くわす。快晴のザルツブルグ空港を代替のチロル航空で10時出発。FRTは曇り。ところが、である。出国手続き後、13時35分発の予定が、運行ソフト(?)の積み忘れか手違いで結局15時前まで延びてしまった(これは交通社関係無かったか)。

9/21(金) 出発遅れがひびき、1時間以上遅れてKIX到着後通関、荷物引取りを済ませてJR駅まできたらもうお昼近かった。新大阪までバスがあると勘違いし、1階を一旦出、また2階に上がってJRへ行くというドジ。新大阪からタクシーで帰宅。元気で帰れてよかった。でも疲れた。


Members
Dirigent 林達次
Evangelist 波多野均(T)
Jesu 三原剛(B)
Soli 釜洞祐子(S)、藤川賀代子(A)、宮本佳計(T)、田中純、灘井誠(B)
野村恵子、大西津也子(S)、中林節子、岡本明美(A)、大城閑(B)
Chor 京都・大阪ゲヴァントハウス合唱団
アマデウス少年合唱団(現地)
Orgel 住山玖爾子
Cembalo 中野寛
Orch. 林フェスティバル・アンサンブル(現地)