NIKON EM ★★★★ 発売年月 1980.03/標準価格 \4.0000
小粋なAE専用廉価機リトルニコン

絞り優先AE専用の小型軽量普及機。女性ユーザーを強く意識した製品で、カーデザイナーのジウジアーロがデザインに参画。海外先行発売のため逆輸入機が高値で売買されたという逸話を持つ。専用のSERIES Eレンズ群や小型モータードライブもあり、EM独特のコンパクトなシステムを組む事もできる。ニコンのカメラ史の上でも特異な輝きを持つ存在。

このカメラの評価は難しい。長所と短所がかなり極端に出ている機種だと思う。トータルに見れば、限られたコストの中で大いに健闘しているとは思うが、質実剛健の「ニコンらしさ」とははっきりと異なった方向のベクトルを持つ。性能・操作感は総じてチープ。が、要はこのカメラを受け入れることができるかどうか−−すなわち、欠点に目をつぶり、長所を最大限に愛でることができるかどうかということ。事実、こいつの長所は欠点を補って余りあると思う。「らしくない」機種だけに、使用者との相性の良し悪しが問題になるだろう。

EMはデザインと言うか、存在感が非常にキュートだ。かと言って、奇を衒ったところはない。最近では珍妙なデザインなカメラも多いが、それらとは明らかに一線を画する。むしろ、今の基準で見ればオーソドックスな部類に入るのだが、それでいて小粋さと品位を両立させている。この愛しさこそEMの最大の長所といえるだろう。

■基本性能と操作感

機能面での評価はやや厳しい。もともと廉価機種だけに、スペックが抑えられている。シャッター速度が1/1000秒まででAE専用、シンクロ・ターミナルなし、露出補正は逆光補正ボタンのみ。しかし、1/90秒メカニカル・シャッターを忘れなかったところはニコンらしい。露出補正もISOダイヤルを使えばできないことはない。ダイヤルは扱いやすい。それに、中級機から見れば貧弱なスペックとは言え、実用面では特に困らない。

むしろ問題なのは操作性。まず、ホールディングがあまり良くない。小型化の犠牲となったようだ。ファインダーも暗い。シャッター音は「かちゃんこ」とかなり安っぽい。ミラー音も「ぱたんこ」。ミラーショックも気に掛かるレベル。ボディが軽すぎて(460g)ショックを緩和できないため、手の中で跳ねる感じがする。これは実害もあるだろう。

ただし、巻き上げはスムーズでラチェットも可能。中古では巻き上げ感がゴキュゴキュしたものがあるが、グリスアップしてもらえば直る。ファインダーが暗い割にはピンは合わせやすい。ファインダー内表示も特に欠点はない。

■操作・メンテナンス上の注意

操作上の留意点は、フィルムカウンターが1以上にならないと露出計(AE機構)の電源が入らないこと。これに気がつかないと、壊れたと勘違いする。なお、ニコンの機種には珍しく、巻き上げレバーを畳み込んでもシャッターはロックされない。おそらく、ボディが小型なのでレバーを畳み込まないと眼鏡にぶつかるためだろう。

また、裏蓋を開けるとAEが効かなくなり、強制的に1/1000秒でしか切れなくなる。このため、速度を変えて空シャッターを切って動作チェックすることは不可能。裏蓋開閉検出爪をドライバで押さえて操作すればよいのだが、これが実に操作しにくい。

なお、このEMはかなりいろいろな箇所に不具合が発生する。以下に顕著な症状をまとめておく。

なお、EMは中古市場でも人気機種の一つで、廉価だが動きは良いようだ。相場は2万弱くらい。先日デッドストック品がオークションで7万8000円で取り引きされていた。それもそれだが…。

■80年価格革命

このカメラを論じるには、どうしても80年価格革命について考える必要がある。これは私の勝手な造語なのだが、1979〜80年に各メーカーが一斉に廉価機を市場に投入して、一眼レフの価格とステータスを一気に下げた事件を指す。具体的には、Nikon EM、Canon AV-1、Olympus OM10、Pentax MV-1(MG)、Minolta X-7の登場のこと。これらの機種は判で押したように「絞り優先AE専用、1/1000秒まで、重量400g台、価格4万円前後」というスペックを持つ。Nikon EMもニコンの歴史の中で見ると奇異な感じがするが、80年価格革命の中では平均的な存在なのだ。

この革命は国内的な要求ではなく北米市場の事情で起きたようだが、国内市場にも大きな影響を与えた。カメラ業界全体が、技術力と信頼性を重視する職人気質から、大量生産・薄利多売体質に変わっていったのだ。先鞭を付けたのはCanon AE-1だが、AE-1はまだカメラの質感に注意を払っていた。ところが、80年革命時に出たカメラは全てかなりチープなものだった。これで一眼レフのステータスは消えた。さらに10年後、EOS 1000がそれにダメを押すことになる。80年革命の申し子たちはEOS 1000ほど酷いものではないが、クオリティを追求できない状況から生まれて来た機種だということは覚えておくべきだろう。

個人的な感想を述べさせてもらうと、一眼レフの大衆化は、メーカーにもショップにも消費者にもマイナスだったと思う。技術革新は市場を活性化したが、同時に市場を荒らした感も否めない。それはコンパクト・カメラやブリッジ・カメラでやるべきことだったのではないか。しかし、そのおかげで中古一眼レフを捨て値で集めることも可能になったわけで、私のような貧乏コレクターには痛し痒し。

■レンズの問題

EMもニコン伝統のFマウント機なので、その気になればNIKKORレンズの素晴らしい描写力を堪能できる。しかし、EMにはわざわざ専用に設計されたコンパクトなSERIES Eレンズ群があるのだから、こちらを使わなければ「EMらしさ」がない。EMには大きくて重いNIKKORレンズは似合わない。「小粋」であることがEMの最大のレーゾンデートルであるのだから、描写力優先のレンズ選びは邪道だ(と勝手に決めている)。

SERIES Eというのは、一口に言って、コンパクトさを優先して性能を犠牲にしたレンズだ。したがって、ニコンユーザーの間でも評価はかなり厳しい。ちなみに、米国でEMのボディと同時に発売されたSERIES Eレンズは、35mm、50mm、100mmの3本。一応、きちんと広角・標準・望遠を揃えて来ており、それなりの意気込みが感じられる。ところが、日本国内発売の時には、50mmのみがSERIES Eではなく、ほぼ同サイズ・同重量のNIKKOR Ai 50mm/F1.8Sに変更された。やはり、国内ユーザーのシビアな目を恐れたためだろう。Ai 50mm/F1.8SはSERIES Eよりも僅かに重いが、描写力はずっと上だ。

SERIES Eのレンズはこの他にも意外に沢山発売されていて、少なくとも28mm、38-76mm、75-150mm、70-210mmは存在を確認している。そもそも私がEMを買うきっかけも、SERIES Eの28mm/F2.8を見つけたからだった。28mmが欲しかった所だし、150gという超軽量だし、レアっぽいので、2万3000円と高めだったが買ってしまった。しかし、やはりNIKONユーザーが満足する描写力とは言い難い。レンズをどうするか、がEMユーザーの最大の悩みだろう。

この他、EMに似合いそうなレンズは、FM3Aと伴に発売された45mmのパンケーキレンズ、それにFM-10などに付いていたNIKKOR 35-70mm/F3.5-4.8S。後者は185gと軽くてボディとの釣り合いが良い。コシナのOEMらしいがコーティングはニコンがやっているらしい。と言っても過大な期待は禁物。こんなもんかなあ〜程度。コストパフォーマンスは良いと思うが。

■それからのEM

EMを使ってみると、なぜニコンが海外先行発売をしたのか何となくわかるようになる。確かに、いきなりこれを日本市場に投入すれば、質実剛健というニコンのイメージは崩れただろう。同じ小型軽量機と言っても、オリンパスのOM-1の方向性とは明らかに違う。遊びに重点をおいた軽さを目指しているのがよくわかる。

実際、EMはFG、FG-20と発展していくが、そこで断種されてしまっている。しかも、FGになると生真面目で知性的なお嬢様に出来上がってしまっているし、逆にFG-20はあまりにチープで品がない。どちらも、EMのようなフワフワした魅力が消えている。やはりEMは「家風に合わない」帰国子女だったようだ。しかし、お堅いニコンが作ったからこそ、独特の存在感を持ち得たとも言えるだろう。

 
主要諸元
シャッター 電子制御 縦走メタル 最速1/1000秒 X接点1/90秒
1/90秒およびBのみ機械制御
露出制御絞り優先AE、1/90秒マニュアル、B
露出補正+2EVの逆光補正ボタン、ISO感度補正も可
ファインダー倍率0.86倍、視野率92%
外 観134.5×86×54mm/460g
その他シンクロターミナル、ミラーアップ、プレビューなし。
シャッター左横のボタンとLEDはバッテリ・チェック用。
ボディ前面右側にあるボタンは逆光補正用。
独断評価
操作感 B- シャッター系が気に入らない
耐久性 B+ 1/90秒メカニカルシャッターあり
ファインダー B+ やや暗いがピン合わせは良好/指針式
露出補正 B+ 逆光補正ボタン/ISOダイヤル 操作性良
携帯性 A 460g
用 途 ×仕事 ×趣味 ◎スナップ ◎軽旅行 △海外旅行


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(2001.03.07)