鳩のひな事件

 

もう随分前、いったいいつ頃のことだったでしょう。

庭でなにやら騒動がありました。

何事? と思いながら出ていくと庭の西側でチコが鳥を追いまわしているではありませんか!

その鳥は大きくて灰色のつやのない羽をしていて、飛べないようです。

チコに手で口でちょっかいを出され、羽をあたりに飛び散らかしながら逃げ回っています。

チコは本気で噛み付くようでもないのですが、手や口でその鳥を攻撃しています。

『どうしよう・・・』 実は私は鳥が怖いのです。あのぷわぷわとした握るとつぶれてしまうような感触を

想像しただけで鳥肌が立つのです。理由はよくわからないけれど、とにかく鳥が怖いのです。

そのときはどういうわけだかチコだけでした。

ニーナもいたはずなのに、なぜかあの場面にはいませんでした。

どうしていなかったのかな。思い出せません。

家には私ひとりだけ。このままじゃチコが鳥を殺してしまうよ。どうしよう・・・

両親は自営業で店にいます。電話をしました。

話を聞いていて父が『鳩のひなやな。西側の大きな木に巣があってそこから落ちたんやろ。』

ということでした。 『どうしたらいい?』『つかまえて裏の畑のあたりにでも逃がしてきたらいいやろ。』

『鳥怖いのに、よう触らんよ。』

『そんなこと言うたってどうしようもないやろ。おまえしかおらんのやし。』

大人しくしている小鳥でも怖いのに、大きな鳥でしかもバタバタと羽を動かして暴れている鳩のひな。

どうしよう、どうしよう・・・ そうしている間も騒動は続いています。チコの吠える声、ひなの鳴き声。

このままじゃチコが鳩殺しになってしまう。

一大決心をして軍手をはめて外へ出ました。

チコは助っ人が来たとばかりにますます元気にひなを攻撃しています。

あたりは鳥の羽がいっぱい。

『チコ!止めなさい。』 

何度もひなをつかまようとしてその度にバタバタされて 『ひぇ〜!』 飛び引いて、

を繰り返しやっとの思いでひなをつかまえました。

チコは 『 返して〜、返して〜 』 とばかりに私にまとわりつきます。

なんとか裏木戸を開けて家の裏に広がる畑の畦道にひなを置いて、一目散に逃げ出しました。

チコは 『 どこへやったん? ねぇ、どこ? 』 としつこくクンクンして私について回りますが、

私は座り込みたいほどの思いでした。

なんとかチコを鳩殺しにしないで済んだ、と思うとほっとしました。

しばらくして見に行ったらもうそこにはひなはいませんでした。

今から考えたら、あんな何もないところに飛ぶこともできないひなを残しておいて

大丈夫なわけがないですね。きっと野良猫かなにかに攻撃されてしまったでしょうね。

悪いことをしてしまいました。けど高い木の上の巣に戻してあげることはできないし

どうしようもなかったのです。

しばらく私はチコが口を寄せてくると 『 いやだ。あっちへ行ってよ。 』 と逃げていました。

だって、鳩に噛み付いた口なんだもの。

今でも鳥は怖いです。特に鳩のような大きな鳥は怖い・・・

どうか同じことが起こりませんように。