いろんな楽譜集
 

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Towner's Male Choir

 これはさえらのすし所有のものではないことをまずお断りしておく。
 09年11月われわれグリー34会50周年記念会の折、森本潔氏から借用した楽譜。タイトルは「Towner's Male Choir」とある。当然ご尊父森本芳雄先生から伝世のものと想像し確認したら意外なことにそうではないという。扉に【K.Katagiri】というサインがあるからだ、と。グリー創立者の片桐哲先生とは思えないということで、ここにまた一つの謎が生まれた。
 タイトル通りあの著名なタウナー氏(1850〜1919)が作曲・編曲した男声合唱曲=それも讃美歌が大半=を中心にした曲集である。序言に1894年とあり、下記QFMより年代は遡るものと思われる。「希望の島」がQFMとは異なり“満”がFのトニックで、グリー伝世の希望の島と同一といって差し支えない。下記に「これがそもそもの原譜ではなかろうか」と記したが、結論として、こちらがタウナー本人編集の曲集だけに正統のものと判断でき、ホッとしている。
 収載された95曲のうち作曲が45曲、編曲が5曲、あわせて収載曲の半数近くががタウナーの手になるものである。(何を間違えたか1曲だけ混声合唱が収録されている)【B6判128ページハードカバー】
【2012年1月追記】本書の復刻版が出版されているのを発見、入手した。

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Quartets for Men

 09年3月水曜会練習の折、先輩原忠和牧師から拝受した楽譜。タイトルは「Quartets for Men」とあり、思わず押し戴いてしまった。お話によれば、ご尊父原忠雄牧師(下記参照)がアメリカ留学中に入手されたものだとかで、巻頭に1926年とある。細目を見るまでもなく讃美歌を中心とした曲集ですべて男声合唱188曲が収載されている。日本現行の讃美歌に収載されているものも20曲ほどあるが、何より目を引いたのはあの『希望の島』の原譜と思われる「That Beautiful Land」が載っていたことである。歌詞は英語で第3節まである。譜割りは邦訳の都合で当然ながら変更されているが和声は一箇所を除き全く同じといって差し支えない。その一箇所とは邦訳で「もの皆足り満ち」の“満”の箇所。日本で歌われており、我々も歌ってきたものは「F」であるが、これは「G7」である。あの男声合唱曲集で有名なタウナー編曲となっていて、彼が変えたのかとも思ったが、それにしては他が全く同一なことで、つらつら考えるに、これは日本に入ったとき、どなたかが「F、Bb、C7」という三和音以外の音を避けたのではないか。つまりこれがそもそもの原譜ではなかろうか。
 それにしても不思議なめぐり合わせである。【A5判187ページハードカバー】

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Choir Book

 タイトルは「CHOIR BOOK」、奥付はないが、表紙下の「神戸組合基督教会聖歌隊」発行だろう。B5版72ページで35曲が収載されている。和紙のような薄い紙にガリ版印刷。ガリ切りは馴れた手で全部同一人によるものと思われる。内容は一括製作されたものではなく、たびごとに一曲ずつ印刷されたもののようだ。しかし年号の入っているものはすべて1923年(大正12年)、関東大震災の年である。この前後1〜2年の間に使われたものを製本したものと推定される。
 梅花教会には1959年いっぱいお世話になった。時の牧師は大先輩・原忠雄牧師。私が任を辞するときちょうど牧師がハワイへ行かれるタイミングと一緒になり、この古い聖歌隊用讃美歌集を託された。当時の私はこの価値に無頓着で、それから数十年間ずっとこの楽譜は眠りっぱなしであった。
 殆んど混声四部合唱でVerse部分独唱(斉唱)の形が多い。ただ一曲だけ男声四部(ひかげしずかに)が含まれている。
 もう一つ、同志社グリークラブ愛唱曲「詩篇98“新しき歌もて”」の混声原曲と目される曲が収められている。いま考えられるうち最も古い版と思われる。
 
  ★04年10月、機会を得て神戸教会(もと神戸組合基督教会)を訪れ、納めていただくことができた。

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アオイコーラス

 この楽譜は、学生時代コタツに足を突っ込んでハモり、歌う曲が無くなったら弦楽四重奏曲まで歌った遠藤邸での集いでCONYさんから譲り受けた楽譜。内容は当時の「合唱名曲選集」「ポピュラー合唱曲集」および岡本敏明の「コーラスブック」からのものが多いが、後半にガラリと様相を変えて渋い宗教曲が並ぶ。
 扉には
 『アオイコーラスの200曲を記念して
      昭和29年5月
 このアルバムを私共のアオイコーラスの現在に至る道を築き
 協力して下さったすべての人に捧げたいと思ひます。』

 とある。
 作者は当時ガリ切りの神様扱いされた大口主こと故・矢是栄士氏。表紙は手書きなのか、矢是マジックなのか不明。

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 私の合唱歴の記念すべき出発点である新宮高校合唱部での3年間。ほとんどの楽譜が山崎先生の手書きガリ版刷りであった。それをソフトカバーで2冊に分別・製本したもの。タイトルは近畿2位となったコンクール課題曲名「若い日の歌」とした。なお同先生は私の亡母の恩師(旧制新宮高等女学校)でもあった。

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 これはグリー在部中に歌った曲を中心とし、グリー部室の楽譜棚にあった1〜2年前の楽譜を一部含む。卒業後数年経て梅田の旭屋書店にハードカバー製本を依頼し、その際自分なりに4冊に分別したものである。@宗教曲集、A黒人霊歌・世界民謡集、B日本歌曲・一般曲集、C組曲集。次に記すCCDと比べて約2倍のヴォリュームがある。ステージの頻度は多分2倍以上であったろう。【→“栄光の部屋”参照】

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 グリー同様私のCCD在団中の曲+1〜2年前の楽譜を2冊に分別し、製本した。@宗教曲集、A一般曲集。【→“第二室”参照】

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The Songs of the Male

 去る11月初旬「奈良在住で男声合唱史を研究している人」さん(本人希望による。以下「某氏」)からメールが飛び込んだ。内容は@日本の男声合唱史を調べているA同志社グリーの部史を参考にしたB部史中にある「三輪先生作歌」が何か不明だったC山口隆俊編著「The Songs of the Male」に「送別の歌」の詞が「三輪花影作歌」となっていて腑に落ちた とのことでこの『男性の歌』の存在を知った。懇望の結果、某氏がH大学図書館に出向いてファクシミリ版ならぬ「スマホ版」を入手したものを頒布いただいたのがこれである。おそらく山口氏の自費出版本だろうとは某氏の推測だが、大正15年2月刊というから1926年。この「送別の歌」並びに「新しき歌をエホバに向いて歌へ」(詩篇98編)は編者の知る限り印刷された譜面としては多分最古で、珍重すべきものと思われる。【サイズ等体裁不明】

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The Songs of the Male

 編集後記によれば『1997年に発行された「創立50周年誌」の中の「歴代指揮者座談会」で「シャンテ決定版」をまとめる発案がなされその後開かれた幹事会で「シャンテ<スタンダード>」と名称を変えて2002年の創立55周年記念レセプションを機に発行することが決議された。選曲は1999年11月発行のザFC25号で公募されそれをもとに幹事会が委託した選曲委員会(座長脇地駿兄)の責任においてなされた』とある。発行2002年11月3日【A4版51頁】

内容はこちら参照