ただの人が作った人の世が
住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりも
なお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、
住みにくい所をどれほどか、
寛容(くつろげ)て、
束(つか)の間(ま)の命を、
束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、
ここに画家という使命が降(くだ)る。
( 夏目漱石 「草枕」 より )