6月11日

私は最近、絵日記には似合わない政治的な文章を書いていますが、本当はもっと絵や自然観察のおだやかなことを書きたいと思っています。

しかし急速に国際化が進む現代、国家間の力関係が変化し、経済分野などで国境が流動化し始めているなかで、国の権力を握る人々の中に、

自分の権限が弱まる不安からか意図的にナショナリズムをあおって国家の枠を強めようとする勢力が台頭し、

国に存在意義を支えてもらわないと己が保てない一部の自我の弱い国民がそれに呼応して、社会の閉鎖性が増していることに強い危機感を感じており、

微力ながらも、自分の感じていることくらいは〈民衆のひとりの意見として)表明する必要があると思っているのです。

(特にこの国の歴史は、ひとたび流れ出したら、もはや止められない濁流になることを証明しているので、流れ出す前に何とかできなければアウトです)

 

「小泉純一郎 血脈の王朝 (佐野眞一 著)」を読みました。佐野氏の本は以前にも読んだことがあり、優れたノンフィクション作家と思います。

読後の第一の感想は、小泉さんには一刻も早く総理を辞めていただきたい。彼に日本の未来のビジョンが描けるとは思えません。

私は彼のアメリカ追従とアジア軽視、頑固な靖国参拝に対する思想的反論を試みるため、多くの本を読んでひとつの方向性を見出しつつあります。

しかし、どうも彼の頭の中には、一本の筋の通った思想などなく、父の道への追従とその場その場での勘での判断しかないとしか思えないのです。

たとえ理路整然とした反対論を並べられても、もともと彼には思想・戦略がないためにまるで自分には関係のない話のようにしか捉えられず、

相手の言葉の揚げ足とりで終わらせてしまうでしょう。(現にほとんどの国会論議がそのようにしてむなしく終わっています)

また、小泉首相は実の姉の意見以外には耳をかさないそうです。こうした人が国のトップに立っていられる日本の政府・国の在り方自体がおかしいです。

この暴走を止められない日本政府の在り方は、大東亜戦争時の陸軍の暴走をとめられなかった教訓をまったく生かせていません。

多くの優れた人材の良い部分を活用しつつ統合し、周到に政策を練って決定に導くような論理的なシステムが政府内に全くつくられていないのです。

(過去にさかのぼったとしても、この国には独自の思想や論理的考察に基づく組織体系が存在したことが果たしてあったでしょうか?)

私は小学校時代に先生から「百年の計は元旦にあり」と書かれた年賀状をいただきましたが、

今の国会議員・官僚で百年先のことを考えて行動している人間がどのくらいいるのでしょうか。そう考えると憂鬱でなりません。