サイクリスト
第2部


 が、幸いなことに、その自転車と学生から2メートルほど離れたところで、なんと乾燥した路面に変わったのである!車のタイヤはグリップを取り戻し、ようやく止まった!止まったのである!!いったいどういう心境だと説明すればいいんだろうか。心臓が高鳴り、アドレナリンが体中を駆けめぐった。ほんとうにこれにはまいった。心臓がひっくり返るくらいに驚いた。そして、ようやく止まった車の窓から僕は声をかけた。
「だいじょうぶ?」
「いたたた。。。 ・・・はい、だいじょうぶです」
と立ち上がりながらその学生はそういった。どうやら大丈夫のようだった。でも、お尻を打ったらしく、おしりをしきりとさすりながら、痛そうな表情をしていた。
「怪我はしていない?大丈夫?走れる?」
「お尻を打ったみたいですが大丈夫です。走れます」
「ゆっくりと走ろう、路面が凍っているところもあるし」
「はい、そうした方がいいようですね。そうします」
そうしてまた自転車を前に、僕が後ろについて走ることになった。

 それから10分少し走っただろうか。冬の夜道、ずっと走り続ける姿がとても寒そうに思えてきた。彼は寒くはないのだろうか。。。?そう思い続けて、ようやく、やぶはら高原スキー場の看板をこえたところで、声をかけてみた。

「さむくないの?」
「(歯をガチガチいわせながら)めちゃくちゃさむいですよ」(もうすでに震え上がっていた!)
「それじゃ、そこに自転車を止めて、車の中でちょっと暖まったら?」
「えっほんとですか?そうしてもらえると、本当にうれしいです」
「別にいいよ。遠慮はいらないよ、俺一人だし」
「もう死ぬほど寒いんですよ。それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」

 自転車を止め、その学生は車の中に入ってきた。その入ってくる一瞬のうちに車内の温度が下がり、車内はひんやりした冷気に包まれた。それほど寒かったのである。それもそのはず、外気温は零下の気温。自転車に乗っていた彼も、やはりかなり寒かったらしく、けっこう悲惨な状況だった。それも、かなり薄着だったようで(上り坂の時に、汗をかいたため薄着になって、そのままだった)、こがない自転車でひたすら刺すような冷たい風を全身に受けて、ひたすら耐えていたようだった。

 車に入ってきても、もう震え上がりながら車の中で暖をとっていた。僕はヒーターをガンガンにかけてあげて、送風口から出てくるあたたかい風もすべて彼に向けて、彼が暖まるのを待った。でも、どれだけヒーターをガンガンにかけてもなかなか暖まらないらしく、僕はだんだんと暑くなってきた。彼はほんとうに身体の芯まで、こごえていたようだった。僕が汗が出てくるほど暖かくしてもまだまだ寒いらしく、最後は僕は車の中でTシャツになってしまった。それでもまだ暖まらないらしく、しまいには僕はTシャツになっても汗たくさんが出てくるほど、車の中を暖かくするハメになってしまった。ほんとにあついのなんの!このときばかりは彼と暑さの我慢大会をしたら、僕は絶対にあっけなく負けてしまっていただろう。

「京都の学生って言ってたよね。ひょっとして、京都大学?」
「はいそうです」
「うわぁー偶然とはいえ、あまりにもすごいなぁー。俺、京都大学とはなんか縁があるのかなぁ。先月も一人、京都大学の学生を怪我をさせてしまったところなんだ」
「え?そうなんですか??」
「詳細は・・・(エッセイ「怪我の功名」に書いてあります)・・・ということで、大変だったんよー。ところで、自転車でどこに行っていたの?」
「乗鞍の山を越えてきたんです」
「えっ?」
「乗鞍の雪山を自転車でこえてきたんです」
「ええっ?ほんと??」
「はい、先週から約一週間かけて、京都の自宅から自転車で乗鞍をこえて今から帰るところなんです」
「あの山を越えてきたの?」
「はい」

「すごい!!でも、あそこの道は冬季閉鎖になっているはずだけど通れるの?」
「その冬季閉鎖になっている雪だらけの道をこえてきたんです(笑)」
「すごいすごい!!自転車マニアだ!」
「そういわれても仕方がありませんね(苦笑)」

左 乗鞍スカイライン    右鈴蘭高原  (写真の順不同)

「でも、先日大雪が降ったはずだけれど、どうしていたの?」
「あれにはホントに参りました。猛吹雪の中を進んでいくのですが、強風のために自転車が吹っ飛んでいきそうになるんですよ。だから、1時間に500mしかすすめなくて、ほとんどあの吹雪の時は進むことができなくて、結局2日間、山に閉じこめられてしまいました」

左 畳平   右 位ヶ原山荘付近 

「うおーすごい!!よく遭難しなかったね。」
「大丈夫です。道は一本ですから」
「そういう問題じゃないと思うけれど(苦笑)」
「いえいえ、そういう問題です(苦笑)」
「よく生きて帰ってこれたね。食事はどうしたの」
「食料は一応きちんと持ってきてあります。今のところ、まだ食料は残っていますよ」
「どんなものを食べていたの?水は?」
「いちおう米は余分に持ってきてあるので、まだ残っています。水は雪があるので。。。」
「雪を溶かした水は、赤痢になるおそれがあるから、めちゃめちゃ危険だけど、大丈夫?」
「大丈夫です。ちゃんと雪をコンロで沸かして、それを水筒に入れて飲んでいますから」
「うおうお!すごい!!サバイバルだ」
「そんなことないですよ。まだガソリンも残っていますしね。」

 

第3部に続く。。。(第3部へはここをクリック)