怪我の功名


 

 98−99シーズン中、実は、とあるスキー場で止まっている人に思いっきり猛スピードでぶつかってしまった。その人は不意をつかれたらしくって、頭をかなり強打して脳震盪を起こしてしまった。自分で自分の頭を押さえ、うめき声だけがかすかに漏れる状態だった。悪いことに、ちょうどそこは雪ではなく人工芝のところで、頭を後頭部からいきおいよく打っているので、とても心配だった。その人は学生さんで、スキーサークルの先輩からスキーのレッスンを受けている最中だったようだ。ゲレンデの端っこで立ち止まってレッスンを受け、話を聞いている最中に、僕が後ろから足払いのような形で突っ込んでしまい、後頭部を強打したのである。その学生は、何とか意識は取り戻したものの、フラフラ状態でまともに歩けない状態になってしまっていた。救急車を呼ぼうかといったが、うつろな表情をしたまま本人が希望せず、スキーサークルの人たちも希望しなかったので、様子を見ることにした。

 結局、スキー場の医務室のような寝台のあるところにその人を寝かせ、側にその学生の先輩がつき「とりあえず、寝ていなさい」と言い、部屋の外で僕が様子をうかがうことになった。実際のところ、かなり心配だった。結構はげしい接触だったし、後頭部を不意打ちで打ち付けていたから。その学生が医務室にいる間、僕はずっと部屋の外で様子をうかがい続けていた。何か容体が悪くなったときは、すぐにでも救急車を呼ぶためである。何かの本で読んだ記憶だけど、「大きないびきをかくときは要注意だっけ。。。いや、これは脳溢血の場合だったかな」そんなことをずっと思いながら、ただひたすら様子をうかがっていた。その間、その学生はずっと医務室で睡眠をとっていた。

 でも、3時間以上経過しても大丈夫のようだった。側についていた先輩は「もういいですから滑っていただいてもいいですよ」と言ってくれ、起き出してきた本人も「自分はまだもうすこし安静にしていますが、どうぞ滑ってください」と言ってくれた。だけど、怪我をさせた本人が、怪我させて人をほったらかしにして平気な顔をして滑るなんてできないと思っていたので、滑らずに様子を見続けていた。ちょうど、その時に偶然にも僕の先生(全日本学生スキー連盟の顧問 エッセイ「先生」参照)がそのスキー場に来られていて、その怪我をさせてからの僕の行動をずっと見ておられた。そして、ふと先生が僕のところにやってこられて、「君、もう本人も滑ってもいいっていうんだから、滑りなさい。せっかく来たんだから、滑らないというのは意味がない。」と言われても、僕は「もう少しだけ様子を見ます」と言って、滑らずに様子を見続けていた。

 4時間ほどたった頃、またその本人が起き出してきて、「本当にもう滑ってください。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。僕はもう大丈夫なので、どうぞ滑ってください」とサークルの方とかわるがわる言われたので、ようやく僕は滑ることにした。もちろん、自分の名刺を差し出して、さらに免許書も見せて住所などきちんと確認してもらい、「何かあったときは必ず連絡して欲しい。こちらが悪いのだから、何かあったときは全面的に責任を持ってきちんとします。治療費などもかかった場合は必ず連絡して欲しい、全額こちらから出させてもらいます。リフト代やレンタルにかかった費用も、もちろんこちらが悪いのできちんと支払います。」と本人とリーダーやサークルメンバーの方々にきちんと言った。その時も先生は横で見ておられた。で、その日1日、その人は練習も何もできずに帰っていってしまった。

 でも、心底あせった。頭だけにひょっとして、死につながる恐れもあるから。。。正直な話、びびるどころの話ではなかった。自分の人生が変わるかもしれないと思ったときは、ほんとにこわかった。でも、それよりも、自分がやったことに対しては絶対責任をとらなくてはと思った。だからもちろん、救急車を呼ぼうと僕から言った。大事(おおごと)になっても自分がまいた種だから。どんな事態になっても、逃げない腹をくくった。でも、ほんとうによかった。命にかかわるようなことは、なにもなかったのである。(関係あるかないかしらないけれど、僕が学生と接触をしたとき、ちょうどほとんど時を同じくして、僕の友人のビンディングが完全に割れて壊れてしまったのである。これはいったい何なんだろう)

 本人からは翌日に連絡があり、あのあと、やっぱり打ったのは頭だけに心配になり、救急病院で脳波の診察をしてもらったという。だれど、異常なしと言われたそうである。ただ、むち打ちの症状は軽く残り、シップを処方してもらったそうである。その報告を聞いて安心するとともに、「領収書などがあれば送って欲しい。きちんとこちらから支払わせていただくから」といい電話を切った。そして、数日後、領収書が送られてきて、すぐに僕は医者の費用とスキーレンタル代、それに心ばかりのものをつけて送ることにした。さらに、スキーサークルの方にも迷惑をかけてしまったので、少しばかりのものを送ったのである。心ばかりのものを送ったことに対して、友人には「そこまでする必要があるのか、必要以上の対応だ」と言われてしまったけれど、迷惑をかけたときの対応を、できれば彼らに社会人としての先輩として見せてあげたかったという気持ちもあって、僕はそうしたのである。お金は問題じゃなかったし。。。

 でも、この件でいちばん僕を見ていてくれたのは、僕の先生だった。僕の先生は、スキー場での僕のその時の行動を見てくれていて、そしてまた別の日に会ったときに、僕にそのあとの対応の報告を聞いてこられた。その報告の時、僕がその学生さんからきちんと僕が対応したことに対する感謝の手紙を頂いたということを話すと、とても満足そうにしておられたのである。そういえば、このことがあってから僕は先生に信頼を得ることができたような気がします。これが本当の怪我の功名なんでしょうか。。。

 

 

追伸 その時のサークルの方で、どなたか見られていないでしょうか?京都大学の学生のサークルですが。。。