ニーナの失踪

 

ニーナは若い頃脱走を繰り返していたようです。

とても頭のいい子で昼間だけしか脱走せず

私達が帰宅したときにはちゃんとおうちに帰っているので

まったく気がつきませんでした。

ある日お隣のおばさんが母に

「昼間ニーナが脱走しているのを知っているか」

と教えてくださったのです。

おばさん曰く

「道の端っこを塀に身体をこすりつけるような感じであるいていて

見つけて <ニーナ!> と怒ると慌てて家の方に走って行って

私がお宅の前を通りかかる頃には門の中に入っているよ。」

お向かいのおじさんも見たことがあると。

「道であったら小さくなってるのに、家に入ったとたんワンワン吠えよる」

いったいどこから出てるんだろう。

門のほうに曲がっていくとおっしゃるので、門扉を飛び越えてるとしか

考えられません。

けれど門扉は低いところでも私の背丈ほどあります。

わずか9KGSのニーナに飛び越えられるとは思えません。

ある日父が偶然見たそうです。

門扉と塀がぶつかるL字型のところを背中を塀におしつけるようにして

門扉に手足をかけ、ツッパリ棒みたいにぴょこぴょことよじ登っていくくニーナを。

うまく説明できませんが、どんな状態かわかりますか。

ニーナをつなごうか、どうしようか、みんなで相談しました。

わんこの一戸建て住宅は囲いがフェンスでできていて

手足をひっかけてよじ登ってしまいます。

朝飯前といった感じです。

屋根をつけても無理やり頭で押し上げてでてしまいます。

つなぐ? どうする?

ニーナ1匹なら間違いなくつないでいたと思います。

けれどうちにはチコ、ラン、ムーがいました。

全員つなぐ? 連帯責任? ニーナだけつなぐ? 

どっちもかわいそうな気がしてなかなか答えがでませんでした。

そうこうしているうちにニーナの脱走がおさまってきたようだったので

結局そのままにしていました。

それから長い時間が過ぎました。

妹が長く家で花嫁修業のようなことをしていて

留守になることが減ったためか、ニーナの脱走はなくなっていました。

何年も平和に過ごせており脱走癖のことなど忘れた頃に

ニーナがいなくなりました。

夕方家族が帰宅したときには間違いなくいたニーナが

晩御飯の時には姿が見えませんでした。

とはいっても夜です。

捜すと言ってもどこにいるのか、近所をひとまわりしてみましたが

姿が見えませんでした。

今思えば門扉を開けておいてあげればよかったかもしれません。

一晩くらい他の子達を閉じ込めても良かったはずです。

そうしていたら帰ってきやすかったかもしれません。

けれど「一晩したら帰ってくるやろう。」という父の判断で朝を迎えました。

ニーナは・・・帰ってはいませんでした。

ニーナは妹に一番なついていました。

当時、妹は結婚して奈良県に住んでいました。

妹が里帰りしてきたときなどは、ぴったり妹にくっついて離れようとしません。

離れ離れで暮らすようになっていてもニーナにとって一番の主人は妹だったのだと思います。

妹が帰ってくるのを待っていたのでしょうね。

妹はうちに帰ってくると離れで寝起きしていたのですが、離れの入り口の三和土は

ニーナの指定席になっていて、夜もずっとそこで眠っていました。

その夏も妹は帰ってきました。

ところが妹はまだ生後2ヶ月程の子犬を連れて帰ってきたのです。

それがポコです。

妹はポコをもらいうけて間がなく家に置いておけないから、と連れて帰ってきたのです。

ニーナの指定席はポコの寝床になりました。

妹の隣、いつもニーナがいた場所はポコの場所になりました。

それから1ヵ月後、ニーナが姿を消したのです。

妹はそのことを気にして必死になっていました。

「私がポコを連れて帰ったから?」

幼い子供達を連れて帰ってきて何度もニーナを捜して歩いていました。

そんな事もあったので、ニーナの捜索は広範囲に及びました。

ニーナは妹の家には行ったことはありません。

けれども賢いニーナのことだから妹を求めて飛び出してしまったのかもしれない。

それとももう妹には自分が必要ではなくなったのだと

失意の中で姿を消すことにしたのか。。。

それぞれがいろんな事を想像して、心を痛め、必死で探し回りました。

大阪府から奈良県まで近隣の市の保健所に届け出をしました。

最後の頼みとしてチコやランやムーの嗅覚を頼り

3匹を連れてあちこち歩き回りました。

ニーナは見つかりませんでした。

帰ってきませんでした。

何日たっても何ヶ月たっても・・・帰ってきませんでした。

それから1年後の夏、私はあるお宅の3階のベランダに

ニーナそっくりのわんこを見つけました。

それまで何度か前を通っていたのに、そのわんこの存在には気づいていませんでした。

ニーナじゃない・・・それはわかっていました。

なぜかってそのわんこは私に吠えたのです。

だから私はベランダのわんこに気づいたのです。

ニーナが私に吠えるわけはない。だからニーナじゃない。

けれど、遠目だし、絶対に違うという確信もありません。

何度かその家の前に行き、こっそりわんこを見ていました。

ニーナ・・・ ニーナ・・・

99%違うと思っていても、そう声をかけたかったのです。

ある日意を決して、そのお宅のドアホンを押しました。

理由を話して「ベランダにいるわんちゃんを近くで見せてほしい」

とお願いしたのです。

最初はけげんな顔をされていましたが、理由を聞くと快く

そのわんちゃんを連れてきてくださいました。

またワンワンと元気に吠えられてしまいました。

よぅく似てる・・・でもちょっと違う・・・ニーナじゃない・・・

「ありがとうございました」そう言ってそのお宅を後にしたとき

また涙があふれました。

ニーナはもういない・・・

その時にやっと 「ニーナはもう戻ってこないんだ」 と思う事ができたような気がしました。

そのときまでずっと私はニーナの面影をいつも探していたように思います。

あきらめたわけではないのですが

事実を事実としてやっと認めることが出来たというような・・・

今振り返れば、首輪に名前をマジックで書いておけばよかったとか

迷子札はなかったんだろうか、とかいろいろと思います。

実際に脱走してお外を歩き回っているニーナの姿を見たことがなかったこと

脱走現場をみていなかったこと

などから実感が薄かったのだと思います。

一時期頻繁だったらしい脱走がぱたりと止まったことも

年のせいでもうよじ登れなくなったんだろうと勝手に思いこんでいました。

そんなこんなで真剣に対応することをしていなかったのだと思います。

油断していた、うっかりしていた、注意が足らなかった

すべて飼い主の責任です。

ニーナはどうして出て行ってしまったのか。

どこに行ってしまったのか。

どうして帰ってこなかったのか。

帰ってこれないような事故にあったのか。

浮かんでくるのは辛い悲しい目にあっているニーナばかり。

どこかで車に轢かれてしまったの?

だれかに殴られるとかの虐待を受けたの?

どうして帰ってこなかったの?

苦痛に耐えるニーナの姿ばかりが浮かんできます。

今どうしているのか。

もうお空に行ってしまっているのかな。

10月30日はチコの誕生日、そしてニーナの誕生日でもあります。

あの日以来どこにいてどんな毎日を送ったのか・・・知る由もありません。

生きているのなら、どうか最後まで幸せな毎日を過ごせますように。

お空に逝ってしまっているのなら、その生涯が幸せなものであったことを

心から願っています。

生き別れほど辛いことはありません。

これほど割り切れない悲しみはありません。

以来お山で自由に走らせてあげることはなくなりました。

絶対に戻ってくるとは限らないから。

帰って来れない事態だって起こるかもしれない。

今も私はノーリードには絶対にしません。

迷子札も必ずつけています。

もう2度とあんな別れ方はしたくないから。