このページは、「スキー遠征隊ならスキーに関する記述が なければ...」ということで企画されました。海外の経験が ただ一つの僕の書く文にどれほどの信頼性があるのか知りません。 隊員やそのほか部員の同意を得ているわけでもありません。 自由に解釈して下さい。
後にも出てきますが、山スキー部の海外登山は1984年のピナクル ピークに始まります。隊長の加藤峰夫さんは、その報告書の 「山スキー部的遠征を求めて」の中でこう書いていました。
「種々の制約や問題があったにしろ、とにかく最高到達地点まで スキーを持ち上げることはできなかったのか。登頂へ向けての活動を さいても、スキーのできる場所をさがして、積極的に氷河上での スキーをするべきでなかったのか。スキーをあきらめて登頂活動一本に 絞り、結局6300mで引返したことと、たとえ5000mまでしか登らなかった としても、そこまでシールで登りそしてスキーで滑降するということを 比べた場合、どちらが我々山スキー部にとっては意義のあることなのか。 そして山スキー部としての遠征とは、いったい何を目標とし、どのような 活動をするべきなのか。」
山スキー部にとって、未知領域であった海外登山への第一歩の重さを 感じずにはいれません。今となれば、別にそこまで悩まなくても、 と一言で片付いてしまうような事です。失礼ですが、最初、僕は そう思いました。しかし、よく考えてみると、やっぱりこれが第一歩の 重さなんだろうと思います。そして、この選択に悩むところが、 とっても山スキー部的だと思いました。
ローガン峰もメラピークも、気負いしない「普段着の山行」です。 それができたのは、こんな経緯があったからではないかと思います。 今回のメラピークは、幸運にもこの選択とは無縁でしたが、その姿勢は ピナクルピークやローガン峰の延長線上にあります。つまり、かなり 山スキー部的です。
僕たちに許された条件は、山スキーヤーとしては最高の栄誉である 頂上直下からのスキーでした。この報告書の各所で山スキー部らしさを 感じ取っていただけると思います。
山スキー部の高所氷河スキーの歴史はまだ始まったばかりです。 1984年のインドヒマラヤ・ピナクルピーク(6930m)に始まり、1990年 カナダ最高峰・ローガン峰(5956m)を経ているだけです。残念ながら ピナクルピークでは山スキー部の持つスキーを活かすことはできません でしたが、その後の氷河スキー成功の一端を担っていることは確かで あると思います。
従って今回のメラピーク遠征は山スキー部にとって3度目の高所 氷河スキーへの挑戦だった訳です。僕には高所氷河スキーを語れるほどの 蓄積はないかもしれませんが、クラブの持つ経験量としては、いい線 いっていると思うのです。
山スキー部の海外遠征は今のところ、北海道での登山スタイル・センスを そのまま持ち込もうとする流れの中にあります。当然、海外において それを完全に実行することは非常に難しくなりますが、同時登頂・ 同時滑降を目指そうとする姿勢は崩れていません(ピナクルピークでは、 諸事情により計画段階で断念されましたが)。なぜか?。合理的では 決してないかもしれませんが、僕たちが未知の領域で活動するにはそれが 唯一の自信の持てるスタイルであるからです。それに何時もみんなと一緒と いうのは良いものです。力強いし面白い。今回の遠征でもそんな登り方が できる山としてメラピークを選びました。メラピークではむしろ後者の 理由が強かったと思います。
確かにこのスタイルでは「登れる山」に限界があるかもしれませんが、 とりあえず「滑れる山」なら大丈夫そうです。今後、北海道に根付いた 山スキー部の持つスキーが高所や氷河やヒマラヤでどれほど通用していくか わかりませんが、今までの経験と知識が山スキー部独自の高所氷河スキーと いうジャンルを開拓できればと思います。
国内での山スキー活動に比べ、高所氷河スキーはあらゆる面で、より 制約を受けます。でも一般的に言えば、スキーは常に怪我のリスクを 背負ったスポーツです。山スキーでは「ある山」が固有している制約を 読み取り、その中で自分にできる安全なスキーで下りてくることができれば いい訳ですから、高所も低所も氷河上でも、その考え方に変わりはないと 思います。今回の場合、天気も雪も良いという好条件の中で、かっ飛びたい 気持ちを抑えることが僕たち(少なくとも僕自身)に与えられた最大の 制約でした。
とにかく、危険がかなり多い場所であることには違いなく、それを予測・ 回避することが必要なんですが、これが難しい。今まで高所氷河を対象 にした登山が3回あった訳ですが、毎回クレバス墜落の危機に直面して いると言う事実があるからです。これは、氷河を初めてみる者ばかりで 出かけるためにどうしてもヒドゥンクレバスの存在や危険性に鈍感である ためでしょう。
氷河上での三大危険というか知りませんが、スキー使用中の墜落・滑落・ 雪崩は、アイゼンの着用時とは異質であり、特別に考慮されるべきです。
ローガンでは2度目のルート上ではザイルをといていますが、今回の メラピークではアイゼン歩行中はもちろん、スキー登高中も常に コンティニュアスで行動しました。ローガンは高緯度地方にあり、氷河の 流れは比較的緩やかで安定している様ですが中緯度のヒマラヤの氷河は 動きが激しくクレバスの規模、量ともに比にならないようです。 ローガンの時もザイルで結ばれていても行動に支障はなかったと思います。
ただ、キックターンのある斜登高は、どうしてもザイルに遊びができて しまうこと、万一の制動も危険で、スキーを脱いだ方が良いと思います。
スキーアイゼンは国内山行でもあまり使われません。理由はスキーで 入っては危険な領域まで、気づかないうちに入ってしまう可能性が あるからです。うまく判断できれば良いわけですが、判断ミスの リカバリーが困難です。
スキーアイゼンはそれほど荷物にならなかったので持ち込みましたが、 氷河上での使用はデメリットの方が大きいような気がします。スキー アイゼンが有効に使える場所はスキーが潜らないクラストなどの斜面です から、一度滑り出してしまうと滑落者自身はエッジを立てることができず、 制動をかけられません。コンティニュアスしていても、滑落者や墜落者を 止めるほどのふんばりは効かないはずです。しかもまた急斜面には普通 クレバスがたくさんはいりますから、効率がよいからと言ってザイルを 解く理由にもならないはずです。実際、ローガン、メラピークともに スキーアイゼンの必要性は特に感じませんでした。
コンティニュアススキーは始めから考えていませんでした。ザイルを 傷つけずに滑ったり、ザイルを張りながら滑るほどのスキー技術は 持ち合わせていないからです。これができればデモをやって食って いけるのではないかと思います。しかも滑降中に墜落者を止められるか 疑問も残ります。フリーでのスキー滑降は、登高時の慎重さとは矛盾する ものがありますが、スキーをするためには抱えなければならないリスクと 考えます。滑降は上りで安全性がある程度確かめられた範囲を滑ります。
これも特に高所だから氷河だからと言うものではありません。 他の事に気を回せるだけの余裕が出てくるので体力はあるに 越したことはありません。
メラピーク遠征で僕たちの計画以上に順応に時間をかけている パーティーを見る事はないでしょう。
ローガン、メラピークともに北海道での活動スタイルである「同時登頂・ 同時滑降を高所にも持ち込む」という遠征でしたから、氷河上では常に同じ 行動をとります。ですから時間をかけても各自同程度かつ充分な順応が 必要だったのです。時間がかかって当然です。
とにかくスキーを楽しむための必要最低限の順応は、ローガン峰やメラ ピークのタクティクスによって獲られるということは分かります。僕たちに とっては決して時間をかけすぎた計画ではなかったと思います。
はっきり言って国内山行と変わりありません。だから、別に書くことも ないのですが北海道大学の山スキー部の紹介あるいは現在の現役と先輩 諸兄の時代を比較していただくために書いてみました。
<山板>
山スキー部では山スキー板には普通のゲレンデ板を使用しています。
これはゲレンデ板の方がかなり安価で入手できるからと、新雪では
あまり高性能の板は必要ないと考えられているからだと思います。
山板には金をかけずゲレンデ板に金をかけると言うのがクラブの性格
としてある様です。エッジもそれほど使われないので丸まったら
丸まったままで使う人が大半で、手入れと言えばワックスを
かけるぐらいです。
<山靴>
プラスチック製の登山靴を使っています。兼用靴は使われていません。
理由はアイゼン歩行(特にトラバース)に不安があることや登高しにくい
などの理由です。それとは別に個人的意見として、深雪スキーでは足首の
柔らかい登山靴の方が雪の感触を楽しめるからと言うのもあります。
アイスバーン、シュカブラやクラストにはかなりの技術・体力を要します。
<ストック>
唯一、遠征に向けて用意したスキー用具です。普通は安さ、軽さ(振り
易さ)のどちらかの理由でゲレンデ製品を使っています。遠征では雪崩
対策でゾンデになるストックを買いました。何も考えず伸縮式のものを
買いましたが、スキーを持つ我々にはストックが伸縮しても大した
メリットはありません。ジョイント部が抜け易い、壊れ易い、重いなどの
理由で非常に不評でした。伸縮式でないゾンデストックにすれば良かったと
後悔しています。
<シール>
取り付けシールを使っています。理由は、北海道で活動する分には
シールとスキーの間に雪が入って困ることはあまりないこと、滑って
なんぼのクラブですからシールの着脱はスキーをはいたまま
すばやくできる事、扱いが楽など活動上の理由です。本物のアザラシの
シールを使ってみたいものです。
<スキーアイゼン> 上述
バンコクでスキーを指さされ「水上スキーか」と聞かれたときは、 実際「やられたっ」と思いました。実際のところヒマラヤでどれほど 山スキー部のスキーが活かされるかまったく見当がつきませんでした。
メラピークでのスキーに期待をしていたから計画したのですが、 次第に期待できないこともわかってきました。ちなみに僕の思い描いて いた絵は「さらさらと音を立てる様な粉雪に6本のシュプールが ピーク直下からベースキャンプまで流れている。しかも快晴。」なんて いうものでした。こんなのは北海道にいたってそうそうあるもん じゃありません。
計画段階で得た情報と言えば、天候は午後はガス、雪質は硬い クラストあるいはシュカブラ、そうでなければラッセルがあってスキーが あるとはいえ、登りで体力を消耗してしまうかも知れません。しかも 膝までクレバスに落ちることはしばしばあるようで、クレバス要注意という アドバイスでした。そんなところで僕たちの装備と技術でスキーを楽しめ るかと言うと、正直なところ首をかしげるぐらいしかできませんでした。
当初、スキーを楽しむには積雪があり、モンスーンの影響が出ない 3月から4月が最適であろうと思っていました。ですから、都合に よって登山予定期間が4月下旬に繰り下がったとき、モンスーンに近い この時期は、天候が不安定でスキーには不利だと予想していました。 しかし、この時期であっても、午前中は快晴という日が多く昼過ぎに 行動を終える分には問題なく楽しめました。
3月から4月の初旬は新雪に巡り会える可能性はあるけれども、 吹きさらしの氷河上には雪は付かず硬い氷になっていることが多いのかも 知れません。そして今回ただ単にラッキーだっただけかも知れませんが、 この4月の下旬から5月の初旬にかけては、同時期の北海道の2000m級の 山に似ています。天候は安定していて氷河上に新雪はなく、雪は頑丈な サンクラストが次第に日射で緩み始め10時過ぎから6000m以下は快適な ザラメの斜面になりました。ほぼ6000mにこの時期の雪質の境界がある ようで、6000m以上はさすがに雪が緩みにくい様です。反対に5000m 近辺はグサグサの雪になりました。氷河の消耗の続くこの時期は ヒドゥンクレバスもわかりやすいようです。スキーをするにはベスト シーズンなのかもしれません。
クレバス帯を除いた場所がスキー地となり得ます。斜度の変わり目や 急斜面にはヒドゥンクレバスが存在すると思っていいでしょう。発見した ヒドゥンクレバスは、数十cmでスキーで越えました。
メラピークの実際に滑ったスキー地を、次のように区分します。これらの スキー地の雰囲気は後ほど、「メラピークスキーガイド」として記述します。
[1] ピーク直下からスノードーム
[2] スノードーム東斜面
[3] スノードームからアタックキャンプ
[4] アタックキャンプから上部クレバス帯
[5] 上部クレバス帯から下部クレバス帯
[6] 下部クレバス帯からメララ
[7] メララから氷河末端
また、今回スキー地にはなりませんでしたが、以下の場所も 可能性はあります。
[8] スノードーム西斜面
ここをルートに選んでいるパーティーもありますが斜度がありクレバスが
多いのでルートには東側をとりました。見た目では東側の方がすっきり
しているようなのですが、通った訳でないのでわかりません。
[9] ザトルワラ
カルカテンから上の斜面の事ですが、雪崩の危険がなく時間的体力的
余裕があれば絶好の斜面となるでしょう。標高差 400mの一様な
急斜面はゲレンデ板であれば、さらに面白くなるでしょう。滑落の
危険性は充分あると思います。
さて、ここからは自慢話です。 ピーク直下から一気に滑降してみましょう。僕がガイドします。
いま東峰の西側でシールを脱ぎました。天気晴れ、西峰がガスで見え かくれしています。チョコレートを頬張って下さい。準備はいいですか? 東峰からスノードーム上部までは曲げる必要の無い緩やかな斜面です。 この間クレバス等は見つけられません。スノードームからの急斜面は 顕著なヒドゥンクレバスは3つほどです。どれも数十cmなので、手前で 一時停止した後、スキーで直滑ってください。雪質は頑丈なクラストで なかなか手ごわい奴です。アタックの疲れが応えますが、ここで音は 吐けません。ぐっとこらえてジャンプターンあるいはボーゲンでグリッと 曲げて下さい。悔しくないのなら斜滑降キックターンでもまあ良いです。 人がみていないうちに、ちょっこっと使うのが疲れないこつです。
スノードーム下部からフォールラインが左にカーブします。それに ともなって右手の小尾根状に沿ってフォールラインに平行な数十cmの ヒドゥンクレバスがあります。この辺から雪質は向上することでしょう。 クレバスへのニアミスに注意しながら、何回曲げれるか、小曲げ 勝負です。息がきれる頃、斜度がなくなりスノードームの真下に出ます。
さあ、呼吸を整えて下さい。この下をしばらくトラバースした後、 アタックキャンプに向かって次の斜面が続きます。
ここからの斜面は非常に適当な斜度でかなり自由な滑降が楽しめます。 とても良いザラメの斜面です。眼前にはエベレスト、チョーオユー、 アマダムラムが見えます。視線を遠くに、好きに曲げちゃってください。 小曲げでも大まわりでも良いでしょう。空気が無いのでスピードが 出ちゃって困ります。斜面はアタックキャンプまで大きく数回うねります。 それぞれ斜度の変わり目にヒドゥンクレバスがあります。幅は ありませんが、かなり遠くまでコンターラインに平行に続いています。 そして、ほら、あっという間にアタックキャンプ地5800mです。
ここでちょっと休憩です。まだまだ斜面は続きます。スキー板を脱いで 足を楽にして下さい。振りかってみましょう。今いたピークがあんなに 上にあります。ナウレク峰がシャンツェのランディングバーンのように 見えます。いえいえ、だまされちゃだめです。良く見て下さい。 クレバスでギタギタです。
さて、いきますよ。ここから上部クレバス帯を避けるために少し西に トラバースします。ここからはちょっと片斜面チックですが、 ギルランデでテンポ良く滑って下さいね。斜滑降だけじゃ、 もったいなくありませんか?
上部のクレバス帯を越えます。スキーは履いたままで良いです。 横滑りを駆使してください。数本のクレバスを渡れば、ほーら出て きました。この一枚バーン。どうです。全くこれだから山スキーは やめられません。
大きなヒドゥンクレバスは無いと思います。このザラメの雪を 思いっきり蹴散らして下さい。あー、もう止めようったって 止められません。下で待ってます。勝手に滑って下さい。
どうです、登り返したいですね。でも、さすがの僕も膝が ガクガクです。ベースキャンプではコックがフライドポテトを揚げて 待っていることでしょう。帰りましょう、ベースキャンプへ。
下部のクレバス帯を越えます。シールを付けて下さい。ここは結構 動くようです。ザイルを結んだ方がいいかもしれません。クレバスを 越えてからメララまでは、両側にクレバスがアングリと口を空けて います。足にきているので攻めのスキーは禁物です。コルまで下ったら、 しばらく緩い登りです。シールは付けても付けなくても良いですが、 僕は付けます。
メララのキャンプまできたら、もう充分でしょう。シールを外して 下さい。ここからは、敷かれたレールを走るだけです。ものの数分で 氷河末端です。メラピークだけなら下でも見えますが、メラピーク スキー場はこれで見納めです。シャッターをきるなら今がチャンス、 午後の日差しでシュプールも浮き上がって見えます。
さて、末端のクレバスを越えた後の斜面は、ほんの数十メートルですが、 自分の名前を氷河に彫るつもりで滑って下さい。それから思い思いの ペースでベースにかえってくれて結構です。僕はもうしばらく余韻に 浸ってから帰ります。きっとフライドポテトとミルクティーが 泣けるほどうまいですよ。