高 所 順 応 活 動

松岡 健一


 ルクラでロッジを経営するアン・パサン・シェルパの強力なサポートの 元で順応活動が始まった。ヒマラヤ登山のキャンプスタイルに一度は 感嘆したものだが、やっぱり馴染めない。



4月4日 富士山より高く

 ジリから歩いているためか、多くの報告書にあるような頭痛などは 全くない。爽快な朝である。ダワから高所順応活動を省略し一気に ザトルワラを越えようとの提案があるが、計画通り順応活動を 行なうことにする。天気は快晴、散歩のつもりがついつい遠出してしまう。 途中アマダブランから下山してきた外人パーティーに出会う。彼らに よると上部の積雪は例年通りとのこと。快調で飛ばしすぎると少し頭痛を 感じる。富士山より高いとか高くないとか言いながら、樹林限界の 標高3800mまで。対面に見えるカリオンが美しい。お昼過ぎにはルクラに 戻る。途中、出産直後のヤクが一生懸命立とうとしていた。


4月5日

 朝食をとっていると、エベレストのファーストサミッターの一人、 ヒラリー卿が訪れる。エベレスト登頂40周年記念行事のための訪問らしい。 秦さんがザックにサインをもらいにいく。朝8時頃にパサンの見送りを 受け出発。第一関門、4000mへの順応である。

 チュタンガへのキャンプ設置はダワに任せ、標高4000mのカルカテンを 目指す。順調そのもの、ジリから歩いたのが効いているのだろう。 樹林外のカルカテンからの眺めは最高。雪崩を心配していた斜面に積雪は ナシ、ほっとする。ゆっくりと大きな岩の上で日なたぼっこで過ごす。 お昼過ぎにはチュタンガへ戻る。スタッフが用意してくれたお茶で くつろぐ。斜面からヤクが落ちてきた。猿も木から落ちるというが、 まさかヤクが転落死するとは思わなかった。冷蔵庫なんかないので 死んだヤクはすぐ売らないと腐ってしまうという訳で、ヤク肉のバーゲン。 片足1000ルピーとのこと。こんなチャンスはないと会計の堀川さんを 「おっ買い得〜」と説得するが失敗。

 はじめてのキャンプ泊、コックのつくってくれた食事をリビングテントで とる。なかなかグッド。しかしデザート用にと持ってきたフルーツ缶が 異様に甘いことに気付く。欧米人はこんな甘いものをうまいと感じるの だろうか。この妙な甘さはこれから何かにつけ我々を悩ますことになる。 満天の星空を眺めテントに戻る。


4月6日

 朝、洗顔用のお湯が出てきてびっくりする。まさに王様...。昼食用にと チャパティーを焼いてくれた。チャパティーとゆで卵が今日の昼ご飯だ。 今日はザトルワラのコルを目指す。カルカテンまでは昨日よりはるかに 快調、これが順応するということなのかと実感する。遠くに見える山々を 眺めながら、ゆっくりと大斜面を登る。今日も外人パーティーが 下山してきた。その中の一人が中腹よりパラパントでルクラを目指す。 彼によると、ルクラまで歩いて5時間の行程を15分で飛ぶらしい。 ザトルワラのコルに到着。初めてザトルワラの逆側の山々をみる。しかし メラピークはまだ見えない。一息入れてカルカテンまで下る。 カルカテンでは絵を描いたり写真をとったりと、思い思いに過ごす。 田村さんがあんな絵心を持っていたとは知らなかった。

 ゆっくりとチュタンガへ。思いのほか順応が順調なので、順応期間を 短縮することにする。明日もう一度コルへ行き、あさってルクラに 戻ることにした。


4月7日

 昨日と同様、カルカテンまで。大分自分のペースが分ってきた。 それぞれが思い思いのスピードで歩く。毎日みる光景だが、飽きを 感じさせない。あの山はどう登るのかなーなんて思いながら歩くのは 楽しいものだ。

 みんな順調なので、昨日の話し合いどおり明日ルクラに戻ることにする。 少し日程に余裕ができたからだろうか、それとも一つの壁を越えたから だろうか、何となくほっとする。


4月8日 ルクラに戻る

 洗顔用のお湯が毎朝出されるが、そろそろ物珍しさもなくなったからか、 誰も使わないようになった。この先、顔も洗わず、ルクラに帰っても シャワーも浴びず、洗濯も余りしないという我々の無精さには、さすがに ダワもびっくりしただろう。ひさびさ個装のつまったザックを背負って ルクラを目指す。途中、横になって本を読んでみたり、花の写真を とったりとゆっくり下る。ルクラに着くとまずは買い出し、草履を買う者が 多かった。コックが半日かけて野菜を買いに行ってくれた(乾季明けの この季節は生鮮野菜が種類、量共に非常に少ない)。夕方ぐらいから ザトルワラ方面にガスがかかり、今までになく雲行きが悪い。荒天周期に 入ったのか?パサンの庭にテントを張らせてもらい寝る。夜半過ぎ、 激しい雷と共に雪が降ってきた。クライミングシェルパ達が起き出してきて フライを張ってくれる。彼らは自分達より若い我々のために本当に よくしてくれる。契約だとはいえ、その誠実さには頭が下がる。


4月9日

 カトマンズ以来の雨、どんよりと寂しい朝だ。食堂に行くとレミが熱い ドゥッチャ(ミルクティー)をついでくれる。シェルパ族はよくこの甘い ドゥッチャを呑む。冷えた体を暖め、疲れたときにもホッとさせてくれる このお茶には本当にお世話になった。

 明日からは1ヵ月の登山活動が始まる。我々にとってはこれからが本番だ。 最後の装備チェックに念を入れる。午後からはポーター探しが始まった。 相場は大体200ルピー、予想どおりというところだ。

 夕食後、パサンが我々のためにチャンパーティーを開いてくれた (チャン:ネパールのどぶろく、もちろんホームメイド)。心地よく酔う 予定が、シェルパ族の習慣であるシェイシェイ(呑め呑めという意)に つられて呑み過ぎてしまう。