らくらくISO9001講座    【ISOの使い方の研究 その5】

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中野医療器株式会社


業績アップに繋がらないと力が入らない
「役に立っていないわけではないのですが・・・・」


 中野医療器は、家庭用の電気治療器を製造する、従業員が20名ほどのメーカーです。国内では主にインターネッ
トや通販を通じて販売し、またアジア圏での評価が高く、輸出の比率が高まっています。
 今回は、同社の品質マネジメントシステム構築の中心人物で、現在もISO事務局を務める小西マネージャーにお
話をうかがいました。


 現在の運用には満足していない

 中野医療器は、約4年前の2006年に、ISO13485の認証を取得しました。ISO13485は、医療機器の品質マネジメ
ントシステムで、ISO9001に医療機器に特有の要求事項を追加した規格です。ただし、中野医療器の製品は、手術
用具のような衛生的にシビアなものでないため、中野医療器のQMSは、ISO9001と大きな差はありません。したがっ
て、以下の話はISO9001と同じと思って読んでいただけば結構です。

 最初に結論を述べてしまうと、中野医療器は、品質マネジメントシステムの運用がうまく行っていないと感じている
そうです。もちろん、うまく行っていないといっても、ISOのための記録が負担になっているとか、審査のためにムダな
仕事をしているなどということではありません。認証取得時には、QMSの導入による業務改善に成功しており、
世間の平均レベルでは十分に運用できています。しかし、それでも満足できない点があるようです。
中野医療器のQMSについて、何がうまく行っていないのか、またその背景や原因について分析してゆくことにしま
す。


 QMSによる製造プロセスの改善

 まず、最初はISO13485の導入で、業務改善に成功した点についてうかがいましたので、紹介しましょう。

小西: 製造の流れが、品質マネジメントシステムを構築したおかげでずいぶん良くなりました。生産計画が
整理され、製造日からさかのぼって、資材の調達が計画的に行えるようになりました。これが1番の
成果ですね(QMS構築以前は、営業、製造、購買の連携が悪く、生産と資材購入のタイミングが合っ
ていませんでした)。

 また、作業の標準化の意識ができ、管理が確実になったようです。

小西: ものづくりに関しては、新しい製品を作るときは、手順書や要領書を作り、それを元に教育・訓練など
行なって覚えてもらう。そうやって、実際に物を作って検査をしてゆくのだという認識がやっとできまし
た。
ISO導入以前は、手順書がないまま、いきなり製造にかかっていました。作業者には口頭で説明し
ながらやってもらうのですが、段取りが決まっていないため、たいへん効率が悪いものでした。しかし
今は、ものを作る前に準備しなければならないと認識されていて、みんなで手順書を作ります。
一方、作業者(パートの女性たち)は、指示さえちゃんとだせば、その通りにやってくれる人ばかりで
すので、決まった通りハードとソフトを揃えれば、現場でどんどん進めてくれます。このあたりは進歩
しました。

製造に関しては、ISOで決めたルールに従っていろいろ準備するのは面倒ですが、ISOの審査のた
めに困るというよりも、物を作って品質を確保するために必要です。ただし、ISO13485で必須だとい
う意識がなかったら崩れてゆくかもしれません。ちゃんと維持できているのは、ISOの効果だと思いま
す。


 品質目標の設定に無理がある

 では、逆にうまく行っていない点はどこなのか。小西マネージャーは、特に品質目標について十分な成果が上がっ
ていないと考えられています。

小西: 当社の製造は、外注している部分ではいろいろと問題がありますが、社内は管理できており、クレー
ムもほとんど発生していません。製造部については、優先すべき課題がないので、何でもよいと言う
ことになって、無理やり品質に関るような目標を立てています。製品の不良や、売上げに直結するよ
うなテーマではないので、きちっと進んでも未達成でも、興味を持たれなくなっているというのが実際
のところです。

総務・経理部門などは、無理やりテーマをつけても役に立たないということで、一度は品質目標から
はずしたことがあります。ただし、目標は全ての部門に立てなければならないと審査で指摘を受けて
戻しました。
品質目標は、どんなテーマでも、必要なことをすれば良いことは分かっているのですが、実際にはう
まく行きません。正直なところ、7章と8章については、しんどくても後から結果がついてきますが、5
章がらみはうまく行きません。


 外注管理の問題

 小西マネージャーが言うように、中野医療器の製造で品質管理の問題が起こるのは外注の部分です。QMS構築
時には、その管理の強化について相談をしていたはずですが、どうなったのでしょうか。

小西: お客さんに出て行ってしまう不良は減っていますが、それは当社で 見つけているだけで、外注で発
生す る分は全然減ってないですね。審査でも、何とかするようにと言われています。

しかし、製品のコストダウンの要求が厳しくて、低価格で受けてくれる外注への変更を行ってきまし
た。不良を見つけて、連絡して、たまに指導に行っても、全然変わりません。
外注もたくさん作って利益を確保するので精一杯で、改善をやっている時間などないようです。「悪い
ものがあったら、返品してもらえばけっこうです」という感じです。

受入検査で歯止めをしている状態で、表面的なコストを抑えるために、自分の会社が見えない経費を
使う形にはなっていることは自覚しているのですが。

 このあたり、ISO規格の意図は理解していても、なかなか、理屈どおりには行かないようです。


 QMSに対する興味が失われている

小西: 今の月例会議(マネジメントレビュー)は、販売の問題がメインになって、マネジメントレビューとして
決めている項目は、書類で報告して目を通すだけになっています。最初の頃は、皆が関心を持って
いたので、いろいろな議論も行われましたが、今は、これについてはほとんど発言がありません。
もっとも、ISO導入以前は、会議自体がなかったわけですから、全員が目を通すというところが進歩と
いえば進歩です。たしかに、クレームに関しては、全員が意識を持つようになっており、発生した場合
には、そのあとのフォローが問われます。

 この月例会議(マネジメントレビュー)の様子が、今の中野医療器におけるQMSの位置づけを良く表しています。小
西マネージャーへのインタビューから分かった、中野医療器の現状をまとめると次のようになります。

  1) QMSの導入により、生産計画の明確化、作業基準の整備、ルールと実態との整合など、改善でき
た点は多く、ISOの審査がそれらを維持するための歯止めになっています。
  2) 品質目標、内部監査、マネジメントレビューなど、経営管理の機能については、形式的な対応になっ
ていて、十分な効果を上げていません。社内で、これらの活動に対しあまり興味を持たれなくなって
います。
  3) 会社の直面する課題は、販売の強化です。経営環境が大きく変化するなかで、難しい対応が迫られ
ています。しかし、ISOはこの面ではあまり役に立っていません (取引上の看板としての効果しかあ
りません)。
  4) 医療機器の製造業では、QMSが各国の法律で義務付けられています。法律上の義務という理由
で、形式的な仕組みでも、容認してしまう傾向があります。


 製造の業務改善がうまくいった理由

 中野医療器のISOは、製造プロセスを改善することができましたが、営業プロセスについては、品質目標に組み込
んだにもかかわらず、ISOがその改善(売上げアップ)に貢献することはありませんでした。その結果、業務改善で一
定の成果を上げることはできましたが、会社のマネジメント全体の改善にまでは結びつきませんでした。
 なぜここで止まってしまったのか。ここからは、中野医療器の取組みについて分析し、その原因や背景をさぐりま
す。この中から、品質マネジメントシステムの構築の際に、あるいはそのコンサルタントにとって必要なことを明らかに
します。

 まず、製造プロセスの改善について、中野医療器が具体的に何を行ったのかについて紹介しましょう。改善したの
は、例えば次の点です。

  1) 中野医療器は、医療機器の製造業として、県の立入検査を受けてきました。そのため、業界団体が
作った医療機器の品質管理(GMP)の標準モデルを参考に、製造記録や検査記録を作成して使用し
てきました。
しかし、その方式が実際の仕事の流れと合っていなかったことから、現場で一旦メモを取ってから、
後で記録をまとめなおす2重作業となっていました(医療機器メーカーには良くあるケースです)。
そこで、現場の実態に合うように記録方法を改め、業務の効率化を図りました。

  2) 購買担当者のヒヤリングから、資材の購買でムダの発生があることが分かりました。
当時は、受注を見込んで生産が計画され、資材を購入したが受注できないことが度々ありました。
一方で、生産中止になりそうだと購買が判断して、資材の発注を保留していたら、生産が間に合わ
なくなることもありました。
これは、生産計画の仕組みに問題があったので、受注見込の確度をチェックする仕組みを作り、生産
を決定する責任・権限を決めることでほぼ解決しました。

  3) 倉庫に長期在庫品が多くありましたので、ISOの審査前に大整理をしました。そして、在庫管理のル
ールを整備して、今後は不良在庫が発生しないようにしました。

 これらは、ISOの特定の条項にストレートに対応するものではありません。ISOの条項は意識せず、業務上の問題
点を洗い出し、みんなで解決方法を考えたものです。
 ISO規格は、業務改善を始めるきっかけとして使ったにすぎません。また、各部門の協力を得るためのお墨付きとし
ても有効でした。このように、ISOは方向付けに利用するものであって、ISOの条項通りにすれば改善できるわけでは
ないのです。


 マネジメントレビュー、品質目標の果たした役割は

 一方、会社の全体のマネジメントに関る部分、すなわちマネジメントレビューや品質目標についてどうだったのでし
ょうか。

  1) 正社員15人ほどの中野医療器では、会議というものがなったため、月例会議(マネジメントレビュ
ー)として月1回の会議を設定し、会社の情報や課題を共有化するようにしました。しかし、皆のQMS
に対する関心が薄れてきて、その内容がだんだん形式的になってきました。ただし、毎月の会議とし
ては続いていますから、情報や課題の共有化の面では、役割を果たしているようです。

  2) 品質目標は、具体策の設定や、毎月の進捗管理など、仕組みとしてはちゃんと作っています。ただ
し、最近では、内容の点で、本音の会社の優先課題と品質目標とが一致せず、力が入っていないよ
うです。会社の最大の課題は販売の強化であり、これも品質目標に入っていますが、目標に取上げ
ることで(ISOのおかげで)、何かが変わったということがありません。

 実態として、営業部は販売強化のために様々な活動をしています。しかし、ISOがそれを後押ししているという感覚
がありません。では、なぜ、ISOと営業とは別の活動となってしまったのでしょうか。目標の立て方が悪いのでしょう
か。いいえ、そればかりとは言えません。

 ISOの活動として、営業強化のために何か新しいことをしたかというと、実はなにもしていないのです。先に製造プロ
セスの改善で見たように、品質目標に入れるだけで、業務が改善することなどありません。自分たちの、知識や技術
を元に、問題を絞り込み、具体的な改善のアイデアを出さなければ、改善はできません。


 なぜ、営業プロセスの改善に結びつかないのか

 ISO9001(ISO13485)には、「判定できる目標を立てろ」「責任権限を明確にしろ」「プロセスを監視しろ」といったマ
ネジメントの考え方が書かれていますが、具体的な管理方法や改善方法については記述されていません。ISOは、
それらのアイデアがあることを前提として、それを従業員に実行させるための仕組みです。

 ISOを取得する際、品質管理や、業務の効率化については、自分たちで様々な改善のアイデアを考えて実行に移し
ました。しかし、営業に関しては目標値を決めたのみで、具体的に改善に取組むことがありませんでした。なぜその
ようになったかというと、次のような理由が考えられます。

  1) ISOのシステム構築が、製造や技術開発のメンバーを中心に進んだことです。QMS構築チームには
営業部のメンバーも参加し、業務の効率化の面では色々と動いてくれましたが、販売の問題を提起
することはありませんでした。

  2) ISO導入の目的として、品質管理や業務の効率化に役に立つという認識は当初からありましたが、
営業活動の改善に活用することは想定していませんでした。

  3) コンサルタントの私(宇野)が、品質管理や業務改善が専門なので、その改善については具体的な
アイデアの提示や、企業の考えのシステム化を行うことができました。しかし、営業戦略について
は、具体的な策を提示することができませんでした。


 ISO9001の導入を成功させるために

 組織の個別課題を無視して、ISO 9001(ISO13485)に書かれていることだけをやっても成果は得られません。企
業の課題に応じて、品質管理、コストダウン、コンプライアンスの強化、意識改革、売上げアップなどを具体的に改善
する作戦を立て、実行する必要があります。QMSはこのような具体策があって、はじめて効果を発揮します。

 これらの具体策は、個別の技術やスキルですから、ただISOの条項に対応しているだけでは出てきません。QMS導
入の活動では、ISO条項に沿ったシステムの構築とは別に(平行して)、会社の課題を摘出して、具体的な
改善策を決めてゆく活動をしなければなりません。これには、それだけの知識や技術をもった、スタッフやコンサ
ルタントが必要です。

 会社にとって本当に有効なマネジメントシステムを構築するためには、プロジェクトの開始に際して、QMSの導入を
通じて具体的に何を改善したいのかを明確にし、そのために必要な技術や情報を明らかにして、それに合ったリ
ソース(人的資源、情報入手の手段)を投入することが必要だというのが結論です。

※ 中野医療器及び小西マネージャーは仮名です


インタビュー 2010年5月25日
月刊アイソス 2010年8月号掲載
「5年後の品質マネジメントシステム 第5回」より

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