スハ43系●オハ46
2009年 8月22日更新

国鉄客車・オハ46 (公式側) 国鉄客車 オハ46(公式側)

 オハ46には、オリジナルの設計で製作された0番台と、 スハ43として製作されながら軽量部材への転換などによってオ級に収まったために、 オハ46に編入されたグループに分かれる。
 0番台は鋼板製の塗装屋根と細い雨樋で構成された車体が特徴であり、イメージも軽快である。
 一方、スハ43の軽量化による編入車は、外観では全く区別がつかない。 更にスハ43の原番号を引き継いで形式だけを変更したため、個別番号はその両数よりも大きくなっている。
 オハ46はその後、オハ35の場合と同様に緩急車改造を受けた車両が出現し、 種車が0番台のものはオハフ45 100番台、スハ43からの編入車を種車としたものは同200番台となった。

オハ46 2023 (1984年 2月29日 米原駅)
オハ46 2023 名マイ
米原発 富山行き 221レ
1984年 2月29日 米原駅
 最初からオハ46として新製されたグループであり、鋼板製の塗装屋根と細い雨樋が特徴である。
 客用窓はアルミサッシに換装されて更に軽快なイメージとなっていて、 手前に連結されている戦前型オハ35とは対照的。
オハ46 2023 (1984年 3月 1日 敦賀駅)
オハ46 2023 名マイ
福井発 米原行き 224レ
1984年 3月 1日 敦賀駅
 前掲の2023号を組み込んだ同一編成を翌日に敦賀駅で撮影。
 珍しく、客用窓のみならず殆ど可動しない洗面所窓もアルミサッシに換装されていることが分かる。
 因みに、撮影実績からこの編成は以下の行路で回転していたものと推測される。
 米原1639−(221レ)−2330富山0606−(1224レ)−0930福井1015−(224レ)−1248米原
オハ46 2043 (1984年10月28日 大阪駅)
オハ46 2043 大ミハ
福知山発 大阪行き 736レ
1984年10月28日 大阪駅
 鋼板製屋根と細い雨樋が特徴のオハ46 0番台。高砂工場の検査標記が懐かしい。
 便所窓は原形の一段上昇式ながら、客用窓はアルミサッシに換装されている。
 写真では暗くて判然としないが検水栓や水揚弁装置箱の形状から、 本車もFRP製水槽に換装されていたものと推測される。
オハ46 380 (1984年 3月16日 米子駅)
オハ46 380 福フチ
浜田発 福知山行き 544レ
1984年 3月16日 米子駅
 キャンバス張りの屋根に二段雨樋の形態が示す通り、スハ43から編入された車両である。
 客用ドアの窓ガラスはHゴム支持の標準サイズ、洗面所の窓は上段下降式となっている。
オハ46 2498 (1984年 3月 2日 富山駅)
オハ46 2498 金トヤ
直江津発 福井行き 234レ
1984年 3月 2日 富山駅
 スハ43から編入されたオハ46。
 客用ドアがHゴム支持になっているが、トイレの窓はオリジナルを保っている。
 キャンバス張りの屋根は太陽熱吸収が良いのだろう。 向こうに見える雪が積もった鋼板屋根のオハフ33とは対照的に、雪解け水で屋根が濡れている。
オハ46 502 (1984年 3月16日 米子駅)
オハ46 502 福フチ
浜田発 福知山行き 544レ
1984年 3月16日 米子駅
 木製窓枠に1段上昇式のトイレ窓、鋼製水槽装備のポピュラーなスタイル。
 客用ドアの窓ガラスはHゴム支持の標準サイズだった。
オハ46 599 (1984年 3月16日 米子駅)
オハ46 599 米ハマ
浜田発 大阪行き 726レ
1984年 3月16日 米子駅
 米子駅に到着した山陰本線の長距離鈍行726レ・浜田発大阪行き。
 本車の客用ドアは写真の通り、2位側は大窓だが向こうの4位側は標準窓になっていた。
 浜田から4時間38分走ってようやく米子まで漕ぎ着けたが、 終着の大阪に着くのは更に10時間以上も先である。
オハ46 600 (1985年 2月 8日 出雲市駅)
オハ46 600 米ヨナ
(留置車両)
1985年 2月 8日 出雲市駅
 Hゴム支持大窓の客用ドア、木製窓枠、上段内折の洗面所窓は、旧型客車晩年らしい形態である。
 窓下には「豊岡行」のサボが準備されているので、お昼に出雲市を発つ546レになるのだろう。
 留置中にもかかわらず床下から湯気がたなびいているのは、 地上設備からの蒸気供給で(予)暖房が為されていたためである。
 関連資料があります→客車点描・スハ43系サイドビュウ

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