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4月23日

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以前、料理家・辰巳芳子さんの料理教室の様子をテレビで見ていて 

「“教わる”というのは、人から教わるつもりでいるのね、みんなね。人から教わるのではなくて、現象から教わらなくてはダメよ」 という言葉を聞き、

その言葉の意味と効果に共感して、自分の絵画教室でも時々使わせてもらっています。

 

私が早朝ジョギングの習慣をつけるため、日が沈むと共に寝て日が登る前に起きる超朝型の生活を送るようになってから、朝食の料理担当は私です。

味噌汁にこだわり出した話は何度か絵日記でも書きましたが、今日は大根の話です。

 

我が家の朝食は常に和食で、週に3回は納豆です。納豆には必ず大根おろしをつけます。(他にシラス・キムチなどもつけますが)

そのため、もう何百回と大根を擦りおろしていますが、始めのうちはただ労働というか単純作業としてやっていました。

しかし、どんなに単純な労働であっても、繰り返し行ううちに、うまくいくときとそうでないときの違いが分かるようになってきます。

大根にも旬があること、旬の冬場の水分が多くて瑞々しい大根と、夏の堅くてパサパサした大根の違いや

首大根の地上に顔をだして少し緑がかったところの甘さと、先端の辛い部分の違いなども分かるようになりました。

 

また、私の父が退職後、家庭菜園で様々な野菜を作ってくれるようになりましたが、80歳を過ぎた頃から畑の手入れも行き届かなくなり、

収穫される野菜にも失敗作が多くなってきました。

近頃、父の作った大根は、切って見ると中心に芯ができているものや、黒くなっているものなどが度々あり、それも当たり前と思うようになっていて

中心を切り落として使っていたりしました。

しかし先日、収穫してからだいぶ経つ大根を擦りおろしたところ、それ以上の何か違和感を感じました。

もう冬大根の旬は過ぎているので少し硬いくらいは仕方ない、と思って一応大根おろしを作ったのですが、できたものを少し食べてみると少し苦く、

少し迷ったのですが、「これはダメだ」と破棄しました。

別に店で買った農家が作った大根があったので、それで大根おろしを作り直すことにしたのです。

 

するとどうでしょう。擦りおろすのも滑らかで先端だったので少しツンとした香りもあり、

擦りムラも多く、へんな苦みのあった前の大根おろしとは全く別物です。

父には申し訳ないですが、こちらの方が各段においしい。

 

***

もう一つ、猫のご飯用に、鳥胸肉を電子レンジでボイルしたものをほぐして与えているのですが、これももう何百回とやっています。

これも始めのうちは、ただ作業としてやっていましたが、何度も繰り返すうちに電子レンジでの熱の入れ方にも工夫の余地があることに気がつきました。

最初は適当に切った肉をパイレックスに並べ、すべてに熱が通るまで加熱していましたが、これだと熱が入りすぎて肉汁や脂がすべて出て

硬くなってしまうことに気がつくようになりました。下ごしらえとしての胸肉の切り方(大きさを揃えること・あまり小さいピースにし過ぎないこと)や

全部が白くなるまで加熱するのではなく、表側が8割がた火が通ったらいったん取り出して裏返してから再加熱するひと手間を加えるだけで、

仕上がりがジューシーで柔らかくなることがわかりました。(余熱をうまく使う工夫も)。

自分たちの料理でも肉を炒めたりするときに(そのことに無頓着で)加熱しすぎてパサパサにしてしまうことはしばしばありましたが、

この猫用の鶏肉の電子レンジ加熱の繰り返しの経験をすることによって、肉への加熱加減の大切さを実感したと思います。

 

やはり技を本物にするには、繰り返しやってみて、その過程の現象から学び工夫することが大切だと再認識しています。