ひとこと

●元・厚生次官宅連続襲撃殺傷事件 (2008.11.30)

多分、この事件の一報を聞いて、いわゆる「年金テロ」だと感じた人は意外に少なかったのではないだろうか? 私も当初から「年金テロ」という捉え方には非常な違和感を覚えていた。年金問題には多くの国民が不満を持っているが、だからと言って、一般市民が義憤に駆られてやるような犯罪ではない。極左や極右の主張ともピントが合ってない。そもそも、犯行が極めて粗暴で、大義を振りかざす人間のやることとは思えない。怨恨の可能性の方が高いような気がしていた。もちろん、だからと言って「犬の敵討ち」などとは夢にも思わなかったけれども。

この事件の最大の異様さは、やはりこの動機と犯行のギャップだろう。子供のころに飼っていた犬を保健所に処分されたからと言って、保健所と直接関係のない厚生省の元官僚を殺すというのは、あまりに理不尽だ。そのため、本当の動機は別にあるのではないか?あるいは真犯人の身代わりに出頭したのではないか?と言った憶測も盛んだった。しかし、その後の取り調べで、「犬の敵討ち」が本心であるらしいことがわかった。そうなると今度は識者なる者たちが、彼の内面を勝手に解釈して、彼を責めに掛かる。犬にかこつけて不遇感を成功者に向けた、言わば「妬み」であると。

もちろん、この男の言い分はまったく理不尽だし、同情の余地はない。しかし、その心象風景には意外なほど自然なものを感じる。理由はどうあれ、生きるに値しない人生を見つけてしまったとき、倫理も論理も無価値なものとなる。思いだけだ残って、自分の存在がそこに集約されて行く。その意味では黒衣の未亡人にも似ている。おそらく、自己存在のアピールとか、嫉妬とか、損得とか、自己正当化とか、正義感とかは、少なくとも彼の意識の表面には一切なかっただろう。あったのは復讐心だけ。

その復讐心ですら理性的な思考を経ていないため、まるで見当違いの方向に向かった。そして、そのことを自覚しても後悔できない。過ちを認めてしまえば、最後の拠り所を失ってしまう。やってしまった以上、正しいと思い込まなくてならない。そもそも、彼の言葉を信じるなら、ターゲットにされるべきは、地元の保健所の職員、しかも「明日来なさい」と言っておきながら、勝手に犬を処分した職員であるのが筋だ(もちろん、親が持ち込んだ犬を子供が引き取りに来ても、騙して処分するというのは、その職にある人達の暗黙のルールであった可能性が高く、その職員を責めるのも間違っているとは思うが:なお、その後に伝えられた供述は、ここに述べたものとはかなり異なっているようだが、いずれにしろ厚生省とは関係がない)。

その恨みの矛先が、いつのまにか厚生省や高級官僚に変わった。そこには、社会に対する不満があったことは確かだろうが、どう考えても、犬の処分と高級官僚には正当な因果関係はない。この論理の飛躍は、おそらく正常な人間関係の中にあれば起きなかっただろう。極端に単純化して言えば、周囲が嫁さんを世話して、子供でもできていれば、この「決起」はあり得なかったはずだ。人は相互関係の中で初めて正常を保つことができるのであり、孤立してしまえば「何でもアリ」になる。倫理も道徳も損得も、そして論理すらも勝手に飛躍する。私個人は自由や個人主義の信奉者だが、一方で人の孤立という弊害を認めないわけにはいかない。今回の事件も、「どうやったら防げたのか?」を考えると、その本質が「孤立化」にあったことに気付く。

そもそも、どんなに悪いシステムでも、それなりに機能していたものを壊してしまえば、必ず弊害が出てくる。システムの「いいとこ取り」なんて不可能だ。フセインを排除したら宗派間抗争で物凄い犠牲者が出たし、派閥を弱体化したら人材が枯渇してしまったし、談合をなくしたら建設会社の雪かきサービスがなくなったし、飲酒運転を厳罰化したらひき逃げが増えたし、家制度を壊したら地域共同体が崩壊し、孤立した人間が犯罪に走るのを防げなくなった。悪いものをなくすのは正しい事だが、なくしたらどうなるかをあらかじめ予測し、対策を取っておかないと、状況は逆に悪化する(ついでに言っておくと、天下りをなくせば官僚の質が極端に低下するだろう)。

自由も個人主義も、いつのまにか自己責任論にすり替えられて、すべてを個人でひっかぶらなくてはならない社会になってしまった。それは束縛を嫌う個人のエゴイズムと、市民の連帯を阻みたい政治家や大企業の思惑の、奇妙な目先の一致によって生まれた風潮だ。自己責任論と貧困大国化は表裏の関係にある。小泉政治の完全否定をしないかぎり、人の孤立化と異常犯罪は、もう防ぎようがない。

●麻生政権 (2008.11.22)

案の定、というべきか、見事に統治能力のなさをさらけ出している。別に漢字が読めないこと自体は大した問題ではないが、普段の言動と併せて考えれば、この人物の基礎学力不足は明白だ。到底、宰相の職務を全うしうる知的能力があるとは思えない。もう一度言う。学力が高くても優れた宰相になるとは限らないが(宮沢喜一とか)、バカが総理になったら国は終わりだ。現状把握も将来予測も的確にできないし、忖度や調整をする能力もない。論理性も整合性もないし、説明能力もないというか、そもそも説明に値する内容がない。要するに物を考えるという行為に向いていない。思い付きの矛盾だらけの言動で、敵も味方も唖然とさせるだけである。政治の質が恐ろしく低い。

なぜこのような人物が総理総裁になれるのか? 自民党の人材枯渇は深刻である。もちろん、知的能力が低くても統率力が飛び抜けているというのならば話は別だが、麻生にしても安倍にしても、いともあっさりと身内から見放されている。総裁選で圧勝したはずなのに、庇おうという気配すら乏しい。明らかに人材の質が落ちているのだ。なぜか? おそらく、その最大の原因は派閥の弱体化だろう。かつての派閥は、総裁レースの場だった。派閥の中で金集め・人集めを競い、派閥の長になれば他派閥と競い、最終的に総裁の座を手にする、言わば人材育成機能を持っていた。「派閥」という言葉には暗いイメージが強いが、人材育成という点ではアメリカの大統領レースにも似た点があった。

しかし、そうは言っても、派閥の弊害は非常に大きい。結果的には、例の頭のおかしい人が派閥をぶっ壊してしまったわけだが、そうでなくても早晩消えざるをえないシステムだっただろう。だが、それならば派閥に代わる人材育成システムを作るべきだった。それがないために、政治家は鍛練の場を奪われ、ある意味フラットな存在となった。もはや誰でも良いのである。要は、選挙に勝てるように「ルックスがいい」とか「面白いことを言う」とか言った、ほとんど芸人と同じレベルで総理が選ばれるようになった(さもなければ「家系」だ)。だが有権者はバカではない。結果はかくのごとし。安倍は惨敗、麻生は敵前逃亡と、惨澹たるものである。これで石原のボンボンが次期総裁なんてなったら大笑いだが…

そう考えると、同じ世襲でも福田は良くやった方なのではないかと思う。結果的に実績は残せなかったが、あのねじれ状態では誰がやっても上手くはいかない。むしろ、あがきながらも破綻がなかった点は評価しても良いと思う。好き嫌いは別として安定感と言うか、少なくとも「まとも感」があった。だが、公明党は目先の選挙のために、その福田を引きずり降ろした。安倍や麻生を担いだのも、定額減税(給付金)をゴリ押ししたのも公明党だった。そして自民党は公明党と手を切っては政権を維持できない。…まあ、そういうことだ。

●アメリカ新大統領にオバマ当選 (2008.11.05)

オバマの勝因は−−おそらく、そこには多くの偶然的な要素があっただろう。もし、ブッシュがあれほどの不人気でなかったら、あるいは、ドンピシャのタイミングで金融危機が起きなかったから、そもそも本命がヒラリーでなかったら、異なった結果になっていたかもしれない。しかし、歴史の流れを偶然の積み重ねと見るのは、おそらく間違いだろう。そこには必ず必然性がある。冷戦の終結、経済的繁栄、慢心と傲慢、狂信と欺瞞、戦争と孤立、そして破綻−−ここ四半世紀のアメリカの歴史は間違いなく一つの明確な流れを作ってる。偶然は登場人物達の役割や顔ぶれを多少左右したかもしれないが、歴史の流れを決したことはなかっただろう。すべては起こるべくして起きたことなのだ。

ならば、その破綻からの復活を担うのも、また歴史の必然性を持った人物でなくてはならい。その人物は、今までの負の歴史から明確に断絶した人物でなくてはならない。すなわち、ブッシュより「ましな」人物ではなく、ブッシュとは「正反対」の人物でなくてはならない。アメリカ国民は、そのことを皮膚感覚で感じていたのではないかと思う。その文脈で見れば、オバマの肌の色が黒いのも、むしろメリットであったとさえ言える。投票日前に楽勝ムードが出たのも、歴史の転換に参加する当事者意識を高める効果こそあれ、気の緩みにはつながらなかったように思う。この選挙戦は、明らかに、二つの利益集団の利権争いとは別次元の、社会の底流を変革する出来事のように感じられた。

ただし、現実は過酷だ。「ヒトラー以来の人類の災厄」と言われるブッシュの残した負の遺産はあまりに大きい。たとえオバマの政治的・経済的手腕が期待以上に優れていたとしても、返済不能な額の借金は、やはり返済不能なのである。アメリカに決して明るい近未来はない。むしろ、オバマに求められるのは、辛い時期を国民に納得させる説得力だろう。不法行為をした者を監獄に送り、不道徳な蓄財(たとえ適法であっても)をした者から財産を合法的に取り上げ、真に困っている者を救うという、指導者としての本来あるべき姿だ。しかし、馬鹿正直にそんなことをすれば暗殺が待っている。

政治家は正義に殉じて聖人になるのが仕事ではない。と言って、過度の妥協をしてしまえば、期待が大きい分だけ失望も大きくなる。人々は信じる者を失って、社会は更に悪くなる。オバマの指導者としての力量が極めてシビアに試される状況なのだ。期待はしつつも、大きな不安を感じずにはいられない。

●米国経済崩壊 (2008.09.22)

サブプライム問題がいよいよ本格的に火を吹き始めた。莫大な損失を抱えた住宅ローン保証会社2社が公的管理下に置かれた。ベアスターンズ証券(全米5位)が税金で救済され、メリルリンチ証券(全米3位)が銀行に救済合併され、リーマンブラザース証券(全米4位)が破綻した。上位5位のうち3社が実質的に破綻したわけだ。ゴールドマンサックス証券(全米1位)とモルガンスタンレー証券(全米2位)も銀行に業態変更して、公的支援を得やすくしたようだ。また、保険業界では大手のAIGが公的支援を受けた。さらに、75兆円規模の不良債権買取機構が設立されるようだ。地方銀行の破綻も猛烈に増えているらしい。

日本のバブル崩壊よりも遥かに速く、遥かに大規模に破綻が始まっている印象だ。確かに、米国政府の対策も迅速・大規模な印象を受けるが、だからと行って、処理が簡単に進むとは思えない。不良債権はガンと同じで、初期段階で発見して切除することができれば治療は難しくない。しかし、ここまで転移が進んでしまうと切除は不可能。米国の信奉する市場原理主義に従って、すべてのガンを切除すれば、即座に経済全体が死んでしまう。結局、あれほど否定していた公的資金の投入による延命より他に道はなくなった。

しかし、どれほど迅速・大規模に公的資金を投入しても、結局は経済は回復しないだろう。日本の不況が長引いたのは単に対策が拙かったというだけではなく、そもそも、回復不能な状態に陥ったからだ。米国も同じで、返済不能な借金を抱えてしまった以上、通常の方法では復活不可能。日本の場合は、そのツケを労働者に回すことで乗り切った。労働者を搾取し、貧乏人から税金を絞り取って企業に貢ぐことで得た「経済成長=貧困大国化」だ。しかし、米国の労働者は既に使い捨て状態であり、それすら不可能だろう。大きなイノベーションや戦争などがない限り、米国経済の復活はない。朽ちていくだけだ。

要するに、市場原理主義は根本的に間違っていた。それは、必然的にバブルを生み、必然的に破綻して、必然的に多くの人々を不幸に追い込むシステムだった。しかも、バブルによって受けた恩恵よりも、遥かに酷い不幸を、遥かに長い期間に渡って与え続ける。これは結果論ではなく、多くの識者がずっと以前から指摘していたことだ。だが、おサルのジョージ・ブッシュにそれを理解する能力はなかった。頭の良い人物が優れた為政者になるとは限らない。しかし、バカが大統領になれば、必ず惨澹たる結果を招く。己の欲望を抑える羞恥心を知らないし、結果を予見する能力もないからだ。アメリカ人はこの教訓を肝に銘じるべきだろう……無論、日本人も。麻生総理は止めた方がいい。

●秋葉原無差別殺傷事件 (2008.06.08)

同じような犯罪はまた起きるだろう。なぜなら、この事件は特異な事情を抱えた異常者による犯罪ではないからだ。小泉以後の日本は、こういう人間を量産する社会に変わってしまった。人をモノとしてしか扱わない社会で、“不良品"が牙を剥く。それは、もう倫理を超えてしまっている。無論、犯人個人の責任は問われなければならないし、その背景にある社会的問題についても考えなければならないだろう。しかし、そうした議論にどれほどの意味があるだろうか? 致命的なのは、国家も企業も、自分たちの利益のためなら「この程度のことは仕方ない」と思っていることだ。たとえ現在の雇用システムが凶悪犯罪の温床となっていても、企業は自分たちの利益を削るようなシステム変更はしないだろう。

●中国ギョーザ農薬混入事件 (2008.03.06)

危惧していた通り、最悪の展開になっている。日中両国が犯人を探すのではなく、責任のなすり合いをはじめてしまった。実に困ったことだ。確かに、今回の事件は中国国内での犯行の可能性が高い。まず、犯行に使用されメタミドホスは日本国内ではほとんど入手不可能。それに、日本の右派勢力の犯行なら犯行声明が出るだろう。奴等は自己顕示欲の塊だから。だが、今回の犯行は犯行声明がない−−したがって思想的な背景のない、単純な嫌がらのせような感じがする。自国びいきではなく、客観的に見ても、中国国内での犯行の可能性の方が遥かに高いだろう。

だが、それを、あの段階で断定口調で公表してしまった日本の警察の態度はどうだったろうか? まあ、悪意はなかったろうし、迅速な事実の公表は賞賛されてもよいことなのだが、相手が外国となると、それなりの配慮が必要となる。翻って中国側の立場に立ってみれば、突然降って湧いたように事件が起きて、自国での捜査もロクに始まってない段階で、いきなり重大犯罪の犯人と断定されたのだから、腹を立てるのはむしろ当然だろう。彼らが最も重視するメンツを潰されたのだ。そんなことで事実が曲げられては堪らないと思うかもしれないが、「そんなこと」という段階で、すでに処方箋を誤っているのかも知れない。客観的な事実の解明と、効果的な事件への対処には、異なったモノサシが必要だ。

こうなると、中国国内で犯人が検挙される可能性はほぼゼロ。無論、日本の警察も国内犯行の可能性なんて真面目に考えてないだろう。つまり、迷宮入りで感情的しこりだけが残る。両国政府は政治的な決着を図るだろうが、ハテサテどんな形がありうるのか……単に時間が解決してくれるのを待つだけかもしれない。

私は、この事件を単なる企業に対するハライセ事件と見ているが、もし思想的な背景があって日中関係を破壊するのが目的だったとしたら、実に巧妙な策略だと言えるだろう。歴史上の謀略事件を見ると、些細なことから大きな戦争にまで致ったことがしばしばある。傍目八目で、なんでそんなことで戦争に突っ走るのかな?ミエミエなのに……という気もするのだが、今回の事件でその原因を実感できたような気がする。不信と憎悪という火薬に、謀略という導火線が火を着けるのだ。火薬がなければ導火線があっても爆発はしない。

ただ、この事件で一つだけ良いこともあった。食品の国産回帰だ。そもそも、日常の食料を外国に頼るのは異常だ。人件費が高くても日本国内で製造して、高い金を出してそれを買え。金がないというなら、ケータイを解約しろ、薄型TVを売り払え。育ち盛りの子供がいるなら、「ごめんね、ウチは貧乏なのよ」と正直に言え。子供に惨めな思いをさせたくないからと言って、危険なものを食わせるのとどちらが罪深いか考えろ。貧乏は悪いことじゃない。空腹を抱えることも勉強だ。常識で考えてみても、あの数の冷凍ギョーザがあの値段で買える方が変だろう。水や空気もそうだけど、生命を支える最も基本的な部分が、タダ同然のローコストで入手できることに不自然さを感じるべきだ。食べ物は尊いのである。ウカタマなんである。たぶん、そうした感覚は生の実感と表裏一体のものだと思う。

●安倍辞任 (2007.09.12)

よ〜くわかったこと;ネオコンは人としてお粗末。この干し芋男だけじゃなくてね。

●参院選自民党惨敗 (2007.07.29)

自民の獲得議席数は37。宇野総理のときの36議席に次ぐ惨敗。ただ、宇野のときは個人的な愛人スキャンダルもあり、「さもありなん」という感じだったが、今回はどうも違う。確かに、「年金」「カネ」「失言」の3点セットはあったが、いずれも安倍が直接しでかしたことではない。しかし、いずれの問題の場合も、責任者としての自覚に欠ける無責任で傲慢な態度が目立ち、しかも都合が悪くなると態度をコロコロ変えていた。要するに、人として軸がぶれてんだ(^_^; そう言えば、「私か小沢さんかを選ぶ選挙」と叫んでおきながら、旗色が悪くなると「政権選択の選挙ではない」…って、何だよ、ソレ。言動のブレが他人に与える不信感をまったく理解できないようだ。頭が悪いんだね。

安倍は「年金」「カネ」「失言」で負けたというよりも、それらの問題によって、姑息で卑小な人間性があぶり出されてしまい、それに国民が拒絶反応を示したというのが正しいだろう。問題を起こす方も起こす方だが、むしろ問われたのは、問題に適切に対処できないの安倍の宰相としての資質。年金問題で見せた卑怯な責任転嫁体質、強行採決の連続に見られる独善性、「成長路線」という名目で格差を放置した弱肉強食主義、松岡や赤城を庇い続けた身内に対するえこ贔屓。自民党内部からは「安倍さんだけの責任ではない」という擁護論もあるようだが、とんでもない話。100%安倍の責任だ。もはや政策云々ではなく、安倍の人間性に国民が不信任を突きつけたんだ。

ネオコンの特徴は、エリート階級に生まれ、常識的な苦労を知らず、独善的で他人の言葉に耳を貸さず、己の過ちを認めない態度を「信念」と強弁し、他人に厳しく身内に甘く、都合が悪くなるとすぐに責任転嫁に走り、悪者を作っては攻撃することで人気を取り、そして現実対応能力が決定的に欠如している、ということ。安倍、ブッシュ、小泉、石原バカ太郎、前原(民主党前代表)、ぜ〜んぶ、同じタイプ。今回の選挙結果は、国民がそうしたネオコンの胡散臭さに気付くようになってきた証拠…と信じたい。

●「原爆しょうがない」発言 (2007.07.01)

思想的な立場の違いはひとまずおく。しかし、この人は頭のネジが少し緩いのではないか? イラク戦争批判のときも感じたが、発言が異様に軽い。今回の発言も、自分の立場(軍事を司る閣僚なのだ)、喋っている場所(飲み屋ではないのだ)、話す時期(選挙の直前なのだ)、というものが全く顧慮されていない。内容が言語道断なのは論を待たないが、たとえ腹で思っていても、常識的な判断力があれば、人前ではこういう発言はしないものだ。

これは、安倍の取り巻き全般に言えることだが、現実の重み、人の痛み、他人の心というものを理解する能力が根本的に欠落しているように感じる。現実から遊離したバカが自分に都合の良い妄想ばかりを言い合って仲良しクラブを作っているだけだ。−−そう、やっぱりオウムに似ているんだよ。マスターベーションに耽りすぎて、世間の常識が見えなくなっている状態。だから、世の中でもアホの常識が通用すると感じてしまうのだろう。

しかし、こんなバカどもが教育や憲法を弄ぼうとしているのに、なぜ国民は怒らない?怒るのは自分の財布の問題だけか?

●国会会期延長 (2007.06.22)

さて、美しい国を標榜するバカ坊っちゃんは、座して死を待つよりも、悪あがきを選んだわけだが…。むしろ、傷を深くするだけで終るんじゃないか?という意見が大半。理由は、「延長したあとの参院選は残敗する」などというジンクスではなく、このバカ坊っちゃんの言動に見られる幼児性−−すなわち、窮地があぶり出した、人間性の本質。結局のところ、現実に目をつぶり、「人に頭を下げるのは癪だから日本は悪くない」という思いだけで成長してきた人物の精神的な脆弱さ、異様さ、傲慢さ、愚かさそのもの。極端な話、年金問題だからまだいい、これが戦争に拘るような事案で、こうした幼児性を露呈したらどうなるのか? 一国民として、国家の最高責任者に甚だ不安を感じざるをえない。年金問題自体はこの男の責任ではないだろうが、その後の場当たり的な対応に、国民は「いやな気分」と「不安」を感じているんだよ。何かあれば、浮ついて走り出して陥穽に落っこちること間違いなし。健全な常識に基づく腹を括った態度というのがまったく感じられない。…なんか、民主党の前代表の前原と二重写しになるんだよね、右翼的言辞を振り回してカッコつけるだけで、現実に対応する能力がまったくない。

●松岡農水相自殺 (2007.05.28)

数々の疑惑の果てに、現職閣僚が自殺すると前代未聞の事態になったわけだが…。無論、潔白ならば自殺の必要はないし、仮に報道されている疑惑の全てがクロでも大臣辞職で野党の矛先は収まるだろう。最悪、議員辞職・禊選挙で済む話であり、自殺の必要はない。となれば、緑資源機構問題には、まだ表に出ていない相当深い闇が潜んでいると見るべきだろうな。で、ソノ筋から、自殺するように圧力が掛かったのではないかと妄想してみたりする。が、まあそんなことはともかく、わたしゃ一連の疑惑報道を通じて、国民が権力者の居直りに強烈に鈍感になっているのに驚いたね。自殺しなきゃ逃げきれた感じだもんね。あんな幼稚な言い訳の繰り返しで。国民は自分の損得には敏感でも、正義にはまったく無関心になっている。そっちの方が深刻だよ。

●フランス大統領選 (2007.05.10)

予想通り、右派のサルコジが当選した。ロワイヤルに大統領としての資質が欠けていたのは事実のようで、人間的に好感を持ったとしても、さて、一国を任すとなるとどうなのか…ということなのだろう。ま、結果は予想通り。しかし、ブッシュ、安倍、プーチン、サルコジと、力の政治を標榜する輩が主要国で次々と権力を奪取している。これは、各国の社会が不安定化し、国家間の緊張も大きくなっている証拠だ。逆に、未来が薔薇色のときには、力の政治よりも理想政治の方が大きな力を持つ。

皮肉なことに、社会に格差を生み出したり、犯罪を誘発したり、国際緊張を引き起こしているのは、実はこうした反動政治家どもだ。国民は貧乏になればなるほど、犯罪が増えれば増えるほど、大量殺戮の危険性が高まれば高まるほど、それらの問題を産み出している張本人どもを支持する。そして、そういう輩がさらに大きな力を持ち、悪い状況を拡大再生産していく。虐げられた者たちが、虐げる者たちを賛美する異様な−−しかし、歴史的に見れば決して珍しくはない状況が再現されている。

では、過去このような状況に陥った場合、どんな結末になっているのか? ズバリ、戦争である。現在の状況から平和や共存を掲げる政治に再生できる可能性は限りなくゼロに近い。権力は、すべての問題の責任を他国に押し付け、他国と戦争をすることで、求心力の維持と実益を得ようとする。そして、負けた方が軍国主義やファシズムや侵略を懺悔して、理想主義を掲げ始める……ま、現在のアメリカはその状況に近くはなっているが、死者数千人規模の負け方では、根本的な反省はないだろうね。

閑話休題。フランス大統領選に戻ろう。得票率は53%対47%。この差を大きいと見るか小さいと見るかは微妙なところだが、少なくとも、半数近くがサルコジにノーと言っているのは事実。そして、当選直後、新大統領が豪華なクルージングを楽しんでいるまさにそのとき、国内では大規模な反サルコジ暴動が勃発し警察と正面衝突。これが新しいフランスのあり方を象徴している気がする。権力は特権階級化し、利己的な欲望を隠そうともしなくなり、反対者に対しては容赦なく暴力を行使する。そして、多くの国民はそれに知らぬ顔を決め込む−−そういう国になっていくのだろう。現在のロシアはそういう国だし、アメリカも日本も似たような状況だ。

●「産む機械」騒動

厚労相が女性をそう表現したとかで辞任騒ぎになっている。でも、発言内容が差別的だったわけではない。表現として極めて不適切とは思うが、さて、大騒ぎすることかなと……もし、これが辞任に値する発言だとすれば、愚劣な石原の「ババァ」発言は獄門晒し首ものだと思うのだが。どうも、マスコミも大衆も本質が見えてないのか、あるいはまったく違う次元の力が働いているのか…何やら、自民党自体が安倍政権を潰したがっているように思えてならない。まあ、「美しい国」なんぞという寒いフレーズしか出てこない無能政権は潰れる方が国民のためだが、身内が足を引っ張る姿は見ていてあまりよい気分のものではない。(2007.02.01)

●米中間選挙で共和党惨敗

つくづくアメリカ国民は単細胞のバカばっかだと思う。イラクが泥沼化したからブッシュのイラク政策にノーを突きつけるなんて……そんなこと、開戦前から判りきっていたことじゃないか、何を今さら。日本でも、多くの識者が当初から内戦化をはっきりと指摘していた。それを知らなかったのは(信じなかったのは)、低能ブッシュと米国民だけだ。何万という人の命を奪わなければ、現実が直視できないのか? もっとも、それでも米国民は惨事に直面して反省をしたわけで、その意味では日本人よりは遥かにマシ。なぜ、日本人はこんなに無責任かつ無反省になれるのか? 確かに、ブッシュに諂った方が得だという理由で、大儀がないことは百も承知で協力した戦争だ。泥沼化しても自分のたちの責任じゃないと思ってんだろう。大儀よりも損得、自分たちが損さえしなければ、イラクがどうなろうと蛙のツラに小便。何とも恥ずかしくなるような品性の低さだ。(2006.11.13)

●村上ファンド

ホリエモンが捕まった当初から、本命は村上だと言われていた。しかし、村上が胡散臭いのは事実としても、さて違法行為が立証できるかとなると、はなはだ心許なかった。相手はプロ中のプロ、悪いことはしても証拠は残すまい−−そう思っていた。ところが、いざ蓋を開けて見ると、プロどころか小学生並の単純かつお粗末な手口。策士の片鱗もプロのかけらも見えない、ミエミエの欺しとおどしだけ。たぶん、彼はここまで幼稚な詐欺をせざるをえないほど、自分を追い詰めてしまっていたんだろう。逮捕前会見の姿は、ほっとしているようにさえ見えた。むしろ、ホリエモンや村上を持ち上げたマスコミの無反省の方がずっと罪深いように思う。(2006.06.12)

●ハリケーン・カトリーナ

地球温暖化の張本人を超大型のハリケーンが襲い、競争社会の中で振り落とされた最貧層が集中的に被害を受け、他国の侵略に手一杯で救助が遅れて治安も崩壊、自由に銃を手に入れられる被災者が強盗犯や強姦魔に早変わり。因果は巡る糸車。それがアメリカであり、小泉がお手本にしている社会。(2005.09.02)

●巨人軍の終わり

ま、「Tokyo」が「Yomiuri」に替わり、松井が逃げ出した時点で、この状態は予測できた。確かに、堀内の監督としての能力にも問題はあるが、それにしてもこの組織は異常。フロントが現場の采配に口出ししたり、現場責任者が選手の悪口を言ったり、オールスター前に来期の監督人事が取り沙汰されたり、およそ組織とてしては絶対にやってはいけないことばかりやってる。そもそも、プロ野球の監督は、劉備が孔明を三顧の礼で迎えたように、フロントが頭を下げてなってもらうものだ。ところが、堀内はナベツネや滝鼻の部下でしかない。こんなんじゃ、どんな有力な選手を取ろうと、どれだけ優れた監督を迎えようと、結果は同じ。組織構造が根本的に間違っている。今は若手に出場の機会が与えられてチームが少し活気付いているが、強いチームになれる構造じゃない。ナベツネが死なない限り巨人はダメになる一方だ。(2005.08.19)

●ファッショ解散

「八つ当たり解散」だなんてとんでもない。そんなに可愛らしいものではない。非常に陰湿で傲慢な計算に基づいた計画解散だ。自分に従わない人間をあぶり出して、守旧派のレッテルを貼って潰すための解散だ。郵政に大きな関心のない議員も保身のために独裁者に擦り寄り、あろうことか大衆もその独裁者に喝采を送る。戦前の亡霊が蘇えってくる。「大東亜共栄圏」も「構造改革」も美辞麗句の衣の下にあるものは同じだ。(2005.08.08)

●ロンドン同時爆破テロ

予想されたこと……正気か、トニー・ブレア? お前が言っているのは、ブッシュの取り巻き企業のために、自国民の命を売ったということだぞ。犠牲ではない、対価だ。正義の戦いではない、商取引だ。お前は罪もない自国民の命を、金の亡者に売り払ったのだぞ。貴様はそれで何を買ったのだ?(2005.07.07)

●福知山線列車脱線事故

死者50人以上の大惨事になったが、効率だとか責任だとか、過剰な規律で社員を縛ったために、逆に僅かなミスが大事故につながってしまったという典型的な事例だろう。3分や5分遅れたっていいじゃね〜か、という気持ちの余裕が大切なんだね。通常のときに少し緩めにしておかないと、イザというときに頭がのぼせて、自分でも信じられないことをしちゃうもんだ。当然、このあと事故原因の究明とか責任者の処分とかいう問題が出てくるが、資本主義の根本にある「余剰は悪である」という考え方を改めない限り、またおんなじことが起きるだろう。人間なんて、イザとなったら目先のことしか考えられないんだから。(2005.04.25)

●中国で反日運動激化

小泉のやってきたことのツケだわな。被害国の国民感情無視して靖国参拝を強行した上、木で鼻を括ったようなことを言ってきたんだから、こういうことが起きても不思議ではない。こうなると、今年参拝ができるかどうかが見物だね。しかし、これで被害を受ける現地邦人や留学生・旅行者はたまったもんじゃない。−−と言ったって、そんなバカを選んだのも国民。選挙を軽く考えていると、結局自分たちが酷い目に遭うんだよ。

ま、日本人一人ひとりに悪意はないかもしれないが、ひょっとすると、過去の侵略に対して「金払ったんだからいいだろう」という気持ちがあるのかもしれない。だから、小泉のバカがああゆうことをしても「通ってしまう」と軽く考えたんじゃないかな。賠償(経済協力)と反省は別。確かに日本は金は出したが、小泉政権になってからはアジア蔑視外交をやってたからね、反省している人の態度じゃない。

今回の問題は、欧米や東南アジアの新聞にも取り上げられているが、各紙の論調は概ね中国側の主張に沿うものだ。小泉のバカは自分の行動が国際常識からかけ離れていることをまったく理解していない。第二次世界大戦を語るとき、軍国主義者たちは日本は欧米からの圧力を受けて孤立したために、やむなく戦争に突入したなんて言っているが、今回のことを見ると何だかデジャビュ。悪いことして他人から注意されても聞く耳持たないんじゃ、そりゃ孤立もするわな〜〜とつくづく思うのであった。キムジョンイルをどうこう言えないよ。 (2005.04.14)

●巨人開幕三連敗

まるで昨年のビデオを見ているようだった。確かに、去年の阪神三連戦よりは善戦はしたが、戦力的に遥かに下の、しかもミスを連発したチームとドッコイドッコイの勝負をした挙げ句、三つとも僅差で落としたという事実はかなり重い。むしろ、井川や福原にひねられた方が救いがある。力のあるピッチャーが相手ならば、強打者でも打てないことはままあるからだ。しかし、総力戦で及ばないというのは、チームの地力が低いということに他ならない。こちらの方が深刻だ。

今年も、初戦は流石に見応えのある投手戦だったが、二三戦目は接戦と言うよりどんぐりの背競べ。選手個人の能力はひとまず置くも、巨人のチーム力には相当大きな問題があると言わざるを得ない。しかも、それは去年からずっと引きずっている問題で、何度も何度も指摘されながら、今年になっても全然改善されていなかったというのが印象的だ。

よく傍目八目と言うが、確かに当事者と言うのは意外に問題が見えないものだ。組織と言うのは、時として恐ろしく愚かな判断をして、破滅に突き進んでしまうことがある。三菱自動車とかNHKとか大日本帝国とか…。端から見たら、そんなことしたらヤバイってのが明らかなのに、組織の中にいると判らないんだな、これが。いや、「判らない」というよりも「通らない」と言う方が正しいかも知れない。利権が大きく、旨い汁が吸えるような組織ほど、保身の欲求が強くなる。正しい意見を述べて、既得権益を侵そうとする人間を排除する。人間という動物は本質的に目先の欲望に負ける存在なのだ。

巨人も球界の盟主を気取ろううとすればするほど、視聴率を上げようとすればするほど、首脳部が保身を図れば図るほど、泥の沼の状態に陥ちていく。堀内も滝鼻もそれが判らないのではなく、判りたくないのだろう。彼らがどうなろうと知ったことではないが、プロ野球全体が道連れになりそうなのが恐い。(2005.04.04)

●韋駄天の乗組員解放

それは良かった。でも、身の代金払ったんだよね、多分…。イラクの人質事件のとき、日本政府は「テロリストに譲歩しない」とか言っていたけど、民間企業が海賊に譲歩するのは別に構わないんだ…。いやいや、イラクの時も実は身の代金払ったと言われてるから、相手がテロリストだろうと海賊だろうと、金を払うのはいいんだ。確かにダブルスタンダードじゃないね。小泉さんご立派。(2005.03.20)

●竹島問題

アホだよ、島根県議会は。何もこんな時期にご近所に喧嘩売ることないじゃない。政府は政府で、靖国問題で中国に嫌がらせするし。拉致や核でご近所の力を借りなきゃいけないというときに、わざわざ、頼りになる人に泥を掛ける。これじゃあ、メンツに掛けても協力してくれるわけにはいかないじゃない。島根県議会で可決されたり、小泉政権の支持率が高いってことは、日本人の多くがこういう行為を肯定してるってことだよね? 損得を別にしても、恐ろしく非常識だということに気が付いてないのかね? ほんと、アジアの嫌われ者になっていくんだなあ…。(2005.03.17)

●ホリエモンVSフジ

今日、地裁の仮処分決定が出た。ホリエモンの勝ち。ま、この決定自体は当然のことで、多くの識者が当初から予想していた。マスコミは両論併記の悪癖がしみついてしまっているようで、「どうなるか判らない」と言い続けていたが、誰がどう考えたって、この問題に関してはホリエモンに分がある。時間外取り引きという手法が問題だったとしても、違法性がない以上、裁判所にはどうすることもできない。結局、フジは法律論ではなく、感情論と利己主義しか主張しかできなかったわけで、法廷で負けるのは当然。正直と言うか何と言うか…

ただ、これでホリエモンが勝ったと見る向きは少ない。いいとこ四分六。しかも、六分はフジだ。フジには法的措置以外にもさまざまな対抗策がある。後先考えずに食らいついたホリエモンには明確な展望がない。最終目標がフジテレビの支配だとしたら、そうとう遠い道程だと言わざるを得ない。

それに、ホリエモンがいつまで持つか、というのも甚だ疑問だ。最近のホリエモンはテレビに出演しても異様に動揺している。地裁決定が出ても、心底喜んでいるように見えない。心の中にかなり大きなわだかまりを抱えているような顔色だ。おそらく、リーマンとの関係で、表に出せないような厳しい状況に追い込まれているのだろう。結局、フジもライブドアも食い物にされて、漁夫の利は外資にさらわれる、というオチが着くんじゃないだろうか? (2005.03.11)

●タバコの話

私はタバコは一切吸わない。また、タバコの煙は大嫌いだ。しかし、その私から見ても、昨今の喫煙者イジメは異常だと思う。健康被害は第一義的には喫煙者本人の問題だし、二次喫煙が問題になるなら分煙を徹底すればよい。また、現状でもかなりの程度分煙は進んでいる。私も、一番最近タバコの煙に迷惑したのはいつだったのか、はっきりとは思い出せない。火事や火傷も問題だけど、それも所詮はマナーの問題で、きちんとした喫煙者を非難する根拠にはならない。

昔、専売公社の役人がタバコと肺癌の関係は医学的に証明されてないとか寝言を垂れていたが、こういう馬鹿者はいくら攻撃しても構わない。しかし、一部の問題をことさら大きく取り上げて、個人の嗜好を攻撃するのは恐い気がする。同じような感覚は、石原慎太郎のバカが大手銀行を狙い撃ちした外形標準課税をブチ上げたときにも感じた。さらに言えば、ヒトラーのユダヤ人迫害とも類似点が非常に多い。

少なくとも初期段階のファシズムは、大衆に対して極めて迎合的である。それは、大衆の不満を吸い上げて、特定の人々を攻撃することで人気を集め、その人気を元に権力を手中に収めて行くからだ。タバコの害も、銀行の不正も、ユダヤ人の金儲けも、大衆が苦々しく思っていたことだろう。しかし、それらは法律に則って冷静に対処すべき問題だ。感情に流されて「あいつらは悪いから何をしても良い」ということではない。

まさか、WHOがファッショだとは思わないが、銀行を攻撃した石原慎太郎や、北朝鮮を目の仇にしている安倍晋三には、ヒトラーと極めて近いものを感じる。大衆の憎悪を増幅することで人気を取り、最終的には個人的な欲望を達成しようとしているとしか思えない。タバコ問題は、そういう連中のそういう手法が、ナチス時代同様、現在も極めて有効だということを実証してしまっている。正義や人道は、個人の好悪や利害とは別のところにある−−そんな当たり前のことを、大衆は忘れてしまっているような気がする。(2005.03.04)

●小学校教師殺傷事件

小学校に侵入した少年が教師三人を殺傷する事件が起きた。それ自体、極めて異常な事件なのだが、この事件を受けた自治体の対応はさらに異様だ。警官やガードマンに校内を巡回させる方針らしい。警官がうろつく学校なんて刑務所みたいだし、効果も疑問だ。特に今回の犯人は、教師を殺傷することだけを目的としていて、逃走を一切考えてなかったようだ。捨て鉢になった人間から身を守る方法なんてないよ。学校を鉄条網で囲って、出入り口で全員ボディチェックすると言うのなら別だが…。あるいは、部外者との面会は全てガラス越しとかね。有効な手段かも知れないが、嫌だな。

今回の報道を見ていて気になるのは、この事件を犯人個人の問題で片付けて、こうした「異常者」から学校を守る方法に議論が終始している感があることだ。確かに、当事者にしてみればそれこそ最大の問題。可能なら、子供一人ひとり、教師一人ひとりにボディガードを付けたいくらいのことは思っているだろう。だが、本当にこれは個人の問題なのだろうか? 単なる一異常者の犯罪ということであれば、ありふれた(そう、ありふれてしまっている!)殺人事件の一つであり、たまたま舞台が小学校であったに過ぎない。そう過敏になることはないはずだが……

しかし、この事件には、そうでない何かを感じる。これは、現在の社会状況の中で起きるべくして起きた事件であり、今後も似たような事件が起こりうるのではないかという気がする。私だけでなく、多くの人がそのことに(無意識にせよ)気が付いている。それが底知れない不安を呼び、滑稽にさえ見える過乗反応を生んでいるのではないだろうか? 丁度、9.11の後のアメリカのように。

この事件が個人の問題ではなく、社会状況の中から生まれた物だとしたら、その原因は良く考えなくてはならない。無論、そう簡単に結論が出せるような問題ではないが、私が何となく感じているのは、アメリカ型効率社会の行き着いた果てだということだ。「いくら儲けるか」が評価の全てであり、人間性やキャリアに対するリスペクトを著しく欠き、責任論が何よりも優先し、口では平等を唱えながら異質なものを迫害し、美辞麗句で飾りながら強者が欲望を丸出しにしていく社会、強者が強者であり続けるために、好き勝手にルールを変える社会、貧富の格差は拡大し、階級は確実に固定化しているのに、ごく希に現れる成功者をこれ見よがしに宣伝して、まるで万人に機会が均等であるかのように欺いている社会。

その中でドロップアウトした人間はどうなるか?−−犯人を庇うつもりは毛頭ない。また、ドロップアウト(私自身もそうだ)が全員同じような事件を起こすなどと思われては甚だ心外だ。さらに言えば、私は国粋主義者ではないし(逆の立場だ)、戦前の道徳を肯定する気は全くない。しかし、希望を奪われた人間は、己の命さえ、さして重要なものではなくなる。このことの恐ろしさはよくよく考えなくてはならない。彼らは、我々の社会が生み出しているのだ。

既にアメリカでは小学校は刑務所化している。同じ価値観をベースに社会を作れば、結局、同じところに行き着く。問題の根源を見据えない対処療法は滑稽なだけだ。だが、教育現場の教師たちに、社会の価値観を変えることまで望むのは無茶だ。(2005.02.19)

●HDDレコーダ

ついに、我が家もHDD付きのDVDレコーダを買った。大手量販店で160GB搭載タイプの有名メーカー品が3万9800円。そこから18%ポイントバック+下取り交換3000円で、実質価格は3万円。安いのは嬉しいが、いくら何でも…。下手すりゃ原価割れじゃないだろうか? おそらく、年末に大量に仕入れすぎたのだろう。決算前の処分品だとは思うが、(メーカーと言うよりも)現場で作っている人が可哀想になってくる。

しかし、HDDレコーダと言うのは想像以上の難物。何と言っても機能が多すぎて繁雑だ。おまけに、私の購入した機種は取扱説明書がタコで、知りたいことが全然書いてない。こんなじゃ、年寄りは絶対に使えないよ。操作だって、キーボードとマウスを使わなきゃ無理だよ。リモコンだけでやらせるから、イライラしちゃって…。ランダムな処理ができるのは物凄いメリットだけど、いらん機能が多すぎるなあ。たぶん、技術のあり方としてはかなり間違った方向の製品だと思う。(2005.02.11)

●NHK番組改変問題

どっちもどっちもの泥仕合。でも、両者とも認めていることが一つある。それはNHKが自民党極右勢力に諂っていたこと。特定の政治家に事前説明することは「通常業務の範囲内」なんだそうだ。「要望」の伴わない「説明」などありえず、権力者の「要望」はとにも直さず「圧力」だ。不正流用問題はしょせん金の話と思ったが、これは看過できない。今日、NHK料金の自動引落をやめてきた。

その後、新会長が「政治家への事前説明は好ましくない」と方針転換した一方で、やっぱり事前説明は続ける意向らしい。何だかわからない人だ。海老澤元会長の顧問就任を「これほど反発が出るとは予想していなかった」という感覚といい、本当に大丈夫なのか、この新会長は? 組織内部の価値観が世間からかけ離れていることを自覚できないのでは、オウムの連中と変わらないぞ。

この問題で、東大教授が受信料支払い停止運動を始めたようだが、大いに賛同する。(2005.01〜02)

●拉致問題

北朝鮮が過去の問題を持ち出してきた。官房長間は「的外れ」という的外れな感想を述べていたが、北朝鮮にしてみれば過去の補償こそが拉致問題の中核。もちろん、日本の官邸もそんなことは百も承知。それを公に認めると身も蓋もなくなってしまうのだが、本音の部分で利害を調整しないと解決は不可能。

それに、日朝関係を拉致問題だけで考えるのは誤り。被害者や家族の心痛はたいへんなものだとは思うが、情緒に流されて徒に敵対的感情を持つのでは、最後は戦争しかなくなる。それに、国際世論がこの問題に驚くほど冷淡な理由を考えて見るがいい。同じ被害を受けた韓国ですら今の日本よりは遥かに冷静だ。敵対じゃなくて解決が重要なのだ。(2005.01)

●巨人は最低の球団

ルール破りをして非難されると、ルールをねじ曲げ、しゃにむに金の力で選手を集めて、しかも選手を腐らせる。7億と5億の選手にポジション争いをさせるのだから、馬鹿馬鹿しくてお話にならない。チーム本塁打記録を塗り替えながら結果は三位、優勝は地味な中日。天下のバカ球団は野球を恐ろしくつまらないものにしてしまった。

巨人の汚さは、単にルールを破るというよりも、ルール自体を自分の有利なように変え、しかも、それによって弱小球団の経営が破綻するように仕向けている点にある。球界一の人気球団という立場を利用して、自球団に有利なシステムを他球団に強要する。ブッシュ政権とそっくりの体質なんだな。

こういう巨人の体質は第二次長嶋監督時代から始まった。しかし、長嶋さんの馬鹿は愛嬌である。その愛嬌を真に受けてとんでもないことをしでかしたのがナベツネだ。そして、ネベツネの悪行を「経営努力」と称して正当化した「巨人ファン」こそがプロ野球を腐らせた張本人だ。

さらに言えば、そこまで汚いことをやりながら優勝できない。貧乏球団が金満球団を倒すというのは、それはそれでスカっとすることなのだが、巨人に関してはその爽快感すらない。チームがゴタゴタして、野球としての体をなしていない。ハナからチームワークなど眼中にないし、頼みのスター選手も腐らせてしまう。名悪役にすらなれない巨人は、プロ野球そのものから面白さを奪い取ってしまった。

たとえ汚い手段を使ったにせよ、スター選手を集めた以上、彼らの能力を十分に発揮させるのは球団の義務だ。そうでなければプロ野球自体の魅力が薄れる。「たかが選手」というフロントの体質が、選手をダメにしている。過去に業績を上げた選手には、たとえ結果が出なくてもそれ相応の尊敬を払わなければならない。けなしたら腐っていくだけ。四番打者は任せるもの。競争させるなんてもってのほか。 (2004.10)

●上原メジャーへ?

上原がメジャー行きを希望して、球団に拒絶された。この問題が出てくるのは時間の問題とは思っていたが、上原を「金に汚い」と罵る巨人ファンがいるのには驚いた。何にも見えていないんだね。上原は巨人は嫌いではないかも知れないけど、読売は大嫌いなんだよ。選手を家畜としか思っていないフロントにノーを突きつけただけ。(2005.01)

●曙かわいそう

いくら横綱とは言え、膝を悪くして引退した相撲取りに、キックボクシングをやらせてボコボコにして、こりゃだめだとなると、今度は総合格闘でいきなりホイスとぶつける。ホイスにしてみれば、文字通り赤子の手をひねるようなもの。イジメだよ。きゅーぴーさんは何を見せたかったわけ?(2004.12.31)

●野球と暴力

古い話だが、大リーグからデミーロという若い審判が来日し、日本の公式戦のジャッジをしたことがある。確か、日米の審判の交流事業の一つだったと思う。ところが、日米の野球の溝は大きく、デミーロ氏のジャッジは日本では首を傾げるものばかり。とうとう中日の大豊が切れてしまい、デミーロ審判に暴力を振るう事件があった。

これは当時かなり大きな問題になった。もちろん、マスコミ(特に朝日)は大豊を徹底的に非難した。その非難の趣旨は、審判は人間だからミスジャッジは付き物、たとえミスジャッジでも審判の判断が最終的なもの、それに文句があるからと言って暴力を振るうのは怪しからん、というものだった。しかし、現場の選手やOBの雰囲気は全然違った。ともかく、このデミーロ氏のジャッジは、当時の日本人には目茶苦茶に見えたのだったのだ。

「たとえミスジャッジでも、審判が下したジャッジが最終的なもの」なんていうのは、野球をやっている人間なら誰でも百も承知だ。それを認めなければ、そもそも草野球なんて試合にならない。しかし、それにも限度がある。審判に審判としての最低限の能力があることが大前提だ。プロの試合で、まるで幼稚園児がでたらめに言っているようなジャッジをされたらどうだろう?

最初は「お客さんだから」と苦笑いで済ませていた選手たちも、生活が掛かるようなギリギリの場面でそんなジャッジをされたら堪らない。解説者も厭味の一つも言わざるをえないという有り様だった。暴力を振るった大豊に非はあるにしろ、振いたくなる気持ちはみんな持っていたのではないだろうか?

もちろん、当時の日本人は、日米でストライクゾーンにこれほど大きな差があることは知らなかった。それはデミーロ氏も同じことで、おそらく「後進国」の日本のストライクゾーンをまともに調べることもしなかっただろう。それを強く責めることはできない。責められるべきは、こんな無茶な企画をした連中だ。レスリングのレフェリーに大相撲の行司をやらせるようなものだから。

人間にはミスはつきものとか、暴力は悪いとか、当たり前のことを言うより、そもそも何でこんなことが起きたのか、きちんと考察することの方が重要だと思ったね。たとえすべての当事者に悪意がなかったとしても、彼がジャッジをやる限り、日本の公式戦は成り立たない。幸い、デミーロ氏は(文字通り)泣いて帰って、日本の悪口をいっぱい言ってくれたおかげで、こんなバカげた行事は二度と行われなくなったがね。(2005.01)

●ホームラン軒

麺の製法が独特でなかなか旨いカップラーメンだったが、発売元がカネボウということもあり、営業力不足・知名度不足に泣いた(ずっと以前はTV CMもやっていたんだが)。目先を変えるためにバリエーションを幾つか出したが、辛いだけで全然旨くないタンタン麺?(これは「ホームラン軒」ではなかったかも知れないが、麺は同じ)を最後にとうとう市場から消えてしまった。カネボウが産業再生機構行きとなり、食品部門は切り捨てられたのだ。これでホームラン軒も終わりかあ…と思っていたら、加ト吉が買い取って売り出した。

ということで、ホームラン軒ファンの私としては大いに喜んだのだが……これがもひとつなのだ。醤油味はやや臭みがあるし、味噌味も辛すぎる。全体的にシツクコなった上に、量も多くなったような気がする。化学調味料の味がきつい。十数年前の記憶との比較なので、単に私が歳を取って嗜好が変化しただけという可能性もあるが、どうもちょっと…。それでも、ホームラン軒独自の麺の歯ごたえは健在。加ト吉にはお礼を言わなくてはならないだろう。でも、もうちょっとアッサリ味にしてね。(2005.01.25)

【どうでもいいや目次】 【ホーム】