サイクリスト
第1部


 1998年の12月に入ってすぐ、スキーがしたくてしたくて、いても立ってもいられなくなって、土曜日の仕事が終わってから急に野麦峠スキー場に行くことに決めた。野麦にした理由は、人が少ないはずということ。やっぱり野麦は穴場だから。みんな、やっぱり有名なところに行くから、野麦ならばだいじょうぶだと思ったから。

 野麦にして正解だった。リフト待ちは全くないに等しかった。朝8時半から途中2回の休憩をはさんで、ほとんど滑りっぱなしだった。上部の上級者コースだけでの練習だったので、とてもハードだった。酸欠の状態で滑り続けるという、ハードな滑りだった。でも、ひたすら滑り続けることがとても気持ちがよかった。それだけにリフト待ちのないのがとてもうれしかった。

 帰りは温泉に寄った。渋川温泉といって、のんびりとした雰囲気の温泉だった。でも、スキー疲れの体を芯から温めてくれる素晴らしい温泉だった。

 温泉から上がると、日もとっぷりと暮れ、もう外は真っ暗だった。一人車に乗り込み温泉を出発し、帰途についた。県道に入り、国道19号線に向けての山道を車で走りだした。野麦峠から19号線までの県道は、細くてかなり急なカーブが所々ある。車のライトに路肩の雪が照らし出されていて、道路状況はとてもスリップしやすそうだったので、ひたすら安全運転でゆっくりと走っていた。

 そうしてゆっくりと安全に走っていると、真っ暗な暗闇の中、車の前にくろーいあやしげなものが揺れ動くかのようにフラフラフラフラしているではないか!!はじめはいったい何なんだろうと思い、とても気味悪く思った。用心深く車を走らせ、ようやく、それが不気味な人の後ろ姿のように見えたときは、「幽霊だ!!野麦峠の幽霊だ!!」と思わず背筋が凍りそうになった。こういう時僕は、「とりあえず冷静に行動しよう!冷静に行動しよう!!」と強く思うのであった。でもよーく見ると違っていた、それはなんと、自転車に乗った人の姿だった!!


これはMTBに乗ったモジラ

 この道を走ったことのある人なら、その光景の異常さに驚くはずだと思う。夜のとばりが降りて凍てつくような寒さの中、それも、山間部で零下10度近くにもなる夜道、除雪されたとはいえ、雪がかなり残っている街灯などの全くない明かりもない真っ暗闇の山道を、自転車がたった1台走っているのである。それは、とても危険な光景だった。スリップの危険もあったし、まっ暗闇の中、ライトもつけずにほとんど路面さえも見えない山道を走っているのである。ライト無しで、どうやって道がわかるのだろうか?どうやら、自転車で旅行するサイクリストのようだった。MTB(マウンテンバイク)の後ろにキャリアをつけて、とても大きな荷物を載せていた。手には手袋、頭にはMTB用のヘルメットをかぶっていた。

 僕はとりあえず追い越そうかと思ったけれど、この暗闇の山道をライトもつけずに走っているのを見て、しばらく後ろから走ってあげて、道路を照らしてあげようと思った。そのサイクリストは、道路のはしに寄りながら、僕の車が追い抜くのを待っているかのように見えた。が、僕はハイビームで後ろからライトで道路がよくみえるように照らしてあげていた。これが精一杯の自分の親切心だと思いながら。

 そうして走っていると、ふと、さらに驚くことに気がついた。前を走っている自転車のチェーンが垂れ下がっているのである。下りだから、こがなくてもいいのでわからなかったのであるが、チェーンが外れたのか切れたのか垂れ下がったまま、坂道を下っているのである。いったいこのサイクリストはどうなっているのか理解ができなかった。もしチェーンが切れているんだったら、車でのせていってあげようと思い、そこで、意を決して声をかけることにした。クラクションを数回鳴らして、車を自転車の横につけて声をかけると、自転車は止まった。

「チェーンどうしたの?」
「あぁ、これですか?さっきはずれたばかりなんです」
「別に切れてはいないの?」
「はい、下りで勢いよくペダルをこいだら、空回りしてはずれてしまったんです」
「あぁ、切れていないんだったらよかった。はずれているだけなら、ここで後ろから車のライトで照らしてあげるから、チェーンをつけたら?」
「あぁ!ありがとうございます、助かります。そしたらつけることにします」
「うん。」(チェーンをはめているのを見ながら)「ところで、今からどこに行くの?」
「自転車で旅行してきて、今から京都に帰るところです
えぇーー!!ここは長野のおもっきり山の中で、ここからなら京都まで300kmくらいあるよ!!すごいなぁー!!学生さんかな?」
「はい学生です」
「サイクリストなんだなぁ、うわぁすごいなー!がんばりや!!」
「はい、ありがとうございます」
「チェーンつけたら、俺、後ろから車のライトで道を照らしてあげるよ。こんな山道、ライトもなかったら道見えなくてメチャメチャ危険だから、前を走ったら?」
「そうしていただけると、ほんとに助かります」

 そうして、自転車は前をまた走り出した。凍てつくような寒さの中、真っ暗闇の中を僕の車に道を照らし出されて、安心したかのように前を走っていた。でも、やっぱり車に追いかけられているという気持ちが強いのか、少しスピードが出てしまっていた。日中は暖かかったので、路面はかなりドライになっていた。でも、雪は路肩に残っていた。また、路面は所々黒く鈍く光るところもあり、おそらく凍っているんじゃないかと思われるところもあった。ひたすら続く下り坂、スピードがどんどん出だして、ちょっとあぶないなーと思っていたら、いきなり目の前を走っている自転車がスリップして転倒した!!!なんと!僕の車の目の前で、である!!その自転車は、後ろを走っている僕の車のほんのわずか数メートル前にいたのだった!!「あぶないっ!!」と思う暇もなく、こちらも急ブレーキである!!だが、車は止まらなかった!!!なんと!路面が完全に凍結していたのである!!!自転車も、その同じ凍結したところでスリップして、こけてしまっていたのである!!それも、そこはかなり細い山道で、学生は、僕の車のほんのすぐ目の前で転げているのに、車はブレーキを踏んでも滑るばかりで、ぜんぜん止まらなかった!!いくらブレーキを踏む力を床も抜けんばかりに目一杯に踏みしめても、凍結した路面では何の役にも立たなかった!車は、ひたすら滑っていくだけだった!下り坂の恐怖!!凍結路の恐ろしさ!!自転車に乗った学生は自転車から離れて、前転のような形でさらに転がっていった。車はスタッドレスの鈍いスリップ音とともに滑りつづけて、まっすぐ学生めがけて滑っていった!!ライトに照らし出された学生の姿が、鮮明にまぶたに焼き付くかのように。。。

 

第2部に続く。。。(ここで終わったら、めちゃめちゃ怖いエッセイだなぁ)

第2部へは↑ここをクリック