6月25日

ボ ス ト ン 到 着


上空から見るマンハッタン島は、海との境目ギリギリまでビルがひしめき合っていた。何度も見た地図と同じ形をしている。そんな事は他の場所でも当たり前なのだろうが、ここは面積が狭いので島の大部分が視界に収まるのだ。勿論、ブルックリンやクイーンズのあるロングアイランドの西端も、それにかかる橋も立体的な地図を見ている様に視界にすっぽり入ってしまう。当然の事ながらマンハッタン島の先端から少し沖にある小さな島の青緑色の物体を見つけると、妻と顔を見合わせニンマリしてしまった。狭い機内に長時間いる疲れも吹き飛ぶ。機はそれらを西から東へ横切って更に高度を下げていく。数分飛んで海の上で大きく旋回していく。マンハッタンからは結構離れたが、エンパイヤステートビルとツインタワーだけはしっかり確認できる。向きを変えた飛行機は海側から陸地に向かって着陸していった。午前10時40分。

日本からニューヨークの直行便の殆どはジョン・F・ケネディ国際空港JFK International Airportに発着する(全てではありません)。ニューヨークには他にラガーディア空港LaGuardia Airportとニュ−アーク国際空港Newark International Airport (ニュージャージー州だが、マンハッタンからはJFKより近い)があるが、 私達はJFK内で乗り継いでボストンへ行こうとしている。九つあるターミナルは航空会社ごとに分けられていて、空港の規模は膨大だ。3番ターミナルに到着した私達はターミナル内で入国審査を受けた。ガイド本の多くには入国審査は第4ターミナルで行うと書いてあったが、出発前にも成田で「手続きの簡素化がどうたらこうたら」とパスポートのデータを集めていたので、最近はこれが主流なのかも知れない。成田空港で貰った3番ターミナル案内図にも税関は記載されている。預け手荷物のない私達はターンテーブルの横を通り過ぎて、出口へ誘導された。飛行機から降りたのは後の方だったが、この段階で外へ出たのはまだ数人だった。3番ターミナルの出口を出るとすぐにタクシー乗り場がある。そこに通じている道路は一方通行の二車線で、道路の反対側にはバス停がある。私達は道路を渡ってバス停に行き、係員らしき人にターミナル間シャトルTerminal connectionはここで良いのか確認した。

後から出てきた人たちはタクシーに乗ってどんどん空港を後にしていく。バス停の方も既に二本の地下鉄駅行きバスが出ていった。結構タバコを吸ってる人もいたので、自分もと思いバックのポケットを探し出したら、シャトルがようやく入ってきた。路線バスに比べてボディは角張っていて、赤白の縞模様も特徴的だ。前と中の二つの大きなドアが開いたので一番に乗り込んだ。荷物は結構詰めそうだが座席は15席位しかないだろう。運転手は黒人の女性で、外に出て乗る人は居ないか呼び掛けている。停車時間は長い。車内は満席にはなったが立っている人は一人だけで、意外にも利用者は少なかった。日本人は私達だけだ。

車はターミナル4→5→6と進む。私達が行くのは9番ターミナルなので、2→1→9と進んでくれたら早いのにと思ったが、シャトルは一方向しか運行してないそうだ。それにしても大きな空港だ。各ターミナル間も結構距離がある。一般道からのアクセスもターミナル毎に色分け表示がしてあった。運転手さんは時にはターミナルの中まで呼び掛けに言ったり、乗客の荷下ろしを手伝ったりと大変そうだった。思ったより時間が掛かったが9番ターミナルに到着した。

9番ターミナルは殆どがアメリカン航空の国内線が乗り入れてる。入り口を入ると正面にカウンターがズラ−っと並んでいた。おばさんの係にチケットを見せて搭乗券を発給してもらった。ゲートは40Dでエスカレーターを上がってくれと言われた。二階に上がってしばらくいくと、ゲートの案内表示の前で荷物検査があった。ここまで来ると何が鳴ってしまうのか分かっているので簡単に通過できた(成田では何回もやり直しでした)。GATE40の階段を降りると五つ程の搭乗口にそれぞれ20程の椅子がある待合所になっていて、小さいが売店も在った。私達のボストン行きは13時丁度の便だが、出発まではまだ1時間ある。

案内モニタのAA5171Bostonが一番上になり出口が開いた。自分達の周りの人が動き始め一列になって外へ誘導される。待機していたバスに乗り込むと、座席はもう空いて無く後部の広いスペースに立った。バスは全員揃わない為だろうかなかなか発車しない。乗った時は気持ち良かった冷房も段々寒くなってきた。ノースリーブの女性は辛そうに腕を擦ったりしている。後から日本人らしき人が二人乗って来た。運転手も乗り込みようやく出発した。少し行くとアメリカン航空の機体のプロペラ機が沢山見えてきた。「もしかしてこれに乗るの?」みなオモチャのように小さい。ちょっと心配になる。バスは一台の飛行機の前で止まり、みなタラップから乗り込みはじめた。プロペラ機ではなかったが、このジェット機も小さい。人数がこれだけなのだから仕方ないのだが・・・。機内は前に向かって通路の右側に二席、左側に一席、それが13列しかなかった。単純計算で39人乗りである。ちなみに通路の突き当たりはトイレになっている。私達は13BとC、一番後ろの席だ。乗ったのは定員の3分の2ほどだろうか?女性客室乗務員(一人だけ)が一応後ろまでシートベルトの確認に来てくれた。飛行機はゆっくり走りだした。どこまで行くのだろう?10分は走っている。飛行場の広さにも驚かされるが、滑走路までこんなに遠いとは・・・観光バスに乗ってるんじゃないかと錯角するくらいだ。「恐い」と言う思いが薄らいできた頃、飛行機は向きをかえると加速しはじめた。ようやく飛ぶようだ。「やっぱり恐い−」

上がっていく時はかなり揺れたが、少し落ち着いて外を見るとロングアイランドが良く見えた。比較的低い所を飛んでるようで、船や家なども良く見える。とても綺麗な景色だ。。ベルトのサインが消え、前の方では飲み物とお菓子を配り出した。

機はロングアイランド湾LongIsland Sound上空を東に向かって飛んでいて、右手にはロングアイランド島が、左手にはコネティカット州の町並みが見えている。13Aは空席になっているので、私は席を移動して左側の窓からも写真を撮った。大陸側は綿アメのような小さな雲が無数に広がっていた。その隙間から見える森や川や街は、都会の景色以上にアメリカを感じさせる。どの辺を飛んでいるのか正確には分からないが、綺麗な球場も見えた。数日後に訪れるニューヘブンあたりでは?と思いながらシャッターをきる(後日写真を見るとノーウィッチの線が強い)。

時おり雲の中に入ると飛行機は大きく揺れて恐いのだが、気持ち悪くなる事はなかった。私は飛行機には乗り付けないせいか、前回の旅行では行きも帰りも気分が悪くなってしまった。特に降りていく時と旋回する時が嫌なのだが、対策として旅行の数日前から、布団の上で前転(でんぐり返し)を行っていた。そのせいかJFKでの着陸も、この小型機の揺れも全く大丈夫だった。この方法は前転を数回する事で自律神経が鍛えられるそうで、大変効果がありました。バスや船にも効くそうなので、乗り物酔いでお困りの人は是非試して下さい。せっかくの旅行ですから、移動中も良い気分でいたいですからね。

ロングアイランド島が見えなくなり、機は完全に陸地の上を飛ぶようになった。飛び立ってから40分ほど経ったろうか?景色も建物が多くなってきた。高度が段々下がりはじめた。車やビルも段々大きく見えてくる。レンガ造りの建物が目立つ街だ。湾添いに少しだけ集中した高層ビル郡が見え、飛行機はそこから近い場所にある滑走路に着陸していった。

ローガン国際空港Logan International Airportは他の都市と比べてダウンタウンから非常に近い場所に位置する(約3マイル)。ヨーロッパとの玄関口として知られ、ターミナルはA〜Eの5つありとても近代的だが、1922年完成の歴史ある空港でもある。私達は行きと同じようにバスに乗り換えてターミナルBに向かったが、乗り換える時に一瞬だったが息苦しいような暑さを感じる。「えっボストンって?うそだろ」と思いながらターミナル入り口に。裏口のような所から誘導され中に「やっぱり暑いんだ〜」・・・。NYで入国手続きは済んでるので、ターミナル内ではそのまま解散。すぐにはどちらに行って良いのか分からず、取りあえずターミナル出口を探す。チェックインカウンターやレストランの入り口に比べて出口は分かりずらく、レンタカーの大きな看板の向こうに小さなガラスのドアをようやく発見。外に出るとモアッとした空気に包まれる。出口の前は一方通行道路だが、ターミナルの2階部分の下になってるので完全な屋外ではない。コンクリートの柱には各々のバスの行き先やレンタカー会社の案内などが貼られていて、バスやシャトルも何台も停車と発進を繰り返している。地下鉄ブルーラインのエアポート駅Airport Station行きのバス(無料)はガイド本には#22、#33の表示があると書かれているが、この表示はバスの右側面の前寄り(乗口の横)に鉄看板の上の方に小さく書いてあるので見付けずらい。私達が乗ったのは#22。

幾つかの停留所を過ぎてエアポート駅に着いた。バスの発着所にも大きな「T」のマークがある。ボストンの地下鉄は通称Tと呼ばれていて、町中の乗り場にも「T」のマークが表示されている。路線はブルー、オレンジ、レッド、グリーンの4つで、車両やホームなども色分けされている。私達は自販機でトークン(コインみたいな大きさと形)を買ったが、ガイド本には殆どの区間が85セントとあるが、どう言うわけか1ドルでお釣は出てこない。他の駅で乗った時も窓口で買っても1ドルだったので値上げしたのだろうか?新しいガイド本なのに・・・。改札を入るとワンダーランドWonderland行き(outbound)とボウドゥインBowdoin行き(inbound)に別れているが、ガバメントセンター駅を中心に「inbound」の表示は「上り」、「outbound」は「下り」だそうだ。知らなくても大丈夫だが、私は最初は駅名と混乱してしまった。長時間の移動と暑さで結構疲れてきたが、待ってる間路線図を確認する。電車がやってきて乗車。そこそこの込み具合だが座れた。乗り換え駅は二つ目だが、疲れてるので出来るだけ座りたい。しかし暑さのせいかも知れないが、周りの人の体臭がキツイ。

グリーンラインへ乗り換えるガバメントセンターGovemment Center駅は結構混雑していた。しかし案内表示も分かりやすく、グリーンラインのホームには階段を下るとすぐだ。しかし、ホームは三角形の中州ような所から三方向へ線路がのびていて「どうなってるん?」という感じだった。グリーンラインは他の路線と違い4種類(B、C、D、E)あるのだが、そのせいだけではないのだろうがこのホームは変わっている。2つほど電車をやりすごし(というか迷って乗れなかった)、電車に表示してある行き先で判断してBのボストン・カレッジ行きに乗った。私達が行くのはハイネス・コンベンション・センターHynes Convention Center駅なのでB、C、Dならどれでも良かった。ハイネス駅はフェンウェイ・パークの最寄りのケンモアKenmore駅の一つ手前の駅だ。グリーンラインはケンモア駅の先からB、C、Dに分かれる。車内は椅子が少く、立つスペースを考えた造りだ。階段があって端が一段高くなってるのも面白い。車椅子のスペースの表示もあった。

ハイネス駅は降りる人も結構いて構内も混雑していた。出口は何ケ所かあるようだったが、ニューベリー側に出てしまった私達は地図で確認してマサチューセッツ通りMassachusetts Av.とボイルストン通りBoylston St.の交差点へ向かった。どちらの通りも広くて交通量が多い。歩道も人通りが激しい、それにこの暑さだ。「もう少しだ」と思いながらボイルストンを渡る。バークリ−音楽大学Berklee College of Musicの周りは若者が溢れていて、周りにはファーストフードの店が立ち並ぶ。何度も地図は見てるので記憶を頼りにハヴィランド通りHaviland St.(路地みたいな通りです)を入っていくと、騒がしさは全くなくなる。古い建物が多く、玄関前の石の階段に腰掛けてタバコを吸ってる人達。それにしてもゴミが散乱している。少し行くとすぐに突き当たりになった。今夜泊まるユースのあるヘメンウェイ通りHemenway St.だ。すぐに地図を出して確認すれば良かったのだが、疲れていて緩慢になってるのと、「もうこの辺」と言う余裕でなかなかそれをしなかった。周りの建物はどれも古いアパートのようで「どれがそうなんだろう?」と何軒か先まで降りていってしまう。「こんなには行かないだろう」と元のT字路まで戻ると何の事は無い、その角の建物にユースのマークの看板が目立つ所に貼ってあった。ホステリング・インターナショナル・ボストンHostelling International Boston は爽やかな薄緑色のレンガの建物だ。

今回の旅行で初めてユースホステルを利用するのだが、一番の理由はボストンはホテルの料金が異常に高いと言う事だ。特に独立記念日(7月4日)までの今頃は通常よりも更に値が上がってるらしい。国内外の観光客も非常に多い時期だそうだ。それから野球観戦はたいてい夜なので、治安等を考えると出来るだけ球場から近い方が良い。このユースはフェンウェイパークにもダウンタウンにも、それから二日後に利用するレンタカー会社にも歩いていける非常に便利な場所にあるのだ。玄関の階段を上がって中に入ると、すぐにフロントのカウンターがあり2〜3人のお揃いのシャツを着たスタッフが出迎えてくれた。その横の10畳程のスペースはパソコン(有料)が3台置いてあり、掲示板や本(たぶんガイド本や情報誌)も見られるようになっていた。予約は日本から電話で(クレジットカードの番号が必要)していたのだが、夫婦と言う事で同じ部屋を薦められる。プライベートルームは高い事は知っていたので「ドミトリーでいいよ」と言うと、係の女の子はニヤニヤしながら「ドミトリーでも男女一緒の部屋なのよ」と言ってきた。「えー、僕達だけ?」と聞くと、「いいえ、他のカップルも一緒よ」と更にニヤニヤする。別に変な意味ではないのだろうが、妻にも確認して別々にしてもらう事にした。それから部屋にあるロッカーの鍵(南京錠)を貸してくれるのだが(保証料を5ドル預けます)、係の女性は私達の荷物を見て「一つでも大丈夫かしら?」と言うので、ロッカーの大きさはまだ見て無いが一つだけ借りる事にした。部屋の割り振りに5分程待たされたが、互いの部屋が決まり鍵(カード式)とシーツを貰い階段を上がった。このユースのドミトリーは6人部屋ですが、一泊税込みだと約30ドルかかります。私達は二人なので60ドルです。田舎のモーテル並みの料金ですが、ボストンの普通のホテルだとこの4倍以上はしてしまいます。

3階の妻の部屋まで一緒に行ってあげたが、階段は一つなのだが部屋数が多く廊下があっちへこっちへとても複雑だ。昔は一軒の家だったのかアパートだったのか、何回も改装したんじゃないかと思わせるほど間取りは不自然だ。妻に貴重品を預けて、自分は4階の部屋へ向かった。こちらは階段から近いのですぐに分かった。ドアを開けると2段ベッドが3つコの字型に置いてあった。ベッドとロッカーには1〜6の番号が書いてある。ロッカーは驚く程大きい訳ではないが、自分達の荷物では十分な大きさだ。私の方は鍵は無いが、身の回りの物をそこへ置いた。他の客は居なかったが二つのベッドの上に荷物が広げてあった。「疲れたな〜」とベッドに腰を下ろすとドアがあいた。これから二日間同じ部屋を使うのだからチャンと挨拶しなくちゃと思ったら、入って来たのは女性二人だった。東洋人だが雰囲気からして日本人じゃなさそうだ。部屋を間違ってないか尋ねると、着いたばかりでシャワーを浴びに行ってたそうで良く分からないらしい。若い方の娘は恥ずかしそうにしていた。どちらかが間違ってるのだろうが、着替えなどもあるだろうから取り合えず部屋を出た。待ち合わせていた1階ヘ行くと「部屋に男の人が居たよ」と妻。どうやら間違ってたのは我々だったようだ(つーかフロントが間違って鍵を渡したのだが)。さっきの二人組に一応謝って、荷物を持って今度は3階の部屋へ。こちらも同じような部屋だが向きが違うのか薄暗い。換気扇が回りっぱなしだが室内も結構暑い(エアコンはありません)。

階段を挟んでフロントとは反対側に食堂がある。テレビもあり30人位は座れるだろうか、奥のキッチンは後片付けをすれば自由に使える。そして建物内でエアコンが一番効いてるのがここだ。私は自販機でジュースを買いガブ飲みして、椅子にドッカと腰掛けた。時間は4時頃なので、食堂利用者は数人だけだ。予定では着いたらすぐにダウンタウンの方を見て歩き、夜は学生ライブでも見れたらと思っていたが、飛行機の中で少し寝たとは言え、家からを含めると20時間以上の移動で体は相当疲れている。明日からの事も考えて、今日はユースの近くを少しだけ見る事にした。取り合えずフェンウェイパークへ向かう事に(一番の目的はこれですから、体調のせいにしなくても良いんですが)。

ボイルストン通りを西に向かうとすぐに建物が無くなり、バック・ベイ・フェンスBack Bay Fensと言う自然なままの公園のような場所になる。その手前には交通量の多い通りが交差してるので、中州のある信号を渡るのは注意が必要(慣れてくると信号無視の人がほとんど)。公園には川も流れてるので、丁度それにかかる橋あたりが石のベンチになっていて歩行者は休憩できるようになっていた。木陰なのでひと休みしてる人も結構いる。本当は公園沿いに歩道を行けば近いのだが、またしても地図を見る事を怠った私達は90号線沿いの道の方に行ってしまう。しばらく行って左手の住宅地の間からフェンウェイの照明塔が見えたので、そちらの方に進んだが段差があって通れず、住宅地を回り込むように行って、ようやくライトの裏側当たりで球場を囲む通りに出る事が出来た。

フェンウェイとの初体面の感想は、華やかな側とは反対の通りだったせいかもしれないが「あまり野球場っぽくないな〜」という感じだった。壁が平らなのは古い球場には珍しくはないが、やはりサイズが小さいからだろうか、照明や看板を見なければ普通の古いビルと言った感じだ。そのまま小さな駐車場のある外野側をぐるっとまわり、三塁側方面からは壁沿いに回りはじめた。道路の向い側にはTシャツやペナントを店頭に飾ってある店が何軒かあったので、一応全ての店に入ってみた。日本でも人気の高い背番号入りのTシャツはどの店でも売っていたが、屋台の店を含めても殆どが20ドルだ。これは結構高いんじゃないか?それ以外の商品は店によって得意分野が違うようで、なかなかどの店も面白い。でも品揃えが多いのは正面入り口の向かいの店で、ペナント、ユニホーム、帽子、小物などかなりの種類を売っていた。選手のTシャツも他の店ではラミレス、マルチネス、ガルシアパーラと他2人位の店が多いが、ここは10人以上のがあったと思う。勿論、今年移籍の野茂やコーンの物も売っていた。

ヨ−キー通りYawkey Wayは試合前とあって更に賑やかになっていった。一般の駐車場入り口から先は乗入れ禁止の柵があり、ホットドッグやジュースの屋台売りやTシャツや帽子も路上でも売られていた(値段は特に安くはない)。私は暑いので水を買い、妻は腹が減っていたようで、焼肉を挟んだパンを買った。歩行者が多い中、一目も気にせず球場の壁際に座り込む。パンは凄いボリュームなので少し私も貰って食べたが、妻は「足りなくなった」と言って、別の種類をもう一つ買って食べてしまった。

ヨ−キー通りを球場へ向かう人波に逆らって進み、ボイルストン通りに出る。信号を待ってる時に道の反対側にスーベニアショップを見つけたので「離れると安くなるかな?」と、入ってみる。Tシャツなど安いものもあったが、少し古いデザインの物が多いようだ。ヤンキースの物も非常に多く、ビジター用のユニホームも数はないが40ドルと安い。何も買わずに店を出て、そのままボイルストンからバック・ベイ・フェンス沿いに出る。「中から行こう」と公園の中に入って行く(川があるので突っ切れません)。木陰なので若干涼しい。外からだと分かりずらいが、近くで見ると管理されて手入れの行き届いた公園と言うよりも、自然なままに放ってある感じだ。分譲の家庭菜園もかなりあって、仕切りなども個人任せのようだ。花を作ってる人が多いが、統一感が全くなくバラバラに飛び込んでくる。中には手入れをせずに荒れ果てたスペースもあった。茂みを抜けると川が見え、ようやく通り抜け出来ない事に気付く。仕方なく引き返すが、歩道に出たのはベンチのある橋の手前だったので、余り奥まで入り込まなければ、それほど遠回りのルートではなさそうだ。

疲れたのでベンチで少し休み、地図を見て次に行く所を考えていると、バック・ベイ・フェンス(川を渡った方)で、何かに餌をやってる人がいたので、下に降りていってみた。するとリスが木から降りたり上ったりしている。かなり人に慣れていそうだ。このリスはボストンの他の公園やニューヨークの街中でも何度か見かけたが、この時は珍しい事だと思っていたので、写真を何枚も撮ってしまった。しかも動きが早いので、フィルムを随分無駄にしました。

そのままハイネス駅の方まで戻り、ニューべリ−通りを少し行ってチャールズ・リバーへ出ようと思ったが。その手前にはハイウェイが通っているので、結局鋪装されてない裏通りをマサチューセッツ通りまで戻るはめに。この頃は少しの遠回りが結構こたえる。ハーバード橋Harvard Bridgeの袂で下に降りると、そこが遊歩道と公園Espranade&Charlsbank Plygd. at Charls Riverになっている。ランニングをしている人がとても多い。しかも皆ペースが速い。この暑さで大丈夫なんだろうか? ウォーキングやインラインスケートの人も頑張っている。私達は川沿いを東に少し歩き木陰のベンチで休憩した。チャ−ルズ川の向こう岸にはヨットが何槽も浮かんでいて、西日を受け大変美しい眺めだった。8時近いと言うのに日はまだ結構高い位置にあった。

更に遊歩道を奥に進むと、橋を渡って浮島のような所に渡れた。本当の川岸には木のデッキが突き出していて、水着姿で日光浴してる人もいた。中にある広い池には鴨が数十羽泳いでいた。走っている人々には全く無反応だが、散歩中の大型犬が近くに来ると、サ−っと逃げて行ってしまう。その池を一回りして私達は元来た道へ戻った。

マサチューセッツ通りはまだまだ人で溢れていた。ユースの隣にある雑貨店で水と電子レンジ食品を買って戻った。やっと暗くなってきたが8時半だ。シャワーは完全個室のタイプと何個かが隣同士のタイプがあったが、部屋の前の個室型を使った。狭いので仕方ないが、前に使った人が着替え等を置くスペースもビショビショにしていたので、パンツとタオルだけを置いた。廊下に誰も居ないか確認してパンツ一丁で部屋に戻る。同室の人は一人はもう寝ていて無反応。後はまだ部屋には居なかった。「見られたら失礼なんだろうなぁ」と思っていたが、後日、バスタオル一枚を巻いただけの人も(女性でもいた)結構いました。パンツ一丁の方がダメかな?。

妻が来るのを食堂で待っていたら眠くなってしまった。ここが一番涼しい。キッチンで買った物を作ろうと思ったら、電子レンジが故障中で、フライパンで暖める事にした。お湯をかけたまま長話をしてる娘は、インスタントラーメンのようだ。マメの入った御飯とラザニアを二人で分けて食べた。部屋に戻るとまだ寝ているのは一人だけだった。起こさないようにハシゴを上って自分のベッドへ、窓の外からはギターと歌で騒いでる声が聞こえ、部屋も結構暑かったが、疲れていたのですぐに寝る事が出来た。午後10時40分。

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