らくらくISO9001講座



登録10年目組織の審査方針



 (1)10年目審査における課題 


◆なぜ10年目に着目するか

 ISO登録企業の不祥事、ISO登録数の減少、認証機関の過当競争、指摘を出さない甘い審査の横行などの問題
が重なり、ISO登録制度の意味が問われています。ISOに関係する人々のこの問題に対する危機感は強く、様々な
機関や関係者が意見を発表し、議論が公開されています。しかし、その内容は、どちらかといえば、制度を管理する
側による理論的な話し(あるべき論)が中心になっています。

 これに対し、実際にマネジメントシステムを運用する人々は、この仕組みをどのように使い、どのような価値を見出し
ているのでしょうか。当事者の声として、登録直後の体験談のようなものは今までも多くありました。ただし、登録段
階ではまだ改善の途上で、結果は出ていません。本当の成果を検証するには、マネジメントシステムを長期運用し
ている組織の実情を調べる必要があります。そこで、登録後5年、10年を経た組織と、それを審査する人々のナマの
声を聞いてみたいと考えたのです。

 そして、もう一つの検討課題は、10年を超えた組織における、ISOの存在意義です。「10年を越えた組織でも、まだ
ISOの枠組みが必要なのか」「10年を超えても審査は必要なのか」。この問題については、今まで検証された例を知
らず、皆さんの意見を聞いてみたかったのです。


◆型にはまった審査ができない

 ここでは、登録10年目前後の組織の審査において、私が、試行錯誤しながら行っている内容を紹介します。

 私は、老舗の認証機関に所属してISO9001の審査をしているので、登録年数の長い組織の審査をする機会が多く
あります(以下は、ISO9001をベースに話をします)。以前は、登録6年(更新2回)であれば長いという印象だったの
ですが、最近は登録10年前後の会社の審査が頻繁にあります。これに合わせて、審査スタイルも、少しずつ工夫を
して変えてきました。

 ISO登録を10年近く維持している組織(以下「10年目組織」と書く)の審査の特徴を一言でいえば「型にはまった審
査ができない」ということです。具体的に言うと、10年目組織には「ISO9001の規格の条項に沿ってチェックをし、品質
マニュアルに沿って質問する」ような審査では、効果がないのです。

 もちろん、登録から年数を経ていない組織ならば、型にはまった審査をするということではありません。しかし、ある
程度は共通するパターンがあります。登録後3年以内の組織であれば、「QMSで決めたルールが定着しているか」
「実態と合わない部分の修正ができているか」といった点に焦点を当て、品質マニュアルに沿って仕組みを確認する
でしょう。

 ところが、10年目組織には、その方法が通用しません。まず、10年目組織では、組織ごとのレベルの差が、登録
時よりもずっと大きくなっています。優秀な組織は年々レベルアップし、できの悪い組織は逆に後退して、年を経るご
とに差が広がってゆくからです。しかし、いずれの場合も規格の条項に沿った審査では、効果はありません。
 QMSが機能している組織は、品質マニュアルに書いてあることぐらいは、当然のように実施しており、問題は他のと
ころにあります。逆に、うまく機能していない組織では、表面的に規格に合わせても、その原因に踏み込まなけれ
ば、改善の効果がありません。

 したがって、10年目組織の審査は、組織の状態に合わせて、審査の視点や、重点項目や、調査方法を変えてゆか
なければなりません。この際、ISO9001の条項や条文には縛られずに、組織の実態から、その組織にとって重要なプ
ロセスを選び出し、必要な改善を促してゆく必要があります。


◆本来のISO9001審査とは

このように述べると、「ISO9001の規格の条項に沿ってチェックをするのが、本来のISO9001審査である」、「条文にな
いことを審査するのでは、ISO
9001の審査から外れてしまう」と考えられる方がいるかもしれません。しかし、それは次の理由から見て誤りです。


  1) ISO9001は、4.1a)項で、「必要なプロセス及びそれらの組織への適用」を明確にすること、すなわち、
ISO9001は、管理が必要なプロセスは(ISO9001が直接求めるものだけではなく)自社で決めて、管理す
るように言っています。

審査では、プロセスの選択が適切に行われているか判定しなければいけません。
規格に書いてあることだけを確認すれば良い訳ではないのです。

  2) ISO9001は、4.1項(一般)、5.1項(経営者のコミットメント)、8.4項(データの分析)、8.5.1項(継続的改善)
などで、繰り返し「品質マネジメントシステムの有効性を継続的に改善する」ことを求めています。要する
に「ルールを守るだけで結果を伴なわない(有効でない)仕組みでは駄目だ(改善しなければいけない)」
と言っているわけです。

そのプロセスが結果に結びついているか(有効か)を確かめるためには、その周辺の状況や背景に踏み
込んで調査し、判断することが必要です。
ISO9001が有効性の評価を求めている以上、有効性を審査せずにISO9001との適合性を判断することは
できません。「適合性審査」と「有効性審査」を対比する考え方は矛盾しています。

  3) ISO9001は、1.1項でこの規格の効果は、「a)顧客要求事項・規制要求事項を満たした製品を提供する
能力を実証する」ことと「b)顧客満足の向上を目指す」活動ができることだと述べています。ISO9001登
録組織の顧客は、これらの証明を認証機関に求めています。

顧客のニーズに答えるたえるためには、各組織がこの目的に対して結果を出しているか(有効か)を、
QMS全体から審査しなければいけません。
これは、表面的な条文との一致を確認するだけでは、判断できません。


 したがって、上で10年目の審査に必要だと言ったことは、本来ISO9001が求めていることです。これは、10年目でな
くても、登録審査でも、登録直後でも求められている内容です。ただ、登録後の数年までは、順序として(手始めとし
て)ISO9001の条項や品質マニュアルに沿って確認する部分が多いだけです。しかし、最初の時期を過ぎれば、
QMSが結果に結びついているかを総合的に評価する、本質的な審査に重点を移してゆく必要があります。


 (2)様々な10年目組織の審査方針 

 それでは、10年目組織に対して具体的にどのような審査が考えられるのか、例を示します。以下は、10年目の組
織の典型的な6つのタイプについて、審査方針の1例を示すものです。


パーフェクト型の組織

   システムの完成度が、非常に高い組織。ISO取組み以前から品質管理のレベルが高く、ISO運用10年で
  さらにレベルアップしている。方針目標展開、内部監査、データ分析などのマネジメントの機能も、徹底して
  いる。技術力の高い大企業に見られるタイプである。

  【審査方針の例】
   このような組織の応対者は、審査に慣れていて、完璧に準備しているから、真正面から行っても問題は
  見えてこないでしょう。ただし、(ISO関連に限らず)表面に出る情報がきれいに整理され過ぎて、実態が隠
  れている可能性があります。そこで審査では、整理された情報ではなく、よりナマの実態を調査します。
  例えば、品質目標の進捗評価シートで、達成度100%とあっても、それを鵜呑みにするのではなく、個々の
  活動実態の分かる生データを確認します。管理職は、説明慣れしているので、現場の時間を多くとって、
  現場の社員から実態を聞きます。


  
成長型の組織

   ISO9001取得後の努力によって、管理レベルを上げて来た組織。当初は、ルールの順守、クレームの削
  減などを目標にISOを導入したが、数年でその目標を概ね達成した。その後、方針目標の達成に重点を移し、
  マネジメントレビュー、内部監査、データ分析などのマネジメント機能を充実させてきた。中小企業で、経営
  者のリーダーシップが優れた会社に見られる。

 【審査方針の例】
   経営者の理念や方針を実現したいという思いが強い会社ですので、その面がさらにレベルアップするよう
  にうながします。既に管理職クラスには方針目標が徹底されていると思われますので、その下の、現場の
  一般社員が理解しているか、また日常業務の中で生かしているかを重点的に確認します。一般社員に応
  対させることで、方針の理解や、意識向上の後押しをします。



頭打ち型の組織

   ISO9001取得後もまじめに改善に取り組み、品質管理の面では成果を出して来た。しかし、管理責任者
  や事務局には、全社のマネジメントからの視点が乏しく、いつまでたっても現場改善の発想から抜け出せ
  ない。製造現場の管理状態は良いが、品質目標や内部監査などマネジメントの部分は、形式的で内容が
  ない。大企業にも中小企業にも、多く見られるタイプ。

 【審査方針の例】
   ISO担当者や他の管理職に、自分たちの役割を認識してもらうように働きかけます。具体的には、品質
  目標、内部監査、マネジメントレビューなどのマネジメントの機能について、方針とつじつまが合っていない
  部分や、形式的で成果に結びついていない点を指摘します。これらの指摘に関連付けて、ISO9001規格
  の意図について説明し、理解をうながします。



固執型の組織

   これも、大企業にも中小企業にも見られるタイプ。登録の際に作った、重いガチガチの仕組みから抜け出
  せない。管理責任者や事務局は、最初に導入した1994年版流の方法にこだわっている。審査を過剰に意
  識し、仕組みを変えることに抵抗する。現場の実態に合わせるよりも、現場に形を押し付けようとするため、
  未だにQMSと実務が合っていない。

 【審査方針の例】
   規格の意図を理解させることが審査方針となります。審査では、仕組みが品質保証や方針展開の効果
  に結びついていない部分を見つけて指摘します。これによって、自分たちの力の入れている場所がおかし
  いことを自覚してもらいます。指摘に関連付けて、規格の各条項の意図について重ねて説明し、本来する
  べきことを理解してもらうように努めます。実際には、なかなか理解は進まないと思いますが、忍耐強く説
  明します。



ジリ貧型の組織

   力のない中小企業に見られるタイプ。最初にQMSを構築した際は、それなりにしっかりとしたシステムを
  作ったが、その後を引き継いだ管理責任者や事務局が能力不足だったり、意欲がなく、まったく改善が進
  まないケース。現在の事務局は、ISO9001を勉強しておらず、製造やサービス提供の管理のシステムは
  それなりに動いているが、その他は全くの形だけである。

 【審査方針の例】
   品質マネジメントシステムをどのように使えば良いのか。そのための管理責任者や事務局の役割につ
  いて理解をさせることが目標となります。
   指摘できる点はそれなりにあると思われますが、ISOは余分なことをさせるもの、という意識が強いと思
  われますので、ISOの形を守らせるような指摘は避けます。品質保証や会社方針から見て本質的におか
  しい部分を指摘します。これに関連して規格の各条項の意図を丁寧に説明し、ISO9001が何を求めている
  かを理解させるように努めます。基本的に、やる気がない組織なので、無理をせずに少しずつ改善を促し
  ます。



崩壊型の組織

   社内に、ISO9001についてまともに知っている人がいなくなり、品質マニュアルに書いてあることも良く分
  からないまま、登録停止にならないぎりぎりのレベルで維持している組織。QMSを構築したメンバーが1人
  も残っておらず、今の管理責任者や事務局は、何の予備知識も、引継ぎもなく、仕事を押し付けられた人々
  である。新たに登録した企業よりもレベルが低い。

 【審査方針の例】
   審査の形を借りながら、品質マニュアルとISO9001の解説を、懇切丁寧にするしかないでしょう。指摘す
  る点はいくらでもありますが、いかにもISO的な指摘は、ISO嫌いを助長するので避けます。このような企業
  は、本業の品質管理の方も穴だらけと思われますので、そこを優先的に指摘します。指摘しても1回では
  是正処置がうまくできない可能性が高く、是正処置を何度か再提出させて、徹底して直させる覚悟で臨み
  ます。ISO9001の審査で、本業の管理レベルが上がるという実績を作ることで、ISO9001に本気で取組む
  ように促します。





 (3)10年目組織の審査の進め方

 10年目組織の審査では、ISO9001の条文に縛られることなく(しかし、ISO9001の意図に従って)、組織ごとに審査
の重点テーマを決め、審査の方法を変えてゆくことが必要です。それは、次のような順番で進めることになります。


(1)企業の課題を把握する

 その組織のマネジメントの状態と、経営上の課題について、過去の審査報告書や引継書から把握しま
す。逆に、これを行うためには、認証機関全体で、各審査員が、確実に情報を引継いでいなければ10年目
企業の審査には対応できません。例えば、
「経営者の方針が理解されておらず、社員によって言うことが異なる」
「ベテランの頭の中の知識に頼っていて、技術の継承ができていない」
「従来の主要顧客からの受注が減少し、新しい顧客獲得のため、開発力の強化が緊急課題になっている」
といった、経営上の課題を具体的な情報として伝えることが必要です。



(2)今回の審査のテーマを決める

 把握した組織の現状を元に、今回の審査で、重点的に調査し、改善を働きかけるテーマ(審査方針)を決
めます。様々なケースにおける具体的な決め方は、先にあげた6つのケースを参考にして下さい。
 ただし、「プロセスの有効性を確認する」とか「文書のスリム化」なんて審査方針は立てないで下さい。こ
のようなISO的な言い回しが出てくるようだと、まだISOの形に縛られていて、組織を真のマネジメントの観点
で見ているとはいえません。



(3)審査の方法を決める

 今回の審査のテーマに沿って、必要な、審査の応対者や、実施場所を選び、所要時間や順番を決めま
す。例えば、テーマ次第で、管理責任者とじっくり話しをする時間を取る場合もあれば、現場審査の時間を
長くして現場のリーダーや作業者から多くの話しを聞く場合もあります。黙って、現場の作業を見るケースも
あります。スケジュールの組み方が、審査の成否の決め手ですから、目的を果たせるように工夫をする必要
があります。



(4)マネジメントの観点から指摘する

 審査における問題点の摘出は、表面的な不整合を探すのではなく、マネジメントの観点から、影響が大き
な問題や象徴的な問題を取上げます。
 QMSがそれなりに動いている組織であれば、10年も立てば単純なルール違反などはなくなり、そう指摘
事項は出ないででしょう。課題の解決に繋がるメッセージは、観察事項や改善の機会として表明することに
なります。その中に、課題に関連して具体的に観察した事象と、問題として取上げた理由と、改善のための
ヒントが盛り込めれば成功です。具体的な指導(コンサルタント)をするのではなく、組織に問題を理解させ、
方向付けするところが、審査員の腕の見せ所です。



 このように、10年目組織への審査には、審査員として、より高い視点からマネジメントの課題を見つけ、適切に方向
付けする見識や技術が求められます。規格に沿ったチェックリスト的な審査では、全く通用しません。
 認証機関も審査員も、審査制度の今後の継続や発展を期待するのであれば、よりマネジメントに踏み込んだ審査
ができるように研鑽する必要があります。これができなければ、審査制度はだんだんと用済みになって行くでしょう。



月刊アイソス 2010年10月号掲載
特集「10年目組織へのISO審査」より



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