ゼミレポート

       「中国の国有企業」

趙軍ゼミナール
柿沼 直樹

1999年の10月1日に中国は建国50周年を迎えた。中国はこの50年の間、様々な試行錯誤を繰り返しながら社会主義計画経済という体制を保ってきた。社会主義計画経済とは、公有企業、農民人民公社等の集団所有の形態を基礎とし、国民経済の基本的利益を一致させ、一切の経営活動を一つの共同の目標に向かって運営していく経済制度である。私は、この経済制度を形成している一つである、国有企業について調べてみた。

* 国有企業とは*

 国有企業とは生産手段を国家が所有している企業をいい、政府管理下におかれ、経営上の重要な権限はすべて政府が持っており、政府の管理部門の指令に基づき生産と販売を行っている。過去での中国においては国有企業が経済の中心であり、1978年の国有企業の全国生産額シュアは78%と当時の生産額の約8割を占めており、あらゆる分野で国有企業が力を見せていた。このことから、中国にとって国有企業がいかに重要だったかがわかる。

しかし中国が高成長を続ける中で、年々国有企業の経営が悪化し始め、このままでは多くの国有企業が遠からず経営の継続が不可能になる恐れがあると言われている。実際に現在の国有企業で黒字を保っている企業は全体のわずか1/3で、他は赤字、または潜在的赤字になってしまっている。このように、国有企業が経営不振に陥ることになった原因は何なのだろうか?

* 国有企業の抱える問題点*

 まず第一に政策的要因がある。古くからの国有企業は社会保障などの地方公共団が追うべきコスト

例えば学校や病院、警察の運営費を負担している。大きな企業だと、病院や警察はもちろんのこと、20校以上の学校を運営している企業もある。これは、すべて会社で働く従業員のための福利厚生施設であり、この費用をすべて会社が負担するというのは容易なことではない。また、国有企業が生産を担っていた石炭、石油などの基礎原材料の価格が相対的に低く据え置かれたり、税金の面でも、94年の税制改革までは非国有企業に比べ高い税率がかせられるなど企業間の競争条件の面で不平等な状態におかれていた。

第二に、市場経済化への対応の遅れがある。対応の遅れとして指摘するべき点は、非国有企業との競争が激しくなる中、施設の老巧化による技術の遅れにより製品が市場の需要にあわず、それにより国有企業の製品は生産されても売れないという状態が発生した。また、かつて中国の国有企業で働いていた中国人の従業員の意識についてたずねたところ、「働いても働かなくても給料は同じだし、製品が売れなくて赤字がでても国のお金だから自分たちには関係ない」と思って働いている人が非常に多かったということがわかった。これらは市場経済の中でいかに勝ち抜いていくかということを考えると、大きな問題であるといえる。

第三には余剰人員を抱えているという問題がある。つまり、余分な人員が多くいすぎているということだ。現在は日本でもなるべく少ない人材でたくさんの仕事をこなすことが進められているが、中国の国有企業では政府職員を除いた国有企業員は1995年の調べで全国に9957万人いて、そのうち1400万人はレイオフ状態になっており、企業内失業者をいれると、国有企業のうち少なくとも3割は実質的な失業状態にあるといわれている。しかし、失業者に対しての退職金等の手当ても十分にできていないのが現状であるため、人材を減らしたくても減らせないのである。下の資料からも、国有企業の従業員が非国有企業に比べ圧倒的に多いことがわかる。

これまで述べてきたように、市場経済の中で国有企業は非国有企業に対し最初から不利な条件を抱えているばかりか、需要を考えない生産を続け、市場経済に対応しきれていないことがわかった。これに余剰人員などの問題が重なり、全国生産額シュア78%を占めていた1978年から、1995年には34%へと落ちていったと考えられる。

* 国有企業改革*

 経営不振が続いても国有企業は倒産しなかった。しかし国有企業に対する赤字補填は
中央財政にとって次第に大きな負担となっていた。そこで、この赤字をもたらす弊害を除去し、国有企業の活性化と効率化を図るため70年代末から国有企業の改革が始められた。

  国有企業改革の模索はケ小平路線のスタートから始まり、1979年7月13日、国務院は「国有企業の自主権拡大についての決定」を下した。これ以降1984年までが改革の第一段階とされている。この段階におけるキーワードは「放権譲利」すなわち企業へ権限を渡すことと、利潤を留保することである。企業自主権の拡大と権限の委譲を通じて企業活動を増強することを目標とした。

第二段階は1984年から86年をいい、利改税の導入、すなわち利潤上納から納税方式への転換期えあった。これによって大中型企業は55%を法人所得税として納税した後、残りを国家に上納する部分と企業に留保する部分に分けた。

第三段階は1987年から91年をいい、大多数の国有企業で経営責任請負制を実施し、企業の職責を分離して所有権と経営権を適度に分離する方向へ向かって進められた。キーワードとしては「行政と企業の分離、所有と経営の分離」である。

第四段階は92年以降である。この段階でのキーワードは「経営メカニズムの転換」と、「現代的企業制度の確立」である。92年10月の第14回党大会で社会主義市場経済システムの構築の宣言を受け、国有企業の改革も市場経済に合わせた全面的な改革となった。市場経済体制に適応するような現代企業制度の確立段階に入り、改革は政策の調整から制度の創設へと転換していった。93年の憲法改正により、それまでの国営企業という呼び名が国有企業へと変更された。そして94年以降、国有企業改革にかんする体系的な措置が打ち出された。主な内容としては

 @ 近代企業制度の導入
 A 資本構造の快適化
 B 企業グループの設立
 C 「zhua大放小」

である。

 @ はその名のとおり、国有企業を近代的な企業に転換していくことである。近代的企
業について中国は4つの特徴をあげている。それは、「明確な国家の国有資産所有権と企業の法人財産権」「明確な出資者の所有権権益と責任、企業の損益自己負担」「行政府の企業生産経営への不介入」「科学的な組織管理制度」である。中国はこの近代企業制度の導入を通じて国有企業を株式会社、または個人・集団・外資企業へと転換させ、今世紀までに大半の大中型企業が自主経営、損益自己負担、自己発展、自己約束のできる法人になることを目指している。Cは大型企業をしっかりつかみ、小型企業を自由化する、という意味で95年、秋の14期5中全大会で打ち出された措置である。国務院は国民経済にとって特に重要な大型企業、企業グループ1000社の改革に集中する代わりに、小型企業に関しては合併、株式制、リース制、売却など様々な方法を使って自由に改革を進める事を認め、これにより政府は国有企業の改革対象を大型企業にしぼることができる。

第五段階は97年の第15回党大会以降である。このとき江沢民政治の報告の中で、従来から行われてきたものが肯定され、国有企業の改革は新たな段階を迎えた。特に目立つのは株式制の全面的容認である。公有制の対象範囲を拡大解釈し、今後の国有経済のウエイトの低下を実質上認めたのである。株式制に発展したあとの企業の株の国家保有分を公有と認めたため、国有企業改革の推進に当たって、株式制の活用にお墨付きを得て、公有制を主体とする社会主義市場経済という中国の方針を崩さず、改革を進めていくことができるようになった。国有企業改革は企業自主権の拡大から財産権改革という構造面にメスを入れるようになった。さらに今後は株式制の本格導入により新たな段階に入っていくだろう。

* 国有企業の競争条件*

 中国の国有企業改革は放権譲利という考え方にもとづいて実行されてきた。企業はま
すます多くの自主権と独立した利益をもつようになり、利潤誘因も強まり、インセンティブ・メカニズムも改善された。この改革と並行して行われたのが非国有経済部門に対する制限の緩和である。郷鎮企業、新型集団経済、外資経済、個人経済などさまざまな非国有経済が出現し拡大してきたことは、国有企業にとって大きな挑戦となった。国民経済に占める国有企業のシュアが大きく低下するなかで、国有企業は非国有企業と多くの業種において競争しなければならなくなった。利潤誘因は強まり、ある程度の競争局面が形成された。国有企業は、従来の経営方針の延長線上で経営管理を改善し、品質の向上を目指しながら競争能力と利益水準を高める一方、新たに増加した資源を価格が高く利潤の大きい産業へと、さまざまなルートを通じて配分するようになった。非国有経済が発展したことと、国有企業が資源の増分を再配分したことによって、製品市場と生産要素市場の形成と発展が促進された。1994年には、小売総額の占める国家公定価格の対象製品のシュアはすでに7.2%にまで低下した。国家指導価格製品のシュアは2.4%、市場価格の製品のシュアは90.4%となった。しかし、市場は発展したものの、国有企業は政策的に市場競争においてさまざまな意味で不利な状態におかれており、利潤率は国有企業の経営状況を監督する十分な情報指標になっていない。しかも、国有企業のあって非国有経済のないこうした不公平な競争条件が、国有企業のソフトな予算制約の原因になっている。国有企業が政策的におかれている不公平な競争条件は、非国有経済に比べて、

 @ 高すぎる資本集約度
 A 一部の経営分野において依然として存在する価格の歪み
 B 従業員福祉の重い負担
 C 政策を反映した深刻な余剰人員

である。こうした政策的負担は、国有企業のコスト増または収益減をもたらしている。

* 企業経営の十分な情報と予算制約*

 市場メカニズムが正常に機能し、すべての経済主体が公平に競争する状況であれば企
業の財務制約はハードなものとなる。企業の「ハード」な予算制約は、次のような条件を含まなければならない。

 @ 企業は投入品と販売員の価格変化に影響を与えることができず、たんに市場価格の受容者となっている。
 A 税収は厳格で、納税は無条件である。
 B 貸出し条件が厳格で、無償資金供与と補?はない。

 このようなハードな予算制約のもとで企業が生存し発展するためにはコストを削減し売上を増加させること頼らなければならない。したがって、利潤が企業の経営状況をもっとも十分かつ直接に反映することができる。利潤率は、一般的に所有者が管理者の業績を考課・監督する十分な情報指標になる。企業経営に関する信頼できる十分な情報を獲得することは、市場経済下のあらゆるコーポレート・ガバナンス機構の前提条件である。逆に、このような企業経営に関する十分な情報が存在して始めて、企業のハードな予算制約が実現可能なのである。

  伝統的経済体制では、市場は基本的に存在しなかった。価格は歪められ、国有企業は市場競争に対応する必要がなかった。したがって、利潤率も国有企業の経営状況を考課する根拠になりえなかった。企業経営に関する十分な情報が欠ける状況の中、所有者が経営者の機会主義的行為を防ぐために、企業のいかなる生産・経営自主権をも与えない手段がとられた。

*国有企業改革の成功条件*

  国有企業が直面している鍵となる問題は企業の自主権不足でもなく、財政権の不明確性でもない。また、あるコーポレート・ガバナンスのモデルを導入すれば問題が解決できるというわけでもない。真の問題点は、不公平な競争条件の存在が、国家が企業経営を監督するための十分な情報を奪ってしまうということにある。したがって、次の段階の企業改革は財産権あるいは所有権を中心とすべきであるとの考え方は問題の核心を衝いているとはいえない。企業が国に代わって負担している政策的職務をなくす前に国有企業を民営化したところで、ソフトな予算制約は依然として不回避であり、企業は従来と同様、政策的な負担を口実に国家に補?を要求するであろう。一般的に、財産権改革を中心にすべきという主張は、国有制のままでは国有資産に対して責任を負う人間がいないとの論理、そして実際に中国の国有資産が流失しているという現象から出発しているだけであり、これまで論理してきた委託一代理の論理のおいても論拠に乏しい。

国有企業が直面している苦境を、財産権問題、あるいは所有制問題であると考え、国有企業の財産権が不明確であること、または財産権の区分がはっきりしないところである。財産権改革を提唱する一部の人々は、国有企業における「政企不分」問題を解決するために、財産権改革を通じて政府と企業の分離を目指している。国有企業が直面している緊急の現実的な問題に目を向けてたものであり、こうした問題を根本から解決することが正しい選択といえる。しかし、改革目標の方向性が適切かどうか、現実に起こっているこれらの矛盾の原因を財産権の不明確性に求めることがはたして問題の鍵であるのか、また財産権を中心とする改革がこれらの矛盾を最終的に解決できるかどうかについては、まだ疑問の余地があるといえる。

* 民営化が国有企業の問題の解決策か*

 所有者が経営者であり、十分な競争のある市場環境で経営を行う場合には、利潤最大
化の動機が働き、私有企業は技術革新・支出の節約や製品品質の向上・市場の開拓などあらゆる手段でコストの削減と売上の拡大を促すため、効率が向上するとはいうまでもない。しかし、問題は、近代的大型企業が所有者によって直接に経営されることは不可能であるという点だ。企業が競争のない外部環境下にあるという状況を仮定する。このような環境では、市場における製品価格と要素価格の体系が歪み、企業の利益を経営業績の十分な情報指標とみなすことができない。この場合、所有者には経営者の行為を考課・監督する有効な手段がなく、所有者の利益は保障されない。はたして、民営化が国有企業改革の成功に必要条件であるのか。国有企業改革の成功例では、いくつかの分野で同時に包括的な改革が行われている。これらの改革分野には、市場開放を通じてより多くの競争を創出すること、参入規制を緩和すること、大企業の負担を軽減することなどが含まれる。そして企業の予算制約のハード化は企業が競争圧力のもとで業績向上を図る前提となっていることが証明された。これらは、改革に成功した企業はすべて直接的補?の減少あるいは撤廃、融資の商業化、独占的国有企業の価格設定に対する規制の強化、間接的補?の減少あるは撤廃を通じて企業の予算制約をハード化する過程を経ていると考えられる。すべての国有企業が同じ改革ができるとは考えづらいので、民営化だけが成功に結びつくとは考えられない。

* 企業が成功する前提条件*

 では、企業が成功する条件とは何か。これは理論の問題であると同時に、経験の問題
でもある。私有制をミクロの基盤としていても効率が低く、経済的には失敗した例がたくさんある。例えば、インドと中南米では私有制または個人財産権制度が企業制度の基礎であるが、企業の効率が低く、レント・シーキングが盛んであり、これらの国々の全般的な経済発展も成功しているとは言いがたい。また、先進国においても私有制企業の低効率という現象がよくみられる。このような経験が示しているように、私有制は企業の成功と経済発展にとっても必ずしも十分条件とはいえない。

 一方で、効率が高く成功している非私有制企業の多く存在する。国有であるシンガポール航空、中国の農村集団経営企業などが好例といえる。これらの経営業績、効率は民間企業よりも優れている。中国の国有企業には伝統的体制のもとで行われた避けがたい欠陥が存在する。また、計画経済を実行した他の国家の経験からも、同じような結論が得られた。公有制が企業成功の十分条件でないことが証明されたのと同じように、私有制もまた、企業成功の必要条件ではないのである。

 以上からも、企業の成功と所有制の形態とは必然的な関係がなく、単純な所有制あるいは財産権の改革で国有企業の問題を解決することはできない。

* まとめ*

 これらのことから、国有企業の問題を解決するには非常に難しいといえる。しかし市
場経済という新体制を進める中国の改革手法のもとで、国有企業は次第に新体制に融合されつつある。党と政府の指導体制が確立された現在、中国の国有企業は新体制に対応できるように、これまでにない改革が展開されると考えられる。市場経済においても、公共財の生産など私的企業が果たせない役割については国有企業が担うことがあるがこのような国有企業はごくまれな、特殊な存在であり、その他の国有企業の多くは、市場経済の移行していく中国のおいて市場原理主義に基づいて行動する株式会社となり、ごく一部だけが特殊企業として残ることになると考えられる。

* 参考文献*

「中国2001年の産業・経済」丸井工文社 日本興業銀行調査部
「中国経済(下)」総合法令 中国国務院発展研究センター
「中国の国有企業改革」日本評論社 林 毅夫 蔡 李周 共著


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