第12回関西合唱コンクール

1957(昭和32)年11月9日 尼崎市文化会館

No.1

 関西第1位。これが当時のグリーメンにとってかけがえのない最高のものであった。この表紙に書き込まれた先輩たちのことばが、高揚したその日の雰囲気を物語っている。


 ※「当時のグリーメンにとってかけがえのない最高のもの」について: “全国制覇”が最高ではなかったのか、という異論が寄せられたが、筆者に他意はない。目の前の大きな壁と認識していた関学を関西コンで乗り越えることが当面の、目前の最大目標であった。その当時のクラブ内の気分を表した素直な、そして最高の表現と理解していただきたい。(さ)

No.2

 関学・同志社・京大の三男声合唱団は全国へ出しても上位を独占するとまで言われた 、関西男声合唱の黄金期でもあった。しかしそれは常に関学1位を前提にしたものだった。1票差とはいえその壁を乗り越えたのがこの河原林/同志社グリーであったのだ。

No.3

 18団体が参加した大学の部は大阪市大女声と京女の二つを除きあとすべて男声合唱である。混声は次年度以降から姿を見せる。

No.4

 この年の異変?は同志社グリーが優勝したことだけではなくて、ベスト3常連であった京大男声を抑え、関西大グリーが3位入賞を果たしたことだろう。指揮者杉山氏は図らずも半世紀後にウィーンでご一緒することになるのだが、それはまた別項で。

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