スハ43系●スハフ42
2010年 1月23日更新

国鉄客車・スハフ42 (非公式側) 国鉄客車 スハフ42(非公式側)

 スハフ42は、スハ43系の緩急車であり、旧型客車を代表するポピュラーな形式のひとつだ。
 切妻車体に鋼体化客車で確立されたデッキを挟んで車端部寄りにある乗務員室、 妻板右側の後方監視窓といったスタイルは、多くの人が思い起こす旧型客車列車の最後尾のイメージそのものだ。
 また、緩急車改造による他の形式からの編入もごく僅かで、 オリジナルの形式イメージを一貫して保ったこともその要因と言えよう。
 戦後製である本形式は、旧型客車が優等列車から退く1982年11月のダイヤ改正まで、 全国主要幹線の夜行急行列車の座席車として運用され続けた。
 上野駅に夜が訪れると、地平ホームには越前・能登・鳥海・妙高といった列車が、 次々に入線しては発車して行った情景が思い出される。
 一方、新幹線の延伸によって都落ちした者たちも、 各地の幹線ローカル列車の主役として旧型客車の晩年まで活躍し続けた。

スハフ42 101 (1985年 2月 9日 米子駅)
スハフ42 101 福フチ
浜田発 福知山行き 544レ
1985年 2月 9日 米子駅
 近代化改装されてドアはHゴム支持に交換されているが、窓枠は木製、トイレ窓は1段上昇式であり、 オリジナルのイメージを保っている。
 写真は浜田から上ってきた福知山行き544レで、ここ米子で機関車の交換が行われる。
スハフ42 140 (1984年 3月15日 米子駅)
スハフ42 140 福フチ
浜田発 福知山行き 544レ
1984年 3月15日 米子駅
 原型の洗面所窓を残しつつも、アルミサッシ化・FRP製水槽への換装がなされて軽快な外観。
 近代化改装により室内も明るいイメージとなって、優等列車を思わせるスタイルである。
 この車両は京都寄りの先頭車なのだが、ここ米子で機関車の取替えを行っている最中のスナップである。
スハフ42 2153 (1984年 3月16日 米子駅)
スハフ42 2153 福フチ
浜田発 福知山行き 544レ
1984年 3月16日 米子駅
 洗面所窓は上段内折で上側が透明ガラス、また手前の3位側客用ドアはHゴム支持の標準タイプである。
 前出の140号と同一列車を翌日に撮影したものだが、 本スナップでは米子以東を担当する機関車が既に到着している。
 但し、連結作業中であり暖房蒸気が客車へは供給されておらず、DD51の屋根上に排気されている。
スハフ42 2153 (1984年10月28日 大阪駅)
スハフ42 2153 福フチ
福知山発 大阪行き 738レ
1984年10月28日 大阪駅
 上の写真と同じ2153号の反対サイド(2−4位側)を捉えたものである。
 便所窓は洗面所と同じく上段内折タイプながら、上段・下段ともに白色ガラスになっている。
スハフ42 227 (1985年 2月 9日 米子駅)
スハフ42 227 福フチ
浜田発 福知山行き 544レ
1985年 2月 9日 米子駅
 銀色のアルミサッシとHゴム支持のトイレ窓、Hゴム支持標準タイプの近代的なスタイルで、 幹線の夜行急行列車を髣髴させる仕様だが、水槽はオリジナルのままである。
 本車では車掌室側の票差しは車端部寄りに付いている。
スハフ42 2238 (1984年 3月17日 豊岡駅)
スハフ42 2238 福フチ
(留置車両)
1984年 3月17日 豊岡駅
 近代化改装車ながら、扉の曇りガラスに「車掌室」とペイントされた貫通路は、 プレスドアでオリジナルのイメージを良く保っている。
 妻面や端梁周辺の空気・蒸気・電気配管のディティールが良くわかる。
 2000番台の電気暖房搭載車であるが、 山陰筋では無用なためか、渡り線のケーブルが撤去されていた。

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