〜印象に残っている文章〜
■自死の日本史■ モーリス・パンゲ 著
第十四章「三島的行為」から抜粋
人間いうものは理想をつくり出さないではいられない。
だがその理想を維持するためには命を捧げなければならない。
彼が生き続ければ理想という幻想は破れ、消えていく。
花の色が移りやがて色褪せてゆくように。
理想が想像世界に住みつくためには、真実に対して、
自然本来の生に対して暴力が加えられなければならない。
たとえばあの赤穂の四十七士。
人々が彼らに与える理想像は、あらゆるものが朽ち果てていく時間的世界から
彼らを引き離した切腹によって得られたものなのだ。
彼らに自死を求めることで、人々は彼らを忘却から救ったのだ。
ただ死んだ者だけが、彼らがそのために命を投げ出した理想という夢に
ふさわしい存在であることができる。
死んだものだけがその夢を破らないでいることができる。
こうして彼らは自分たちがその犠牲になった幻惑を今度は人に投げ与える。
かくして自己犠牲の車輪は回ってゆくのである。
武士道、大日本帝国、大東亜、世界史、さまざまな蜃気楼が、
それらに捧げられた命によって養われた。
だがこの車輪が回るのを止めたとき、
かくも大きな代償を要求した夢をなつかしむ必要があるだろうか。
みずからを疎外していた歴史から身をひき離し、みずからの幻像を見ていた理想から目を覚ましたとき、
恐らくそのとき初めて人は、生き始めるのであり、
何もない空なる世界を前にして自己の真実を見始めるのであろう。