Book Review

敗北を抱きしめて / ジョン・W・ダワ− 岩波書店

この本は、現代日本人の置かれた状況をより正確に理解しようとし、その視野を得て

未来の創造の方向性がどのようであるべきかを考えようとする人にとっての必読書だと思う。

資本主義社会を登りつめる夢から覚めた日本人が、野放しにしてきた戦後社会システムの矛盾や

いまひとつ理解できなかったところのあった戦後文化人の推し進めてきた方向性や心理が

戦後の占領軍と日本の状況のどのようなバランスのなかから生まれてきたものかということが

この本を読むと(目から鱗が落ちたように)納得できる。

私は美術に携わる者だから、その立場からみると、戦後作家の

執拗なまでの伝統否定と迷うことのない強烈な個性主張の作品群へ

何故あれほど没頭できたのかという疑問が晴れてくるように感じた。

GHQは、日本に平和で民主主義的な国家を確立しようという理想をもつ一方で

占領軍としての支配力を維持し続けるという歪んだ仕組みを矛盾点として抱えていた。

(占領終了後に、その仕組みをそのまま官僚によって維持・継承されてきているということが、

昨今の政官癒着問題の根底原因であることが明瞭になる。)

ひとたび人々に人権や個性尊重の理念が手にはいったと思われたものが

検閲をうけ発禁処分になる経験をうければ、私とて個性主張の表現をめざしたかもしれない。

また「天から降ってきた民主主義」という事実は、私たち民衆が成熟した結果として

基本的人権を手にしたのではない、ということが何を意味するのか考えさせられた。

いつも運命を左右しているのは“お上”なのだ、という日本人の意識が、敗戦を通してさえ

なんら変わっておらず、私達はいつも自らを犠牲者と感じ、

「無垢であったがゆえに私たちに責任はない。悪いのは常に先頭に立った者だ」

という非論理がまかり通る社会のことをこそ

マッカーサーに「日本は12歳くらいの子供」と言わしめ、

戦後55年が過ぎても、その実質は変わっていないと痛感する。

おそらく私たちは幼さを脱却できていない。

そうした観点からも、逆に、この本はこれからの時代を生きる私達が

なさねばならないことを豊かに示唆する書だと思う。

 

愛知県では「新しい歴史教科書」を知事の強い押しにより採用することになったらしいが

よっぽどこの「敗北を抱きしめて」を教科書にしたらどうかと思う。

過去を美化して喜んでいるのはもう未来に働きかける希望や気力を捨てた人間だけで、

これからを生きようとする人間にとっては、これから何を目指してどのようにの行動するのか、という内容こそが

すべての過去の行為に価値を与えもし、奪いもすることになると私は信じている。

前を向いて歩こう。

 

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