〜印象に残っている文章〜

■人間にとって■  高橋和巳 著

 

●「自立と挫折の青春像」から抜粋

●「人間にとって」から抜粋

 

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「自立と挫折の青春像」から抜粋

青年の特質は、もっとも激しく時代におし流されることによって、逆にその時代のもっとも

本質的な問題をつかみとってくることにある。その時に自立的に選択したつもりのことも

客観的には、あるいはあとになってみればやはり時流の波をまっこうからかぶっていたのだ

ということに気づく。しかしそれを恥じる必要はない。なぜなら、時代と精神とが火花を散らす

出会いをしながらも本質的な志向を忘れないことこそ、語の正しい意味でのインテリゲンチャの

第一の資格であるからだ。

だから戦争中に生をうけ、軍国主義時代の教育を受け、国家の内的外的崩壊の時期に青春を

迎えた者にも、時代に激しく押し流されながらも、むしろ自らその流れに身を投じたゆえに、

本質的なものに気づいた人間は数多くいるのである。そしてそれは、戦後の民主主義を本気で

信じ、その担い手となろうとした世代にもあてはまる。本気で信じたもののみが、為政者のご都合主義や

まやかしの政策を怒ることができる。はじめからニル・アドミラリ(無感動)だった人間には、

何を主張する権利もない。

そして真の思想というものは彼が怒りはじめた時から、彼個人のもとに孤独に形成されてゆくものなのである。

さずけられる基本的な教養というものは、時代によっていろいろ異なる。たとえば私の教わった、

皇国史観によって貫かれた日本歴史と、戦後の社会科の一部門としての日本史は、

別の国のことのように違っているだろう。

もし、人間がおそわったことをうのみにして生きていくだけの利口な猿にすぎないのなら、

おそわったことの内容の違う人間同士は、まったく意思疎通できないだろう。

だが、世代を越え、教養の質を越え、風土差を越えて、思想的連帯の生じうる理由は、

おそわったものを武器として社会と対面しつづけるうちになされる孤独な思考が、

実はより広く普遍的な問題性に行きつきうることによっている。

(略)

時代にもっともあざむかれやすい青年、地域の特殊事情にもっとも制約されやすい青年こそが、

逆にもっとも本質的であり得、もっとも世界的であり得る秘密はこのあたりにある。

ひとときあざむかれ、ひととき制約され、ひととき挫折することを、それゆえに、恐れる必要は何もないのだ。

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「人間にとって」から抜粋

 

人が自らの内にかくありたい自己、こうあってほしい人間関係、

その総和としてのありうべき社会のイメージをもつことは、

意味的存在としての人間にとっては必須のことである。

 

ただ、それはそれ自体としては幻想にすぎないけれども、

個人的な生甲斐から共同の倫理意識にいたるまでが、

実はその夢想との相関関係によって形成される心的状態なのであって、

それがなければ苦悩も存在せぬかわり、

社会や歴史に参与しようとする気持ちも起こりえないし、

物事の善悪を判断する基盤もなくなってしまう。

 

(たとえば)宗教はいわば、民族や個人がその苦難の歴史のうちに積みあげてきた、

そうした祈祷の体系であり、その純粋な抽出体であるといってよい。

 

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