2006/11/11アップ

  

尾崎豊の死因3

  これは続編です。前回までの考察を読まれていない方は、まず前回の考察 尾崎豊の死因1 を先にお読み下さい。

 

 

前回の考察(尾崎豊の死因2)は基本的に、尾崎の最期のとき、そばにいた3人の話を中心に記述しましたが、今回は事実関係の補足や、尾崎裁判に関して記述してゆこうと思っています。

 

もくじ

A まえがき

1  ほんとうの真実はなんなのか
2  ここの考察は、事実を元にした推論にすぎない

B なぜ警察は事件性はないと判断したか

3  司法解剖された事実から浮かび上がってくるもの
4  尾崎の死に、犯罪の疑いを持っていた警察
5  写真週刊誌に掲載されたことから、謎が広まった
6  警察が事件性はないと判断した根拠
7  大きなポイントとなる目撃証言
8  残される疑問点

C 尾崎裁判

9  尾崎裁判について
10  関係者による否定
11  司法解剖をした医師・支倉氏による否定
12  尾崎裁判 一審(東京地裁)での否定
13  尾崎裁判 二審(東京高裁)での否定
14  尾崎裁判 上告棄却による否定
15  裁判での結果
16  最後のマネージャー 大楽氏による否定

D 参考

17  るいそうの事実
18  肺水腫について

E あとがき

19  考察を書くきっかけ
20  新しい考察へ

 

 

A 前書き

 

 

1  ほんとうの真実はなんなのか


尾崎の死後、不可解な尾崎の死を、警察が「肺水腫」とだけ発表し、あっけなく捜査を終えたことから、尾崎の不可解な死を追及するテレビや新聞、雑誌などマスコミなどの動きがありました。過去に尾崎は覚醒剤の使用歴があることから、覚醒剤の常習による肺水腫ではないかという見方もされたりもしていました。

そしてなぜか、尾崎は覚醒剤を飲まされて殺されたという他殺説が出てきてからは、話がどんどん勝手に飛躍してゆき、その後は、尾崎は覚醒剤をだまされて飲まされた、とか暴行されて、むりやり覚醒剤を飲まされたという話が出てきたりしました。

また、実はそれは尾崎の嫁さんの陰謀だったという話や、関係者が謎の失踪や死を遂げているとか、暴力団がらみの政治家から圧力がかかって、警察は捜査をやめてしまったというなどが出てきました。

さらに、よくあるパターンの元暴力団・真犯人のガン死寸前の告白とか、正確さがまったくわからない数多くのウワサ話があります。

これは「俺らがリンチした」というもの。でもこれはおかしな話で、尾崎の外傷の原因は、尾崎自身が自ら、自傷行為を行っていたことがわかっています。
(裁判で明らかになったことで、実際に目撃証言あり、警察も自傷行為の前後は民家の庭先で尾崎が一人でいたことを確認しています。さらに、検視による裏付けもされており、明らかに他人からの人為的な行為による傷ではないことがわかっています。もともと外傷は、直接の死因とは関係はないようですし。詳細後述)

それを「俺らがリンチした」だなんて、話のつじつまが合わず、不思議な話です。おそらく、どうしてもなんとかして他殺説を残したい人たちがいるのかもしれません。(裁判で公になった話で、リンチの目撃証言は全くありません) また真犯人は、告白をして、今はもう亡くなっているだろう、またそれも元暴力団という、昔から良くある古典的なパターンの話ですし。。。2010.11.3追記

また、その中のいろいろなウワサ話がいつの間にか勝手に具体化して広まったり、伝言ゲームのように「ほんとうの事実」さえも人によって解釈が違ってくるうちに、勝手に別の真実として一人歩きをはじめる話も多くあるようです。

 

 

2  ここの考察は、事実を元にした推論にすぎない


僕は、これまで尾崎の死因の考察を一尾崎ファンとして、
できるかぎり事実関係だけをとらえ、その事実関係をもとに自分なりに考察したものをこのHPで書いてきています。

今回も、根拠もないウワサを事実として捉えることなく、ほんとうの「事実」だけをもとにして、できるかぎりほんとうの死因に近づけることができるよう、書いてゆきたいと思っています。


ただ、僕はこれまでも書いてきたように、あくまでも
事実を元にした「考察」をしているため、「僕の考察が真実だ」というつもりはまったくありません。

けれども第三者としては、シンプルに、きちんとした事実関係を確かめることで、より真実に近づけるのではないかと思って、事実関係を元に考察を書いています。

ですので、これをお読み頂いている方も、ほんとうの事実に基づいた出来事から、自分なりの考察(推論)をされるといいと思っています。

僕は家族でもなければ関係者でもないし、尾崎ファンというだけで、僕は僕なりの個人的な考察をしているだけですので、それを前提の上でお読み頂ければと思っています。

 

 

B なぜ警察は事件性はないと判断したか

 

3 司法解剖された事実から浮かび上がってくるもの


本題に入りますが、はじめにまず、「なぜ警察は事件性はないと判断したか」という点を主にクローズアップし、書いてゆこうと思っています。

尾崎がなくなった状況は、目の回りは大きく腫れあがり、全身は傷だらけというあまりにも不審な死に方をしてしまっているのに、なぜ警察はほとんど捜査しなかったのか、そしてなぜ警察は事件性はないと判断したのか、という謎があります。

まず、その警察の判断を検証する前に、尾崎の死後、警察の動きをみてゆきます。

 

4 尾崎の死に、犯罪の疑いを持っていた警察


それでははじめに、尾崎の死後、
尾崎が司法解剖にまわされた事実からみてゆきます。その前に参考程度に、司法解剖とは何なのか をここで書いておきます。

 

司法解剖は、犯罪の疑いがある場合行われる (刑事訴訟法第129、168条)

  検察官、司法警察員が、学識経験者に嘱託する
  裁判官による、鑑定処分許可状が必要である
  遺族の承諾は不要 (死体解剖保存法第7条)

 

上記のように、司法解剖は、犯罪の疑いがある場合のみ、警察や検察によって依頼され、第三者によって行われます。

尾崎は死後、司法解剖にまわされた事実から、警察は、尾崎の突然の死に不審を感じ、当初、尾崎の死に事件性があることを疑っていたことがわかります。


ではなぜ、後に警察は、尾崎の死には事件性がないものと判断し、捜査を終了したのか。
警察はマスコミに、尾崎の死因は「肺水腫」とだけ発表し、それ以上の情報を出すこともなかった。
それはなぜなんだろうか。。。

 

 

 写真週刊誌フライデーに掲載されたことから、謎が広まった


ここでまず、なぜ尾崎の死が謎になったかといういきさつを書いておきたいと思います。

警察は尾崎の死因を「肺水腫」と発表の後、(事件性はないとして)捜査を打ち切りましたが、その後しばらくして、写真週刊誌のフライデーという雑誌に、尾崎のなくなったときの写真(遺体安置所で撮影されたもの)が掲載されました。

その写真の尾崎は、目の周りに殴られたようなひどい腫れがあり、また全身いたるところ傷だらけだったため、
「尾崎は暴行をされたあげく、誰かに無理矢理覚醒剤を飲まされ、殺されたのではないか」という疑いがファンの間にも広まってしまった。

また写真だけを見て、そういった他殺を示唆するどこかの医師の話も掲載されていた。
 

そして、警察の尾崎の死の原因で公表されたのは、肺に水が溜まって亡くなったという「肺水腫」だけ。
またおかしなことに、死因は「肺水腫」なのに、尾崎は全身傷だらけでなくなっていた。
このギャップに誰もが
「これはおかしい」と思うのは間違いないことだった。。。

そして、特にファンの間からは、「死因は肺水腫なのに、なぜ全身傷だらけなんだろうか。警察はまともに捜査をしたんだろうか」という疑問から、「これはきっと警察はまともな捜査をしなかったんだろう」、と考える人もたくさん出てきてしまった。

警察は「肺水腫」だと公表してあっけなく捜査を打ち切り、それ以降の警察の動きはまったく何もなく、何の発表もなかった結果、尾崎は肺水腫だというのに全身が傷だらけだったという死因と現実とのギャップの理由はあきらかにされることがなく、その死はになってしまった。


そしてその謎が憶測を呼び、憶測がウワサとなるうちに、
警察の上層部に政治家からの圧力がかかり、その結果警察は尾崎の捜査をやめた、という、なんとなく納得しやすい話が出てきてしまった。

さらにその憶測をもとにして、尾崎の死は、なんと尾崎の嫁さんが関与していて、尾崎の莫大な遺産をもとにして、暴力団がらみの政治家が警察に圧力をかけ、捜査を中止させた、というような、まことしやかなウワサ話まで流れてしまいました。 (まことしやか:まことではないのに、いかにもまことに見えるさま。)

そして、なんとなく理屈だけは通っているからそれを事実と信じてそのまま語る人たちもたくさん出てきてしまった。。。

 

 

6 警察が事件性はないと判断した根拠

 

けれども、警察が、事件性は無いと判断したのは、きちんとした明確な根拠があるようです。

根拠として公になっているものとしては、実際に尾崎を司法解剖をし検死(死因を医学的に調査)を行った法医学者支倉逸人氏の著書の「検視秘録」(光文社刊)に、具体的な記述があります。

その記述を読めば、警察が事件性はないと判断した理由がわかるのではないか、と思うので、ここで、その著書からすこし引用をしてみます。

以下、支倉逸人・東京医科歯科大名誉教授の著書、「検視秘録」(光文社刊)から、尾崎を検死したとされる箇所から抜粋します。

遺体を最初に見たとき、私

「ずいぶん傷が多いな。顔面と顎に目立つ外傷もあるし、警察が殴られて死んだのではないかと疑うのも当然だな」

と思ったが、一方では

「全身に無数の軽い擦過傷があるということは、人に殴られて出来た傷ではないな」

という印象を持った。

(略)

「すごく傷だらけだけど、この傷を見ると、どうも人に叩かれた傷じゃないな。こんな小さな傷を全身につけるなんてことは、他人には出来ない。何かに身体をこすりつけたような傷跡だ」

私がそう言うと、立会いの警察官がうなずきながら話した。

「空き地で倒れているのを発見されたとき、仏さんが裸で地面に体をこすりつけて、のたうち回っているのを目撃した人がいるんです。何でも地面に顔をたたきつけていたそうです。」

警察では当初、傷害致死を疑っていたので、男性が亡くなるまでの足取りを調べていた。

とくに男性がだれかと争っているのを目撃した人がいないかを調べたが、目撃証言はなかった。

私は皮膚の擦過傷と打撲傷をじっくり調べた。だが他殺をうかがわせるようなものはなかった。

(略)

手拳によって殴られると、皮下に出血を生じコブ状に青く膨れれるものの、皮膚の表面に擦過傷は生じない。ところが男性の打撲傷は、ことごとく皮膚の表面にこすった跡があった。

つまり、男性の傷は殴られたせいではなく地面などに自らをこすりつけたり、打ち付けたせいで生じたものと推定された。

また解剖によって、脳の頭頂部に外傷性クモ膜下出血が認められたが、斑点状の極微量の出血で、死因となる程度ではなかった。

(略)

また、肺にはすっかり水が溜まっていて、重かった。肺の中に水が溜まっていることを肺水腫という(略)。

肺は毛細血管の網のようなものだが、毛細血管は普通、水を通さない。ところが覚醒剤の中毒症状を起こすと、血管から水が漏れるようになる。そして、そのまま水がどんどん漏れだすと、肺の中が水浸しになるのだ。

 

支倉逸人「検視秘録」(光文社刊)より

 

上記枠の中は、すこしわかりにくいかも知れませんが、重要なポイントのみ抜粋しています。

ほんとうはもっといろいろ具体的な記述があり、省略している部分には科学的な考察も多く含まれています。
詳細なことを知りたい方は、支倉氏の著書を一読されてもいいかと思います。

 

 

7 大きなポイントとなる目撃証言


上記の記述で注目すべきなのは、目撃証言で尾崎が自分で「地面に顔をたたきつけていた」のを見た人がいること。

すなわち、尾崎の目の腫れは、他人に殴られたものではなく、本人によるもの、という目撃証人がいると言うことになります。

さらに警察の調べでは、尾崎が誰かと争っているのを見た目撃者は誰もいなかった

捜査当初警察では、誰かに殴られ撲殺されたのではないか、という疑いもあったが、手拳によって殴られたものではないことがわかったことにより、結局その見解はつじつまが合わず、全くおかしな話になってしまうことになった。

このことから、尾崎は暴行されたあげく、無理矢理覚醒剤を飲まされたという話やリンチで撲殺されたという話は単なるデマであり、事実でもなんでもないことなります。
 

結局は、警察では当初、傷害致死を疑っていた事実も記述されており、警察はきちんと尾崎の足取りを追って状況捜査をし、さらに物証的には具体的に司法解剖をして検死をしています。

そして検死や裏付け捜査の結果、 警察が出した結論は「事件性はなかった」 ということになります。

こういった警察の捜査や検死の内容をしれば、事件性は無いと判断した理由に、きちんとした明確な根拠があることがわかります。

だから結局は、警察が中途半端に捜査をやめたとか、それは警察の上層部に圧力がかかったという見方は、だれかの憶測にすぎない架空のウワサ話になります。

 

目撃証言に関して

目撃証言に関しては、別冊宝島に掲載された記事では、尾崎が裸で倒れているのを発見された民家(通称・尾崎ハウスと呼ばれる小峰さん宅)から救急車で運ばれるまでは、簡単にこういう流れがあったそうです。参考程度に書いておきます。
   

民家の庭先で、尾崎が躰道のポーズをしていたのを住人に発見される

そののち、転倒し地面に顔をたたきつけていたり、地面に横たわって身体をこすりつけていたのを目撃されている

その後、庭でうずくまっていたため、救急車が呼ばれ、警察とともに到着

救急車に乗せられるときは、自分で歩いて行って救急車に乗った

 

ちなみに病院に運ばれてからも、尾崎は意識があり、自宅に帰りたいと言っていた (病院では尾崎が「帰る」と言っても、医師が許可せず、帰らせてもらえないので暴れていた)

また当然ながら、警官に対しても、医師に対しても、繁美さんに対しても、ケンカをしたとか、誰かに襲われたとか、何かを飲まされたとか、そういった話は尾崎からは一言も出てこなかった

また、病院は転院をすすめた事実がありますが、尾崎自身(もともと医者嫌い)がこれを断固拒否し、結局は、駆けつけた繁美さんが医師と相談をした上、一緒に帰宅しています

 

ちなみに、医師が入院当初に尾崎に帰宅を許可せず、かけつけた繁美さんには転院をすすめた理由は、単に、尾崎が持っていた処方薬をみて気になった医師が転院をすすめたためであり、ちまたで言われているような、全身の外傷を見て転院をすすめたわけではないそうです。

 

 

 

8 残される疑問点

 

ただ、ここでひとつ疑問点が残ります。

検死の段階で尾崎の体内からは覚醒剤が検出されていたのですが、なぜ警察がそれ以上の捜査をしなかったのか、という疑問が残っています。

覚醒剤という違法な薬物が検出されているのに、なぜ警察は捜査をしないのか、という疑問が出てくるのは必然だと思います。

けれど基本的に、人が覚醒剤などの薬物の使用で死亡した場合、警察ではほとんど具体的な捜査はしないようです。

これは、遺族のため捜査をしないのか、当事者が死亡している以上捜査が非常に困難なるためかわからないですが、おそらく両方のようで、遺族は、とても精神的に傷ついた状況にあり、そんな状況で死人にむち打つような犯罪行為の立件については、遺族からまともな捜査協力を得られないものであり、また、警察が頑張ろうとしても、なくなった当の本人からは事情は全く聞けないし、非常に捜査は困難になります。

状況証拠だけの立件は非常にむずかしく本人の自白も取れず、なんとか裏付けがとれて罪が確定できる状況になったとしても、被疑者死亡のままでは裁判にもならず、死後の書類送検となりますし、そこまで持って行くのには非常に困難のようです。

(簡単にいえば、警察もヒマじゃないから、難しい捜査はしたくないということかもしれません)

また、薬物でなくなった場合、警察の発表は、主に、心不全、急性心不全、心臓発作、心臓麻痺、脳卒中、脳内出血、肺水腫、といった無難な死因で公表され、薬物の名前が出てくることはほとんど無く、まずわざわざ「覚醒剤のため」とかという公表をすることはほとんどないようです。(わざわざ公表すれば、上記のように、やっかいな捜査に力をそがれてしまうからかもしれないです)

これは、尾崎だけに限らず、一般的にほとんどの場合、おなじ経過をたどることになるようです。

 

 

C 尾崎裁判

 

9 尾崎裁判について

 

尾崎裁判について、よく「どう思うのか」と質問されることがあります。
この件について、ここで僕の見解を書いてゆこうと思っています。


尾崎裁判とは、ジャーナリストの永島雪夫氏が、尾崎の妻の尾崎繁美さんに名誉毀損で訴えられた件です。

尾崎裁判とは

尾崎の不可解な死後、ジャーナリストである永島雪夫氏が報道した新聞の記事や出版した単行本には、妻である尾崎繁美さんが、夫である尾崎豊を殺害するのに深く関係した(あたかも首謀者だ)というような内容の記載があった。

そのために尾崎繁美さんが事実と異なるものであり名誉毀損だとして、永島雪夫氏に謝罪広告と損害賠償を求めて訴えた。

裁判では、ジャーナリストの永島雪夫氏が書いた記事文章の内容が 真実であるか をもとに判断されるため、裁判の過程で尾崎がなくなった状況などが明らかにされることも多く、死因を追及する尾崎ファンの注目を集めた。

上記のように、尾崎繁美さんが永島雪夫氏に名誉毀損で訴えた裁判を、尾崎裁判といいます。

僕もこの裁判で、尾崎の死に具体的に覚醒剤が関係したことを知ったという、大きな意味のある裁判でした。

 

 

10  関係者による陰謀説の否定


ただ、これまでHPで書いていることからわかるように、ジャーナリストの永島氏と僕の見方は正反対です。

事実関係の把握の仕方には、疑問を持っています。

特に、尾崎の死の前後にいた三人(尾崎繁美・大楽光太郎・尾崎康)の著書の内容とは全く違っており、時には正反対のことを書いている場合があります。

尾崎の死後出版された、アイソトープが主体となって出版されたSaygood-by to the sky way.という本には、 永島氏が取材し報道していた内容に関しては、 「報道はあやまり」 だとはっきり書いてあります。

その場にいた関係者達から明確に「報道はあやまり」だと否定されている以上、どうしても報道の信頼性を疑うことになります。

 

 

11  司法解剖をした医師・支倉氏による否定


また、先ほどの支倉氏の「検視秘録」の中にも、参考になる内容が記述されていますので、抜粋します。

 

支倉逸人「検視秘録」(光文社刊)より

 

どういう経過かはしらないが、私が作成した死体検案書が、男性の遺体写真とセットでそのまま週刊誌の報道された。

私は報道内容を見て仰天した。

男性は事故死ではなく殺害された疑いが濃い、というのである。(略)

男性を殺すために、男性の知人と男性の妻が共謀して覚醒剤を飲ませた疑いがあるという。

また、全身、とくに顔面の傷を持ち出して、男性は殴り殺された疑いがあるとした。(略)

この報道の致命的かつ初歩的な欠陥は、報道に際して死体検案書を書いた私に、
一度たりとも取材をしていない
ということである。

取材の申し込みすらなかった。

お粗末というしかない。

(略)

この報道によって、男性の妻子の家や実家に「人殺し」、「お前とこどもを完全犯罪で殺してやる」という内容の電話や手紙が来たり、手紙の中にカッターの刃が同封されるなどの脅迫が相次いだ。

妻子は身の危険を感じて、米国に脱出せざるを得なくなったそうである。

(略)

それにしてもジャーナリストの記事は、突拍子のない発想と裏付けのない憶測とで構成されていた

 

上記のように、永島氏は死因に関する報道に際して、死体検案書を作成した支倉氏に裏付けをとっていなかったことがわかります。

報道(ジャーナリズム)の原則というものは、「取材をして裏付け(確認)を取り、事実を正確に報道すること」で、情報の裏付けをとらず、報道の正確性がないまま報道すれば、その報道を読む人を誤解させたり、読者を欺くことになりかねません。

だから、支倉氏の文章中に、永島氏の報道の内容に対して 「致命的かつ初歩的な欠陥」 という言葉や 「お粗末というしかない」 という手厳しい言葉が出てきてしまうのも無理はないと考えられると思います。

さらに最後の一文の、「それにしてもジャーナリストの記事は、突拍子のない発想と裏付けのない憶測とで構成」という言葉から、永島氏の報道した記事内容は、かなり信頼に欠けていた内容だったと考えられます。

 

 

12  尾崎裁判 一審(東京地裁)での否定


ここから本題の、尾崎繁美さんが永島雪夫氏を名誉毀損で訴えた 尾崎裁判 の話になります。

東京地方裁判所で行われた「尾崎裁判」一審の結果、永島氏は裁判に負け、500万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じられました。

上記のように、裁判では名誉毀損かどうかは、報道した内容が事実かどうかで判断されることから、裁判に負けてしまったことで、一審では報道の内容は事実に基づくものであるとは言えないと判断されたととれるものです。

またその時の裁判の判決文には、報道の内容について、裁判官からは「取材したとは思えない」という言葉や「荒唐無稽」というような、かなり手厳しい言葉が記述されているそうです。

 

 

 

13  尾崎裁判 二審(東京高裁)での否定


2001年8月28日に東京高等裁判所で行われた二審の判決では、判決文において永島氏は「原因は不明であり、さまざまな疑問が残る」というような言葉を裁判官から引き出しています。

 

しかしながら、判決では「死因は覚せい剤による肺水腫で、他殺ではない」とした上で、永島氏の記事について、

  • 尾崎さんが殺害されたことを認めるに足りる証拠はない
      
  • 繁美さんが殺害に関与した疑いが強いと信ずる、相当な理由があると言えない
        
  • (繁美さんが)夫の殺害に関与したとの印象を読者に与える内容だが、(永島雪夫氏の主張には)論理の飛躍があり、重要な部分で真実の証明がない 

というような言葉があり、一審の東京地裁判決と同じく、500万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じています。

結局、二審の判決も、永島氏の敗訴が決まってしまったのです。

 

今度もまた判決文の中に、「論理の飛躍」 や 「重要な部分で真実の証明がない」 というような、かなり手厳しい裁判官(三人)の言葉が出ています。

「論理の飛躍」 や 「重要な部分で真実の証明がない」 というのは、当然ながら報道の姿勢として正しいものではなく、それを二審でもまた、裁判官たちから指摘されているといえると思います。

このことから、二審の裁判の結論は、繁美さんが夫である尾崎の殺害に関与したとの印象を読者に与える内容について、報道や著書の信頼性は強く否定されているものと考えられます。

 

 

14  尾崎裁判 上告棄却による否定


その後、永島氏は三審(最高裁判所)に上告をしたものの、2002年2月8日「上告棄却」を言い渡されています。

上告棄却の場合、二審(高等裁判所)での結果が確定し、永島氏の敗訴確定となるものです。

ここでもしも三審まで行っていたら、まだ永島氏の説に信頼性は残っているとは考えられたのですが、上告棄却という結果では、著書の内容の信頼性は薄かったのであろうと考えざるをえなくなります。

 

 

15  裁判での結果


結果的には、一審で、 「取材したとは思えない」 「荒唐無稽」 というような言葉

二審で、 「論理の飛躍」 「重要な部分で真実の証明がない」 というような言葉

三審では、上告棄却で、永島氏の敗訴が確定 

結局、裁判の結果は、一審から上告棄却までほぼ一貫した結果となっています。

さらには、一審でも二審でも一貫して500万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じていることや、この時代の名誉毀損裁判では、慰謝料が500万円というのは非常に高額な損害賠償金額だということから考えても、尾崎裁判の結果は、永島氏の完全敗訴といってもいい判決内容だと考えられます。

 

 

16  最後のマネージャー 大楽氏による否定


また、尾崎の最後のマネージャーだった大楽氏は、永島氏が二審(高裁)で負け、最高裁に上告して、上告棄却が決まった後、
「彼は負けるべくして負けた」とのコメントしたことを聞いています。

「負けるべくして負けた」というのは、もともと「勝てるわけがない」裁判だったのかもしれません。

 

 

 

 

D 参考

 

尾崎の考察シリーズは、あちこちで紹介されてたくさん読まれているようで、今回の考察まで、じつはたくさんの情報を頂いています。その内容で信頼できそうな内容をすこし紹介したいと思います。

ただ、ここに書く話については、情報を頂いた人たちのプライバシーを守るため、質問には答えられないことをはじめに書き記しておきます。

そして、ここに書く事に関しては、あくまでも参考として書くつもりです。また、ここの内容が事実かどうか、公になっていないこともありますので、信じるかどうかの判断はお任せします。

上記の前提の上、読んで頂ければと思っています。

 

 

17  るいそうの事実


まずトラブルを起こしたタクシーの運転手や仲裁をした警察官、そして民家の庭先で発見され、尾崎が病院に運ばれる時から、病院に運び込まれるまで、そして病院から去り、また救急車で病院に運ばれるまで、そして遺体を搬送するまでに、尾崎と接触した人や離れたところから見ていた人はたくさんいます。

その中で複数の人たちから情報を頂いているのですが、直接の死因や謎とは別の内容となりますが、尾崎の様子に関して、一つの共通する指摘がありました。

それは、「るいそう(羸痩)」です。
「るいそう」とは、体形が通常の範囲を超えて痩せていることです。
 

「るいそう」を起こす原因にはさまざまなものがあり、大きく分けて、食事摂取量の減少、消化吸収障害、栄養素利用障害、代謝亢進による熱量消費の増大があるようです。

複数の方から「るいそう」の指摘がありましたが、尾崎が下着一枚だけだったので、なおさら目をひいたようです。

運ばれた尾崎を一目見ただけで、「るいそう」のはげしさに気がつき、身体の筋肉のあまりの細さに驚いた方もいます。「足なんか筋肉がほとんど無いような感じでした。」という指摘もありました。


「るいそう」に関しては、当時の報道などで思い当たる内容があります。考察1でも書いた内容です。繰り返しになりますが、参考として、考察1で書いていた内容をここで記載します。

その頃、尾崎の体の衰弱がとてもはげしかったのだろう。死の直前は、レコーディングと酒浸りの生活が続いていたという。食事も睡眠時間も、ほとんどとらなかったという。

 吉岡という俳優も、尾崎と二人で飲んでいて、尾崎がウイスキーのボトルをいつも2、3時間くらいであっという間に飲み干していたのを、何度も見ているという。これはまず、並大抵の酒量ではない。尾崎の好きな酒は、かなり強いお酒である。(好きなお酒はなんだったか、ど忘れしてしまった)これでは、普通の人間なら体がおかしくなってもしかたがないはず。また、食事もあまりとらなかったという。

 食事も睡眠もあまりとらず、どうやって毎日を過ごしていたのだろう。さらに、レコーディング中も、毎日のようにアルコールのにおいがするほどだったという。そんな毎日が続いていた・・・ アルコールの量と、深夜まで続くレコーディング、睡眠不足の3点を考えるだけでも、体が衰弱するのはどう考えても否定できないはず。もちろん、たばこも吸っていたし、わずかにとる食事も、まともなものをとらなかったという。おそらく、このころの尾崎は、体が完全にボロボロになっていたのだろう。

「るいそう」に関しては、上記内容からわかるように、尾崎がるいそうになっていてもおかしくはない生活を送っていたと考えられます。

 

尾崎は独立したばかりで、音楽事務所の社長として要領を得ないことが多く、激務から来るストレスにさらされ、さらに追い打ちをかけるように裁判沙汰まであった。さらには慢性的な睡眠不足も重なり、体調は相当ひどかったようです。

特にアルバムの製作では、尾崎は歌(ボーカル)だけではなく、アルバムプロデューサーもディレクターも、すべて兼ねていたといいます。遺作となったラストアルバムのレコーディングでは、尾崎はたった一人で3人分の仕事をしていたことになります。

またそれ以外にも、すべてのコンサート会場の手配、雑誌などの取材、予算や経理、スタッフへの指示などもすべて尾崎が最終的な決定を下していた。

そういった生活を送る中で、極限のストレスを一身に背負い、肉体的にも精神的にも、かなり大変だったはず。

そしてレコーディングが終わる頃には、普段ふつうに飲めていたはずのウィスキーやブランデーなどの強いお酒を飲むと、後で必ず吐くようになっていた。

そして尾崎の部屋にあった引き出し。

その縦40cm、横60cmの引き出し中には、薬屋のようにぎっしりと薬ばかりが詰まっていたという。そして特に内臓疾患系の薬が多かったという。

睡眠不足に、仕事の重圧に、仕事上のトラブル、強い酒を飲み、まともな食事をとらない毎日・・・尾崎はその頃、ほんとうに身もこころもボロボロの極限の状態にあったのだろう。。。

そして、なくなった当時の尾崎は、身長は178cmなのに、体重が55kgしかなかったといいます。

僕にとって、尾崎の死の前後に関わった複数の人たちが指摘していた尾崎の「るいそう」の指摘メールは、読んでいてほんとにこころが痛くてたまらない内容でした。

 

 

18  肺水腫について


考察1では肺水腫に関して謎のままにしていましたが、今回支倉氏の文章より頭部のクモ膜下出血はごく 微量であったことから、クモ膜下出血が肺水腫の原因ではないことが明らかになっています。(俗説で、頭部を殴打され、クモ膜下出血になり、それが致命傷となったという説もありましたが)

実は、この支倉氏の所見に関して、とある薬学分野での専門知識をもつ方から、内容を裏付ける情報を頂いて います。

上では具体的に記述しなかったことですが、尾崎の体内から検出された覚醒剤(メタンフェタミン)の量と死因(肺水腫)との因果関係を毒性学的な視点から見たという内容です。

内容的には、誰もが裏付けをとれるように、参考文献を記載しています。

専門的なので読み飛ばしてもらっても結構ですが、参考としてここで掲載させて頂きます。

他殺仮説に関する毒性学的見地による一考察

参考文献としてメタンフェタミンの毒性は米国国立医学図書館(National Library of Medicine: PubMed)にあるTOXNET(文献1)から、剖検時のデータは支倉逸人著、検死秘録(文献2)から引用してあります。


 1.メタンフェタミンの血中濃度に関する考察

Human Toxicity Values:
Therapeutic or normal methamphetamine blood concentration: 20-60 μg/dL;(有効濃度)
Toxic methamphetamine blood concentration: 60-500 μg/dL;(中毒濃度)
Lethal methamphetamine blood concentration: 1-4 mg/dL (致死量)
[Gossel, T.A., J.D. Bricker. Principles of Clinical Toxicology. 3rd ed. New York , NY : Raven Press, Ltd., 1994., p. 421] **PEER REVIEWED**

Chemical/Physical Properties:
Molecular Formula: C10-H15-N
[The Merck Index. 10th ed. Rahway , New Jersey : Merck Co., Inc., 1983., p.852] **PEER REVIEWED**
Molecular Weight: 149.24

 

 文献2(支倉逸人著、検死秘録)によると血中濃度が約1μM/dLということですから、1μM/dL=149.24X10-6=149.24μg/dLとなり、有効血中濃度(20-60 μg/dL)をはるかに超えて毒性発現濃度(60-500μg/dL)に達していたと考えられます。

 仮に他殺であるとするならば投与量を数十倍以上投与しないと殺せないことになるが、剖検した医師も指摘しているように目的を達成するにはあまりにも確実性に欠ける。もし薬で殺害したい場合にはもっと強力で確実に殺害できる薬を使うのが普通であろう。したがって文献2でも示されているように想定外の過剰摂取による偶発的な死と考えるのが妥当であり、他殺の可能性は極めて低いと考えざるを得ない。

     

 2.薬物動態学的考察

 Absorption, Distribution & Excretion:
Methamphetamine is readily absorbed from the GI tract and effects persist for 6-12 hours but may continue up to 24 hr after large doses. /Methamphetamine hydrochloride/
[ American Hospital Formulary Service - Drug Information 89. Bethesda , MD :
American Society of Hospital Pharmacists, 1989 (Plus Supplements)., p.1172]**PEER REVIEWED**

Single pharmacological doses of amphetamines (ie, 10-25 mg) given to human volunteers produce peak plasma levels within 1-2 hr & are rapidly absorbed from the GI tract. Amphetamine absorption usually is complete by 4-6 hr. The illicit use of amphetamines ... by insertion into the vagina (termed "balling") before intercourse suggests that these compounds are also absorbed through mucosal surfaces. ... Methamphetamine ... /has/ absorption characteristics similar to those of amphetamines. ... Sustained release prepn are avail as resin-bound rather than soluble salts. These compounds display reduced peak blood levels compared with std amphetamine prepn, but total bioavailability & time to peak levels remain similar. Pharmacokinetics in overdose are not well described.
[Ellenhorn, M.J. and D.G. Barceloux. Medical Toxicology - Diagnosis and Treatment of Human Poisoning. New York , NY : Elsevier Science Publishing Co., Inc. 1988., p. 631] **PEER REVIEWED**

Dissociation Constants: pKa = 9.9 
[Perrin DD; Dissociation constants of organic bases in aqueous solution. IUPAC Chem Data Ser, Buttersworth, London (1965)]**PEER REVIEWED**

pH: A saturated soln in water is alkaline to litmus [Reynolds, J.E.F., Prasad, A.B. (eds.) Martindale-The Extra Pharmacopoeia. 28th ed. London : The Pharmaceutical Press, 1982., p. 365]**PEER REVIEWED**

 

 メタンフェタミンは塩基性を示すため、粘膜がただれたものと考えられます。文献2(支倉逸人著、検死秘録)によるとただれた部分が十二指腸、小腸上部まで達していて、胃内容物が食後2〜3時間で十二指腸へ移動すると言われていることから、覚醒剤服用後、数時間たっていたと考えられます。メタンフェタミンの最高血中濃度到達時間は1〜2時間であると示されていることから、死亡時の血液検体は最高血中濃度到達時間をすぎていることが予想されるため、メタンフェタミンの最高血中濃度はもっと高かった可能性があります。

 

3.Clinical Effects:

0.2.6 RESPIRATORY
0.2.6.1 ACUTE EXPOSURE
A)  Tachypnea is common. Pulmonary hypertension has been associated with chronic use or abuse which may result from contaminants.
Pulmonary edema and ARDS are unusual complications of severe exposure.

 

メタンフェタミンの呼吸器毒性に肺水腫(Pulmonary edema)が生じることが報告されています。


以上まとめると、メタンフェタミンの血中濃度は毒性発現濃度に達していたこと、メタンフェタミンの毒性により肺水腫が生じることから、覚醒剤が原因による肺水腫であるという文献2(支倉逸人著、検死秘録)の死体検案書は妥当であると考えられます。

 

 

 

E あとがき

 

19  考察を書くきっかけ


正直な話、今回の考察はどちらかというと、ためらいながら書いていました。

尾崎豊の死因2を書いてからは、非難のメールもたくさんもらったし、ちょっとこわいメールももらって、これ以上の考察を書くのはやめたほうがいいかな、ということも考えていました。

でも、メールやネット上で知る、どうしてもあまりにもひどくいいかげんなうわさ話を知るたび、もうすこし書くべきかなという思いになってしまっていた。

僕は、根拠も何もないウワサを聞いただけの新しい(若い)尾崎ファンの人たちの中に、それを事実だと信じる人たちがいることに非常に危機感を覚えています。

特にネット上で、あまりにも根拠のない他殺説がまかりとおってしまっていることには、とても強い危機意識を抱いています。

僕は尾崎ファンとして、新しく尾崎ファンになった人たちに尾崎にまつわる「事実ではないウワサ」をそのまま信じるのではなく、できるかぎり 「ほんとうの事実」を「事実」として知って欲しい という思いが強くなっていたし、その上で尾崎の死について判断をして欲しい という思いが強くなっていた。

そしてその強い思いが、今回の考察を書くきっかけになりました。

 

 

20  新しい考察へ


今回は、尾崎の死への考察の自分なりの答は書いていません。

ここでは取り上げていませんが、何の偶然か知らないけれど、この文章を完成させた時に、尾崎の死因にまつわるあたらしい事実関係が入ってきています。

そしてその情報から、尾崎の死が「自殺にならない自殺」であったという結論に、今は若干の修正が必要ではないかと考えているからです。

できれば、いずれまた補足的に続編を書こうと思っています。

ただ、他殺説や陰謀説は、真実が明らかになっていない以上、完全否定をするものではありませんが、これまでの考察の通り、事実関係からみて、僕は非常に根拠の薄いものだと思っています。

 

今回は結論を先送りにしたような、すこし中途半端な内容になってしまいましたが、時間を見つけて、またあらためて結論的なものを書きたいと思っています。

いつ完成するのかは全くの未定ですが、おそらく次回の考察はそれほど遠くない先に書くことになると思います。

 

最後になりましたが、今回の考察を書くにあたり、複数の医学・薬学・医療・救急関係の方々からご協力を頂きました。 名前を出すことが出来ないのが残念ですが、こころから感謝の気持ちをここで伝えさせていただきます。

そして、考察2のあとのアンケートに回答頂いたたくさんの人たちにも、ほんとうに感謝しています。 厳しいご意見も、あたたかいメッセージも、今回の考察を書くモチベーションとなりました。

ほんとうにありがとうございました。

 

Snowman-Yukio snowman@dab.hi-ho.ne.jp

 

今回の考察3のアンケートにもご協力下さい

 

考察2のアンケートはこちらです