生徒会会長 〜第2部〜

 

 でも、一難去ってまた一難。そいつはもう吐くものがない状態になっても、まだ苦しみながら吐こうとするのである。そして、口からはよだれを流し、だんだん意識もあまりはっきりしないようになってゆき、呼びかけにもうつろな声で返事するだけになってしまった。そして困り果てて、店の人にも相談すると、かなり飲んでいるから救急車を呼んだほうがいいかもしれない、と言われた。

 もう、青天の霹靂である。救急車を呼んだら、身元が確認されるため、かならず警察にも通報が行くのである。もちろん、警察だけじゃなく、警察から学校の校長に連絡が行くのである。よくて停学、悪くて退学である。高校1年も終わったばかりなのに、停学処分か退学処分である。先生とは仲がよいから、退学処分にならないかもしれないし停学も一ヶ月も我慢すればと思ったけれど、その時僕は学級委員であり、高校の生徒の代表である生徒会会長である。普通はバカみたいな、勉強もよくできる「模範高校生」を演じなければいけないはずなのに、そんな奴が先頭切ってクラスコンパを企画しているのである。そうなると、まず停学じゃすまされないのである。

 でも、もうどうすることもできなかった。意識を失うだけならともかく、急性アルコール中毒で死んでしまうこともあるのである。ましてや、もうそいつの状態はますます悪くなって行くのである。「おい!しっかりしてくれ!!」と何度も呼びかけても、だんだんと返事する回数が少なくなってきた。顔色は真っ青。体も少し冷たく、ときどきぶるぶると震え上がっていた。お店の人は僕に、「もう仕方がないので、救急車に連絡しますよ」と、暗に僕に決断の返事を求めてきた。どう考えてもどうしようもないので、僕は、「はい、お願いします」と答えるしかなかった。

 その頃、クラスのみんなはコンパどころじゃなく、みな外に出てきて、しきりと僕に状況の説明を求めるのであった。僕は店の人に、「救急車を呼んでください」と言ったあと、みんなに「みんな、最後のクラスコンパでこんな事になってしまってごめん。これでおひらきにするから、みんなはもう家に帰ってほしい。救急車を呼んだから、たぶん学校に通報が行くだろうけれど、二人で飲んでいただけだと言って、誰が来たかは絶対おれ言わないから。安心して欲しい。」と言って、みんなには帰るよう言った。クラスのみんなも、ほとんどが真面目な高校生だったので、停学処分などは非常におそれていた。ましてや、新学期がはじまる前だったし。僕が何度も「みんなもう帰ってほしい、俺が企画したことだから俺一人にまかせて欲しい」と言い、なかば無理矢理みんなには帰ってもらった。

 救急車が来るまでの間に、一人残らずクラスのみんなは帰って行き、最後は酔いつぶれた奴と僕だけになっていた。急に仲間が誰もいなくなって、なぜか孤独感におそわれ、寂寥感がつのり、これからいったいどうなるんだろうかと考えると不安で不安でたまらなかった。。。救急車を待っていると、かなり遠くの方からサイレンが近づいてくるのがわかった。たぶん、クラスのみんなにもサイレンの音が聞こえているんだろうなと思い、警察にも学校にも、絶対クラスの来てくれたメンバーの名前は言わないでおこうと、固く心に誓っていた。女の子は特に、学校にばれたらどうしようという恐怖におびえた目をしていたし。もう、死んでも口を割らないつもりだった。僕はこれからおこりうることへの不安に心を奪われながら、救急車の音が近づいているのを感じていた。救急車が来るまで、そんなに時間がかからなかった。。。

 救急車がやってきて、担架がおろされた。隊員二人が僕たち二人の方に駆け寄ってきて、酔いつぶれている奴を見て、とても驚いたような表情を見せた。

「うわぁー、ひょっとして高校生?」
「はいそうです」
「お酒飲んだの?」
「はい、アルコール中毒みたいなんです」
「高校生なのに・・・それでどのくらい飲んだの?」
「僕はわからないんです。気がつけばかなり飲んでいたみたいで、ろれつもまわっていなかったんです」
「あぁ・・・こまったもんだなぁー 救急車で運ばれたら、警察と学校にも連絡行くよ。救急車で運ばれたら、普通はただじゃすまないよ。ひょっとして、停学くらいじゃすまないかもしれないよ」
「はい、わかってます」
「しかたがないな。その彼は意識があるのかな?」
「もう、ほとんど返事してくれないんです」
「ちょっと見せて・・・(そいつに向かって)おい!!おい!!わかるか!!救急車で病院行くか??えっ、おい!!しっかりしてみい!!」
う〜ん。。。ぁぁぁぁ・・・・
「意識はあるみたいだな。おい!!こら!!しっかりせんかい!!!おい!!おい!!(体をおもっきり揺さぶりまくっていた)」
気分悪い。。。んんん・・・
「おい!!病院行くか??救急車がきているんだぞ!!おい!!どうする??おい!!」
えっ救急車ぁ〜。。。う〜ん・・・気分悪い。。。
「おい、救急車で運ばれたら警察もくるんだぞ!!」
それは。。。・・・(言葉にならない言葉)

 そして、救急隊員の人は素早く脈を取り、いろいろな身体の症状のチェックをいれていた。手早く、ひととおりの健康診断のようなことをすませて、そして最後にその救急隊員は僕の方に向き直ってこう言った。
「この様子だったら、死んでしまうようなことは今のところないと思うから、君は様子を見ていてもらえるかな。僕らは引き上げることにするから。ほんとは病院行ったほうがいいけれど、僕らが救急車で病院へ運ぶと、君は警察に行かなくてはいけないから、大変なことになってしまう。。。
だから、今のところはまだ大丈夫みたいだから、僕らは引き上げるので、君はここで、もうしばらく様子を見ておいて。もし彼の様子がおかしくなったら、またすぐに119に連絡して欲しい。僕らがすぐ飛んでくるから。また、場所もここからは絶対動かないで欲しい。ここなら、すぐに探さずに来れるから。でもその時は、今度はパトカーもついてくることになるから、覚悟しておかないといけないよ。だから君はしっかり介抱するんだよ!」
そう言い残して、救急車は去っていってしまった。

 救急車が去ると、あらわれたのがクラスのメンバーだった。帰ったと思っていたうちの半分くらいのメンバーが、救急車が帰るとともに戻ってきた。

「ゆきおごめんな、おまえ一人残して」
「それよりも、救急隊員の人は、まだ意識がきちんとあるから大丈夫と言っていたけれど、これからどうしようか困ってしまったなぁ。。。」

「何とか家に連れて帰らないと、俺らも電車もなくなってしまうし」
「 みんな、もう先帰ってもいいよ。俺、自分の家に電話いれて何とかするから」

 それからみんなといろいろ相談した結果、やっぱりみんなには先帰ってもらって、僕はもう少しそこでその友人の様子を見ることにした。クラスのみんなかわるがわる「ゆきお、頼むな」と言葉をかけてくれ、僕ら二人の方を心配そうに何度も振り返りながら、帰っていった。時間は11時をすぎる頃だった。

 

 しばらくすると、酔っぱらった友人の様子が少し落ち着いてきた。どうやら本当に眠っているようだった。僕は、近くの公衆電話から、僕の自宅に連絡をいれた。父はその時たまたま不在で、母が電話に出てきて、事情を説明するとびっくり仰天していた。舞い上がっているため、あまり母とは会話にならず、あわてる母から受話器を奪ったのは、たまたま家に遊びに来ていた僕のいとこ(大学生)だった。「おまえあほか!!なに考えてるねん、高校1年生のくせに!!タクシーでうちまで連れてこい!!ボケッ!!」「お金ないん。。。」「金は家で払うから心配すんな!!アホ!!はよ連れてこい!!」と、えらい剣幕だった。。。

 そして、店の人に相談してみると、もう大丈夫じゃないかといっていた。それで、お店の人にタクシーを呼んでもらい、二人で酔っぱらってグニャグニャの友人をタクシーに押し込んだ。そして、いったん僕は車から降りて、お店の人にきちんとお礼を言った。「迷惑かけてしまってすみません。いろいろとありがとうございました」「君一人で大変だったけれど、がんばりなさいね。」そういうと、店の人はタクシー代と言って、僕にお金をくれたのである。あわてて返そうとすると、お店の人はタクシーの運転手にそのお金を渡し、「余ったらこの子に渡してね」と言って、無理矢理、僕をタクシーにのせ、出発をうながしたのである。僕は、窓からきちんとお礼を言って、最後に「またみんなで飲みに来ます」と言うと、お店の人はおもっきり苦笑いをしていた。

 家に無事に到着し、いとこが出てきたので、一瞬殴られるかと思ったけれど、「おまえあほやのー!!」とあきれかえったように言い、友人を抱えて僕の家に上げてくれた。そして、途方に暮れる母親と僕に向かって、「親のところに電話しないと!もう12時近くなのに息子が帰ってこないって心配しているはずだから」といい、かわりにその親のところに電話をしてくれたのである。理由は、「風邪気味でうちで寝ていました」と言って。。。 さすがは元ヤンキーのいとこだ。そのへんのことは手慣れたものだった。

 その頃になると、その友人は意識を戻しはじめてきて「気分が悪い」といい、またゴミ箱に向かって吐いていたりしていた。そして友人に「親が迎えに来てくれると言っているよ」と言うと、「あかん、おれ殺される!!お父さんめっちゃ厳しい人だから家に帰りたくない!!殺されるぅ〜」と言っては、ゴミ箱に顔を突っ込んで吐いていた。「心配しなくても風邪気味で寝ていたと言ったよ」と言うと、「ありがとう、ありがとう」と20回くらい、しきりとうわごとか呪文か念仏のように、ブツブツつぶやいていたのである。

 そして、ご両親が到着。よっぽど親が怖いのか、グニャグニャだったはずの友人が立ち上がって、ちょっとふらつきながらであるけれど、きちんと歩いたのである!!それまで、どうしようもない状態だったはずなのに、これには僕らが驚いてしまった。そして、両親とともに、きちんと頭を下げて帰っていったのである。でも、両親は酒臭いのがわかっていたはずだけれど、いったいどうなったんだろうか。。。


そのゴミ箱は捨てました(苦笑)

 そして何事もなかったかのように、2年の新学期になった。学校に行くやいなや、1年のクラスのメンバーに囲まれて、質問責めにあった。今日先生から呼び出しはあるのかとか、酔っぱらった友人はどうなったのかとか、あれからいったいどうなったのかと、口々に聞いてくるのである。一人に説明をしていると、またもう一人がやってきて同じ事を聞いてくるので、説明が大変だった。また、ほかのクラスにまで話が広まっていて、この日はあちこちで質問責めにあってしまった。

 けれど、いちばんおそれていた事が現実になっていた。やっぱり、先生の耳に入っていたのである。その日の放課後、生活指導も担当していた新しい担任の先生から怒ったような顔で、「放課後、少し校内に残っておきなさい」と言われた。そして放課後、教室でたった一人、取り残されたように待っていた。そうすると、「ゆきお、至急職員室まで来なさい」と、校内放送をかけられて、職員室に呼び出されてしまった。新学期早々、気が滅入ってしまった。中学の時は、よくいたずらをしては職員室に呼び出されたりしていたけれど、高校になってこういうことで呼び出されるのは初めてだった。。。職員室に行くと、なぜか校長室の横の個室に通され、僕は「いったいどうなるんだろう」と、不安な気持ちが胸いっぱいに広がってゆくのを感じた。ふかふかのソファーに腰掛けると、先生は僕の前に腰を下ろし、いちどため息を深くついた。

 そして先生は、「おまえなぁ。。。」とひとこと言ったっきり、僕の顔を見て言葉を失っていた。あとは困った顔をして沈黙しているのである。僕は「やっぱり、すべてバレていたのか」と感じた。 「どこまで先生は知っているんだろうか、処分されるんだろうか、処分されるんだったら、どんな処分が待っているんだろうか。先生は、なぜ何も言わず黙っているんだろう。あぁまさか、ひょっとするともう、退学処分が決まっているんだろうか。。。」 僕は動揺する心を必死に抑え、次に出てくる言葉を恐怖とともに、ひたすら待ち続けた。先生はたばこをくゆらせながら、腕を組み、なんと3分間ほどの長い沈黙が続いた。

 そして、あきれたように「もういい」と言っていきなり立ち上がり、「警察沙汰にならなくてよかったなぁ。おまえのクラスの奴から、おまえが警察に捕まっているんじゃないかと内緒で相談を受けて、俺もびっくりしたんだぞ。そのほかにもおまえのクラスの奴みんな、めちゃめちゃ心配してたんだよ。何人かの女の子は、おまえが退学になるんじゃないかと心配して泣いていたしな。もう、ほかの先生とか知っている人も多いけれど、誰も何にも言わないから心配しなくていい」


高校時代の日記を読み返すと、懐かしさがこみ上げてきます

 

 今思い出せば、高校の1年生の時は、何もかもがおもしろかった時代でした。毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった時代でした。ちなみに、あの友人は、親からなぜか一切おとがめがなかったそうです。その友人は気楽なものです。あの日のことを一切覚えていなかったそうです(苦笑) 救急車を呼んだことや、僕が必死に介抱したことをぜんぜん覚えてなかったのです。あれだけ冷や汗が出たことなのに、「ごめんな。ありがとう」と言う言葉で終わってしまったのである(苦笑)

 で、僕は彼にニックネームを一つプレゼントしてあげました。それは「酒乱」です。救急車の話とともに、僕がつけた「酒乱」と言うあだ名があっという間に広がり、彼はその事件のあと、「酒乱」と言う名前で呼ばれることになりました(笑)

おわり

’99/7/7アップ