あるスノーボーダーの情熱


 僕は、スキーのオフトレのためにスケート靴を買ったけれど、そのスケート靴を買ったばかりの時に、アイススケート場に出かけたときの出来事である。

スケート場のロッカールームで、myスケート靴をはいていると、貸靴を脱いでいた若いカップルの彼氏から話しかけられた。その彼氏は目を見張るほどの巨漢で、一目見てとてもびっくりした。彼女の方は彼氏がケンカを売ったと思って、その彼氏を「ちょっとぉ!」と押しとどめていた。なぜ話しかけられたのかわからない僕は、「ケンカを売られたならこれは不戦敗だ、被害はなんとか最小限に」なんて考えていた。けど違った。どの大きな体の彼氏は、いかつい顔に優しそうな目をして、僕の方をまっすぐ見ていた。

「その靴かっこいいですね」
「うんありがとう、けどこれ買ってスケートするのは二回目です」
「ホッケーやっているんですか」
「いえいえ、スキーのためのオフトレに買ったんすよ」
「えっそうなんですか! 僕もスノボするので、オフトレになるんかなぁ」
「どうかわからないけれど、スキーとスノボはよくにているみたいだから、ちょっとしたオフトレにはなるかもしれないすね」

その場はそれで終わりだった。 別に気にもとめることなく、そのあとはすっかりと忘れ去ってしまった。

 その2週間後にスケート場に行くと、なんと、そのごっつい人が新しいホッケー靴をはいて滑っていた!話しかけると「スノボのオフトレを探していたんですよ。けっこう感覚にているからはじめたんですよ。この靴も、あれからすぐ買いましたよ。」というではないか。何という行動力!ほんとうに驚かずにはいられなかった。

 またある日、平日たまたま時間があいたから、夕方5時からスケート場に行った。営業が終わる7時まで、2時間だけかるく滑ろうと思って滑っていた。黙々と一人で滑っていると、6時半頃、なんとその大きな人がまたやってきた。7時に営業が終わるというのに、残った時間は30分しかないのにである。あまりにも驚いたので、思わず聞いてしまった。

「ここのスケート場、あと30分で終わりって知ってます?」
「はい、ほんの30分だけなんですが、スノボのオフトレ代わりに、ちょっとでもうまくなりたいから、来て滑っているんです」
「自宅からここまで、どれくらいかかるのですか?」
「1時間弱はかかりますね」

来るのに一時間近くかけて、滑るのは実質20分弱、スケート代は1400円。20分しか滑れないのに、わざわざやってくるなんて、驚かずにはいられなかった。
実はタメ口を聞いていたけれど、3つ上だった。めちゃあせった。並んで滑ると、その人の大きな体に隠れるようで、子供になったみたいだった。歩いているのを見ると、山が移動しているような感じかもしれない。一緒に歩くだけで、
この世の中にもうなにも怖いものはない!!という気持ちになってしまう。

 そして、ある日曜日の夕方、スケート場にそのごっつい人はやってきた。そして、帰りに一緒に飯を食べに行こうと誘われて、一緒に食べに行くことになった。そして、食事をしている間、いろんな話をした。その中の話で、スケートを始めたことに関して、けっこう、まわりの人たちに冷ややかに見られているようなことを言っていた。

「スケートなんか始めて・・・」

でも、その人の目的はひとつ、「スケートでスノボをうまくなりたい。ただ、それだけのため。」
聞くと、
元社会人アメフトの1部リーグの選手だったという。どうりでごついはずだ。それでも、高校時代はガリガリだったという。それがいやだったので、大学でウエイトリフティング部に入り鍛えたという。昔、ガリガリだったという言葉が信じくれないくらい、ごっつい体格だった。これはやっぱり、目的意識がはっきりしているからこそできたと思う。目的意識の明確さや自分の目標に向かう行動力、やり遂げる実行力・精神力、そして結果を出すための勉強や研究、解析をする明晰さ、結果を出せる人間が持つすごさを食事中の話をしている時にものすごく感じた。スケートでも、スノボの話でも、話を聞いていると、実に具体的なトレーニング方法を考えて、理論的に裏打ちされているトレーニングをしているようだった。実は、二人とも家が自営業をしているということや、行っていた高校がものすごく近くだったことや、布施にもよく来ていること、僕がふらふらっと衝動買いしたスキー専門店にその人の弟が行っていること、その人も僕と同じで、趣味のためなら思わず衝動買いをすることなど、実にローカルな共通事項が多かった。

けど、この人のスノーボードにかける情熱はほんとに中途半端ではなかった。一生懸命になれる人間の持つすごさというものを目の当たりにしたような気がする。話の仕方や言葉の使い方など、体のてっぺんから足先まで、エネルギーに満ちあふれているような人だった。ごくふつうで、自然な話し方なんだけれども、存在感がまるっきりふつうではなかったし、ただのスポーツ馬鹿でもなかった。不思議な人だと思う。僕はもともと人の影響を受けやすいたちなので、この人に一気にエネルギーを与えられてしまった。その人はスノボの大会に出るために、真剣にがんばっているという。部屋にも、自分の目標を、いつでも目にはいるところにでっかく貼っているという。どんな犠牲でも払うつもりだとも話していた。そう話す目には、意志の力の強さを表す光が見えたし、どんなことがあってもやり遂げようとする不屈の心があらわれていた。振り返って僕が自分を振り返ってみたら、スキーがただめっちゃ好きというだけで、そこまでの意志の強さというものを、自分には見つけることができないことに気がついた。けれど、この人と話をしているあいだ、ものすごく精神的に強烈なエネルギーをそそぎ込まれたような気がする。このスノーボーダーの情熱には、ほんとうにうれしくなるほどの心のエネルギーを感じてしまった。本当にすごい人だと思った。こういう人こそ、一流になれる人なんだろう。

 

 

これは1998年8月アップしたものです。

1999年6月に、この続きのエッセイを新しくアップしました。よければ、そちらもご覧くださいませ