TV drama..29                                        20041228放送(フジテレビ系) * トーク/2006106

徳川綱吉〜イヌと呼ばれた男

  

 

:うーん・・・このドラマはちょっと、時代劇としてどうなの?という思いが強かったんだけど、あたしとしては。

:うん。 前年に、同じ草g剛さん主演で「太閤記〜サルと呼ばれた男」という豊臣秀吉を主人公にしたドラマがあったけれど、その時も、今回も、本来の「時代劇」という観方をしてしまうと、かなり違和感があった、というか。

:うん。

:特に今回は、綱吉(草g)にしても、吉保(田辺誠一)にしても、内蔵助(堤真一)にしても、その名前から想像する人物像を頭にきっちり描いてこのドラマを観てしまうと、ものすごく戸惑ってしまうかもしれない。 新しい解釈、新しい視点で彼らを描く、というよりも、もっと違った次元・・・「あの時代」を使って、「現代」を写し取ろう、というような、確信犯的な意図があったような気がする。

:・・・それは、どういう?

:綱吉は、「生類憐みの令」という悪政を敷いた「愚かな将軍」というレッテルを貼られることが多いんだけど、本当にそうだったんだろうか、と・・・ 実は、彼は、すべての生きものを憐れむことによって、人の命を尊ぶことを訴えようとしていたのではないか、と・・・ 

:・・・・・・・・

:「解釈」として、そういう捉え方というのも、あり、じゃないか、というのが、そもそもこのドラマのスタートラインだったんじゃないか、とは思うんだよね。 ナレーションにもあったけれど、近年、綱吉を名君と見る研究者も出てきているようだし。

:・・・うん。

:だけど、このドラマは、そういう解釈で綱吉を描く、というところに留(とど)まらないで、そこからさらに自由な発想を広げて、忠臣蔵という史実を絡(から)めた、ある種の「社会派ファンタジー」というような肌触りのドラマになって行ったところが、非常に興味深かった。

:社会派ファンタジー・・・?

:・・・・うーん、本来結びつかない言葉だとは思うんだけどね。(笑) でも、このドラマを、ただ「ファンタジー」というだけで済ませるには、あまりにも重いテーマを含んでいるような気がしたので。

:・・・・・・・・

:特に、赤穂浪士の吉良邸討ち入りと、吉保の子の誕生を、対比して見せたあたりは、大きなメッセージが含まれているような気がした。 登場人物たちは、結局は「そこ」に収束していくための駒であれば良かったので、思い切った言い方をすれば、本来の綱吉、本来の吉保、本来の内蔵助である必要はまったくなかったのかもしれないな、と。

:うーん・・・言ってる意味がよく分からない・・・・

:今、世界中に、戦争があり、テロがあり、報復がある。 何かを守り、求め、得るために、戦いは果てしなく続き、人は死んで行く。 だけど、人の命と引き換えに出来る、それ以上に価値あるものが、果たしてあるんだろうか。 
  内蔵助は、忠義のために討ち入りを決行するけど、彼らが死んでまで貫こうとした忠義は、結局は人を殺すことでしか成り立たないんだよね。

:・・・・・・・・

:けれども、忠義を討ち入りで果たそうとした彼らへの賞賛は、あの時代だけでなく、今の時代にも受け継がれ、語り継がれる。 美談なんかじゃない、そこには、「報復の連鎖」という非常に危険な「殺し合い」が潜んでいたのに。 

:・・・・「報復の連鎖」・・・・

:綱吉が、吉良方が赤穂浪士に対して仇を討つことを禁じたのは、そこに生まれるのは、報復の連鎖でしかないことを見越していたからなんじゃないかな。 どこかで断ち切らなければ、報復という形の殺し合いは永遠に続く。

:・・・・・・・・

:犬であれ、何であれ、殺すことで生まれるものは、負の概念でしかない。 綱吉は、そこに、無茶な法度(はっと)であれ何であれ、ピリオドを打とうとした。 「殺さないこと」で生まれる人の優しさと慈悲とを、もう一度よみがえらせようとした。

:・・・・・うーーん・・・・・

:そこにあるのは、かなり硬質の社会派としての視点なんだけれど、それをドラマにしようとした時に、真っ向からでなく、ファンタジーというオブラートを包むことによって、むしろ、メッセージが明確に伝わることもあるのかもしれない。 それは、ひとつの「賭け」に等しい方法だったかもしれないんだけど。

:うん。

:それが成功していたかどうか、というのは、正直、私には分からない。 けれども、登場人物の性格や行動に歪(ゆが)みを加えてまで伝えたかったのだろう「人の命の尊厳」というテーマは、少なくとも私には、きっちりと伝わるものがあった。

:・・・・うーん、そうか。 で、さっき翔が言ったように、その大前提のためには、登場人物のキャラクターが今まで伝えられて来たものとまったく違っていたとしても、かまわないんじゃないか、ということなんだね。

:正直、違和感はあるけどね。 今までの通説からすれば、あんな綱吉も、あんな吉保も、あんな浅野内匠頭も、いないわけだから。

:そうそう、あの浅野内匠頭(陣内孝則)はちょっとショックだったな。 かなり今までのイメージとは違ってたよね。

:でも、それも、上司がどれほど浅はかな人間であっても、「忠義」であれば、その仇を討たねばならない、ということを、ストレートに伝えたいためのキャラ設定だったような気がするんだよね。

:・・・そうか。

:仇討ちの愚かさを一番知っていたのは内蔵助で、浅野のような上司のために、みすみす部下たちを死に向かわせなければならない虚しさも、そこには自己満足しか存在しないことも、よく知っていた。 そこにある「死の美学」というものが、何も生み出さない空虚なものであることも、ね。

:・・・・・・・・

:それでも彼は、「死」を選んだ。 討ち入りの前に、綱吉と語り合う内蔵助は、何かの欲を持っていたわけじゃない。 「忠義」という一分(いちぶん)よりも、彼は、本当は、浪士全員の命を救いたかったんじゃないか、と。 

:いや、でも、彼は「忠義のため」と言うよね。

:うーん、それは本音じゃない気がするんだよね。 大衆の好奇の目にさらされ続けた赤穂浪士の行き先を、彼は、「忠義」という名目を作って、与えてやろうとしたんじゃないか、という気がする。

:・・・・うーん・・・・

:討ち入りのあとに、綱吉と吉保が吉良邸を訪れる。 まったくありえない話なんだけど、でも、これも、しっかりと伝えたいことがあって、の、歪曲(わいきょく)に思える。 
  事実、累々たる屍
(しかばね)を見つめるふたりの眼を通して、討ち入りがどれほど愚かで救いようのないものであるか、忠義という名目で人の命が簡単に失われることへの憤(いきどお)り、が、しっかりと伝わっていた、と思えたから。

・・・・・・・・

:それは、ひょっとしたら、私が時代劇で満点に近い出来、と評価した『忠臣蔵〜決断の時』でさえ、伝えきれない部分だったんじゃないか。 たとえ忠義であれ何であれ、人を殺す、人が死ぬ、そのことに、どれほど美しい・清い想いが含まれるのだろう。 たとえそう感じられたとしても、それはどこか、偽善でしかない、と、そういうことまで伝わって来てしまったからね。 

:・・・・・・・・

:・・・・いや、それはもう、私という人間の個人的な感慨でしかないのかもしれないし、第一、このドラマをそんなふうに・・・「社会派ファンタジー」というふうに観てしまっていいのか、という疑問は、あいかわらずあるわけだけれども。

:そのあたりはもう、翔独特の「深読み」のなせる業(わざ)なんだろうけど・・・・正直、あたしはそこまで深く考えなかったけどね。(笑)

:・・・・・うん。(笑) だから、それはもう、個人個人の捉え方でいいわけだけど。

:まぁ、翔のように、重いテーマを含んでいると思ってガッツリと噛み締めつつ観た人もいれば、あたしのように、サラサラと軽く観てしまった人もいるわけで。(笑)

:いやもう、↑のような視点で観てしまうと、肩が凝(こ)って仕方ない、ってとこもあるんだけどね、正直に言うと。(笑) でもまぁ、それを私なりに受け止めて、ウラを読んで、いろいろ想像して、っていうの、私は嫌いじゃないし、そこから空想を広げて、あれこれ考えるのも嫌いじゃないから。 時々、妄想が勝手に暴走して困ることがあったりするけど。(笑)

:まぁね、翔のそういう性格があって、初めて、このトークが成り立っている、と言えなくもないわけだから。(笑)

:・・・・ん〜・・・ふふ・・・まぁ、そうだね。(笑)

★    ★    ★

:さて、登場人物に行こうか。 まず、草g剛さん。

:ほんと、不思議な人だよね。 いつも、どんな役を観ても感じることだけれど、どんな生臭いドラマでも、ファンタジーにしてしまう、不思議な力を持っている。

:うん。

:田辺さんも、そういうところがあるし、深田恭子さんも、そういうところがある。

:うんうん。

:だから、彼らが出てくると、妙に「おとぎ話」めくんだよね。(笑)

:おとぎ話・・・か。(笑)

:特に草gさんは、今回のような「時代劇」というワクの中でさえ、その魅力が失われることはなかったから、ちょっとびっくり、というか、感動してしまった。 

:うん。

:草gさんって、うまいんだよね。 

:・・・・そう?

:いや、今まで一度もそんなふうに思わなかったんだけど(笑)、でも、今回はうまいと思ってしまった。 何だろう、特に、あの、どんどん歳を取って行く感じなんか、なんとも言えず切なくて、胸に迫るものがあった。 見た目だけじゃなく、中身が歳を取って行く様子がね、すごく伝わった気がしたから。

:・・・ああ、そうか。

:役の捉え方が、ものすごく自由な気がする。 ストンと、自分を役に落とし込んで行くところに、まったく無理を感じないんだよね。 ちょっと、普通の俳優さんじゃ太刀打ち出来ないものを持ってるのかもしれないなぁ、と、このドラマを観て思うようになった。

:うーん、なるほど。

:一方、堤さん(大石内蔵助)は、そういう どこに飛んで行ってしまうか分からないような草gさんを地上に繋ぎ止めるための、揺らがない実直さ、みたいなものを持っている人で、彼は彼で、すごく魅力的だったように思う。

:翔は、堤さんもファンタジックな俳優さんだと思う?

:ん〜〜、まだ、それほどたくさんの役を観て来ているわけじゃないので、ひょっとしたら見当違いなこと言ってるかもしれないんだけど・・・・
  堤さんって、現実的な役をやっても、どこか ど真ん中にいない、ちょっと外れてる感じがあって、どこか 傍観者めいたところがあるんだよね。 そこにファンタジーを感じるか、と言ったら、またちょっと違うかな、という気がしないでもないんだけど・・・うーん、どっちかと言えばノスタルジー、かなぁ。 でも、私としては、今、彼のそういうところに興味を持ち、魅力を感じているのも確かなので。

:うん。 ――他の出演者は?

:堀田正俊役の西村雅彦さん。久しぶりに、遊びのない思い切った役作り・・・徹底した悪役を観ることが出来て、気持ちよかった。 そのあたりは、吉良上野介役の竹中直人さんにも言えることだけれど。

:うん。

:ファンタジー系のドラマになると、こういう顔触れになるんだなぁ、というのも、興味深かったよね。 西村さん、竹中さん、陣内孝則さん・・・

:草gさん、深田恭子さん、田辺誠一さん・・・か。(笑)

:そうそう。 だから、配役を見ると、制作側が、そのドラマをどういう方向で作ろうとしているのか、が、だいたい読めるようになって来る。(笑)

:うーん、なるほど、それは確かに言えるかもなぁ・・・。 ドラマを観る時は、今度からそういうところも気をつけて見てみることにしよう。(笑)

★    ★    ★

:そういう「ファンタジー色」に染まった田辺さんですが、どうだった?

:・・・・うーん、普通。(笑)

:ふつう!?(爆) いや、もっと何か・・・・

:でもこれ、私としては、褒(ほ)め言葉なんだけど。(笑) だって、何も引っ掛かるところがなくて、すんなり役に酔える、って、私としてはすごいことなので。

:あ、そう・・だよね。(笑)

:田辺さんが柳沢吉保をやると聞いた時、もともと悪役のイメージがあったし、そういう吉保を内心期待したりもしていたものだから、実際にあの田辺・吉保を観た時に、ものすごく肩透かしをくらった気分にもなったんだけど・・・(笑)

:悪役・吉保を返せーー!みたいな?(笑)

:うん。(笑)

:でも、翔は、あの吉保を気に入ってたよね。

:いや、だって、柳沢吉保を あんなふうに「普通」に演じられる人って、田辺さんぐらいしか考えられないでしょう。(笑) 

:うんうん、確かにね。(笑)

:草gさんにしてもそうだけれど、時代劇なのに、何だか拍子抜けするくらい気負った感じがまったくない、というのもね、何だか「らしい」なぁ、と。

:うん。 ・・・・あ、でも、時代劇に一家言ある翔としては、物足りなかったんじゃない?

:確かに、私は、時代劇独特の重さ、みたいなものが好きなので、そういうものがほとんどなかったのは、残念ではあるんだけれど。 でも、綱吉との絆が深くて、確かに家臣ではあるんだけど、まるで親友というか戦友というか、そういう感じがすごくしたのも確かだし。

:うん。

:田舎から出てきて、将軍にさせられて、どんどん高いところに押し上げられて行く綱吉の身を、一番心配して、心痛めて。 自身も、どんどん重用されて行くから、学ばなければならないことはいっぱいあって。 
  そういう、普通の時代劇の柳沢吉保では描き切れないところを、このドラマでは、そして演じている田辺さんは、しっかり表現してくれていて、すごく嬉しかったのも事実なんだよね。

:・・・・・・・・

:それと、今回の田辺さんは、武士としての基本的な所作、というか振る舞いが、ほとんど、ちゃんときれいに出来ていたので、とりあえず、そこさえ押さえてあれば、中身はファンタジーであれ何であれ、OKかな、と。(笑)

:なるほどね。(笑)

:あとはもう、細かいことにこだわってしまうと、ファンタジーとしての味わいを消してしまうような気もするし。

:うん。

:もうひとつ・・・これはまだ、自分の中でもちゃんとまとまっていない部分なんだけど・・・・

:・・・何?

:今回初めて感じたことと言っていいかもしれないけど・・・ 他の俳優さんは、役に対して鋭角的にぶつかって行くんだけど、田辺さんは、すごく広がりを持った役へのアプローチをしている感じがするんだよね。 だから、役によっては物足りないと感じることもあるけど、今回のように受け手としての役回りになった時には、安心感・安定感がある・・・ そういうふうになって来たのは、まだごく最近のような気もするけど、でもたぶん、本質的には持っていたものだったのかもしれないなぁ、と。

:・・・・ふ〜ん。

:そういえば、ナビオ(@サボテン・ジャーニー)の時にも、そういう安心感があったなぁ、と、今ふと思ったんだけど、あの時は、そういうものと同時に、定まらない揺らぎ、みたいなものもあって、それがまた魅力にもなっていた。

:うん。

:今回は、逆に、そういう役としての定まらなさ、みたいなものがほとんど感じられなくて、一歩下がって物語全体を支えているような、大きさ、というか、確かさ、というか、そういうものが感じられたんだよね。 もうこれは、贔屓(ひいき)ゆえの甘さ、と言われても仕方ないかもしれないけど(笑)。

:うん。(笑)

:でも、今後、そういう方向にも伸びて行く要素が、田辺さんの中で、新たに育っているのかなぁ、という気もするので。

:田辺誠一はまだまだ進化する?(笑)

:うん。(笑)

:そうかぁ・・・

:そんなこんな考えると、ドラマとしての当時の評価はあまり高くなかったかもしれないけれど、私としては、ドラマ自体に関しても、田辺さんに関しても、興味深い見所のあったドラマだったような気がするね。

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★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。             (一部敬称略)

 

 

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