
〜2nd Sason〜
ゴールデン・ウィーク明けの講義室は四月はじめより、少しだけ人がまばらになったように思うのは気のせいだろうか?
そんなことを考えながら擂鉢状になった講義室の一番底にあたる前方の扉をくぐる。
まだ、休憩時間中とあって、既に教室で授業がはじまるのをスタンバイしている学生たちものんびりしている。
その中に、キラはある人を捜す。
木曜四限の電子工学基礎。
真ん中のブロック、前方三分の一くらいの席が『彼』の定位置だ。
彼は大抵、同じ場所に座っているので捜すのに苦労がない。
「…あ…れ?」
教科書を抱いていたキラは、ことりと小首を傾げる。
いつもの定位置に彼の姿が見つからないのだ。
大抵、彼はキラよりも先にこの教室に着いている。そして…あの席で、経済誌やら難しい本のページを繰っているのに。
「…お休み?まさか…ね」
確か、この前の別れ際には、『また木曜日の講義で』と言っていたような気がする。
真面目な彼に限って、ゴールデン・ウィークが終ったからもう授業に顔を出さないということもないだろうし、何かあったのだろうか。
「メール…!」
そういえば、前の授業がはじまる前からメールをチェックしていない。ひょっとすると、彼から何か連絡が入っているかもしれない。
キラは慌ててジーンズの後ろポケットにつっこんだままになっていた携帯電話を探る。
その時…背後に気配を感じる。
ずっと立ち止まって通り道をふさいでいたことに気付き、キラは慌てて横に退く。
「す…すみません!」
「いえ。どういたしまして」
その声に、キラは慌てて振り返る。
「誰を捜しているの?」
そこには、白いサマーセーターに黒のジャケットを羽織ったアスランの姿があった。
「…アスラン」
思わず、ぽかんとしたまま彼を見上げていると…彼は少しだけ低い位置にあるキラの髪をかきまぜる。
「おはよう。キラ。…君の隣に座ってもいい?」
彼のその言葉に、キラはアメジストを大きく見開く。
これまでは、彼の背中を見ているだけだった。けれど…今日からは違う。同じ講義を隣の席で受けられるのだ。
「もちろん!」
そう言って微笑めば、アスランもまた嬉しそうに翡翠の瞳を細めた。
「おはよう!」
午後になって『おはよう』も何もないのだが、その日はじめて顔をあわせる相手にはついつい『おはよう』と挨拶してしまう。
キラの声に、先にいつもの定位置に座っていたミリアリアが読んでいた本から顔を上げる。トールはといえば、隣で机につっぷしていた。
「あら。キラ。おはよう…?」
彼女はグリーンの瞳をぱちりと瞬かせる。何故なら、キラの隣には見知らぬ青年が佇んでいたからだ。
いや、知らない顔ではない。単に今まで個人的に接点がなかっただけだ。
「ええと…政経のアスラン・ザラくん」
「はじめまして」
「…どうもはじめまして。理工のミリアリア・ハウです」
差し出された手を彼女はにっこり笑って握り返す。
「…キラとザラくんが知り合いだなんて知らなかったわよ。どうこと?」
階段状になった講義室。ミリィと(まだ寝ている)トールの前の段にアスランとキラは並んで座る。しばらくすると、後ろからミリアリアにつつかれる。彼女は小声でそう問うた。
「ええと…話せば長くなるんだけどさ。前、僕ん家で飼いはじめたばかりの犬、大学に連れてきてたでしょ?」
「えぇ!可愛いシェルティ!元気にしてる?」
ちんまりとした仔犬を思い出し、ミリアリアが笑顔になる。
ちなみに、今日は、久し振りに家の大掃除と洗濯をしに母のカリダが一時的に帰ってきてくれているため、チョコはおうちでお留守番だった。
「あの日、ホントはバイトの間、ラスティが預かってくれる筈だったんだけど…後輩が怪我したとかでダメになっちゃったんだよ。で、困り果ててたところ、彼が預かってくれたの」
「そんなことがあったの?ゴメンなさい!」
「いや、あの日、ミリィとトールはデートだって知ってたからさ…。さすがに申し訳ないと思って」
ミリアリアにはそう言ったが、実のところ、彼女とトールには少しだけ感謝している。何しろ、ふたりに予定がなくてチョコを預かってもらっていたとすれば、自分とアスランがこんな風に急接近する機会は永遠に来なかったのだから。
その時、前の扉からフラガが姿を現す。どうやら、何時の間にか授業の時間になっていたようだった。
「おー。久し振りだなぁ。ゴールデン・ウィークが終った後って、毎年人数がごっそり減るんだけど…今年はあんま減ってないみたいだな」
その言葉に教室がどっと笑いに包まれる。
「んじゃ、授業いくぞー」
教壇で資料を整えたフラガが早速今日の講義をはじめる。
(…なんだか不思議)
ちらりとキラは隣に視線を走らせる。
つい、先週まで、この講義の授業中に彼の背中を見ることしか出来なかった。けれど、今日からは彼の横顔を見ることが出来る。
いや…別に今日の講義に限った訳ではない。これからは何時でも彼の顔を見ることが出来るのだ。
しかも…。
「…キラ?」
耳元で囁かれた声にびくりと反応する。
声の方へと視線を向けると、彼がじっと自分の方を見つめている。
視線が絡み合った刹那…彼が不意に微笑む。
(…うわ…!)
その無敵の王子様スマイルにキラは一気に頬を染める。
遠くから見つめることしか出来なかった時には、取り澄ました表情しか目にすることが出来なかった。
髪の藍色と瞳のグリーン。寒色が目立つからだろうか。彼のイメージは凛とした冬だ。
この大学では超有名人の彼は、必要以上に人に近寄られるのを避けているような節がある。
その他人を寄せ付けないオーラのせいか、この講義でもいつも彼の両隣は空席のままだった。
休憩中も、本や雑誌に視線を落としていたので、ストイックな表情しか目にしたことがない。
その彼が穏やかな笑顔を見せるのは、おそらく家族や親しい友人だけだろう。
しかし、今、彼はキラにその特別な笑顔を向けてくれる。
自分とアスランとの距離が短期間の間にとても近くなったことを実感し、キラも淡い笑みを彼に返した。
**Comment**
序盤から抜粋です。
なんだかとても初々しいカップルで、書いているこっちが恥ずかしかった・・・。
今回もチョコと○○○(本誌をよんでね!)があばれまくりです。やっぱり犬は描いていてとても楽しい!
ついついページが長くなりました。
今回、けっこうすごいところでぶった切ってますが・・・・次で終わりになります。
最後はもちろんアスキラHappy End!
何時発行できるかちょっと分かりませんが、秋か冬には出したいと思っています。
2009.May 綺阿。
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