
* Marrige Blue *
「先生、結婚するって本当ですか?」
担任しているクラスの生徒に唐突にそう問われ、キラは、食べていたきつねうどんの揚げを落とした。
「あーっ!」
「先生・・・大丈夫ですか?」
わたわたと慌てるキラに、ストロベリー・ブロンドをツインテールに結った少女・・・メイリンは問う。
彼女はキラが担任しているクラスの生徒だ。
「噂になってますよ。先生、結婚して寿退社するって」
したり顔でメイリンは言った。
「・・・いや、会社じゃないから、『寿退社』ってのはおかしいと思うんだけど・・・ってか、問題はそこじゃない。一体、誰がそんな噂を・・・」
キラは、箸を置いてこめかみを押さえた。
―――人生、何が起こるか分からない。
世界有数の財閥、ザラ家の次期後継者に突然指名されたキラは、現在の当主であるパトリック・ザラの長男、アスラン・ザラに詰め寄られた。
父の遺産は当然、一人息子である自分が受け継ぐものだと思っていたアスランにとって、キラの登場は晴天の霹靂だったのだ。
しかし、キラにとって、ザラ財閥は縁もゆかりもない存在だ。
当然、当主のパトリックにも逢ったことがない。
一体、どこでどうなってそんな話になったのか、と首を傾げるが、ザラ家の顧問弁護士であるニコル・アマルフィの提示した遺言書には、確かに自分の名前が入っていた。
財閥後継者の座になど、からっきし興味のなかったキラだが、多少のまとまったお金を必要としていた。
キラが担任している生徒、レイ・ザ・バレル。学年トップの頭脳を持つ天才だが、彼は幼い頃に両親を亡くし施設へ預けられていた。
彼の幼い頃からの夢は、海洋学者になることだったが、現代において、それはお金にならない学問だ。彼が、奨学金を受けて大学へ進学するには、もっとお金になる学問を専攻しなければならない。
彼が、誰にも遠慮することなく好きな道へ進めるよう・・・キラはレイの『足長おじさん』を探していたのだ。
彼への資金援助の代償として、キラはアスランと形だけつきあうことを承諾する。
かくして・・・ふたりの『偽装恋愛』がはじまった。
しかし・・・契約だった関係は、何時の間にか、真実となる。
不器用なアスランの優しさに気付いたキラは、だんだんと彼に惹かれていく。彼の方も、気持ちは同じだったらしく・・・すったもんだの末、キラは彼のプロポーズを受けたのだ。
喜び勇んだのは、アスランだけではない。アスランの父、パトリックと母、レノアも大喜びでふたりを祝福する。
キラがある日、偶然、街で助けた老紳士・・・。彼こそが、アスランの父であり、ザラ財閥のトップ、パトリック・ザラだったのだ。
見知らぬ自分を無償の優しさで助けたキラにパトリックは感動し、血も涙もない冷酷なビジネスマンとなりかけていた息子、アスランにも彼女ならば優しさを教えてくれるだろう、と、考えたのだ。
リック・ラーザという偽名を使い、キラの周りをうろついたパトリックは、何とかふたりを結婚させようと影で暗躍する。(注:当初、パトリックはキラを女の子だと誤解していた。それもその筈。キラは姉の代理で見合いした帰りであり、可憐なワンピース姿だったのだ)
―――話は、学食に戻る。
「先生?ヤマト先生?だ・・・大丈夫ですか?」
メイリンの声に、キラははっと我に返る。
「ご・・・ごめんね。ちょっと、一瞬気が遠くなって・・・」
「大丈夫ですか?結婚式、もうすぐなんでしょう?お体にはお気をつけくださいね」
「・・・メイリン。このこと、ナイショにしておいてくれる?」
ひきつった笑顔で言うと、メイリンは小首を傾げた。
「え?でも・・・うちの学年だけじゃなくて、学校中の噂になってますよ?」
「えええええ!?」
キラは焦る。
「しかも、お相手・・・財閥の御曹司ですっごいお金持ちだって。『玉の輿』、って本当ですか?」
今度こそ、キラは完全に撃沈した。
アスランとの結婚はひた隠しにしてきたはずなのに。どうしてここまで見事にバレているのか。
確かに、休暇を取る必要もあったので、同僚や学校長には既に報告している。
しかし、ザラ家の方からプレス・リリースがあるまでは、と、生徒への発表は控えていたのだ。
「学校も辞めちゃうんですか?」
「大丈夫。学校は辞めないよ。君たちが卒業するまでは意地でも。だから・・・ちゃんと勉強して。受験も間近だし・・・ね?」
にっこりとキラは微笑んだ。
キラの担任しているのは高校三年生だ。
今月から、推薦入試がスタートしている、ただでさえデリケートな時期だ。
そんな時に、担任の自分が生徒たちの動揺を誘ってどうするのだ。
「・・・一体、誰が・・・」
そう呟いた瞬間、キラははっと顔を上げる。
「分かった!」
「ちょ・・・先生っ!」
「ごめん、メイリン!」
そう言いおいて、キラはばたばたと食堂を後にする。
「あー。先生・・・うどん、どうしたらいいんだろう」
その場に残されたきつねうどんを見つめ、メイリンはぽつりと呟いた。
「シンーっ!」
がらりとホームルーム教室の扉を開けたキラは、ターゲットを補足する。
五時限がはじまるまで、あと十分。
生徒たちは、昼休みを思い思いに過ごしていた。
つかつかと教室を横切ったキラは、ひとりの生徒の耳をつまみあげる。
「いてて!兄貴・・・なにすんだよ!」
「学校では、先生って呼びなさいって何度も言ってるだろ!?」
「んなこと言われたって、急にこんなことされて、状況判断できるかよ!」
三年B組の担任、キラ・ヤマトと、シンは兄弟である。
実のところ、ふたりの血はつながっていなかったりするのだが、れっきとした一つ屋根の下、同居している間柄だ。
兄弟が、同じクラスに在籍するというのは、私立学校だからこそなせる技なのだろう。
「で、何すんだよ!兄貴!・・・じゃなかった、先生!」
「僕のこと、あることないことしゃべったのは君だろう!」
「・・・は?何のこと?」
訳がわからない、とホールド・アップした弟に、キラは怒鳴った。
「僕とアスランのことだよ!公表してないのに、これだけ噂になってるだなんて、シンがバラしたとしか思えないだろう!」
「・・・あちゃー」
シンは焦る。
確かに、話の弾みで友人にぽろっとバラしてしまったのだ。
その場に居た全員に口止めをした筈だったのだが・・・・。
おそらく『ここだけの話なんだけど』と、次々と、生徒たちの口から口へと噂が伝達したに違いない。
「・・・ゴメンナサイ」
神妙に項垂れるシンに、キラはひとつ溜息をつく。
「・・・まぁ、いずれはバレることだとは思ってたけど」
時期が早すぎだよ、とキラはぽつりと呟いた。
「・・・来週の火曜日の予定は?」
まるで、デートの誘いのように問うたアスランに、授業があるだけで放課後の予定は入っていないとキラは答えた。
「じゃあ、その日に結婚しよう」
あっさりとそう言ってのけた恋人に、キラは本気で驚愕した。
女の子じゃないが、それなりに結婚というものに対しては準備期間が必要なものだと認識していた。
しかも、相手の家は財閥。格式の高い家だ。
それを・・・アスランはまるで、夕食に行くかのようにあっさりと言ってのけたのだ。
当然ながら、その話は、キラの実家、ヤマト家においても非難轟々だった。
「・・・来週!?」
「はい。暦の上でも、この後、三年は来ない最高の日だそうです。十一月二十二日・・・『いいふうふの日』です。これ以上の日取りはありません」
にっこり微笑んで言ってのけたアスランに、ハルマはぱくぱくと水揚げされた魚のように口を開閉させる。
「だからって・・・来週、というのはちょっと早すぎやしないかしら」
キラの母、カリダ・ヤマト夫人もやんわりと反対する。
「義母上。申し訳ありません。年末に入ると、クリスマスや年末年始の特別予約などがあり・・・時間を取ることが出来ないんです」
「ならば、アスランくんが落ち着いてからにすればいいだろう?延期すればいい。急ぐ理由でもあるのかね?」
「・・・まさか、キラ・・・」
ちらりと母親の視線が自分の下腹部にあるのを見て、キラは慌ててぶんぶんと首を横に振る。
「ち・・・違うよ!妙な誤解しないで!」
自分は、アスランと同じ男性だ。
同性婚が認められているご時世とはいえ、さすがに同性で子供を孕むわけがない。
「・・・よかったわ」
「母さん。僕は娘じゃないんだけど・・・」
ほっと胸をなでおろした様子のカリダだったが、その母の反応に微妙なものを感じるキラだった。
「式は、私の勤めるホテル・ミネルバでと思っております。生憎、予約が一杯で、これを逃せば来春まで空きがないんです」
「ならば、来年にすればよかろう。キラだって、花嫁・・・違った、花婿修行をしなけりゃいかん」
「・・・しなくちゃいけないのかなぁ」
ぽつりとキラは呟いた。
「キラには、ザラ家へ来てもらうだけで結構です」
きっぱりとアスランは言った。
「他には何も要りません。・・・もう・・・待ちたくないんです」
「ダメと言ったら、ダメだ!延期しないというなら・・・婚約を解消させてもらう!」
だん、とテーブルを叩いた父の手に・・・キラは自分の手を重ねる。
「・・・ねぇ、父さん。僕は構わないんだけど」
「キラ?」
それまで黙っていたキラが、急にアスランの援護を始めたことにハルマはうろたえる。
「アスランは他のところでは式を挙げるわけにはいかないんだ。なら・・・こっちがあわせるしかないでしょう?」
「キラ?結婚って、そんなに簡単なものじゃないのよ?」
諭すような口調のカリダに、アスランは笑う。
「皆様は出席してくださるだけで構いません。準備はすべてザラ家で行ないます。嫁入り道具も要りません。ですから・・・キラだけ・・・俺にください。一日でも早く・・・キラと一緒になりたいんです」
そう言って、アスランはちらりと恋人を見つめる。
その、優しい翡翠の瞳に、キラの胸はどきりと弾む。
「・・・父さん、母さん・・・僕からもお願いします」
頭を下げるキラに、ハルマもカリダも、それ以上の反対を諦めざるを得なかった。
「・・・この前は、キラも反対してたくせに、どういう心変わりなんだ?」
門限の時間まであと五分。アスランを見送りに門のところまで出たキラは、塀に躯を預けて言った。
「君との結婚が生徒たちにバレたんだよ。こうなったら、もう、さっさと式挙げちゃう方がいいし。・・・もう、君のせいで、ほんっと散々だよ」
はぁあ、と、キラは深い溜息をつく。
「・・・俺のせい?」
「君のせいだよ!しかも、冬休みじゃなくて学期中に挙式だよ!?高校三年生の二学期という、デリケートな時期に!保護者からのクレームも覚悟しなくちゃ」
「・・・キラ」
ぷんぷんと怒るキラに、アスランが気分を害した様子はまったくない。
「ごめん。でも、一日も早く結婚したかったんだ。一緒に住めるようになれば・・・こうやって時間を作らなくても、毎日キラの顔が見れるだろ?だから、どうか・・・機嫌なおして」
逆に、腕を伸ばして恋人を抱きしめる。
やわらかなキラのベージュのセーターに顔を埋める。
「なっ!・・・アスっ!」
「・・・味方してくれてありがとう」
瞳を閉じたまま、アスランは言った。
「これ以上、反対されるようなら、駆け落ちしようかと・・・」
「・・・君なら本当にやりかねないよね」
けっこう、こういうところに関しては、この恋人は我慢がきかないし、勢いで何をしでかすか分からない。
そんなことにはならないよう、キラは心の中で十字を切る。
「ところで、十一月二十二日って・・・本当に、三年に一度のいい日なの?」
さきほど、リビングでかわされていた両親とアスランとの会話を思い出したキラは、何気なく疑問に思っていたことをぶつけてみる。
「当然だろう?俺とおまえが結婚する日、なんだからな」
そう言って、恋人は極上の笑顔で微笑んだ。
「・・・・・・」
さすが、営業マン。口がうまい、と、彼の確信犯ぶりを再確認したキラであった。
「・・・来週結婚!?でかしたぞ!アスラン!」
ザラ家の面々を集め、結婚報告を告げた息子の手を取ったパトリックは嬉しそうにがっしりと握手を交わす。
実の父ながら、こんなリアクションは生まれて初めてだ。
キラの偉大さを思い知ったアスランだった。
「アスラン。本当にふたりで話はしたの?あちらの準備が大変でしょうに」
「どのみち家族になるなら、一日でも早い方がいい♪」
「そう思って急ぎました」
大丈夫かしら、と戸惑うレノアとは対照的に、パトリックは背中に羽が生えそうなくらいに浮かれている。
ずっと、『この子を息子の嫁に!』と思ってきたキラが、ついにザラ家へ嫁いでくるのだ。ムリもない。
「・・・兄さんそんなに嬉しいの?喜びで口が開きっぱなしよ?式で笑っていたら女の子が生まれるわよ」
日頃、むっつりしているか、憮然としているか、どちらかのアスランが、今日は満面の笑みを浮かべている。
それが面白くないミーアだった。
「男でも女でも、キラに似た子供ならかまわないさ」
「・・・生まれるの?」
「やってみなけりゃ分からない」
「・・・あ。そう。ヤるのね・・・」
露骨にミーアは嫌な顔をする。
さすがに、兄とその嫁のベッドシーンは想像したくない。
「おや、もうそんな話まで出ているのか?ならば・・・孫を抱く日もそう遠くはないな」
うきうきと、パトリックは言った。
「まぁ、あなた、浮かれすぎよ」
ほほ、と笑いつつ、『それなら、子供部屋は南側の客間がいいわね』などと嬉しそうに言うレノアだった。
*Comment*
『恋をしようよ!!』続編、『長男の嫁』のプレビューです。
前作と同じく、会話中心のものすごくかる〜いラブコメに仕上がっております。
というわけで・・・新婚夫婦の話なのに、ビミョーにR-18ついてません。(苦笑)・・・すみません。根性足りませんでした・・・。
キラがみんなに愛されているアイドル本です。(笑)
実家のヤマト家だけではなく、嫁ぎ先のザラ家でも、舅のパトリックや姑のレノアに大事にされるキラ・・・その位置はアスランよりも上だったりして。
オムニバス形式で、いくつかのお話をつめこんでいます。
最後はもちろんHappy End!!お楽しみあれ!
2007.Aug
綺阿。
©Kia - Gravity Free - 2007