君を鳥籠に閉じ込めてしまおう。

その白い翼を折り取って。

自由を奪って、視線を奪って     


トリカゴ


遠慮がちにノックが響く。
ザラ家の一角に与えられたキラの部屋。
扉の向こうから姿を現したのは予想どおりアスランだった。
「熱は下がった?」
「・・・ん・・・大丈夫」
水を持ってきたアスランはベッドサイドへグラスを置くと、キラの額に手を当てる。
冷たいアスランの手が心地よく、キラは瞳を閉じる。
「キラはちょっとしたことですぐ調子崩すんだから、気をつけないとダメだろ?俺も・・・もう傍には居ないんだから」
その一言に、思わず瞳を見開いた。それは、今まで目を逸らしてきた真実をキラにつきつける。
彼はもうじきラクス・クラインと結婚する。
ふたりの結婚は、彼らの意思ではなく、婚姻統制により定められた運命だった。
コーディネイターの不妊は、プラントでは深刻な社会問題だ。
新たな世代を残すために最も効率的な手段。それは、遺伝子的に適合する相手と結ばれることだった。
対の遺伝子を持つふたりは、パートナーとしては最高の相性。
婚儀が早められ、ザラ家はラクスをもうすぐ迎えることになる。
キラの代わりに彼女がアスランの『家族』となるのだ。
単なる幼馴染以上の感情をアスランに抱いているキラがふたりの新婚生活を冷静に見ていられるはずもない。
ヘリオポリスが落ち、両親を失って、プラントへ引き取られてからずっと過ごしてきたこの家を去ることを選んだのはキラだった。

「・・・・ア・・・ス」
離れていく手を追う。
ベッドから起き上がろうとして・・・躯がふらつく。
「キラ!」
華奢なその躯を、慌ててアスランは支える。
「ほら・・・ダメだろう?ちゃんと寝てないと・・・」
ベッドへとキラの躯を横たえる。
その腕をぐいっと引っ張ると、不意をつかれて、アスランはキラの上に乗るようにベッドへと倒れこむ。
「・・・キラ?」
見上げるアメジストは熱のせいか潤んでいる。
「・・・今日だけでいい・・・一緒に居て・・・」
小さな声がこぼれる。
「・・・今日で卒業するから・・・今日だけでいい。僕だけのアスランで居て・・・」
熱のせいで不安になっているのだろう。
これからひとりになることもあるかもしれない。
せめてここに居る間は甘やかせてやろうと・・・昔のようにアスランはキラの髪に指を絡める。
そして、キスを落とす。
額に、頬に、指に。
それは、幼い時からのふたりにとっては習慣のようなものだった。
『幼馴染』がすることではないと知っている今もなお。
「・・・口にして」
キラの子供じみたおねだりを、苦笑しながらそれでもアスランはひとつづつ叶えてゆく。
軽く繰り返される口接け。
「・・・・・・」
それが何度か繰り返された後、アスランの頭を抱き込むとキラは自分からもっと深い口接けを求める。
「・・・ラ?」
慌てたように翡翠の瞳が見開かれる。
遠慮がちに差し込まれたキラの熱い舌が、アスランの理性を溶かしてゆく。
「・・・好きだよ。君が」
キラは言葉を紡ぐ。
それと同時に、今まで我慢してきた何かが溶けてゆく。
綺麗なアメジストが涙で曇る。
「ずっと・・・好きだった。・・・諦められなかった」
たとえ、叶わない願いだとしても。
「・・・キラ」
キラが自分のことをそう見ていたことに今まで気付かなかった。
アスランは、まじまじと目の前の幼馴染を見つめる。
ずっと一緒に兄弟のように育ったせいか・・・キスのように、普通の幼馴染同士ではしないこともキラとなら自然に出来た。
自分のその行為の裏側に・・・キラは何を想っていたのだろう。
「ねぇ、一度でいい・・・抱いて」
「・・・キラ・・・」
アスランは自分の胸にしがみつく幼馴染の髪を梳く。
さらさらとこぼれおちる鳶色の髪。
見慣れていたそれが、こんなにやわらかいとは知らなかった。
そこからはどこか懐かしい香りがした。
「・・・俺もキラが好きだよ。でも・・・ごめん。俺にはもう・・・」
「分かってる」
それ以上の言葉を聞きたくなくて、アスランの唇をキラは塞ぐ。
角度を変えて繰り返される濃厚な口接け。
水音が暗い部屋に響く。
そっと離れたキラの唇から・・・最後の祈りがこぼれる。
「だから・・・今日だけでいい・・・僕だけのアスランで居て・・・・」

耳元で囁かれるその甘い嘆願に、一体、誰が逆らえるというのだろう?
 その甘い言葉に、アスランは抗うことができなかった。


* * * * *


 キラの体調不良はその後もなかなかよくならなかった。
後見人であるパトリック・ザラの薦めにより、精密検査を受けたキラは、結果を聞くために向かった病院で意外な人と出逢う。
「どうしてあなたが・・・」
驚きを隠しきれないキラに、パトリックは更に驚愕させる事実を告げる。
「君の体を調べさせてもらった。君の胎内で、アスランの精子と君の卵子が受精している。受精卵はふたつ・・・双子だ。君と同じ」
「何・・・を・・・・」
男である自分に卵子などあるはずがない。
「・・・僕は男ですよ?そんなわけ・・・ないでしょう」
ばかばかしい事実を否定するキラに、パトリックは言った。
「・・・男ではなかったとしたら?」
ばさりと音がする。
コートを取り落としたことすら気付かなかった。
「バカ・・・な・・・」
「アスランとのことは否定しないのだな。・・・君は私の息子に抱かれたんだろう?」
その言葉に、かっとキラの頬が染まる。
「どうしてそれを・・・」
否定するには、彼の言葉はあまりに自信に満ちすぎていた。
「別にそれを非難するつもりはないよ。いや・・・むしろ、私は・・・我々はそれを望んでいたのだからね。・・・キラ・ヤマト。君が『成体』になることを」
パトリックは静かに告げる。
「コーディネイターの出生率の低下は君も知っているだろう?」
自らの能力を限界まで高める代償として、コーディネイターはその生殖能力を奪われた。
神へ近づこうとし、地球から遠く離れてしまった彼らが動物としての生殖能力を失ったのは当然のことかもしれない。
第一世代同士の両親からは第2世代の子供をひとり、もしくはふたり生むことができた。
ところが、第二世代同士では、出生率は更に低下し、子供はひとりいればいい方だった。
このまま行くと、コーディネイターは近いうちに絶滅する。
「君は普通のコーディネイターではない。私が・・・ヒビキに依頼して造らせた新しいタイプのコーディネイターだ。男性でありながら女性でもある・・・両性具有のコーディネイター」
がたん、と音がした。
無意識のうちに、後ろへ下がったキラが椅子を倒したのだった。
「・・・な・・・」
「『男』として育てられた君が、それを認めにくいのは分かるよ。確かに『幼体』は『男性』にしか見えないだろう。しかし、成長が止まって『成体』になれば・・・君は『女性』になることも出来る」
「そん・・・な・・・・」
「別に、『女性』と同じ躯になるわけじゃない。『雌』として『子供を産む』生殖機能が目覚めるだけだよ。だから、外見は今までどおり変わらない。頭では認められなくとも・・・気付いただろう?私の息子に抱かれた時に。君は『抱かれる』ことに抵抗が無かったはずだ。それは『雌』としての君の本能だからな」
「・・・嘘・・・」
ぱさぱさと音がするのをどこか遠くに感じる。
告げられてゆく言葉を否定するために、自分が首を横に振り続けていることすら、キラは気付かなかった。
「君は発情期に『女性体』になり、卵子を造ることが出来る。その時、精子を受け容れて受精すれば・・・子供が出来る。普通の男女の間に子供が生まれるのと同じように」
「僕の中に・・・アスランの子供・・・・が・・・・?」
アメジストが驚愕に見開かれる。
コーディネイターの深刻な不妊は、プラントでは大きな社会問題だ。結婚して何年も経っても、子供のない夫婦は多い。
それこそ、何百回と抱き合っても、子供が出来ないこともあるのだ。それが・・・たった一度抱き合っただけで、子供が出来てしまうなんて。
しかも・・・『同性』だと思ってきた自分とアスランの間に。
その言葉は、男として育ったキラには、簡単に認められるものではなかった。
「君にはその子を産んでもらう。アスランのためにも、我々の未来のためにも・・・な」
「でもっ!アスランにはラクスが・・・」
パトリックは冷たい微笑を浮かべる。
「アスランの血を引いていれば・・・ラクス・クラインだろうが、君だろうが・・・伴侶は誰でもいいのだよ」
信じられないその言葉に、キラは言葉を失う。
嫌、逃げることすら忘れていた。
「・・・今日から、君にはここで生活してもらう。何しろ、これは世界でも初めてのことなのでね。母体に何かあってもいけない。子供を産むまで君には安静にしてもらわないとね。・・・幸い、もうすぐクルーゼ隊は任務でプラントを出る。君は・・・モビルスーツの開発部隊に転属ということにしよう。」
「そん・・・な」
「結果が出てしまえばもう必要ないだろう?・・・君たちが、出逢って恋をする演出は」
ガン、と頭を殴られたような気がした。
この時・・・・キラの頭を初めてよぎったことがあった。
自分が何故パトリック・ザラに拾われたのかということを。
おそらく、それは自分がアスランの幼馴染だったから、という単純な理由ではなかったのだ。
この時代、コーディネイターの子供のほとんどは、コーディネイターの両親から生まれた第二世代である。
ナチュラルの両親から生まれた『第一世代のコーディネイター』を、キラは自分以外に知らない。
しかし、そもそも疑ってみるべきだったのかもしれない。
ナチュラルとコーディネイターとの間の確執が露になった時代に、何故、両親は、自らの血を分けた我が子を、自分たちナチュラルとは異質なコーディネイターにしようとしたのか。
「・・・まだ信じていたのかね?ヘリオポリスで亡くなった君の両親が・・・本当の両親だと」
「え?」
信じられない言葉を、まだパトリックは続ける。
「さっきも言っただろう?君は我々の研究所で生まれたと。君を育ててくれた人たちは、君の遺伝子上の親じゃない」
膝の力が抜け、キラはその場に座り込む。
そもそもの根本が『巧妙に創られた嘘』だったのだ。
自分が『平凡な中流家庭のナチュラルの両親の間に生まれたコーディネイター』であること自体が間違っていたのだ。
「じゃあ・・・僕とアスランが出逢ったのは・・・」
震える声でキラは尋ねる。
悪い考えを否定して欲しくて。
あの出会いは、仕組まれたものなどではなく、自分たちにとって必然だったのだと言ってほしくて。
しかし、パトリックの答えはキラの期待を打ち壊す。
「君が生まれた時から決まっていた。当時、まだアスランは生まれていなかったが・・・いつか生まれる私の子供の相手となり、君の産む子が私の遺伝子を受け継ぐことがね」
「そんな・・・」
「君は両性具有だ。私の子供が息子であろうと娘であろうと、その対となることが可能だからね」
あくまでも、自分の血を受け継ぐ存在を後世へ残そうとするパトリックの考えに、キラは吐き気と恐ろしいまでの執着欲を感じずにはいられなかった。


* * * * *


自分の出生に疑問を持ったのは、一体何時のことだっただろう。
「君・・・面白い遺伝子を持ってるね」
カルテを覗き込む医師は、不意にそう呟いた。
「・・・『メンデルの鎖』だ」
「・・・メンデル・・・?」
ルミナスは聞きなれないその言葉に反応する。
若い医師は、カルテから顔を上げると、彼をじっと見つめた。
それが、遠い過去に失われたコロニーの名前だということを、もはや知るものは少ない。
「君が生まれる遥か昔・・・まだコーディネイト技術が今よりも劣っていた時代・・・『最高のコーディネイター』を自らの手で創り出そうとしたひとりの男が居た」
昔話を医師は始めた。
「彼のラボがあった場所がL4プラント・・・『メンデル』だ。そこで生まれた者は皆、螺旋構造の特殊な遺伝子を持っている。いつの頃からか・・・それをこう呼ぶようになった。『メンデルの鎖』と・・・」
「・・・メンデル」
聞き覚えのないその単語を、ルミナスはもう一度呟く。
「・・・君の両親は誰かね?」
士官学校をトップで卒業し、ザフト・レッドを纏うエリート・パイロット。
ザフトの最高権力者、アスラン・ザラと、プラントの歌姫、ラクス・クラインとの間に生まれた、第三世代のコーディネイター。
『ルミナス・ザラ』の名前と、その両親の名を知らぬ者などこのプラントに居る筈がなかった。
「君も君のご両親もプラント生まれだ。何故、そのふたりの遺伝子を受け継ぐ君が・・・『メンデル』の刻印を持っているんだろうね?」
優秀な遺伝子を持つふたりを両親としているが、この時代の常として、更に子供には受精卵の段階でコーディネイトが施される。
しかし、その段階でこの『メンデルの鎖』を刻むことが不可能であることを医師は知っていた。
「・・・私は遺伝子治療の専門家でもあるのだよ。この『メンデルの鎖』を後天的に植えつけることは現在の技術では不可能だ。・・・何故なら、この鎖の秘密をまだ我々は解明できていないのだからね」
意味ありげに自分を見つめる橙色の瞳を、ルミナスは睨みつける。
「・・・また・・・いつでも来たまえ。ルミナス・ザラくん」
 その医師の甘い誘惑をルミナスは拒めなかった。


* * * * *


無機質なコンクリートの建物の中、突如その空間は出現した。
四方をガラスの壁に包まれた、温室にも似た空間。
その中に、白い洋館があった。
小さな小さな閉じられたその世界は・・・まるで鳥籠のようだった。
大きなフランス窓は開け放されており、まるで妖精の翅のような薄いカーテンが風に揺られている。
それをそっとたぐりよせ、ルミナスは長身を室内へ滑り込ませる。
ほとんど色彩のないその空間に、自分が纏っている真紅の軍服は酷く不釣合いだった。
「・・・誰?」
広い部屋の中央には、天蓋のついた大きなベッド。
そこから身を起す人が居た。
華奢な人は、まるで儚げな少女のよう。
彼の妹、オーロラと同じ、アメジストの瞳。
そして、自分と同じ鳶色の長い髪。
ルミナスはゆっくりと歩く。
『彼』へ向かって。
「・・・あなた・・・誰?」
小首を傾げて、自分よりもずっと年上の彼は問う。
ルミナスの顔をじっと見つめていた瞳が・・・不意に細められた。
誰か、愛しいものを見つけたように。
「・・・・・・アスラン?」
唄うように、愛しそうにつむがれたその名前に、ルミナスは瞳を見開く。
それは紛れもない、父の名だった。
幼い時の父を知る者から、自分が父の昔の面差しを濃くとどめていることを、ルミナスはよく聞いていた。
髪の色こそ違うが、当時の父の写真を見ても自分自身似ていると思うくらいである。
自分に、その面影を重ねたのだろうか。
細い指が伸ばされ・・・腕が巻きつく。
華奢な躯が、落ちてくる。
「・・・アスラン」
今度ははっきりと、その人は父の名を口にした。
その時に・・・ルミナスは悟った。
この人と父の関係を。
見上げるすみれ色の瞳。
夕暮れをそのまま溶かし込んだような綺麗なその色を、父も愛したのだろうか?
微笑むその人の白い頬を両手で挟み、ルミナスは口接けを落とす。
「・・・ん・・・」
背中に縋りつく細い腕すら愛しい。
甘い香りに誘われ、何度も口接けを繰り返した。

自分には、この人と同じ血が流れている。
そして、この人が愛しているのは、自分ではなく父・・・アスラン・ザラ。
二重の背徳を抱えていてもなお・・・ルミナスはその腕を放すことができなかった。
「・・・キラ・・・」
名前を呼ばれ、その人はにっこりと微笑む。
その笑みはあまりに透明で純粋で・・・胸が痛くなる。
今までも、彼の微笑みを何度も見てきたけれど、それはどこか哀しそうな微笑だった。
こんな風に、何のかげりもなく微笑む顔を見たことがなかった。
「・・・アスラン・・・」
まるで壊れたレコードのように、キラが繰り返す言葉はひとつだけだった。

「あの人が・・・・」
エレカを運転するルミナスの頭は、壊れたコンピューターのように回答を導き出せずに居た。
おそらく、あの少女にしか見えない人・・・キラ・ヤマトが、自分とオーロラを産んだ人だ。
しかし、父、アスランはそれを知らないのだろう。
ラクス亡き今もなお、ルミナスとオーロラは自分と彼女の子供だと信じているのだ。
ならば、真実を知れば父はどうするだろう?
そして、今でもキラが自分だけを愛していると知ったら・・・。
あんなにまっすぐに見つめる瞳に捕らえられたら・・・。

世界のすべてから閉ざされたこの籠の中。
彼を閉じ込めて、片時も離さないだろう。

―――そう思った。



**** Comment ****

11月3日発刊予定だった『トリカゴ』ですが、落としてしまいました・・・。本当にすみません。(涙)
『準備号』という名のプレビューを11月3日のザフトアカデミーと11月13日のアスキラ楽園で無料配布させていただきました。
(楽園では途中でなくなってしまったので、お渡しできなかった方いらっしゃったらごめんなさい)
いかがでしたでしょうか?

お話は、アスキラが基本ですが、アスランとキラの間に生まれた息子、ルミナスもかなり出ばっています。
この子、性格も外見も父親似なので・・・アスランふたりでキラを取り合っているようなもんです・・・。
今回、はじめて冬コミにスペースをいただきましたので!がんばって発刊したいと思っています。

2005.11.15  綺 阿。


『トリカゴ準備号』 Gravity Free Off Line Novel #12
photo素材提供 199  http://199nn.nobody.jp/jikken.html



©Kia - Gravity Free - 2005