
「…話って何?」
皇帝シャルルをCの世界で討ったその夜…スザクはルルーシュに呼び出されていた。
「スザク。大事な話がある」
かつての自室のベッドにルルーシュは腰掛けていた。明かりを落とされた部屋で彼の纏う白いシャツだけが浮かび上がる。
「…大事な話、ね」
そんなルルーシュの姿を…スザクは瞳を細めて見つめていた。
「…オレは、第九十九代ブリタニア皇帝となる」
その言葉にスザクは黙ったままだった。
Cの世界で前九十八代ブリタニア皇帝、シャルルは死んだ。その王妃、マリアンヌも。その事実を知るのは、あの場に居たルルーシュとスザク、そしてCCの三人だけだ。
ルルーシュはそれを公にし、ついに…ブリタニアをその手に収めることを決めたのだ。
「スザク。オレの騎士となれ」
ちらりとスザクはルルーシュに視線を走らせる。
大きな窓から忍び込んだ月光が、彼の横顔を青白く見せている。まるで、つくりものの人形のような端正な顔だった。
(これは…幻想?それとも現実?)
静寂の中に佇むその姿は現実離れしていて…まるで夢ではないかと思わせる。
手を伸ばしたのは無意識だった。
彼の少し癖のある髪に手が触れた刹那…スザクは慌てて手をひっこめ、ルルーシュは驚いたように顔を上げる。
「……」
「……」
ふたりはただ見つめあった。そこに言葉はない。
(…ルルーシュ…)
ただ、じっと自分を見つめるのは、闇の色に染まるアメジスト。
その魔性の瞳を美しいと思うのは…もう彼の魔法にかかっている証拠なのだろうか。
「覚えてる?ルルーシュ。君は…僕の主、ユーフェミア・リ・ブリタニアを殺した男だ。僕は…君を絶対に赦さない」
「…ああ。分かっているよ。オレにとってもスザク…おまえは大事な妹を殺した男だ」
そう言ってルルーシュは冷たい笑みを浮かべる。
スザクをまっすぐに見つめる瞳は、まるで刃のようだった。
ナナリーは…多くの異母兄弟・姉妹が居たルルーシュにとってはたったたひとりの両親が同じ妹だ。
アリエスの離宮をテロリストが襲った時…彼女は母、マリアンヌに助けられて一命を取り留めた。
しかし、その時に撃たれた傷によって彼女の足は二度と動かず…精神的なショックのために視力すら失った。
しかし…そんな不自由な躯となってもナナリーはルルーシュのことを『お兄様』と呼んで慕ってくれた。
この妹が笑って暮らせる世界を創る。
それが…国を追われ、母も皇籍も失ったルルーシュにとって唯一の生きる目的だった。
そのために…今や、ブリタニアの属国となったエリア十一――『日本』――を独立させ、そこにふたりで亡命しようと『ゼロ』という仮面を被った。
しかし…その計画は異母兄、第二皇子シュナイゼルによって阻まれた。
失敗に終った黒の騎士団の反逆、『ブラック・リベリオン』の後、行方不明となっていたナナリーは…エリア十一の総督としてルルーシュの前に表れたのだ。
彼女を救うため、再びゼロに身をやつしたルルーシュは黒の騎士団を率い、トウキョウ租界へ進軍した。
秘密裏にしかけたゲフィオン・ディスターバーによって都市機能を麻痺させ、勝利を確信したルルーシュは…絶望の底へと叩き落される。
自らがかけたギアスの力により『生きる』ことを望んだスザクの放ったフレイヤ爆弾が租界上空で爆発。ナナリーの居た政庁を吹き飛ばしたのだ。
ルルーシュの行動のすべてはナナリーのため。彼女が笑って過ごせる世界をつくらんがためだけだった。
この日…彼は妹と共に生きる意味を失ったのだ。
「スザク。確かにオレたちは敵同士だ。オレだって…ナナリーを殺したおまえを一生赦しはしない。でも…オレたちの手には、互いにもう何も持っていない。それでもおまえはCの世界でオレに手を貸してくれた。やはり、おまえはオレの親友だ。…自惚れてもいいだろう?」
その言葉にスザクの瞳がすっと細められる。
「親友…ね。一度は君を裏切った僕をまだそう呼ぶつもり?」
彼は歪んだ笑みを浮かべる。
「ブリタニア皇帝である君にとって、僕はもはや対等な存在じゃないだろう?…命じればいいじゃないか。あの日…僕にギアスをかけたように」
その言葉にルルーシュはすっと左手を上げる。
その手を顔を覆うように動かせば…彼の瞳は美しい紫闇から紅へとその色を変えた。そして…その虹彩には、ギアスの紋章が浮かび上がる。
絶対遵守の力、ギアス。それは、かけられたものの精神を支配する。
かつて…神根島でその呪いをかけられたスザクは…たとえ相討ちになってもゼロを――ルルーシュを――殺そうとしていたのに、『生きろ』という命令を下され…結果として、ルルーシュを自らのナイトメア、ランスロットでその窮地から脱出させる手伝いをしてしまったのだ。
「簡単なことだ。君の右目がどんな力を持っているのかは知らないが…もう一度、僕を操ればいいだけだろう?」
あの時、ルルーシュの瞳に浮かび上がっていたギアスの紋章は左の瞳だけだった。
Cの世界で彼はもうひとつのギアスの力を得たのだ。スザクにかけられたのは左目の呪い。ならば…ルルーシュはもう一度、右目の呪いで自分を服従させることが出来る。そう思ったのだ。
「僕は…狂犬だよ。しっかり鎖でつないでおかなければ…いつか、主である君の喉を噛み千切るかもしれない」
そう言って、スザクはルルーシュの首に手を伸ばす。
ほっそりとした首。まだ完全に成長しきっていないスザクの手でも、簡単に縊り殺せてしまいそうなくらいだ。
この両手にちょっと力を加えれば…殺されるかもしれない。しかし、そんな状況でもルルーシュは顔色ひとつ変えなかった。
「おまえは絶対にそんなことはしないと確信している」
ルビーのような紅の瞳がスザクを射るように見つめる。
「…相変わらず自信家だね」
つまらない。スザクはあっさりと手を離す。
すると、ルルーシュは再び手を翳して瞳の色を元の紫へ戻すと…いつものような皮肉めいた微笑を浮べた。
「おまえにしか頼めない。オレと同じように大切なものを失い…空っぽの心を抱くおまえにしか」
そう言って彼は…スザクに『ゼロ・レクイエム』の計画をもちかけた。
** Comment**
原作補完なのですが…かなり捏造度合いが高いです。ご注意くださいませ!
ラストも原作とは違いますよー!
見てのとおり、めちゃくちゃシリアスです。
ギアスってシリアスなところと軽いところがけっこういりくっていたのですが・・・この話では軽い部分はほんと一部です。
出したかったキャラはたくさんいたんですが・・・撃沈。すみません。
でも、思い残すことはありません。全部つめこめたので、満足です。
2008.10.8 綺阿。
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