薄汚い倉庫のような部屋。
それが、『彼』と出逢った場所だった。
「へぇ!これは凄い。かなり精密じゃないか」
ディアッカは科学者の性か、『彼』を見るなりそういった。
薬品の入ったビンや、螺子やゼンマイ。
南国からのものなのか、派手な図柄の描かれた屏風や、凝ったつくりの家具。
雑然とガラクタが置かれた部屋に、彼は座っていた。
すらりとした肢体を包むのは黒い服。
細い肩に、夜の闇を思わせる、少し癖のある濃紺の髪が散っている。
そして・・・キラを映す瞳は美しい翠。
それは、昔、文献で見た扇のような尾羽根を持つ鳥、孔雀を思わせた。
おそらく、これもプログラムも賜物なのだろうが、ランダムに繰り返す瞬きすら人間の動作のように自然だ。
「へぇ。『機械人形(ドール)』っていうから、もっとぎくしゃくして
るのかと思った」
たいして感慨無さそうにキラは言う。
もっとも、彼の不機嫌は、ディアッカに騙されて連れて来られたことが原因だったのだが。
「これはオススメだよ。何てったって『インターシティ』からの品だからな。しかも新品」
「なに?おまえ、一体どこから…」
「いや、ギルドから廻ってきたリストの中にこいつのデータ
が載っててさ。そういえばおまえが人形(ドール)欲しがってたの思い
出してな」
「だからって・・・大丈夫かよ?」
「大丈夫だよ。ちゃんと簡易検査にも出したところ、問題はなかったし」
ディアッカは店の主人、ラスティと話し込んでいる。
ふたりは昔からの友人だった。
生まれてこの方、この地方を出たことのないキラは、地理に明るくない。
都市から都市へと物資を運んで利益を得る商人の密売ルートも知ったことではない。
ふたりの会話に入れないキラは、興味半分で無表情のまま座っている『彼』に話しかけた。
「名前は?」
しかし、返事どころか反応自体がない。
まるで人間の顔、躰、肢体。
外見は完璧なのに、中身(こころ)がない。
やはり『人形(ドール)』だった。
「僕の言葉、解るんだろ?」
椅子に座った彼と視線を合わせるかのように、しゃがみこんで、俯き加減の顔を見る。
端正だが、表情のない顔だった
「何とか言ったら?」
しかし、相変わらず返事はない。
「・・・ZGMF―X09A?」
その時、不意に視界に入った文字と数字の羅列。
腕に刻まれた記号をキラは読み上げる。
「・・・はい」
「え?」
若干の冷たい響きを含んだテノール。
思わぬ方向から返って来た返答に顔を上げると、彼がキラをじっと見つめていた。
「これが君の名前なの?」
「・・・はい。シリアルナンバーですから」
再び響くテノールに、やはりこれが彼の声だったのだと気付く。
「シリアルナンバーと名前は違うでしょ」
「・・・『名前』?」
ぎこちなくそう問う彼に、ディアッカが苦笑しながら援護する。
「・・・ひょっとして、まだ名前がないんじゃないのか?」
さきほど、彼は『新品』だと言っていた。今までに『主』を持っていなかったのであれば、『名前』を持っていなくても納得がいく。
キラは癖の強い紺色の髪に触れる。
思ったよりも柔らかい。
そこに機械の堅さはなかった。
じっと自分を見つめる瞳をキラは見つめる。
硝子(ガラス)でもない、緑玉石(エメラルド)でもない、柔らかな森の翠。
少し傷ついた様で、寂しそうな色彩。
「・・・おいでよ。拾ったげるから」
手を伸ばす。
じっと根気良く、深い色を湛えたままの瞳の奥をのぞき込むと・・・ひかれるように彼も手を伸ばした。
その瞬間、彼が三人目の同居人となることが決定した。
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