「史上最年少で第九十九代神聖ブリタニア皇帝の座についた少年、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
癖のない夜色の髪に、高貴な宝玉のようなアメジストの瞳。
彼はまだ大人になりきっていないしなやかな躯のくせに、その頭脳は大人の策士が束になっても敵わないほどの才能を持っている。
ルルーシュの実父、先代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアには百人もの愛妾が居たと伝えられている。彼の血を受け継ぐ皇子や皇女が何人居るのかは、その息子であるルルーシュですら知らない。
シャルルの寵愛を受けてはいたが、ルルーシュの生母、マリアンヌは正妃ではなかった。第十一皇子であり、幼少時に母を失った後ろ盾のない子供に王宮は冷たかった。まだ幼い時に妹皇女、ナナリーと共にお飾りの総督として日本へ送られたルルーシュは…ブリタニアの日本侵略に巻き込まれ危うく生命を落とすところだった。
しかし…そんな風に皇位継承権からはほど遠かったルルーシュだが…彼はその実力でもって異母兄である第一皇子、オデュッセウスや第二皇子、シュナイゼルを退けて皇位についた。
帝位につくや否や、彼は貴族たちによって連綿と受け継がれてきた血による支配から国を解き放った。彼は旧いしきたりや形骸化した考え方を否定し、これまでの皇帝たちとは違う政を行なおうとしたのだ。自らも皇族の血を引きながら、民に対して公平であろうとする清廉潔白な少年王を国民は歓喜をもって迎え入れた。
しかし…彼が父、シャルルを討つことが出来たのは、他人に絶対遵守の命令を下すことのできる力、『ギアス』のコードを瞳に持っていたからだということを知る者は少ない。


やわらかなアイボリーの生地を豪奢な黄金色の縫い取りで飾った式服を纏ったルルーシュは急ぎ足で廊下を歩いていた。
かつてのブリタニア帝都[ペンドラゴン]はルルーシュの異母兄、シュナイゼルが作った移動式要塞[ダモクレス]に搭載されたフレイヤ弾等の直撃を受けて消滅していた。
それによって、ブリタニアの首都機能も失われた。先の皇帝、シャルルは絶対君主だった。政治、経済、軍事。彼は自分の元にすべての権力を集中させていた。その一点集中が今回の被害を一層酷くしてしまった。帝都の消失により、ブリタニアは国としての機能をも失ってしまったのだ。
ルルーシュの率いる軍勢とシュナイゼルの率いる軍勢の闘いは苛烈を極め…からくもルルーシュが勝利したものの、その闘いでは、多くの人の生命が失われた。
シュナイゼルには、旧中華連邦や、旧日本をはじめとする超合集衆、そして、かつて父王シャルルの配下についていたナイト・オブ・ラウンズたちがついていた。
ナイト・オブ・ワン、ビスマルクや、ナイト・オブ・スリー、ジノ・ヴァインベルグ…そして、黒の騎士団の筆頭騎士、紅月カレン。彼らの駆るナイトメア・フレームに単騎で立ち向かっていったのは、皇帝ルルーシュの騎士であるナイト・オブ・ゼロ、枢木スザクだった。
ルルーシュのかけたギアスの力により、人の規格を超えた力を得たスザクはビスマルクとかつての旧友、ジノを圧倒。
しかし…たったひとりで敵軍を相手にしてきたスザクは敵軍のエース、紅月カレンと相討ちとなり…『白い死神』と敵軍に恐れられた彼の愛機、ランスロット・アルビオンは紅蓮の焔に包まれたのだった。
未来を占う大事な勝利とひきかえに…ルルーシュは最強の騎士を失った。


その後始末のため、ルルーシュは暫定の首都づくりに奔走する毎日だった。
これまで王宮から遠く離れた場所で育ってきたルルーシュには、後ろ盾となる貴族の取り巻きが居ない。
それは、王宮内の風通しをよくするためには非常に効果的だったが、為政に精通しているブレーン不在で機能を停止させた国を立て直すことは、さすがのルルーシュにも容易なことではなかった。
 [ゼロ]として藤堂や扇、星刻らと共に、作戦や今後の政策について意見を交わしていた頃が懐かしい。あの頃もルルーシュは[ゼロ]として黒の騎士団のトップに君臨していたが、彼らと相談するのは嫌ではなかった。頭のよい彼らからは、時に自分の想像しないアイディアが出る場合もあったからだ。
 今、自分たちの陣営にはブレーンの数が圧倒的に不足している。ジェレミアやロイドたちはよくやってくれているが、彼らは元々軍人だ。王宮を追われるまでの短い期間ではあったが、皇子として帝王学を学んだ自分とは違うのだ。
「…くそ。兄上め…」
 ルルーシュは思わず悪態をつく。
 第二皇子シュナイゼルの攻撃は的確だった。彼はルルーシュの意表をついたフレイヤによる先制攻撃で、あまりに効果的にダメージを与えたのだった。
現在、シュナイゼルは、皇帝ルルーシュに反逆の意を示した咎により牢に幽閉されている。しかし、その魂はと言えば、ルルーシュがかけたギアスに支配されている。彼が二度と自分に反逆することはないだろうが、シナリオにはなかったペンドラゴンの消失はあまりに大きな痛手だった。
「…まぁ…あのおかげで、彼らに逆賊の汚名を着せることが出来たわけだが…な」
 呟いたルルーシュの脳裏に、ひとりの少女の姿が浮かぶ。
 まだ幼さを残した丸い頬。美しいすみれ色の瞳に、ウエーヴのかかったふわふわの長い髪。
 幼気なその少女の名前はナナリー。ルルーシュのたったひとりの妹だった。
 ずっと、ルルーシュが自分の身を賭して護ってきた彼女は…トウキョウ疎開攻防戦の折から行方知れずとなっていた。
 シュナイゼルによって、日本総督の座についたナナリー。その彼女が居た政庁は、攻防戦の折にスザクが撃ったフレイヤ弾等で跡形もなく消滅した。
 妹はもう死んだものだと諦めていたルルーシュだったが…彼女とは思ってもいないとこころで再会することとなる。
彼女は…父を殺し、その後に皇帝の座についた自分を糾弾するかのように…ルルーシュの前に立ちふさがったのだ。
その彼女も、現在は反逆者としてシュナイゼルと共に投獄されている。
(…ナナリー)
 胸のうちでルルーシュは大切な妹の名前を呼ぶ。
 幼い頃、母を襲ったテロリスト(実際は、父の双子の兄であるVVが首謀者だったのだが)によって、視力と脚の自由を失った妹。そんな彼女が心から笑って生きることのできる世界をつくる。それだけをルルーシュは目標としてきた。
彼がかつて、『ゼロ』として父王に叛旗を翻したのもそのためだった。
 なのに…漸く玉座についたというのに…当の妹が居るのは地下牢だ。皮肉としかいいようがない。
ルルーシュはちらりと廊下の片側に等間隔に続く大きなガラス窓を見つめる。
 空は、厚いグレイの雲に覆われている。
(…風邪をひいていなければいいが…)
 寒くはないだろうか。食事はちゃんと食べているだろうか。たったひとりの兄に裏切られ、泣いてはいないだろうか。そんなことが胸に去来する。
 しかし、そんなルルーシュの問いに答えてくれる者は居なかった。


しばらくして、ルルーシュはある部屋の前で脚を止めた。
臨時の政庁に泊まりこむことも多く、この屋敷にもなかなか戻ってくることができない。今日も、もうすっかり真夜中になっていた。
ブリタニア大陸を中心とし、数々の植民地を持つ帝国の頂点に立つ皇帝の住居としてはあまりにも小さな屋敷。しかし、そこはかつて自分が幼い日を過ごしたアリエスの離宮に少し雰囲気が似ていて…ルルーシュは側近たちの反対をおしきってこの屋敷を買い取ったのだった。
 コンコン、と小さくノックをする。
しかし、しばらく待っても内側から帰ってくる返事はない。
「……」
 そうっと、音をさせないように細心の注意を払いながらルルーシュは扉を開く。 
 部屋の中は、窓辺のランプシェードから淡い光が零れているだけだった。
「…寝ている…のか?」
 そう呟いたルルーシュは、足音を忍ばせながらベッドサイドへと近づいていく。誰かが眠っているのだろう。ベッドの中央がこんもりと盛り上がっていた。
 寝顔だけでも見ていこうと、ルルーシュは眠っている人を起こさないようにベッドサイドに腰掛ける。
 キングサイズのベッドは、体重の軽いルルーシュが座ったくらいでは軋みもしない。
「……」
 ルルーシュは、細い指を伸ばす。
 眠り続ける人の、癖のある鳶色の髪へと手を伸ばす。この巻き毛に触れるのが昔からルルーシュは好きだった。
 細い指をくるりと廻すと、やわらかな髪がくるんと指に巻きついてくる。何度かそれを繰り返していると…悪戯を咎められるかのように不意に手首を捕まれる。
「…!…」
 驚いたようにルルーシュは紫の瞳を軽く見開く。 
「…ルル……シュ」
 掠れた声が呼ぶのは、確かに自分の名前だ。
 その音に、ルルーシュは酷く安堵を覚える。
「…スザク」
 彼はまだ瞳を閉じたままの大切な人の名前を呼ぶ。
 すると…しばらくして、ふるりと瞼が震え、美しい孔雀色をした瞳が姿を現す。
「…おかえり」
そう言ってスザクは腕を伸ばしてくる。袖口からはその腕に巻かれている白い包帯が見える。腕だけではない。頭にも、脚にも胸にも…いたるところに包帯が巻かれた彼は満身装威の状態だった。
「うん…ただいま」:
 ルルーシュは、スザクの手を捕らえると、自分の頬におしつけて微笑んだ。
 すると、まだ少し眠そうな顔のスザクも淡く微笑んだ。
 紅月カレンとの一騎討ちで爆発・炎上したランスロット・アルビオン。その前にスザクはからくもコックピットから脱出していたのだった。
しかし、戦闘で受けた傷はかなり深刻で、スザクは一週間くらい生死の境を彷徨った。
シュナイゼルを捕らえ、黒の騎士団を制圧したルルーシュは、今や完全にブリタニア帝国を…いや、世界を掌握した。
しかし、それを快く想わない者たちも居る。影に潜む反逆者たちをあぶりだすため、ルルーシュは彼を守護する騎士、スザクが死んだと見せかけたのだった。まんまとルルーシュの作戦にのった旧貴族たちは、ジェレミアの手によって血祭りとなったのだった。 
ルルーシュは毎日、祈るような思いで仕事を追えた後、彼の病室を見舞っていた。そんな時、ようやくスザクが意識を取戻したのだった。
「まだ…痛むか?」
「うん。でも…昨日よりはましだよ」
「おまえの言葉はあまりあてにならないからな」
「…信用ないなぁ」
苦笑するスザクにルルーシュはぴしゃりと言った。
「当たり前だ!紅蓮とアルビオンが相討ちになった時…オレが一体どんな思いでモニターを見ていたと…!」
 思わず声を荒げたルルーシュにスザクはくすりと笑うと、腕を伸ばして大切な人を閉じ込める。
「スザ…!」
「…ルルーシュ」
 そして、スザクはゆるりと孔雀色の瞳を細めると…ルルーシュを抱き寄せる。
「…スザ…」
「ルルーシュ…」
 瞳を開いたままのルルーシュの視界に、スザクの顔が近づいてくる。彼もまた、瞳を見開いたままだ。
 熱っぽい視線で見つめられたまま、口付けられる。
 二度、三度、子供みたいに唇を触れ合わせるだけのキスを繰り返す。
 物足りない、と想っていたら…すごい勢いでスザクに抱きすくめられる。
「…ルルーシュ」
 ぐい、と手を曳かれたルルーシュは、躯を支えきれずにスザクの横たわるベッドへと引きずりこまれる。
「ス…スザク…!」
 一応の抵抗を見せるが、彼はルルーシュを抱きこんでしまう。
「…欲しい」
ぽつりと呟かれた言葉に、躯の奥に火を点けられる。
スザクとこういう関係になったのは、一体、何時からだろう。
幼い頃、母を亡くして送り込まれた日本という異国。形だけのお飾りの総督として就任してきたルルーシュを預かったのは、日本国首相、枢木ゲンブ。スザクはその一人息子だった。ルルーシュの妹であるナナリーを間に挟み、ふたりは幼馴染として育つことになる。ルルーシュにとって、スザクは初めてできた友人だった。
けれど…運命はふたりを別々の岸辺へと流してしまう。
ブリタニアの日本侵攻の際、バラバラになってしまったふたり。その後も紆余曲折あり…ルルーシュはスザクの主であり、自分自身も異母姉である第三皇女ユーフェミアを狂わせてしまい…スザクはフレイア弾頭をルルーシュの妹、ナナリーの要る政庁へと向けて放ってしまう。
いわば、ふたりにとって、互いは大切な人を殺された仇となってしまったのだ。
誰よりも信頼していた相手だったのに…互いに相手に裏切られ、ふたりの間には深い憎悪と殺意しか残らなかった。
しかし…その感情は、あまりにも強大な敵を前にした時に変化する。
結局…選んだ道は違ったが、自分たちが求める未来は同じものだった。そう気付いたルルーシュとスザクは少しずつ歩み寄りを見せる。
長い間、膠着状態だったその関係を一気に変えたのは…くだんのカレンとスザクとの戦闘だった。紅蓮と相討ちになり、血まみれで担ぎ込まれたスザクの姿を見て…ルルーシュはこれまで誰の前でも外したことのない仮面が壊れる音を聞いた。

『スザク!…嫌だ!死ぬな!』

そう叫んだ彼の頬には透明な雫が伝っていた。
その時、傍に居た側近たちは初めて彼の涙を見たという。


to be continued...


**Comment**

ギアスふたたび、です。
10/13に発行させていただいた『Million Lies, Only One Truth』の続編・・・というより、補足編です。
あの時、かききれなかったルルーシュやスザクの心情を中心に今回は書いてみました。
俯瞰的にお話を、そしてふたりを見つめるキャラクターとしてCCがけっこう登場しています。
なので、前回書いた部分については、勢いよくカットしております。ご了承ください。

10/13のイベントで無料配布させていただいた『Million Mirrors』も収録。
多分、コードギアスではこちらが最後の発行になるのではないかと思います。(トータル冊数少ないですが/苦笑)
お楽しみいただければ嬉しいです。

2008.12.13 綺阿。


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