
*このお話は、同タイトルの某漫画のWパロではありません。 無印パラレルとなっております。
猫耳もついておりませんので、ご了承ください。
「・・・失礼いたします」
ザフト・レッドを纏い本営を訪れたアスランは、指定された部屋の扉を開く。
ぴしりと、ザフト式の敬礼をするが、声はかえってこない。
しばらくそのまま制止していたが、どうやら、意味がないことを悟り、アスランは小さく息を吐いた。
と、その時、くすくすという笑い声が聞こえる。
「・・・誰だ?」
黙って、気配をうかがうとは人が悪い。
憮然としながらアスランは自分に背を向けてソファに座っているであろう人物に向って言った。
「オレだよ。オレ」
その時、ゆらりとソファから立ち上がる人の姿。
アスランと同じ、紅の軍服を纏ったオレンジ色の髪の青年が笑顔を向ける。
「・・・ラスティ?」
「よぉ。アスラン。ひさしぶり」
悪戯っぽく笑っているのは、アカデミーで同期だったラスティ・マッケンジーだった。「元気だったか?」
「ああ。おまえも変わらないな」
「おまえの悪評なら聞いてるよ。女遊びはいいかげんにしとけよ。おまえ、女癖の悪さ以外は、優秀なんだから」
「・・・それは余計だ」
ラスティは、眉を顰めるアスランに右手を差し伸べる。
くすりと笑うと、アスランはいつものようにその手をはたいた。
アカデミー時代に同室だったふたりは親友だ。
それまで、ディセンベル市にあるザラ家本宅で家庭教師たちに囲まれて学習してきたアスランは、アカデミーではじめて他人と一緒に過ごす共同生活を送った。
学習レベルは恐ろしいほど高いのに一般常識を全く知らないアスランに、出逢ったばかりのラスティは呆れた。
同年代のクラスメイトと比較して、アスランはすべてにおいて大人すぎた。
テストではいつも満点に近いスコアをたたき出し、教授たちも舌を巻くほどの理論を展開する。
しかも、彼の父はプラント最高評議会議員であり国防委員長のパトリック・ザラだ。
アスランの存在は完全にクラスから浮いていた。
彼自身が大人びており、他人を寄せ付けない空気を醸し出しているせいかもしれない。
クラスメイトたちは尊敬と畏怖の瞳で遠巻きに見つめるだけで、話しかけることも出来なかった。
しかし、アスランがそれを気に留める様子は全くない。
いつまでたっても埋まることのない溝に気付き、彼らとアスランの間を取り持ち、他人との付き合い方をアスランに教えていったのはラスティだった。
気がよく、誰にでも好かれる彼は、クラスメイトたちからも好かれていた。
共同レポート、試験前日の無謀な一夜漬けに、果ては、煙草や女遊びにまで。
ラスティにつきあわされ、今まで家庭教師たちが決して教えてくれることのなかったことをアスランは知った。
プラントの名門、ザラ家の跡取り息子として生まれたアスランは、父パトリックにより幼い頃から、将来プラントを率いる者になるような教育を受けてきた。
その家を初めて出て、重い鎖から解き放たれたせいもあったのだろう。
最初はラスティのやることなすことに、いちいち目くじらをたてていた生真面目人間のアスランも、すぐに年頃の少年のようにふるまうようになった。
女の子たちから絶大な人気を誇っていた、王子様のような端正な顔。
「・・・全く。おまえのせいで、酷い目にあった」
胡散気に髪をかきあげながらも、その口元は僅かに緩んでいる。
どうやら、当時の良き想い出が記憶を掠めたらしい。
これからの未来を、自分の手で変えていくのだと信じていたあの頃。
共に過ごしたかけがえのない親友。
「はは。腐れ縁ってヤツ?」
向いに立ったラスティの唇にも、同じ種類の笑みが浮かんでいた。
付かず離れずの適度な距離。
きっと、これがお互いのベストポジションなのだろう。
何があったとしても、二人の関係はこれ以上変わりようがないことを誰よりも二人自身が良く知っていた。
「ところで、此処に居るってことは・・・おまえも極秘任務の指令を受けたって訳だ」
表情を引き締め、ラスティは問う。
「みたいだな。内容、聞いたか?」
「いや?軍本部で直接聞け、って話だったよ。そっちは?」
「俺もそうだ」
アスランは、室内をぐるりと見回す。
応接セットにはあと五人分ばかり余裕があるが、部屋の中に居るのはアスランとラスティのふたりだけだった。
「・・・その任務を受けるのは、オレたちふたりだけなのか?互いの癖まで知ってるおまえと一緒なのは全く心配ないが」
「いや?もうひとり来るって聞いてるよ。ええと・・・名前、何だっけな。・・・たしか、苗字はジュールだったと思うんだけど」
「・・・ジュール?イザーク・ジュールか?」
形のよいアスランの眉が、僅かに顰められる。
その様子にラスティが気づくことはない。
「いや、違う。イザークじゃない」
彼は軍服のポケットの中をがさがさ漁り、しわくちゃの紙を取り出す。
「あぁ。あった!・・・キラ・ジュールだ。あの、イザーク・ジュールの弟らしいぜ?初耳だな。おまえ、イザークに弟が居るの、知ってたか?」
「・・・いや」
思わず声が沈む。
彼らとは一歳違いのイザーク・ジュールは、アスランとラスティの前の代のアカデミー総代だ。
イザークの母、エザリアはアスランの父、パトリックと同じプラント最高評議員だ。
三月都市マティウス市と十二月都市ディセンベル市という行政地区の違いはあったが、ナチュラルに対し強硬派であることから、親同士は懇意にしていた。
しかし、両親が親しいからと言って、その子供までもがそうだとは限らない。
学年が異なるにもかかわらず、『アカデミーはじまって以来の天才』とアスランが教授たちに評されるのが気に入らなかったのか、イザークには事あるごとにつっかかられていたのだ。
それは、他人のことなどまったく気にしないアスランにとっては、いい迷惑でしかなかった。
それだけに、アカデミーを卒業し、彼と同じクルーゼ隊に配属になった時には落胆したものだ。
今でもなるべく近寄らないようにしているので、彼のプライベートなど知らない。
・・・というか、知りたくもない。
「キラ・ジュール。オレたちと同じ年だが・・・同期にこんなヤツ居たっけ?」
ラスティは首を捻る。
「・・・あいにく、記憶にないな」
「だよなー」
ラスティは呟く。
通常、ザフトに入隊する前には、士官学校に相当するアカデミーに入学するのが通例だ。そこで半年間、みっちり基礎知識と基礎技能を叩き込まれるのだ。
クラスは四つほどに分かれているが、狭い社会だ。
同じ学年の同期なら顔と名前くらいは記憶している。
しかし、その人物の名に関しては、ふたりとも記憶していなかった。
「次の期じゃねぇの?」
「そうかもな」
義務教育の学校と違い、アカデミーは年齢できっちりとそろえられている訳ではない。
コーディネイターの成人に相当する、十三歳以上の者であれば、誰でも入学することが出来た。そのため、同期でも年齢はまちまちだ。
実際、アスランやラスティは十六歳だったが、ひとつ年下のクラスメイト、ニコル・アマルフィは十五歳だ。
同じ、エリートの赤服であれば、多少学年が違ったとしても戦場や軍部で一度や二度、顔をあわせているだろう。しかし、生憎、その記憶もない。
その時、ふたりが居た部屋の扉を誰かがノックする。
「・・・どうぞ」
ラスティのやわらかな声が響く。
人当たりのよさは、彼の美徳のひとつだ。
「失礼します」
耳に届いたのは、硬い将校の声ではなく、甘やかな少年の声だった。
「・・・お仲間だぜ」
ラスティがアスランをつつく。
衝立の向こうからあわられた人が、立ち止まる気配。
何げなく顔を上げたアスランは、その人と目が合った。
夕暮れの空を思わせる瞳は、どこまでも透明なアメジスト。
少し長めのまっすぐな鳶色の髪が、さらりとゆれる。
まだ幼さを残したその顔は整い過ぎて、何か、人外のものを思わせる。
その人はあらゆる面で『人』の枠を超えていた。
「・・・・・・」
視線だけではない。
言葉をも奪われた。
アスランはその人物から視線を外すことが出来なかった。
最初は、自分を無遠慮に見つめる顔を驚いたように見つめていた少年が・・・ふわりと微笑む。
―――その刹那、二人の間に風が吹き抜けて行った。
甘くて熱い、濃密な夜の空気を含んだ風が。
―――瞳を奪われた。
あまりにも透明な、まるで宝石のような紫に。
このとき・・・既に心も奪われていたのかもしれない。
「へぇ!君が!」
背後から響いた暢気な声に、はっとアスランは意識をもどす。
立ち尽くしたままのアスランを追い越したラスティが、目の前の美人の手を取る。
「オレ、ラスティ・マッケンジー。よろしく!」
「・・・キラ・ジュールです。・・・よろしく・・・」
その人は、握り締められた手とラスティの顔を、順番に見比べた。
「君みたいな可愛い子と一緒の任務だと嬉しいよ!」
よくも悪くも、ラスティはマイペースだ。
そんな彼にアスラン自身も振り回されたことは一度や二度ではない。
目の前の少年も、すっかり彼のペースに巻き込まれているらしい。
アスランは、少年を改めて見つめる。
自分と同じ年齢と聞いていたが、小柄で華奢な躯はもっと幼気な雰囲気だ。
それは必要以上に大きな瞳のせいかもしれない。
大粒のアメジストの瞳。
前髪とサイドを少し長めにのばした鳶色の髪。
そして、まだ丸みを残した頬。
その顔の造作は、『愛らしい』と形容する種類のもので、兄であるイザークの持つ怜悧なイメージとは対照的だった。
その時、アスランは不意に違和感を覚える。
彼が身につけているのは、仕立てのよいダーク・カラーのスーツに白いシャツ。そして同じ色のリボンタイだ。
それは、上流階級の子弟としてはおかしくない服装だったが、明らかにこの場にはそぐわないものだった。
「おい、おまえ」
ラスティとの会話に不意に割り込んできた不機嫌な声に、キラはふりかえる。
「おまえ・・・その格好は何だ?」
「・・・・・・」
しかし、キラはじっと自分を見上げるだけで何も言わない。
「口がきけないのか?」
少し厳しい口調で詰問するように問うが、キラはそれでもだんまりだ。
ふたりの間に漂う不穏な空気に、慌ててラスティが間に入る。
「・・・アスラン。おまえねぇ、もうちょっと言い方ないの?」
「うるさい。俺はおまえじゃなくて、こいつに聞いてる」
「・・・『こいつ』呼ばわりされる覚えはありません」
その時、少し下から響いた声に、アスランとラスティは視線をやる。
「君こそ、自己紹介もまだなのによくそんな口が聞けるね」
呆れたようなその口調でそう言ったキラは、腕組みをしている。
「それが上官に対する態度なの?軍で今まで何教えてもらったわけ?」
「何だと?」
一触即発のその気配にラスティが焦った瞬間、勢いよく部屋の扉が開いた。
「キラッ!」
そこに飛び込んで来た人物を認め、アスランの眉が僅かに寄せられる。
「あ、イザー・・・」
怒りに釣りあがっていた佳人のまなじりが下がる。
と、同時に、その頭上から雷が落ちた。
「おまえはっ!出かける前に、あれほど着替えて行けと言ったのに!!」
イザーク・ジュールが叫んだのだ。
彼が癇癪もちであることは、同じアカデミーに通い、何度もそれをぶつけられている被害者であるアスランとラスティもよく知っている。
が、まさか、こんなところで落とされるとは思ってもいなかった。
しかし、ぽかんとした二人を尻目に、さすが兄弟だけあって、キラはそれに少しも怯むことなく少し困ったように呟く。
「・・・だって、軍服って堅苦しいから嫌いなんだよ」
さらりと、普通ならばおよそ赦されないような答えを口にする。
真面目なイザークがそれを容認する筈もなく、彼は更にがなりたてる。
「好きとか嫌いの問題じゃない!おまえもザフトの軍人なら、軍部へ顔出しする時くらい、軍服を纏え!」
「・・・えー」
つきつけられた包みを受け取り、背中を押されたキラは着替えるためにしぶしぶ隣室へと向かった。
「・・・・・・」
キラが居なくなった部屋に下りる気まずい沈黙。
一緒に出ていくのかと思いきや、イザークはそのままどかりと革張りのソファを陣取った。
「あれは世間知らずだからな。・・・オレは今でも反対だ」
「・・・は?」
突然告げられた言葉の意味をうまく理解できず、思わず暢気な相槌をうつと、イザークはきっとラスティを睨みつける。
「弟(キラ)のことだ!」
イザークは叫んだ。
「本当に弟・・・なんだ。いや、全然、顔、似てないからさ」
つけたしたようにそう告げるラスティを、イザークはじろりと睨む。
「・・・コーディネイターなら珍しいことじゃないだろう。文句あるか?」
銀の髪とアクアマリンの瞳を持つイザークは、母エザリアにそっくりだ。
鳶色の髪、アメジストの瞳のキラとは全く似ていない。
受精卵に遺伝子操作を施して生まれてくるコーディネイターは、瞳の色や髪の色など、外見的な特徴を親の好みで変えることが出来る。
そのため、親と子がまったく似ていないことは珍しいことではない。
「というか、弟もザフトに居たんだな。アカデミーでは逢ったことなかったから、全然知らなかったよ」
「・・・・・・」
そのラスティの言葉には、イザークは口をつぐんだ。
「・・・僕が何?」
その時、不意に扉がスライドし、着替えたキラが姿を現す。
「・・・!・・・」
その姿に、アスランとラスティは息を呑む。
「何か・・・ヘン・・・かな」
自分に集まった視線に気づき、キラは居心地悪そうに軍服をつまむ。
キラが纏っている軍服は、通常の一般兵のモス・グリーンではなく、アスランやラスティ、イザークと同じエリートの紅でもない。
「・・・白・・・」
ぽかんと口を開いたまま、ラスティは呟く。
「うん?・・・君たちとは違う色だね。どうしてだろう?」
その色は、アスランたちの上官、ラウ・ル・クルーゼと同じ、指揮官クラスを意味する『白』だったのだ。
しかし、キラ本人はその軍服の色が示す意味に全く気づいていないようだった。
しかも・・・・。
「・・・FAITH?」
おそるおそる、ラスティは問う。
その白い軍服の胸には、羽を象ったようなバッヂがついていた。
それの意味するものを、ラスティもアスランも知っている。
議長直属の特殊部隊[FAITH]。
彼らは、軍属でありながら、ザフトの指揮系統を完全に外れている。
ザフト軍内でもその存在は極秘にされており、それが一体誰なのかはおろか、何人いるのかもアスランたちは知らなかった。
彼らに命令できる人間は軍部には居ない。
唯一、議長その人のみだ。
彼らには作戦の立案から指揮までを赦されているにもかかわらず、そのほとんどが単独行動であり、隊を持つことは滅多になかった。
ちらりと隣を伺うと、彼らと同じ紅服を纏うイザークが苦い顔でキラを見つめていた。
どうやら、自分よりも上の位に弟が立つことは、イザーク自身にもまだうまく認められないことのようだった。
「僕が新しい任務を指揮するキラ・ジュールです」
にっこりとキラは微笑む。
「ラスティ・マッケンジー」
「は・・・はいっ!」
慌ててラスティは敬礼をする。
「アスラン・ザラ」
「・・・・・・」
状況は容易に認められるものではなく、アスランは返事を渋った。
睨みつけるような視線に、キラはぴらりと一枚の紙切れをつきつける。
「僕の言葉が信じられないなら、自分の目で確かめれば?」
そこには、自分に与えられた新しい任務についての詳細が記されていた。
所属は今までどおりクルーゼ隊のままだが、任地では目の前のキラ・ジュールの指示に従うよう・・・国防委員長であり、ザフトの最高司令官である父の名により記されていた。
「僕がヘリオポリス潜入の指揮を執ります。以降、ふたりには僕の指示に従ってもらいます」
まだ幼さを残す甘やかな声は、そう、初めての命令を告げた。
唖然としたまま、二の句を告げることが出来ないふたりに、キラは微笑む。
「お返事」
「あ・・・はいっ!」
その言葉に、ラスティは慌ててザフト式の敬礼で答える。
「・・・はい」
幾分か後、苦い顔でアスランもそう答えた。
いくら、気に入らないヤツでも、上官は上官。軍において、上下関係は絶対だった。
その返答に満足したのか、キラはふたりにディスクを渡す。
「任務についての詳細は、それに入っています。潜入先はオーブの資源衛星[ヘリオポリス]。そこで密かに開発されているという地球連合軍の新型機動兵器の情報を掴むのが僕らの任務です」
「・・・潜入捜査?」
おそるおそる問うラスティに、キラはにっこりと微笑む。
「そう、楽しい旅になるといいね。よろしくね」
まるでピクニックに行くかのようにキラは言った。
**Comment**
というわけで、スパで落とした新シリーズ『LOVELESS』です。
冒頭にも書いておりますが、同タイトルの漫画とは何の関係もありませんのでご注意。(苦笑)
一応、無印パラレルなんですが、どこが16歳!?というほど、ドライで大人なアスキラになってしまいました。
キラもけっこう黒いです。
話中には、アスミーア、キラフレなどの描写がありますので、苦手な方はご注意くださいませ。
2007.Jul
綺 阿。
©Kia - Gravity Free - 2007