* Anxious *



その写真を見つけたのは偶然だった。


アスランの傍らでやわらかに微笑む人。
彼と同じザフトの軍服を纏っている。
キラにはどうしても赦してくれなかった、鮮やかな紅。
自分と同じ鳶色の髪、すみれ色の瞳。


一目で分かった。
それが、生まれまわる前の自分だということに。

そして、その視線を辿れば、すぐに分かった。
―――生まれ変わる前の自分が、どれだけアスランのことを愛していたかが。


「・・・はぁ」
キラはひとつ溜息をつく。
見なければよかった。
でも、見ることが出来てよかったのかもしれない。


見なかったことにして、キラは写真をもう一度アスランのデスクの引き出しにしまう。
・・・が、数分後、また気になって出してしまう。
軍部のどこかで撮影されたものだろう。
今のキラと同じくらいの年齢のアスランが、ザフトの紅を纏った自分と並んで映っている。
否、顔は同じだが、それは自分ではない。
「・・・気持ち悪いくらいそっくりだ」
ソファにごろりと寝転がり、キラは穴があくほど写真を見つめる。
もし、自分に双子の兄弟がいたらこんな感じなのだろうか?
写真の中で微笑む人は、自分とは違う人格を持った人だ。
もし、生きていれば、アスランと同じ年齢だった『もうひとりのキラ』。
男性でもあり、女性でもある、世界でただひとりのコーディネイターであることも、自分はアスランを護ろうとして短い生涯を閉じたこの写真のキラが最後に生んだたまごから孵った生まれ変わりであることも、アスランから教えられた。
しかし、それがキラにはぴんとこない。
過ぎてしまった過去のことは、キラにとってはあまり重要ではなかった。
それよりも、今のアスランの態度が少し前からおかしいことの方がよほど気がかりだった。
こういう関係になってから、毎日のように抱き合ってきた恋人は、少し前から自分にあまり触れなくなった。
それだけではない。
全く抱こうとしなくなった。
まだぺたんこのおなかにキラは手を当てる。
このおなかには、アスランと自分の子供が居るらしい。
彼の愛を疑う訳ではない。
しかし、子供の妊娠が発覚してからも、アスランのキラに対する態度は『息子』だったときと何も変わらない。
「・・・やっぱり、恋人にはなれないのかな」
ちらりと、また写真を見る。
自分が、写真の中の彼と同じ年齢ならば。
アスランの隣に立つことが出来ただろうか?
この家の中に隠されるようにではなく、同じ場所に立ち、同じ目線で世界を見ることを赦してくれただろうか?
「・・・アスラン」
父であり、恋人でもある人の名を呼ぶ。
その名は、キラの胸に暖かく響いた。


「夜分遅く失礼」
ノックもせずにルミナスの部屋を訪れたのは、彼が愛してやまない弟のキラだった。
「こら。おまえはまたそんな格好のままで」
薄い夜着のままでここまで来たキラに、ルミナスはナイト・ガウンをかぶせる。
ふと見ると、まっすぐにアメジストが自分を見つめている。
時折見せる、大人びた瞳に、どきっとする。
「ルナは、生まれ変わる前の僕を知ってるんだよね?」
「・・・ああ」
ここのところ、少しキラが塞ぎこんでいることには気付いていた。
父と何かあったのは明白だったが、アスランがあまりに何もないそぶりをするので、気付かないふりをしていたのだった。
「どんな人だった?」
「・・・オレもあまり詳しくは知らない。同じザフトに居たけれど、俺は前線勤務のパイロットで、彼はモビルスーツの開発局勤務のエンジニア。職種が全然違うから、直接面識はなかったからな」
「・・・そう。綺麗で賢い人だった?」
「そうだな。誰にでも分け隔てなく優しくて、そのくせ自分には厳しい人だった」
あの頃、自分がもう少し大人であれば、あの哀しい運命を背負わされた人を救うことができたかもしれないのに。
ルミナスは、しばし過去へと想いを馳せる。
「気になるか?」
「・・・別に」
その言葉に、ルミナスは逆にキラがかなりそれを気にしていることを悟った。
「あまり気にするな。キラはキラ、だよ」
「・・・そうかな。遅くからごめん。ありがとう」
用事は終わったのか、キラは部屋を出ていこうとする。
すり抜けてゆく腕が寂しくて、思わずルミナスはまだ子供のままの細い腕を掴むと、丸い頬におやすみのキスを落とした。


キングサイズのベッド。
キラはアスランの広い胸に顔を埋めていた。
ふたりはおそろいのパジャマを着ていたが、アスランがそれに手をかける気配はない。
どうやら、アスランが今日も自分を抱くつもりはないことをキラは悟った。
「アスラン」
名前を呼ばれ、緩慢に瞳が開かれる。
「何だ?」
「ねぇ、どうして最近・・・しないの?僕のこと・・・・嫌いになった?」
その言葉に、アスランはぎくりと躯をこわばらせる。
最近、キラをなるべく抱かないように意識はしてきたつもりだ。
しかし、そう受け取られているとは想わなかったのだ。
「違うよ。キラのおなかの中には、俺とキラのこどもが居るだろう?その・・・激しい運動は、あまりおなかの中のこどもによくないからね」
激しくしなければいいのかもしれないが、つい、キラを目の前にすると歯止めがきかなくなってしまうのだった。
「やだ!抱いてよ!たまご産むまで、ずっとアスランとセックスできないなんて、僕、死んじゃうよ!」
性教育というものを全く受けないうちに、アスランによって性行為を教えこまれたキラには『恥ずかしい』という感覚が全くない。
「ね、気持ちよくして?」
素直にそれを強請るキラに、アスランは焦る。
「キ・・・キラ・・・」
しかし、それは逆効果だった。
アスランに馬乗りになって迫ってきたキラは、いつまでも手を出そうとしない恋人に、溜息をつく。
「・・・本当は僕のこと、もう飽きちゃったんじゃないの?」
今度こそ、アスランはぎょっとした。
「それとも・・・『キラ』のことがやっぱり忘れられないの?」
俯いたキラの瞳には、大粒の涙がたまっている。
「アスランが僕のことを好きだって言うのは、僕が『キラ』の生まれ変わりだから?アスランは、今の僕と昔の僕、どっちが大切なの?」
今まで耐えてきた分、決壊が切れてしまうと、もう言葉を止めることは出来なかった。
「僕は・・・身代わりにはなれないよ。だって・・・その頃のことは覚えてないんだもん。身代わりは嫌だ!ちゃんと僕を見て!」
悲鳴じみた言葉が響く。
一気に言いたかったことをすべて言ってしまったキラは、もうアスランの言葉を待つしかない。
しかし、なかなか彼は口を開こうとせず・・・気まずい時間がふたりの間をゆっくりと流れていった。


...To be continued...



というわけで。
ちびキラはすこーし大きくなりました。
そんなキラと、保護者と恋人の間で揺れるアスランパパの話です。(笑)

今回もオムニバス形式でお送りいたします。
そして、最後の最後のエピソードは・・・とあるキャラクターが登場して大暴れしてくれます。
多分、誰も想像しなかったラストだと思いますのでお楽しみに・・・。

今回も、表紙はAzure**さまが描いてくださりました!
このイラストのおかげで、これが一番乗りで仕上がりました。
Azure**さま、本当にありがとうございました!

2006.Jul 綺阿。


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