黒猫のワルツ。〜後編〜


『・・・キラさんとアスランさんに逢いに行こう、ステラ!』
確かに、自分はそう言った。
その言葉に、それまで涙で濡れていたステラの瞳がぱっと輝いた。
『・・・うん!』
嬉しそうなその笑顔を忘れた訳ではない。
しかし・・・まだ子供の自分にとって、物事はそう簡単にはいかないのだった。


「・・・うーん。プラントかぁ、遠いよなぁ」
勉強部屋の机に突っ伏し、パソコンを前にさきほどからシンは唸っていた。
キラを追って、アスランはプラントへ行ってしまった。
・・・いや、『戻った』と言った方が正しいのだろう。元々、彼はプラントの人間だ。
あの、最新鋭とは程遠い古ぼけた診療所で、おじいちゃんやおばあちゃんを相手に医者をしているアスランは彼の本当の姿ではないのだから。
『アスラン!行かないで!!』
ステラの必死な叫びにも、彼は振り返らなかった。
その背中は・・・これまでシンが見てきた彼の背中とは確実に違っていた。


―――もう、戻れないかもしれない。
そんな覚悟を決めた男の背中だった。


彼は・・・オーブを昏迷に落としたかつての戦争を、たった二機のモビルスーツで食い止めた『英雄』のひとりなのだ。
ザフトのエース・パイロット『アスラン・ザラ』。
その姿をメディアで見ることはなかったが、その名はプラント国民でないシンですら知っているほどにあまりにも有名だ。
真紅のモビルスーツ、ジャスティスのパイロット、アスラン・ザラ。そして・・・その兄弟機、蒼い翼を持った白いモビルスーツ、フリーダムのパイロット、キラ・ヤマト。
伝説の英雄とまさか知り合いになるだなんて、シンも思ってもみなかった。
けれど・・・素顔の彼らに『近寄りがたい英雄』という雰囲気は全くなくて、洗いざらしのシャツと色の褪せたジーンズと飾らない笑顔が似合う人たちだと知ったから・・・。キラの失踪に知らないふりをするだなんて、出来なかった。

「・・・プラントかぁ・・・」
机に突っ伏したまま、シンはモニターの画面をスクロールさせる。それは、オーブ国内で最大手の旅行会社のサイトだった。
プラントはシンの棲む地上から成層圏を抜けた先の宇宙に浮かぶコロニーだ。
コズミック・イラの時代、宇宙旅行はそう珍しいものではない。
シンの父親だって、会社勤めをしていた頃は、何度か出張で月に行ったことがあった。
しかし・・・残念ながら、宇宙までの交通費は子供のお小遣いで簡単にいける額ではないのだ。
しかも、シンにはプラントに知り合いもいない。プラントでのアスランの連絡先など、シンは知らない。彼と連絡が取れるまで、もしくはキラが見つかるまでの間、ホテル住まいをするしかないだろう。一体、どのくらいのお金が必要なのか、皆目、見当もつかない。
「さすがに、お年玉だけじゃ足りないだろうしなぁ」
お正月を超えたところだが、残念ながら親戚は遠く離れたところに棲んでおり、お年玉は両親からもらったものだけだ。そう多い額ではない。
現在はバイトもしていないシンにとって、自分の自由になるお金は多くはなかった。
「・・・しゃーないな。奥の手使うか・・・」
なるべく、これだけは使いたくなかったんだけどな、などとぼやきながらシンは机から躯を起こすと、うーん、と伸びをする。
「よし!」
頬をぺちりと叩いて、気合を入れる。
たったひとり、此処へ置いていかれたステラは、誰よりもアスランとキラを求めている。
病院では、『兄妹』と呼ばれる彼らだが、実際に血の繋りはない。
けれど・・・そこらの兄弟よりも、その魂の絆はとても強い。
それを実感しているシンだからこそ・・・何とかしてやりたかった。


「・・・何だって?」
老眼鏡(本人は否定している)を押し上げ、アスカ家当主、トシオ・アスカは長男の顔をじっと見つめた。
「だからー。プラントの大学受験しようかと思うんだよ」
トレーナーのポケットに手をつっこんだまま、シンはぶっきらぼうにそう言った。
受験生である自分が、今すぐプラントに渡る口実として、最も都合のいいものはこれしかない。幸い、キラとアスランが居なくなったことは、クロサキ医師の配慮によりこの島の住民には伏せられている。おそらく、父はうまく騙されてくれるだろう。そういう勝算があったのだ。
ずっと進路を決めかねていた息子の決意に、父は眉間に皺を寄せたままだった。
「・・・おまえ、本気か?おまえのあの成績で、コーディネイターばかりのプラントでやっていけるとも思わないが」
「・・・・・・」
悔しいことに父親の言葉は図星だった。
確かに、以前はオーブ首都、カグヤの進学校へ通っていただけあり、シンの成績はそう悪くはない。
けれど、それはあくまでもナチュラルとコーディネイターが共存するオーブにあってこそ、だ。
プラントはその住民の一〇〇パーセントがコーディネイターだ。当然ながら、ナチュラルよりもより多くの智恵を生まれながらに与えられたコーディネイターは平均的に知能が高い。
今は上位にあるシンの成績も、おそらくは平均より下になるだろう。それでやっていけるのか?と父は息子に問うたのだ。
「・・・う。痛いところを突いてくるなぁ。仕方ないだろう?プラントにしか、勉強したい学部がないんだから!」
どうしてその進路を選んだかの理由は絶対に問われると思っていた。シンは用意していた答えを口にする。
「サイバネティック工学の第一人者、カトウ教授だよ!父さんも知ってるだろう?以前はオーブに居たんだから!」
「・・・モルゲンレーテの技術顧問か・・・」
その人物は、オーブの国営企業[モルゲンレーテ]でロボットのOS開発に携わっていた学者だった。
不幸な事故で、モルゲンレーテの最新研究施設のあったオーブ領の資源衛星[ヘリオポリス]が消滅してから、コーディネイターであった彼はプラントでも有数のカレッジに招かれ、そこで教鞭をとっていたのだ。
「・・・そうか」
アスカ父は、顎をいじりながらぽつりと呟いた。
「しかし、おまえがそんなものに興味を持っているとは思わなかったな」
「・・・・・・まぁ、な」
背中にたらりと冷や汗が伝うのをシンは感じていた。自分でも、かなり苦しい言い訳だと分かっていた。
自分の父親ながら、いいツッコミだ。
「私も昔は・・・ロボット工学に興味を持っていたんだ。やはり、血は争えないな」
「・・・は?」
そんなことは初耳だ。
大体、父が勤めていたのは商社で、ロボットなどとは何の関係もない。確か、大学だって文学部卒だ。
「SFは男の浪漫だよ。そして、それと同じくらい、人型をした人造兵器には浪漫があるのだ!」
握りこぶしをつくって力説をはじめた父に・・・シンはそろりと後ろに一歩ずつ後退をはじめる。
こんな風に父が語り出したら止まらない。おそらく、一、二時間は此処であいづちをうつハメになる。できればそれは辞退したい。
「あの・・・そういうわけだから。下見にも行きたいし、早めに旅立ちたいと思ってるんだ。今月中旬には入試があるし、シャトルの予約が取れ次第、行こうと思ってる」
「そうか」
ちらりと、父は壁のカレンダーを見上げる。
プラントでは、主な大学の入学試験は一月の中旬から二月の中旬にかけて行なわれるのだ。
学校は三学期になればほとんど自主登校だから休んだところで問題はない。まさか、プラントの大学を受けるだなんて、ルナマリア辺りにバレたら後で何を言われるか分からないが、緊急事態だ。どうしようもない。
とにかく、キラを無事に連れ戻すことが急務だった。
「・・・ならば、おまえの口座に当面の生活資金を振り込んでおこう。ホテルは高くてもいいから、安全なところを取りなさい」
「あ・・・はい」
どう考えても無理のあるプラント行きに、父は反対しなかった。
あまりにあっさりと認められ、逆にシンとしては拍子抜けだった。
「・・・親父」
早速、パソコンにネットバンキングの画面を呼び出し、トシオはシンの口座に旅行資金を振り込もうとしている。
「何だ?」
「・・・反対しねぇの?」
逆にそう問うと、それまで眉間に皺を寄せていた父は、ひょい、と眉を下げる。
「何だ?反対してほしかったのか?」
「いや、ち・・違うよ!違います!」
途端にあわて出したシンにトシオは笑う。
「息子が、やっと自分の行きたい道を見つけたんだ。笑って背中を押してやるのが、親だろう?」
「・・・親父・・・!」
その言葉は・・・シンの胸にじんと沁みた。
「ま、これも原稿料が入っていたからいえることだがな。たとえ一発屋と言われても、ベストセラーになった本があってよかったな」
しんみりした空気が苦手なのは親子そろって同じだ。そう言って、自分で自分を茶化す父にシンは苦笑する。
確かに、プラントへ行きたい気持に偽りはない。
しかし、その理由が多少歪曲していることに、心がいたまない訳ではなかったが・・・シンは父の思いやりに心から感謝した。
『・・・ごめん。ちゃんと戻ったら・・・本当のことを言うから』
そう、心の中で謝罪して、シンは父にぺこりと頭を下げた。


* * * * * * * 中  略 * * * * * * * 


ザフトの地上最大の拠点、カーペンタリア基地を飛び出した一機のシャトルがアプリリウスへ到着すると同時に、本営は慌しく動きはじめた。
ハッチが開いた瞬間、ひとりの青年が中から飛び出す。
夜より濃い藍色の髪に理知的なエメラルドの瞳。黒い細身のパンツにベージュのジャケットを纏った青年は、靴音も荒々しく廊下を闊歩する。
「おかえりなさいませ。アスラン様」
彼の姿を認めると、軍人たちは道を開け、一歩下がって礼をとる。
エリートの証である真紅のザフトの軍服を纏っている訳ではない。そして、その胸にはネヴュラ勲章や白い羽をかたどったFAITH徽章が輝いている訳でもない。
しかし、彼らはアスランに対して敬意を払った。
それは、彼らにとって『アスラン・ザラ』という人間が今もなお、ヤキン・ドゥーエ戦の英雄であることを示していた。
彼がオーブへ亡命したことは公表されていなかったが、長い間、アプリリウスを離れていたことはザフト内では周知の事実だった。
そのことについて、プラントを束ねるラクスはノーコメントを貫いていた。しかし、あまりいい噂は流れていないのかもしれないのかもしれない。壁際でひそひそと囁く人の姿も見えた。
「イザークは?」
あえてそれを気にしないようにして、アスランは傍らに居た人物に問う。
モス・グリーンの軍服を纏った兵士がそれに答える。
「はい。司令官室(おへや)にいらっしゃいます」
その言葉に、アスランは口端を上げる。
「・・・そうか」
先の議長、ギルバート・デュランダル政権のときには、疎まれて閑職に甘んじていたイザークだったが、議長がラクスに変わってからは、彼女の片腕としてザフトの最も高い位についていた。
「ご案内いたしましょうか?」
「・・・いや、分かるからいいよ」
その部屋は、かつての国防委員長・・・アスランの父、パトリック・ザラの執務室でもあったからだ。
判り合えないまま分かれてしまった父。その苦いわだかまりが胸に去来する。
「アスラン様!」
「おひさしぶりです」
廊下を歩く間に、何人の軍人たちが頭を下げただろう。
ザフトへ戻ればただのひとりの人間で居ることは出来ない。それは分かっていた筈だった。しかし、その現実は思った以上にアスランにとっては重いものだった。
彼らにとって、自分は、かつて駆ったモビルスーツの名前そのままの『正義』の象徴のような存在なのだから。
しかし、彼らの信頼を裏切ったのは自分だ。戦後、アスランはプラントを護るためではなく、たったひとりの大切な人を護るために生きることを選んだのだ。
その時、自分はキラに『二度と、ザフトの軍人に戻ることはない』と誓った。その突然の申し出に・・・キラは驚いたように瞳を見開いた後、『嬉しい』と花がほころんだような笑顔でわらった。
しかし、その彼はもう自分の傍には居ない。
そしてもう二度と戻ることはないだろうと思っていた故郷とザフトという場所へ、自分はまた脚を踏み入れてしまった。
キラとの約束を破ることも簡単ならば・・・また『ザフトのアスラン・ザラ』へ戻ることもこんなに簡単だ。
その事実に、少し心が痛んだ。
「お!もう着いたのかよ。今、迎えに行こうかと思ってたところだ」
廊下の途中で、アスランは黒い軍服を纏った人物と出会う、
浅黒い肌に癖のあるプラチナブロンド。
飄々とした風貌の長身の青年は、よお、と手を上げる。
「久しぶりだな。ディアッカ」
「おうよ。この前は、いきなり電話してきたかと思うと、滅茶苦茶言うし・・・ってか、おまえ、今はフツーの民間人って判ってるのか?」
くすくすと笑いながらディアッカは言った。
イザークの副官をしている彼もまた、今のザフトを支える人物のひとりだった。
「ああ。判ってるさ。」
「本当に?民間人が軍用機を司令官の許可もなく使えると思っているのか?」
口ではそう言いつつも、カーペンタリアから軍用シャトルでアスランがプラントへ上がれるように便宜を図ってくれたのは、ディアッカだった。
「・・・無理を言って悪かったな」
「いえいえ。イザークに言い訳するの、大変だったんだぜ?」
ほら、あいつは筋を通さないことにはうるさいからな、とディアッカはウインクをする。
「ありがとう。感謝してるよ」
「それをイザークにも言ってやりな」
しかし、その言葉にはさすがのアスランも渋い顔をする。
アカデミー同期のアスランとイザークは犬猿の仲なのだ。(アスランの方は別段イザークをライバル視している訳ではなく、万年二番のイザークが一方的にアスランにつっかかっていた、という表現が正しいのかもしれない)
「・・・ちゃんと意味が通じるならな」
ふう、とアスランはひとつ溜息をつく。彼とはどうにもうまく意思疎通ができないのだ。
キラには以前、『あんまり感情表現をしない君も悪いよ』と注意されたこともあるが、アスランとしてはいつも一方的に言いがかりをつけているイザークが悪いような気がする。
「ほい。がんばれや」
いつの間にか、司令官室の前まで着いていたらしい。
廊下に続く控えの間では、イザークの秘書である黒髪の女性が微笑んでいた。ディアッカが重いオークの扉を開く。
正面には、威圧的なまでに重厚なデスク。
父の代から変わっていないそのデスクの両端には書類が山のように積み上げられていた。
そして、書類にうずもれるようにさらりとした銀髪が見えている。
「なんだ?ディアッカ」
不機嫌そうに顔をあげたイザークのアクアマリンが、扉のところに立っていた人物を認めた瞬間、大きく見開かれる。
「アスラン!」
「久しぶりだな。イザーク」
そう言うと、アスランは進められもしないのに革張りのソファに腰掛ける。その向かいにディアッカも続いた。
「突然、カーペンタリアからシャトルの着艦許可要請があったかと思ったら・・・貴様か!相変わらずめちゃくちゃなヤツだな!どのツラ下げて帰ってきた?」
アスランよりも上の位を示す白い軍服を纏ったイザークは、えらそうに両手を腰にあててソファにかけたアスランを見下ろす。
「俺につっかかるのはいいが、非常事態だ。後にしろ。最も・・・状況が落ち着いたら三倍返しになると覚えておけ」
ぴしゃりとそういわれ、イザークはしぶしぶ口を貝のように閉ざす。(つっかかるものの、いつもアスランには頭があがらないのだ)
「・・・キラ・ヤマトのことか?」
イザークは言った。
彼が敬愛するラクス・クラインも一目置いている(というか、片想いしている、なのだが)キラ・ヤマトが、この世で唯一のスーパー・コーディネイターであることをイザークも知っていた。
確かに、子供のように口げんかをしているような悠長な状況ではなかった。キラ失踪の知らせは、既にプラントにも届いていた。
「ああ。突然、居なくなった。しかも、レイが脱獄した後だ。あまりにもタイミングがよすぎる」
「悪すぎる、の間違いじゃないのか?」
軽口を叩いたディアッカを一目で黙らせると、アスランは続ける。
「おまえは・・・レイがキラを誘拐したというのか?」
「誘拐するにはタイムラグがなさすぎる。おそらく・・・ヤツは脱獄する前から周到に計画を立てていたに違いない。キラにはその前から接触していたのだろう。協力者・・・・いや、ひょとすると内通者が居るのかもしれない」
ザフトの後輩だったレイ・ザ・バレル。同じザフト・レッドを纏っていた彼はアスランの目から見ても優秀な軍人だった。
常に冷静沈着で無駄のない作戦の立案を出来るだけではない。
射撃やナイフ戦、モビルスーツ戦闘、実戦にも強い。
彼がおとなしく囚われの身となっている訳がないとは思っていたが・・・脱獄は予想外だった。
「全力をもって追っているが・・・未だ、足取りはつかめていない」
イザークの報告に、アスランは舌打ちをする。
優秀なレイのことだ。あの幽閉先のプラントから脱出してしまえば・・・何処へ紛れこんだかなど分かりはしない。だからこそ、まだ遠くへ行かないうちに捕らえて欲しかったのだ。
「・・・能ナシ」
思わずついてしまった悪態に、イザークがぴくりと反応する。
「五月蝿い!民間人が何を言う!」
「・・・民間人の俺の方が、まだマシだ」
腕組みをして、不機嫌そうにアスランはそう言った。
その時、突然、ノックの音が響くと、入り口の扉が開かれる。
「何だ?今、来客中・・・」
「存じ上げてはおりますが、申し訳ありません」
困った顔の秘書の後ろから、歌うような声が響く。
「彼女を叱らないでくださいな。わたくしがご無理を申し上げましたの」
「・・・ラクス!」
にっこりと微笑んで立っていたのは、プラント最高評議会議長、ラクス・クラインだった。
「お久しぶりですわね。アスラン」
議長服に身を包み、桜色の長い髪をポニーテールに結い上げた少女は優雅な身のこなしでアスランの隣へと座る。
「キラが・・・居なくなったと」
表情こそ穏やかだったが、アクアブルーの瞳はまったく笑ってはいなかった。かつての自分の婚約者であったラクスがキラに想いを寄せていることはアスランも知っている。それだからこそ、彼女の心が平常ではないだろうことをアスランも悟っていた。
「・・・ええ。おそらく、レイか・・・デュランダル派の人間に拘束されているものと推察されます。プラントに居るのだと思いますが・・・行方は分かりません」
アスランの言葉にラクスは瞳を伏せる。
オーブは島国だ。キラがあの国から出るには、何らかの交通機関を利用する必要がある。
カガリに頼み、彼が失踪した日のシャトルの乗員名簿を調べてもらったが予想通り『キラ・ヤマト』の名前はなかった。
そこで、アスランは再度、シャトルポートすべての監視カメラの映像を徹底的に調べ上げてもらった。
時間があれば、記録映像を挿げ替えるくらいキラにとって造作もないことだ。しかし、あの短時間でそれが出来るだけの余裕があったとは思えない。
読みは正しかった。とあるカメラが、プラント行きのシャトルに乗るキラの映像を映し出していたのだ。そして、その隣には怪しげなサングラスをかけた屈強な男が居た。
「キラの行方は・・・ザフトが全軍を挙げて捜索します」
きゅっと手を握り締め、ラクスは宣言した。
「そういう訳にもいかないだろう。君は人探しにプラントの全軍を費やすというのか?」
彼女の本気は分かる。しかし、それは公職についている議長がやっていいことではない。とがめるアスランだったが、ラクスはそれに軽く頭を振る。
「いえ。これはキラ個人の問題ではありません。レイ・ザ・バレルの件もありますから」
「・・・そして、『スーパー・コーディネイター』の問題もある・・・か」
アスランのその言葉に、ラクスは辛そうに眉をしかめる。
キラはこの世でたったひとりの『コーディネイターの完全体』だ。
彼のその秘密を知った先の議長、ギルバート・デュランダルは執拗に彼の躯に隠された秘密を解析しようとした。
レイはデュランダルの腹心だ。再び、キラが彼らの手に落ち、実験動物のように扱われることを、ラクスは危惧したのだった。
「・・・アスラン」
「何ですか?」
ほっそりとしたラクスの白い手が、アスランの長い指を取る。
膝の上で硬く握り締められていたアスランの手を開くと・・・彼女はその掌に小さなものを載せる。
「ラクス・・・これは・・・!」
「あなたにこれを」
そっと小さな手がどけられた後・・・残されたのは羽を象った銀色のバッヂ。
それは、議長が自分の選んだ騎士に与えるFAITH徽章だった。
「・・・俺にまたザフトに戻れと?」
自嘲するようにアスランは笑う。
自分は二度、ザフトを裏切った。
一度目は、先の大戦で父の言葉を信じられなくなり、地球連合軍から離反したキラたちとアーク・エンジェルや国を失ったカガリと共に第三勢力として立ち上がった時。
そして、二度目は・・・キラを実験動物として扱ったギルバート・デュランダルのやり方に憤り・・・研究所から彼を浚って逃げ出した時だ。
さすがに、三度目はないだろう。そう思ったのだが・・・ラクスは頑として退かなかった。
「悔しいことですが、今のザフトにあなた以上の能力を持つ人はいません。キラを取り戻すためにはあなたの力が必要なのです。ですからわたくしは・・・プラントは・・・その力をあなたに預けます」
信念の騎士『FAITH』。ザフトに所属しながら、議長直属の存在である彼等は、本営の干渉を受けない。
おそらく、ザフト内部にはアスランの帰還を快く思わない人間も居るだろう。ラクスはそれに配慮してくれたのだ。
「ジュール隊長とエルスマン副長にも、ご協力をお願いいたしますわ」
「はっ!」
「拝命いたしました」
ディアッカとイザークは神妙に敬礼をする。
「・・・・・・」
アスランはじっと掌の載せられたバッヂを見つめる。
それは、ただのモノではない。ラクスの信頼の証でもある。
「キラを・・・お願いします」
この国で最も高い位に居る彼女が、アスランに対して頭を垂れる。
彼女の頭の上で結われたピンク色のリボンをじっと見つめていたアスランは・・・彼女の肩に手を置く。
それに驚いたように顔を上げたラクスの瞳には涙が浮かんでいた。気丈な彼女が見せたそれに、アスランはぎゅっとバッヂを握り締める。
「・・・キラを必ず取り戻します」
その誓いに、涙を浮かべたままラクスは綺麗な微笑みを見せた。




**Comment**

大変お待たせいたしました。前後編になってしまったクロネコの続きです。これにて完結です!
今回は、プラントでキラ争奪戦ということで・・・・けっこういろんなキャラが出てきます。
(いずれもプラント組ばかりですが・・・)
プレビューは冒頭なので出てこないのですが、シンとステラをプラントまで連れていってくれる保父さん(笑)が大好きです。すごく凸凹コンビで書いていて一番たのしかった!
無意味にこの3人のシーンが増えて、ページ数がかさんだんだな。きっと・・・。
お楽しみいただけると嬉しいですv

2008.Feb 綺阿。


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