
コズミック・イラ七十一年。
突然、大西洋連邦がオーブ連合首長国へ侵攻。
自国の自由を侵されたオーブ政府はは徹底抗戦を主張。開戦となった。
空を飛び交うモビルスーツ。軍港を出てゆく駆逐艦。
子供たちの身の安全を心配したアスカ夫妻は、首都カグヤからの疎開を決めた。
難を逃れて辿り付いたのは、小さな島。
しかし、そこは観光客もあまり来ず、住む人も少ない処だ。
島には鉄道がなく、定期バスが一日六便通るだけ。
役所でさえ、役人が五〜六人居るだけの小さな村は、学校も病院もひとつしかないド田舎だ。
最初は、いろんなものがすぐに手に入らない不便にイライラしたり、都会では見かけることのなかった虫に悲鳴をあげたりした。
しかし、時間に追われるカグヤでの生活とは明らかに時の流れの違う此処での生活を一家はいつの間にか気に入ってしまった。
結局・・・何処の軍勢か分からない蒼い翼を持った白いモビルスーツと、真紅の色をしたモビルスーツのおかげで戦争が終結した後も、一家がカグヤに戻ることはなく・・・アスカ一家はこの小さな小さな島に定住してしまった。
妹のマユが、珍しく風邪を引いて熱を出して寝込んでしまった。
三日経ち、なんとか熱は下がったが、薬を全部飲みつくしてしまった。
薬がもうないから学校帰りに寄って取ってきてちょうだい、と朝、母に頼まれたことを思い出し、シンはいつもの通学路を少しだけ迂回する。
この小さな島には、学校だって、病院だってひとつしかない。
いや、病院ではなく正確に言えば『診療所』だ。
何しろ、診療所がひとつしかないものだから、いくらここの先生がとっくに還暦を迎えている老先生だろうと、医者と呼べる人はこの島にはこの人しか居ないのだから仕方がない。
体が丈夫なシンは、まだ一度もお世話になったことがないが、時折、妹につきそっていたので、顔だけは知っている。
ボールペンでカルテに書き込まれるドイツ語はミミズのはったような字で、薬を用意する薬剤師は本当にちゃんと正しい薬を出しているのか!?といぶかしんだものだ。
ほんとにあってますか?と問うと、窓口に居た看護士(これまた、恰幅のよいけっこうなお歳だ)もまだまだ現よ、と笑っていた。
「せんせー!薬取りに来たぞ!」
ばん、と勢いよく診療所の扉を開く。
五段の階段には、両側に洒落たアイアンの手摺。跳ね上げ窓と、分厚い玄関扉は樫の木で、残りは真っ白な漆喰。
建物だけはこの島には珍しく洋風で瀟洒なこのクロサキ診療所だが、何しろ旧い。主と同じく、けっこうなお年のこの診療所の扉は立て付けが悪い。シンが勢いよく開け閉めすると、ガラスがびりびり震えて音をたてた。
「・・・ん?居ないのか?」
たしか、午後の休診は火曜日と木曜日で、今日は金曜日。休みということはないだろう。
ふと見ると、いつも、まばらに人が座っている待合にも誰もいなければ、電気もついておらず薄暗い。
「・・・はぁい。お客様?」
その時、ぱたぱたとスリッパの音を響かせ、奥から人が出てくる。
その姿を見て、シンはぽかん、と口を開く。
さらりと揺れる鳶色の少し長めの髪。シンプルなチェックのシャツに、オリーブ・グリーンのカーゴパンツ。
驚いたのはそこではない。
まるで宝石のような、美しいアメジストの瞳を持つその人は、見たこともない美少女だったのだ。
「診察ですか?」
にっこりと微笑んで、その人は言った。
たしか、この診療所の受付は自分の母以上の年齢のおばさん(と言うと、本人は激怒する)だ。こんな美人ではなかった筈。
クッションのへたりきった長椅子に、よれよれのカーテン。
安ものの本箱に、何人もの子供がこれを読んで育ったという、手垢のついた絵本。
掃き溜めに鶴、などという言葉が思わず脳裏をよぎる。
「トリィ!」
部屋の奥から羽ばたいてきた若緑色のロボット鳥が、つい、と彼の肩に舞い降りる。
すべてが古びたセピア色の景色の中、その人の姿だけがフルカラーで異質だった。
「・・・あんた、誰?」
やっと絞り出した言葉は、これだけだった。
シンの言葉に、その人は少し驚いたように瞳を丸くする。
「・・・えと」
小鳥の頭を撫でながら、困ったように頭をかくそんな姿でさえ可愛い。
それに見とれていると・・・がたりと音がして、待合室の奥にある診療室から誰かが姿を現す。
「キラ。どうした?」
その声に、小鳥が舞い上がる。
今度は、そのロボット鳥は青年の肩へと舞い降りた。
それは、なじみの老医師ではなく、これまた、この辺りでは見かけたことのないほど美形の青年だった。
濃紺の髪に、北方の人種らしい白い肌。
通った鼻梁に、印象的な翡翠の瞳。
細いブルーのストライプが入った白いシャツに、濃紺のジーンズ。
そんな端正な顔にじっと見つめられ、シンは思わず背筋を伸ばす。
「あ・・・あのっ。今日は休診ですか?」
「ああ。ちょっと今日は臨時でね。すまないが、診察ならまた明日に出直してくれるか?土曜日だから午後は休診だけど、お昼まではあけておくから」
「いえ。診察じゃありません。妹の薬をもらいに来ただけなんですけど・・・」
その言葉に、青年はなにかひっかるものを感じたらしい。
「・・・・マユ・アスカ?」
「あ・・・はい」
こくりとシンは頷く。
「あぁ。先生から薬は預かってるよ。ちょっと待って。・・・キラ」
鳶色の髪の人が頷き、カウンターの向こうへと姿を消す。
がさがさと引き出しをあけたり閉めたりする音が聞こえた後、引っ張り出された白い薬袋を、その人はシンに手渡す。
「はい。お大事にね!」
にこりと微笑まれ、思わず鼓動がどくりと撥ねる。
「あ・・・あのっ。お金!」
その言葉に、目の前の美人はきょとんとした顔をした。
「あー。今日は何も準備できてないし・・・また今度ね」
「・・・は?」
すべてがアナログなことで有名なこの診療所だが、まさか、薬代をまた今度、と言われるとは思わなかった。
母親から預かった千円札が、行き場を失って宙にひらひらと泳ぐ。
「来週の月曜からは、通常どおりあけられるようにする。・・・まぁ、その頃には君の妹の風邪も、もうよくなってるだろうがな」
紺色の髪の青年は言った。
「・・・あけるって・・・先生は?」
おそるおそる問うと、青年は意外そうな顔をした。
「・・・ひょっとして、知らなかったのか?」
老医師が過労で倒れ、本土の病院へ入院したため、昔、教え子だった自分が急遽、この小さな島の診療所に来ることになったのだと、彼は告げた。
**Comment**
すみません。『緋の砂』落ちました・・・。ごめんなさい!!
冬でリベンジ・・・!
というわけで、全く関係のないデスティニーパラレルのクロネコ診療所が新刊になりました。
アスキラ&シンステです。
何故に、アスランの名前がアレックスなのかは・・・・お話を読めば分かります。(って、『異境〜』と同じこと言ってるなぁ・・・・)
ちょっと、Dr.コ○ー風味の読みきりです。(注:きあはちゃんとDr.コ○ーを見たことがありません。あしからず)
猫はちゃんと裏表紙に出ていますv 加工に苦労しました・・・・。(苦笑)
2007.Sep
綺 阿。
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