恋をしようよ!


「遺言状を公開するのは、弁護士として当然の義務ですが・・・急にお訪ねしてもいいものでしょうか」
アスランが運転する漆黒のアスラーダの助手席でニコルは溜息をつく。
『思いついたら即実行』、はアスランの美徳でもあるが欠点でもある。振り回されるこっちの身にもなってほしい。
早速、遺言状で指定された結婚相手の顔を見に行く、と言い出したのだった。
「まずは顔を見ないとはじまらない、だろう?」
ハンドルを握ったまま、アスランは言う。
「それに、おまえも気になるだろう?一体、父上を誘惑したのが、どんな女狐なのか」
コックピットに並んで座るニコルも前を見つめたまま告げる。
「そりゃ、どんな方かは気になりますよ。調べてみたところ、名のある家のお嬢さんでもないようですから余計に・・・ね」
興信所をつかって、相手の身元を調べてみた。
しかし、彼らの意図に反し、その人の実家は高名な家ではなかったのだ。
父親も普通のサラリーマン、母親は専業主婦の、ごく普通の中流家庭だ。
「『彼女』が・・・ねぇ」
ニコルは写真を覗き込む。
そこには、アスランが依頼した『キラ・ヤマト』の素行調査書があった。
「・・・私立高校の教師?そんな人がどうしてあなたの父上と知り合ったんでしょうねぇ?」
「きっと、九尾の女狐なんだろう。父上は、財産を狙う妖怪に騙されているのさ」
どう考えても、自分の父親とは接点が見つからない。
そんな女を息子の嫁にと、何故言い出したのか。
アスランは頭をひねる。
「絶世の美女、楊貴妃だったらどうします?」
からかい半分にそう言うニコルにアスランは意地の悪い笑みを浮かべる。
「破滅を呼ぶ女か。・・・それなら、俺が先に殺してやるさ」
本気でやりかねないな、とニコルは冷たいものを感じた。
「ねえ、アスラン。会長がこの件をわざわざ、古株の弁護士じゃなくて、僕を指名したのはどうしてだと思います?」
「さぁな。オレは父上じゃないから分からない。おまえはどう思う?」
「僕もはっきりは分かりませんが・・・何か・・・ウラがありそうな気がするんですよねぇ」
ニコルの呟きは、窓ガラスの向こうの景色とともに流れ過ぎて行った。


放課後になると、ようやく子供たちのお守りから開放される。
職員室へ戻ったキラは、机につくと、事務のミリアリアが入れてくれた緑茶をすする。
「あぁ・・・やっと一日が終わったような気がするよ・・・」
ぐったりと、キラは机につっぷした。
やはり、自分のような若造が担任など、向いていないのではないだろうか。
生徒たちの居ないところでは、ついそんな弱音も出てしまう。
「おつかれ」
となりでは、大学時代の友人、トールが笑っている。
彼のような専科ならば、少し楽だったのに、と思わず溜息が出た。
「先生!ヤマト先生!お客様です」
「あ・・・はい。今行きます!」
教頭、タリア・グラディスの声に振り返ると、職員室の入り口に、とてもその場に不釣合いな男が二人立っていた。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
にこにこと、物腰柔らかに、若草色の髪の青年が切り出す。
「いえ・・・ご父兄の方でしょうか?」
高校生の親にしては年齢がちょっと若すぎる。
自分と同じくらいの年齢に見えるところからすると、兄なのかもしれない、とキラは考えたのだ。
「それもちょっと違います。あの・・・キラ・ヤマトさんですよね?」
「ええ。そうですが、何か」
「・・・俺にはどこからどう見ても男に見えるぞ」
その時、若草色の髪の青年の隣で仏頂面をしたまま偉そうに座っていた青年が口を開く。
均整の取れた躯を仕立てのよいスーツに包み、その濃紺の肩に、宵闇色の髪が散らせている。
強い意志を秘めた瞳は翡翠。
その、完璧な美貌に思わず、どきりと胸がざわめいた。
「・・・ええ。僕にも確かに男性に見えますね」
苦笑しながらニコルは相槌を打つ。
「どんな女狐かと思ったが・・・・どっちかというと狸だな」
「・・・まぁ、確かにそうですね」
場所もわきまえず、思わずニコルは苦笑する。
まだ、少年と呼んでも差し支えのない目の前の人の紫の瞳は、狐というより狸と形容するにふさわしい、大きなどんぐり目だった。
「・・・どうやってあの親父を堕とした?」
翠と紺。
その色彩は、凍えたフィヨルドの森を思い起こさせる。
その人から告げられた言葉も、恐ろしく冷たい響きを持っていた。
「・・・え?」
いきなり投げつけられた言葉に、キラはぎょっとする。
「アスラン!」
さすがにちょっと言いすぎだろう、とニコルが嗜めるが間に合わない。
「でなきゃ、あの親父がこんな十人並みの容姿の、中流レベルの高校の教師を、息子の嫁にしようなんて考えるわけないだろうが」
視線で人が殺せる、というのはこういう瞳のことなのだろう、とキラはぼんやりと考えていた。
「・・・嫁?」
キラは、耳がとらえた言葉を反芻する。
「そうだ。嫁」
「誰が・・・誰の?」
「おまえが、俺の、だ」
冷たくそう言い放った青年を、キラは信じられないものを見るような瞳で見つめる。
「・・・っていうか・・・結婚?僕は男なんだけど・・・」
呆然と、キラはそう呟いた。


「・・・会長もお人が悪い」
その、ザラ財閥会長、パトリック・ザラの執務室。
ニコルの父であり、パトリックの首席秘書であるユーリ・アマルフィが書類を差し出す。
「実の息子さんにテロを仕掛けるとは、お暇ですね」
書類から顔をあげたパトリックは、いかめしい顔を一転、にやりと笑う。
「もうすぐ引退する身だからな。暇で当然だ。あれが言ったのか?『テロ』だと。ずいぶんと上手いことを言ったな。さしずめ、あいつにとって私はテロリストという訳か!」
「・・・会長・・・」
豪快に笑うパトリックに悪気はまったくない。
いつもながら、振り回されているアスランが気の毒になり、ユーリは溜息をつく。
「私は自分の財産を最大限有利に運用したいだけだよ。去年、アスランにしてやられてから胃が痛い。あれはどうしているのか?」
「今頃・・・その方にお逢いになられていると思いますよ」
「・・・そうか」
満足そうにパトリックは笑う。
「ご満悦ですね」
いつも眉間に皺を寄せている人の、こんな顔を見るのは久しぶりだ。ユーリは自分も知らぬパトリックを堕としたという『その方』を見てみたいと思った。


「パトリック・ザラという人物を御存知ですか?」
ニコルから名刺を渡されたキラは、弁護士と名乗った男の言葉に首を横に振る。
「うちではなく、ほかのクラスの生徒では?」
その珍答に、アスランは呆れた顔をして、ニコルは笑った。
「すみません。生徒の話ではありません。ザラ財閥を御存知ですか?」
「えぇ。よくテレビでCMをやってますよね!」
それなら知っている、とキラは目を輝かせた。
「それはよかった。パトリック氏は、そのザラ財閥の会長です」
「そうですか。ところで、今日お伺いされたのと、どういう関係が?」
「すみません。何もご説明差し上げなくて。本日、こちらにお伺いしたのは・・・」
「尻尾の振り方を聞きに来たのさ」
「アスラン!」
「・・・は?」
キラは、狸のようなどんぐり目を、なお一層丸くした。
「おまえはあの人にどんな手を使って取り入ったんだ?」
「・・・おっしゃっていることの意味はよく分かりませんが、ひとつだけ分かりました」
きっぱりとキラは言った。
「あなたが弁護士と居るのは、口が悪いからですね」
「・・・!・・・」
「アスラン!」
思わず、拳を握りこんだアスランを、ニコルは慌てて押さえにかかる。
「弁護士さんとお話させていただきます」
いきりたつアスランは綺麗に無視し、キラはニコルの方へと向きなおる。
「分かりました。では、法的なお話は後にして、本題から申し上げます。ザラ財閥会長、パトリック・ザラは、財産のすべてをキラ・ヤマトに譲ると遺言状に記されました」
「会長はお亡くなりに?」
『遺言状』という単語に、キラは眉を顰める。
「残念だが、殺しても死なないほどピンピンしてるぞ」
「あなたは黙っててくださいね。とにかく、会長はあなたの名前を遺言状に記したのです。
「よかったな。遺産が入って」
「アスラン!」
いちいち、チャチャを入れてくるアスランをニコルは嗜める。
こう好戦的だと、まとまる話もまとまらない。
「僕はそんな人、知りません。人違いじゃないんですか?」
ニコルは茶色の封筒から書類を取り出すと、遺言状の下になっていた最後の一ページをキラに見せる。
そこには確かに、相続人の名前として『キラ・ヤマト』の名が刻まれていた。
「・・・確かに僕はキラ・ヤマトですが・・・きっと、同姓同名の人違いです」
「この記載があなたのことなら、間違いありません」
ニコルは、ぴらりともう一枚の紙をキラに見せる。
それは、キラのIDを刻んだ戸籍抄本だった。
「あなたが条件をのめば・・・あなたはザラ財閥の財産を相続することが出来ます」
「わが社の株は高額だ。男をうまく釣って、大金が手に入ってよかったな」
「・・・すみません。ちょっとひとつお願いがあるんですけど」
世界の違う話に、キラは混乱を隠し切れない。
「あつかましいな。予想どおりしたたかだ」
必死で話を理解しようとするが、そのたびに、目の前の男から余計な一言が投げられる。
キッとアスランを睨みつけると、立ち上がってキラは一喝した。
「君はちょっと黙ってて!ちっとも話が頭に入ってこないよ!」
その剣幕に、さすがのアスランとニコルもぽかんと呆気に取られる。
「弁護士さん。これはどう考えても何かの間違いです」
アスランが黙っている間に、キラは話を進めようとする。
「パトリック・ザラのことを本当に知らないのか?」
「知ってるよ!」
「・・・最初からそういえよ。あの人を誘惑した方法なんて聞きたくないけど、今後の展開は気になるからな」
「誘惑?僕の方がどうやったのか、聞きたいよ。今後の展開なら、今から考えようか?」

『この男は・・・僕の首を絞めるか、手をあげるかどっちかだね』

『俺と結婚して本当に財産を手にするつもりか?この狐・・・いや、狸め』

翡翠と紫闇。
二対の瞳が、火花を散らす。
「うんざりするな」
「・・・こっちもうんざりだよ!とにかく怒鳴らないで!耳が痛い!ザラ財閥と僕は何の関係もないし、パトリック会長のことも知らないよ!」
「今更逃げるつもりか?さっき、知っていると言っただろう?」
「そりゃ知ってるよ!超有名人じゃないか!」
キラはもう怒りを隠しもしなかった。
「君たちだって、自分の国の国家元首の顔と名前は『知ってる』だろう?顔や名前を知っていても、知り合いじゃない。それと一緒じゃないか!」
確かにそれは正論だ。
ニコルとアスランは顔を見合わせる。
「・・・直接逢ったことは?」
「テレビで何度かね!」
やけくそになってキラは答える。
その回答に、ふたりは脱力した。
「・・・疑ってるわけ?」
「いえ。ともあれ・・・条件を満たせば、あなたが相続人です」
「その条件って?」
「それは・・・」
ちらりと、ニコルはアスランを振り返る。
「言いにくい条件なんですか?」
「考えようによっては簡単なんですが・・・・」
隣は黙ったままだ。
意を決したように、ニコルは口を開く。
「会長が決めた男性との結婚が条件です」
「結婚!?」
「えぇ。候補はふたりです。会長の息子であるアスラン・ザラ。もしくは・・・」
「・・・ニコル。もういい」
「そんなの、前時代的だ!」
キラは叫ぶ。
「顔も見たことない他人に一生を決められるなんて、冗談じゃない!大体、アスラン・ザラって誰なんですか!」
「えーと、それは・・・」
さすがのニコルも、言いにくそうに口ごもる。
さきほどからのやりとりを聞いていると、キラのアスランに対する印象は最悪だ。
この男と結婚しろと言ったところで、キラがそう簡単に承諾するとは思えなかった。
「・・・俺だよ」
ソファに深く腰掛け、面倒くさそうに投げ出した長い脚を組んだまま彼は言った。
「アスラン!」
「君が?」
キラはアメジストが零れそうなほどに目を見開く。
やがて、それがすっと細められる。
「・・・それは最悪だ」
腕を組み、キラは不機嫌そうに言った。
「お互いさまだろ。それで、どうする?センセイ?」
「この性悪男が会長の息子さんなんですか?」
思わず、行儀悪いのを忘れてキラはアスランを指差す。
「ええ。アスランは会長の長男です」
「・・・おまえ、本当に会長を知らないのか?」
じろりとアスランは不躾なまなざしでキラを睨みつける。
「あの超リアリストの強欲が、自分の大事な財産や息子を赤の他人になんて託すもんか」
「本当に知らないってば!・・・でも、確かにその人、見る目はあるかもね」
キラはにっこりと微笑む。
「僕がもしその人だったら・・・きみなんかに財産は、絶対に!相続させないもの」
「何だと!?」
がたん、と音を立ててアスランは椅子から立ち上がる。
「アスラン!仮にも結婚相手に手を上げるのはよしてくださいよ!」
別の意味で弁護が必要になったらどうするのだ。
ニコルは肝を冷やす。
「冗談じゃない!」
アスランは叫ぶ。
「話にならない!」
キラも叫ぶ。
「大体、いくら同性婚が認められているからって、男と結婚なんて・・・しかも相手がこんな人だなんて、絶対にイヤだ!」
「俺だってこんな口の悪いじゃじゃ馬、お断りだ!」
ふん、とふたりは互いにそっぽを向く。
これは前途多難だな、とニコルは内心で溜息をついた。


**Comment**

冬コミ新刊、初のラブコメ、[恋をしようよ!!]のプレビューです。
こちらは、某韓国ドラマ、[○%の奇跡]のWパロとなっておりますが、お借りしたのはキャラ設定と、大まかなストーリーのみで、原版とは大分かけ離れております。(苦笑)
アスランとキラの性格設定も、いつも書いている補完系とは大分違いますが・・・お楽しみいただけると嬉しいです。
この後、アスランとキラの間にデュランダル、ムウさん、イザークが割り込んできたり、ふたりの恋路をシンとフレイがジャマしたりと、もりだくさんです。
種&運命オールキャラ仕様でお届けいたします!
本当にコメディですので、シリアス好きの方は肩透かしをくうかも・・・。


2006.Nov. 綺阿


©Kia - Gravity Free - 2006